29.王の会議など
白亜街の東端に列柱からなる左右対称の建築物がある。あれが議事堂である。昼ならばひと際白いここは白亜街の象徴の一つとして観光地もなっている。それが夜となると嘘のように暗黒に塗られている。と表現するのは今ここに勇者がいるからである。
しかしどこかやつれているようだ。エレノアが花壇に尻もちをつくとローズがカンテラで照らした。
「ベンチがここにありますよ」
「あっ、あー。気づかなかった」
ぎこちない。
そんなところも可愛いと、「うわ~!!」とあたふたしているのがローズという女だった。
勿論エレノアは無視して黒い議事堂を見上げていた。
「明日、選挙するのですよね? 私。こういうところが初めてなのでずっと疑問に思っていました。なぜ王様がいるのに議会があるのでしょうか。他の国もそうなのかな」
「ああ。後ろ髪がさらさらしていて舐めた――おっと。違いますよ。アスチルベだけです。議事堂があるのは。他の国では王や代表が法を決めています」
「よかった……」
「?」
「他は勉強した通りなんだ……慌てふためいて恥かかなくて済む……」ホッと小声。
「可愛い。あっ――私も全ての国に訪れたわけではありません。ほんとうのどころはどうなのかはわかりませんねぇ」
「うっ!」ぐっと引き攣った。
「この子、遊びがいがありそー」
「今、何か言いました?」
「いえ何も」
エレノアは足をバタバタした。議事堂の広場の広大さと夜空を重ねた。肌寒い空気を吸うと身体中の血管に冷たいものが広がっていく。それを新鮮に感じ、気楽にした。
「今日は出そうにないですね。衛兵をこれだけ張り巡らせているのに運が悪いのか、良いのか」
「誰も襲われなかったから良いことでしょう。でも早く倒さないとどこかで誰かが犠牲になるかもしれません」
「せめて習性がわかればいいのですが」
「やっぱり城下町ですよね。いるとしたら」
「ええ。しかしあそこは入り組んでいますし危険ですから」
「迷子は怖いけれど私は勇者ですよ。それにカルロスがそこで遊んでいるはずです。私がこんなに魔物退治に協力しているのに。酷いですよ!」
「ふふふっ……」
健気な小娘。危ない下町。荒くれ者。
このローズとかいう女騎士、駄目らしい。如何わしい妄想をしてニヤついている。
勿論エレノアは無視して黒い議事堂を見上げていた。(目を逸らした)
「な、なぜ議会があるのですか? 最終的に王様が法を決定するって聞きました。だったら最初から王様が決めてしまえばいいのでは?」
「よくある疑問です。一部の議員や市民も同じ様なことを言っていますね。歴史を話すと長くなるので結論だけになりますが、自由の為です。人々が自由に生きるためには自分たちで物事を決めなければなりません。だから議会があるのです」
「自由?」
「はい。自由です」
「なんで人々が自由に生きなければならないのですか?」ぐいっと顔を近づけてくる。
「うっ」
「それに王様が法を作っても人々は自由ではないのですか?」さらにぐいっと。
「ううっ!!!」
紅潮する変態に呆れ、エレノアは議事堂から出ていった。
ふわふわもじもじ。しばらくしてローズが追った。
「勇者様、どこへ!」
「下町へです。ここだけパトロールしていても仕方ないですし、出ればすぐ衛兵が知らせてくれるはずです。それに下町にいるはずですし」
「危ないです。やめてください!」
「私は勇者です。エンヴィくらい一人で倒せます」
「しかし! しかしぃ……」
煩悩と反省文の間で揺れ動くローズの乳房にエレノアの嫉妬の眼差しと衛兵の荒い息が響いた。
夥しく揺れた。
「ローズ様! エンヴィが出ました! 一人、犠牲になりました!」
「どこだ?」
「こっちですね!」
衛兵が集まっているのが見えてエレノアが走る。
身体数か所を刺され、気絶している中年男性に光をあてた。
「勇者様!」若い衛兵。
「エンヴィはどこに?」
「それがわかりません。倒れているのを見つけただけで」やや老いた衛兵。
「そうですか」
ローズが剣を抜いてやってきた。
「とにかくお前ら二人は王とフルールに知らせろ。他は周辺を見回れ」
「ローズ様は」
「私もここら辺を調べる」
「では私も」エレノアも剣を抜いた。
「いいえ。勇者様はお疲れでしょう。城でごゆっくりしていてください!」
「いえでも!」
「わかっているはずです。これはエンヴィではない。他の魔物でしょう。勇者様は体力を温存しておいてください。エンヴィが出た時のために。それと、私はこの前の私とは違います。大丈夫ですから!!」
とローズに念を押され、エレノアは萎縮した。張り切るローズを見送った。
その代わりというわけではないが、衛兵二人と城へ走った。
城への階段を上り、大きな門を潜り絨毯を踏む。衛兵はやや駆け足気味に急いだ。エノレアは疑問に思っていた。
「なぜ走らないのです?」
「寝ている人もいるので」やや老いた衛兵。
「でも事件ですよ」
「惨殺されていないことから他の魔物の仕業の可能性が高い。もしもエンヴィだったならそうしますが」
「それに皆、疲れていますから」
玉座の間の前まで来て、使用人が「どうしたの? 王様は会議室ですよ」と教えてくれた。衛兵二人は回れ右。
エレノアも。
「勇者様は休んでも」
「いえ。そうはいきませんよ」
「そうだ。そうはいかないんだ! いいかげんわかれよ、ダイシュさん」若い衛兵
「黙れアレク。俺のほうが先輩だろうが」やや老いた衛兵
「そうっすね先輩。でもうちの国は自由だぞ?」
「こいつ。勇者様の前だからと調子に乗って」
「え? なんで私の前だと元気になるのですか?」きょとん。
「殴られても治るから」ダイシュだけでなくアレク。
エレノアはがっかりした。あとなぜかローズの巨乳を思い出した。なおさらがっかりした。
「勇者様。失礼しました」
「いえ。気にしないでください。私が悪いのですから」
「なにもそこまで? というかなにをそこまで??」
「いいかげんわかれ、ダイシュ! あんたそんなんだから彼女もできないんだよ!」
「黙れアレク。俺のほうが先輩だろうが」
「俺のほうがイケメンだ!」
「勇者様の前だから調子に乗りやがって!」
「聞きませんよ!!」
ダイシュとアレクは笑った。結局はうるさくなるのである。ちょうど通りがかったベテラン使用人のバローバに睨まれ、ひゅんと黙った。
「バローバって誰です?」
「この城で一番怖い人ですよ」アレクの悪口。
「王様よりもですか?」
「そうだ」断定のアレク。
「下町のヤクザよりもだ」追撃のダイシュ。
「へ、へぇ~?」ちんぷんかんぷん。
「うっ!」
エレノアの幼げに唆されたらしい。アレクがうっとした。
これには流石のダイシュも許せなかったらしい。アレクを蹴った。
「勇者様。失礼しました。衛兵には強く言っておきます」
「お気になさらずとも」
「会議室遠いな」メタのアレク。
「そうですね!」劣らずエレノア。
「勇者様!」
仕方がないので会議室が走った。まだ少し遠いから会議室のほうから走ることにした。
そんな会議室では王と宰相、フルール、それから貴族数名が座っていた。城の寝息よりも静かに、それよりも遥かに胃に残る厳粛な雰囲気が漂っていた。
全員が難しい顔をしている。机に整頓された数枚の資料をもはや見ず、頭の中にある未来を睨んでいるようだ。
特に厳しい面持ちは王。城壁にも負けない固い表情をしている。それでもフルールは説得を続けていた。
「エンヴィは他の魔物とは違うのです。人の言葉を話す。完全に知性がある。僕は肌で感じました。計画性が無いとは思えないのです」
「下町で娼婦二人。その後、商人と貴族、この前は議員を殺めた。あと下民もか。こんなののどこに計画性がある? 魔物が暴れ回っているだけだろう」貴族Aがとんがり髭を資料の文と平行になぞった。
「ならばなぜ今晩、エンヴィが出てこない。なぜこの前、わざわざ警備の厚い白亜街を、議員宅を襲った? 人を惨殺するだけなら下町にいくらでもいるのに」
「その通りだ。だから私たちは街に衛兵を置いておけばいい。明日は選挙だ。余計にな」貴族Bはあくびをした。
「まぁ待ちましょうぞ。フルールがここまで言うのも珍しい。そうまでしてこの事件に衛兵を増やす必要があるのか? お前の実力だけでは無理なのか?」宰相が宥めた。
フルールに一つの陰りもないようだ。ただしプライドがある。騎士としてだけでない。エンヴィに恐怖した屈辱とその反発から来る勇猛。ともとれる復讐心だった。
「あの魔物は必ず葬らなければならない。そのためには兵がもっといる。ローズでも足りない」
「そうか。デルタは北ユーシアに戻っていってしまったしな。うーむ」
宰相はべつの資料を見つめ腕組をした。
「王。私はフルールに賛成しますよ」
「正気か?」貴族たちの表情が変わった。
「ただでさえユーシアの兵が足りていないのに兵を集めるのか? 正気じゃない! しかもこの前、ポリアンサが軍事演習をしたばっかりだぞ」Aが激昂した。
「そうだ。この衛兵を下町に増やすっての要らないだろう。その分、議会と城の警備を強めるべきだ」Bは訴える。
「あの魔物は皆さんの想像よりも速い。現れてからでは遅いのです」
「そもそも現れないようにするべきなのだ。なぜあの魔物が現れた? どこに隠れている? 下町だ! あそこをどうにかしないといけないとわかっているはずだ」黙っていたCが声を大きくした。
「演説なら昨日までにやっておくべきだったな。それにここは城だ。厳禁だぞ」Bが煽る。
「そもそも魔物は人に化ける。下町にいるのかも怪しい。なんならこの中にいてもおかしくない」CはBを蔑んだ。
「だったら勇者様が必要だな。勇者様がな! 知ってるぞお前、週刊誌に頼んで勇者の水着特集を――」Bが言い返す。
「話が逸れているぞ」宰相が注意した。
「そうだ。フルール。明日の警備配置も違うな。もしも議会に魔物が入り込んで来たらわからない。勇者様は白亜街ではなく議会に置くべきだ」Aが諭す。
「エンヴィが議会に現れるとは限らないじゃないですか」
「もしものことを考えれば当たり前のことだ。明日の議会には私たちだけでなく王もおいでになるのだぞ。万が一のことを考えるんだ」
「っ……」
「そうだ。エンヴィを倒すことが第一ではない。平和が一番だ。エンヴィが襲ってこられないようにすればいい」Bが便乗する。
「本当にそうかね? 犠牲になるのは民衆だ。そうやって怠惰にしてきたから白亜街で殺人が起きた。すでに民衆の不安と不満は爆発寸前だ。今までと同じではそれこそ崩壊を招く」Cが止める。
「王より勇者様か? 勇者様が活躍するのを見たいから王を危険にするのか? これだから左は」Bが呆れる。
「そういう問題ではない!」Cが立ち上がった。
深夜の議会はなかなかに荒れている。もはや収拾がつかない。宰相が止めにはいる隙も無い。
時間も限られていると判断して、やっと、王が口を開いた。途端、二人の口論が止む。
「魔物は日に日に活発になっている。勇者の力は強力であるが、いつまでも彼女がアスチルベにいるわけでもない。本来、我々だけで解決しなければならない問題なのだ。ただ今からそうするには時間が無い。エンヴィは勇者に任せる他ない。それとその魔物がどこに現れるかは予測できるものでもないようだ。ゆえに勇者は町のどこに出ても対応できるようにせねばならない。議会に呼ばなくとも良い。その代わりにフルール。お主がローズに加え、警備にあてる。以上だ」
「しかし王!」宰相が否定しようとする。貴族らはそれに不満を預ける。
ものの、王はそのまま会議室を去っていってしまった。フルールは躊躇う気持ちを押さえつけるように王についていった。宰相は置いてかれてしまった。
「王も寛容になったものだ」Aは去った。
「何を言っているのか。私たちがどれほど議論しても結局はこれだ。なににしても。卑劣になったの間違いだ」Bは長い欠伸をした。
「王の決断だぞ。お前に尊敬の念はないのか?」Cが帰り支度をしながら文句を吐いた。
「忠誠心ならある。尊敬などなくてもな」BはCを試すように言った。
すでに会議室が静まり返っていたからエレノアは通り過ぎそうになった。アレクとダイシュがなんとか留めた。
宰相がそんなお転婆に気づいた。
「なんだね。こんな夜更けに」
「宰相。白亜街でまた事件が起きました」
「なにっ! エンヴィか?」
「そう噂されていますが。恐らく他だと思われます」
「そうか。その話は後で詳しく聞かせてもらおう。もう夜も遅いので、勇者様はごゆっくりなさってください」
「は、はい」
なんとなくハブられている感。それと会議室から来る熱い視線。というか気持ち悪い視線。宰相と衛兵二人が中に入ったからエレノアは言葉に甘えた。
というか撤退した。
「え。勇者様……」Cの感動の表情が硝子のように崩れた。
「お前、魔物じゃないのか?」Bは煽った。




