28.舞勇
すっかり朝になっちまってる。
日が昇る直前、神妙な空の頃。城の庭を通って町へ戻る。
衛兵たちが通り過ぎて行った。目を擦って慌てている。
「エンヴィにラモンテ大臣がやられた」
「夢じゃないですか?」
「ほんとうだ! 自宅で惨殺された」
ラモンテがエンヴィに殺された? あのおっさんが? いまいち信じらんねえな。この前までピンピンしてたんだぜ。
まぁそんなの関係ないのはそうなんだが、しっくりとこない。
城門を潜り細かい階段を下る。血色の悪い白亜街に新聞が舞う。
静かなのは早朝だからか。それとも息を呑んでいるからか。わずかにいる上級国民たちは新聞を見て立ち尽くしていた。
この前はバカップルとか、呑気してるやつらばっかりだったのにそんなの一人もいない。
「昨日の騒ぎはこれだったのか。だとすると嘘だろ。住宅街にも魔物が現れるというのか。どこにも安全な場所は無いのか」
「エンヴィ。悪魔め! ここには書いていないが、衛兵の話じゃ遺体が破裂したと聞いたぞ。なんてことをするんだ」
「しかもこれで白亜街で連続だ。やつは確実にこっちを狙っているぞ!」
「あいつは魔物だ。狙って殺すって? そんなことできるわけねえ」
「おい、記事を見ろ」
俺は落ちていた新聞を拾い上げた。
『不倫大臣死す! エンヴィが市民の恨みを晴らす!――一昨日犠牲になった婦人(39)に横領の疑いあり――一部の市民の間では衛兵に変わって制裁を与えるエンヴィを英雄視する声も――エンヴィは貴族社会に蔓延する悪を払う存在なのか?』
ほんとに死んだんだなあのおっさん。べつに言われるほど悪いやつじゃなかったけどな。なんかちょっとだけ残念だな。
「何てこと書いてやがる」
「これでわかっただろ?」
「なんてこった。だとしたらうちは……」
「おい。まさかお前、汚職しているんじゃ……」
俺は衛兵の隣りで一緒にこの真っ青な白亜街を一望する。いい景色だ。いつもは涼しい顔しているやつらのいくつかが頭抱えてやがる。それで一発でわかる。自分がやっているって。衛兵は欠伸しているけどな。
さらに階段を降りて下町へ。大通りの朝はうるさかった。高い城壁が昇り始めた朝日を遮ってまだ薄暗いっていうのに新聞片手にどいつもこいつも元気だった。
「あの不倫野郎が死んだんだとさ。ざまあみやがれ。よくやった。エンヴィ!」
「税金で遊んでばかりだから殺されるんだ。死んでもしょうがねえな」
「おい。この前の婦人、店の金に手を出してたんだとさ」
「ああ知ってる。俺の友人がそこの工場をやっているんだけどな。衛兵が入ってきたってよ。本来の売り上げよりも低く記載しているってもんだから、景気が悪いってうるさい上司がいたら疑った方がいいってさ」
「どこもそうだろ。違うか?」
「ああそうだ。ひょっとしたらうちの雇い主もやってるかもな」
「でもすぐわかるぜ」
「どうやってだ?」
「エンヴィが現れりゃわかる」
「そうだな。もしかしたらそうかもな。だったら今日のうちに雇い主の顔を目に焼き付けと置かないとな。きっとオドオドしているだろうからな。見物だぜ」
「次はどんな悪人を懲らしめてくれるんだろうな」
「ああ。楽しみだ」
この大通りの広場に新聞社があるんだけどよ。朝から、社員だろうな、激しく人が出入りして騒々しいぜ。山ほどの新聞を持ってまた出てきた。小通りへ自転車を漕いでいった。
ここから白亜街を見上げる。朝が焼きついて赤くなった一望が血に染まる宮殿に見えた。一方でここ下町には白い雪が降った。新聞の紙吹雪が。
あのおっさんが死んだのは哀しいが、こうやって面白い景色が観れたならまぁいいか。
そして俺は道場に戻った。
隅にある小屋に入るとコップをひっくり返してコインを入れた。
「さて修行を始めるか」
「ってそうはいかないよ!」
「なんだよ。リュー。起きてたのかよ」
「今起きたんだよ! いきなり誰かが家に入ってきたら飛び起きるよ!」
「ああそうだ。世話になっているからな。つまらないものですが、これでも……」
「なんだろ? 何のお菓子かなぁ?(目がキラキラ)――って大剣! ホントに持ってきた!?」
「売ればそこそこ値が付くと思うぜ」
「現金がいいかなぁ……じゃなくて、あの後どうしたんだよ?」
コップの中にコインを入れてエーテルを込めてひっくり返す。エーテルがちゃんとコップ全体に被覆しているならコインが机に落ちない。
イメージしてやってみる。
……うん。コインが落ちた。
「無視されたぁ」
「悪い悪い。集中してるからさ」
「で、それはなんなのさ? 手品?」
「まぁ手品だな。そうだ。あとでこれで稼いで来るからそれで払うぜ」
「いいけど。嫌な予感がするなぁ。二度寝しよっ」
ということで修行を続ける。
修行描写なんて特にないから俺がなぜこうも真面目に修行しているかを言っておくぜ。
1.エンヴィを倒すため。
2.マーカスの無念を晴らすためにエンヴィを倒すため(存命)
3.クソカスことフルフル(?)よりも先にエンヴィを倒して恥をかかせたい!
以上。
という断固たる信念のおかげで俺は朝から昼。昼から晩までコップをひっくり返し続けられた。
だんだんと磁石みたいにコインが底にくっつくようになってきた。感覚はわかったから、あとはどれほど長くくっつけられるか。
「我ながら天才だぜ」
「ねぇ知ってる? またエンヴィが出たんだって。門下生の人たちが噂していたからね」
「滅茶苦茶知ってるぜ」
「そうなんだ。物知りだね」
「そうだ! 俺は何でも知ってる!」
「えー? じゃあ今お城にいる勇者様のことも知っているの?」
「滅茶苦茶知ってるぜ? なんだよ、あんな女に興味あるのか?」
「やっぱり女の子なんだ! すごいね!」
「すごいのは光の術ってやつだけで本人はそうでもないぜ?ってこんなの前回、散々言ったな」
「聞かせてよ」
「前回読め」
「鬼畜!」
すっかり外が真っ暗になっていた。下町も賑やかになっているのか。にしては騒々しい。もしやまたエンヴィが出たのか?
と突然外に出てたのをリューに驚かれながら。見覚えのある強面たちがそこにいた。
「カルロス! こんなとこにいたのか! おい、マーカスさんはどうなったんだ!」
「ずっとここにいたぜ。実は待ってたんだけど」
「で。マーカスさんは?」
「城にいるぜ」
「……城?」
なんだ。明らかに空気が悪くなった。おいおいこんなに下町の空気って汚かったっけ。息が詰まるぜ。強面が強面通り越して岩壁みたいに。アメリカの大統領の岩の壁のやつみたいかって? それよりも岩っぽい怖さだぜ。
「おいおい?」
「てめえ。売りやがったな?」
「おいおいおい?」
「マーカスさんを売りやがったなぁ!!」
なぞにブチ切れて殴りかかってきた強面々をうどんのようにそろりそろりと躱す。
こいつら相当頭に来てやがる、躊躇なく刃物出しやがった。それを刺しに刺しに来るのをひょろりひょろりと避けて、置いてあった桶を足で弾いて掴んで盾にする。桶のケツに短刀が十二本刺さって、ハリネズミみたいになった。
「待て待て。勘違いしてんだろ?」
「言い逃れするな! ぶっころしてやる! 裏切者め! 短刀返せよ!」抜き抜き。
ここのところ無意識になっていたみたいだ。ずっと修行していたから。ブルドクが必死に桶から短刀を引き抜こうとしてるのを止めようと思ったわけじゃない。
ただ――ブルドクが短刀を引き抜くと同時に吹っ飛んだ。ロケットみたいに吹っ飛んで壁に激突して気絶した。
「エーテル入ってた☆」
「てめえ!」
下町のやつらは勢い任せでならない。そんでもって割と真面目。だからブルドクと同じように桶から短刀を引き抜こうとして、流星群のように壁に激突して気絶した。
完全に気絶してやがる。これはしばらくは起きそうにない。
「お前ら、馬鹿だろ」
「すごいや、カルロス! どうやったの!」
「どうって? そうだな。まずこの短刀を持ってだな。ここに刺すんだ。で、引き抜いてみろ」
「そうか。じゃあ僕がこれを――ってやらないよ!」
最近は子供のほうが賢かったりする。
これだけできればコップの修行は十分だろ。あとは体に纏わせてみたりってところか。
「でも実戦経験が欲しいところだな――」
「うむ。ではちょうどいい相手がいる」
返答の主。チョビ白髭の、見るからに仙人っぽい。というか道着着ているし。ふくよかな爺さん。
「し、師匠さん!」
「師匠さん?」
「始めましてかな。私は玄天電。深武拳を教えている。君の風介術、中々の素質があるね」
「だろ? で、相手ってのは誰だ?」
「門下生だ」
「おいおい。相手にならないぜ。風介術なんて無くてもな」
「だからだ。風介術を使ってボコボコにしてやってくれ。最近、あいつらは弛んでいるからな」
「まぁいいか。でも俺に得がねえな」
「おっと。この小屋は誰のだったかな?」
そぼそぼっと言ってきた。
賢い爺さんだな。
「門下生をボコしたら、その後、私と戦ってちゃんと負けておくれ。頼んだぞ」
とぼとぼと去っていった。
ずる賢い爺さんだ。
それから朝まで被覆を体中にしたり、拳に集中させたり。休憩がてら酒場に行ってシェルゲームで儲けたり。バレて道場まで逃げ切ったら、また被覆の修行をして、朝になる前にやっぱり飽きたから酒場に行ってぼったくろうとしたら見つかって追いかけられて、なんだかんだめんどくさくなって返り討ちにして帰ってきて、鶏が鳴く頃に眠くなったから寝た。
「起きなよ! 師匠さんとの約束があるよ!」
「そうだっけ? 破ってもいいだろ。もうどうせ出て行くし」
「駄目だよ。僕が嫌われちゃうよ」
「たしかに。そいつは困る。徹夜するかぁ~」
道場からは鶏の鳴き声も潰す門下生の掛け声が煩い。うん。煩いくらいだ。
まだてんてんてん(?)が来てないみたいだけど、こいつらを干せばいいのか?
門下生の話が聞こえる。
「そろそろ俺たちも力がついてきているはずだよな」
「ああ。何にも怖くねえな。魔物なんざ、怖くねえ。エンヴィだってな。俺たちであれを倒しちまおうぜ」
「だな。エンヴィを倒し、俺たちが名を上げる時だ! そうすれば深武拳、それだけじゃない。皆、武術の偉大さを思い出してくれるだろ」
つまらない話だ。なんでこいつらを倒さなきゃいけないのか、なんとなく予想がつくぜ。
「ふぅ~お邪魔~」
俺はてんてんてんがいつも座っているらしい安っぽい椅子に座って頬杖をついた。
「師匠!――ん?」
一斉に俺のほうに振り向くが、その敬愛の瞳がすぐに軽蔑に変わった。
「お前だれだ! そこをどけ!」
「俺はカルロス様だ。偉大なる風介術の師範代だぜ?
「不愉快術? 外道が、そこに座るな!」
「どいつもこいつも。だったらどかしてみろよ。何にも怖くねえんだろ?」
「上等だ! ぶちかますぞ!」
一斉に殴りかかってきた。
それを躱して蹴って投げ飛ばして。
エーテルはこめちゃいない。座るのに使っているだけ。
お尻から椅子に被覆して立ってもバク転してもぴったり椅子が離れない!
「なんだその、椅子は! ふざけてんのか!」
「ふざけてんのはお前らの下手な武術だろ」
「おりゃあ! うわああ!」
意外と門下生多いな。しぶといし。少しばかり本気を出していくか。
と肩を回した隅に増援の足音がした。まだいたのか! と構えていると、
――蹴りが飛んできた。俺にじゃない。門下生にだ。
さっきまで気絶していたウルブスのやつらがやってきた。
「寄って集ってカルロスを倒そうとするクソガキをぶちのめすぞ!」
「うおおお!!」
そして乱闘になった。
もちろん反社のほうが強い。
見るも無残に、門下生は雑巾になった。
これでいいのか?
まぁいいか。
ブルドクが煙草を取り出し、咥えようとしたがやめた。
「おい、なんで俺を助けたんだ? 厳密には助けたわけじゃねえけど」
「カルロスは俺たちを倒した後にトドメを刺さなかった。だから裏切者じゃないってわかったんだ。それに冷静になればお前がそんなことするわけねえ。強いからな」
「お前ら絶対……馬鹿だろ」
「やっぱり裏切者だったってか?」
なんかもうめんどくさいから何も言わないでおこう。
そう落ち着いた頃、奥から出てきた。
「門下生をこんなにしたのは誰だ! 武道家玄天電が打ち滅ぼしてやろう!!」
「なんだ! 次はお前だな! いくぞ野郎共!!」
「え? 話が違――」
何も言わなかったからてんてんてんが一瞬でくたばった。
リューがあわあわしているが、起っちまったもんは仕方ねえ。というか何を言っても止まんなかったろう。
すっきりしたみたいだ。ブルドクが声を掛けてきた。
「カルロス。マーカスさんを守ってくれて感謝する。このお礼はまた今度させてもらう」
「気にすんなよ」
「俺たちは頭に報告してくる。何か用があったら来てくれ」
「どこにだ――って」
もういないし。一日何も食わず寝てたのに元気なもんだ。用なんて無いだろうからまぁいいか。
リューが惨状を見て固まっている。
「にしても、これどうしよう」
「あわあわ」リュー。
「あわあわ」真似しとこ。
弟子、師匠諸共全員白目向いてくたばっていた。
道場の柱とか諸々ぶっ壊れてるし、ほんと、派手にやってくれたな。あいつら。
俺はやっと椅子を尻から剥がした。
それで一息、座ろうとしたら、空気椅子? 痛いなと思って、見て見りゃ、板一枚しかなかった。
俺もまだまだだな。修行しよう。




