30.選挙当日
よく晴れた選挙日当日の昼下がり。
白亜街の議事堂前では華やかな衣装に身を包む老若男女がハンカチのような紙を扇いで箱に入れていた。ここに演説家はいない。ただ記者と椅子に座る面々がいるだけである。この会場にはくまなく衛兵たちが配置されていた。
午後五時になった頃、勤務を終えた市民がやってくる。ここが選挙のピークである。一気に人が増え、会場が人で埋まっていく。
そして王がやってくる。各党の代表らと挨拶をすると席に座った。近衛兵が四名、第四騎士のフルールが周りを固めている。
選挙をするようになってからも王の信奉者は多い。王は普段、城にいるからその姿を見ようと市民たちが集まってもいた。
そういった景色を見上げ、衛兵たちの王への忠誠がより強くなる。半ば切れそうになっていた集中力も戻る。
一部を除いて――二人の衛兵が会場の端で無駄話をしていた。
「確かに王は凄いけどな。俺はあそこにいる第二騎士長のほうが凄いと思うんだ。どことは言わないけど」
「アレク。真面目にやれ」
「真面目にって言ってもさ。会場は端も端だし。こんなところに配置されたって何を見張れって言うんだ?」
「市民だ。魔物が紛れているかもしれない」
「違う。第二騎士長や人妻のお――」
「お前、彼女がいたんじゃなかったか」
「いるさ。でも自由恋愛の時代だぜ」
「不道徳だ」
「誤解すんなよ。一夫多妻ってだけで浮気じゃない」
「彼女は?」
「バレたら殺される」
「馬鹿するなよ」
「冗談さ。実はもうじき結婚しようって思ってんだよ。愛してるさ。でも名残惜しさもある。まぁ先輩にはわかんねえだろうけどな」
「そう言う態度は仕事が終わってからにしろ。万が一のとき、悲しむのはお前だけじゃないんだろ」
「はいはい。やべっ、衛兵長だ!」
「なに?」
ローズの風靡く巨乳を遮るように煙たいおっさんがやってきた。二人はビシッとして、敬礼した。
「いや。そこまでせんでも。お前ら、暇そうだな」
「ええ暇です」
「おい、アレク、態度」
「ならちょうどいい。勇者様の様子を見てきてくれないか。白亜街にいるぞ」
「わかりました!」
元気にアレクが走っていく。その後ろをダイシュがうんざりしながら追いかけていった。
広場を過ぎ去る人混みをじろじろ眺めている金髪の娘がいる。エレノアである。この中に魔物がいるかもしれないという警戒。だけでない。というかむしろ、羨ましそうに見ていた。
記者がそんな様子を撮って勇者を讃える記事にするようだ。
「ねむゅい……」
「勇者様ー!」
「ふぁっ!?」
アレクとダイシュがやってきた。ブルルッと顔を振ると勇者らしい表情に切り替えた。
「なんですか」
「用という用はありません。そちらに異常が無いか見に来ました」
「こちらは大丈夫ですよ」
「そうですか。では――」ダイシュが回れ右して戻ろうとした。
「おっと。先輩は真面目過ぎですよぉ」それを止めた。
「また悪だくみか?」
「そんなんじゃありませんよ。せっかくあの堅苦しいところから離れられたんだし、少しくらい休憩しても誰も悪く言われないって。勇者様だってそう思いますよね?」
「思います――せん! けして暇だなんて思っていません」
「勇者様、実は下町にも選挙会場があるのですよ」
「む?」
「そこは祭りみたいになっていて、屋台も出ているし、海外からも店が来ているんです。おいしいものがたくさんあるんですよ」
「なんですと?」
「ほら、よく空気を吸ってみてください。今日はやけに下町からいい匂いがしません?」
「しま――さすがにしませんけど」
「おい。アレク。いいかげんにしろ」
「そうですよ。仕事に戻りましょう」
「まぁ勇者様。ここは穏便に行きましょうよ。じゃないと第二騎士長みたいにいつまでたっても彼氏ができませんよ」
「え?」
「アレク……」
「悪い話じゃありません。今から俺が下町で遊びます。勇者様は何も見なかった。一時間経ったとき俺がここで偶然、やきそばやわたあめを落として誰かが食べてしまっても、俺は何も見ていません」と勇者に耳を当てる。
エレノアは勇者である。こんな怠惰な衛兵の話に乗るわけがない。
「あっ! 蠅が目に入ったぁ~」
乗った。
蠅が眼球の裏までくっ付いている。
「よし。いくぜ!」アレク階段ダッシュ。
「おい待て!」
「待ちませーん! 捕まえたいなら捕まえてくださーい! 衛兵なんですからー!」
「望み通りそうしてやる!」ダイシュ階段ダッシュ。転んだ。転がり落ちた。
「やーい。ドジー!」
調子のいい衛兵と憤怒する衛兵が下町へ降りて行った。
朝から下町の大通りには演説家たちが並んでいた。民衆がそれを見上げて歩く隙間もないほどである。けれど昼頃になるともっと増える。夕に近づくと屋台も出てまた増える。町は祭り気分であった。
こういう空気だから毎年、高が外れて乱闘になる。ゆえにいつも以上に動員された衛兵らが会場の縁を囲っている。
しかし今年は比較的穏やかであった。
控室。その机に置かれた一枚の新聞もまた白けていた。ちょうどやってきたある立候補者がその新聞紙を投げると踏みにじった。
「くそ。計画が全部パーだ! まさか大臣が襲撃されるだなんて! おのれ、エンヴィめ……」
「カーターさん。今更言ったって仕方ないですよ」部屋に秘書が入ってきた。
「わかっている。くそ! しかし今更騎士団を批判したところで最初から批判していた正統派には追いつけん。せめてあっちに流れた市民がいなくなってくれれば」
「だから正統派にハニートラップを頼んだんですよね。でもウルブスもごたごたしていて連絡がありませんし。真面目に今までの政策を訴えるしかありませんね」
「くそったれ! そんなものないわ!」
机に叩きつけるこの男の訴えももはや表の民衆には響かない。遥かに高らかに叫ぶ演説家たちがそこに余るほどいるのだから。
しかしその叫びすらも屋台の活気に負けたのならあの男などネズミより小さいものだ。実際そう感じる人も多い。全ての人間に選挙権があるわけではない。ましてや旅行者や外国人など。彼らにとっては選挙など祭りのおまけに過ぎない。
くじ引きの屋台の前で子供たちに囲まれている。調子のいい、このカルロスという男が。
「おっさん~! もう一枚引かせてくれ!」
「あんた。もう五十回目だ。そろそろお金が無くなってきただろ? いいや。まだあったとしても大事にした方がいい」
「俺がどう金を使おうって俺の勝手だろ? ほら、もう一枚」
「カルロス。もうやめなよ」リューは慌てていた。
「やめないぜ☆ だってまだ一等の金のロボボロンを当ててないからな!」
「金のロボボロンとは、大人気漫画ロボボロンのフィギュアだ。金のロボボロンは金でつくられたロボボロンのフィギュアだ。生産数たったの100個。値段にして30000ゴ―ルド。私は持っているが嫁に半殺しにされた」
通りすがりのメガネのおっさんが解説してくれたぜ。現代でいう景品のゲーム機みたいなもんだ。子供がみんな欲しがる景品ってことだ。
これを狙って皆、一回10ゴールドのくじを引くが、ほとんどは飴玉1個かキャラメル1個に変わるぜ。
「ほら、引かせてもらうぜ! そろそろ当たれえええ!」
「ひぃえええええ!!」店主。
「外れたからもっかい引くぜ! 本当に当たりがあるならいつかでるよな!」
「やめてくれえええ!」
「外れた! しょうがないからまた引くぞおおおお!」
「うわああああああああああ!」
「カルロス、凄いよね。コイン詐欺でぼったくったから沢山お金あるんだもん。この店枯らすつもりだよ。ほんとに。でもこの遊び楽しそうだし、僕も大人になったらやろうっと」
「くたばれええええええええええええええええ!」
「うぎゃあああああああ!」
飛び散る10ゴールド。飛び出るお菓子。喜ぶ子供。見守るリュー。絶叫する店主。愉悦。
とそろそろ七十回目に行こうとしたところで、奥からいかついやつが出てきた。
「お客さん。困るんですよねぇ~」
「なんだ? 俺はちゃんと金払ってるぜ」
「そうじゃない。一人の大人が富を独占しちゃ、子供が可哀そうだ。なぁ?」
「わーい!」
「キャラメル美味しー」
「でも飽きたー!」
「どこがだ?」
「そうか。だったらちょっと裏来てもらうしかねえかな?」
「ちょうどいい。そろそろ誰か殴っておかないと鈍りそうだったからよ」
一触即発。ちょうどパトロール中の衛兵がやってきた。通り過ぎてうどんを啜った。
その代わりにうどん屋から強面たちが立ち上がった。
「おいおい。てめえら、なにしてやがる」
「てめえらだと?」
「止めるなら容赦しねえぞ――ってブルドクじゃねえか」
「ブ、ブルドクさん! すいません。気づきませんでした!」
「良いから。ヤン、紹介してなかったか? こいつはカルロス。新入りだ。といってもすでにお前より立場が上だけどな」
「そうでしたか。すいません。カルロスさん!」
「いいぜ。じゃあもう1回引かせてもらおうか」
「ちょっ、ちょっと話が違うぞヤンさん!」
「良いから黙ってくじ引きだろうが! 子供たちの夢奪ってんじゃねえぞ!」
「そ、そんなあああああああああああ!」
十分後。ちょうど箱が空になった。一等の紙切れは存在していなかった。
ので俺とヤンは
「オラオラ!」
「うちのシマに詐欺師がいるとは! 許せねえ!」
「見せしめにしてやるぜ!」
ボコボコにした。
そして盗賊団らしく金のロボボロンをぶんどって、リューに渡した。
「これが今まで世話になった代金ってことで」
「うーん。これニセモノだよ。通常版を金色に塗っただけだよ」
「なんだと? 貴様! ふざけやがって!!」ヤンがまた店主を蹴った。
「あんたが提案したんでしょうが!」
「嘘こいてんじゃねえ!」蹴り蹴り。
やっぱり一等なんか入ってなかったか。気前が悪いやつばっかりだ。卑しいぜ。
まぁそんなのどうでもいいや、まだ金が沢山あるからな。
「カルロスさん。こいつどうしますか?」ヤン。
「知らねえよ。放っておけよ」
にしても見覚えのある顔もちらほら。ウルブスのやつらがここら辺、店をやっていたり座っていたり、ほとんどはうろうろしてんな。
ブルドクたちもキョロキョロしている。
「おい。何してんだよ?」
「何って。魔物が出るかもしれねえからな。人がこんだけ集まっている。奴らにとっちゃ恰好の餌場だからな。それに――」
「エンヴィだろ。本命は。やめとけよ。お前らじゃ勝てねえ。それにせっかくの祭りだぜ。遊ばなきゃ損だ」
「カルロス。お前は俺たちとは違う。こっちには守らなきゃならないもんがある。ふざけている余裕なんて無えんだよ」
「ふざけてるわけじゃないけどな」
「俺たちからすりゃそう見える……悪かった。お前には関係ない話だ。ほら、金があるんだろ? 爺さんの借金を払ったらどうだ?」
「そう怒んなよ。なぁ! あ、キャラメル食べるか?」
と組もうとした肩を外された。なんで急に怒ってんだこいつ。
「いいから遊んで来いよ。せっかくアスチルベに来たんだからな」
なんか居心地悪いから少し散歩することにした。リューが言うには南に港があってそこにも選挙の会場と出店があるみたいだ。だったらそこに行ってみるか。




