26.まぁカス
石垣に荒れた木の板が雑に貼られている。その一画に迷い込んだ。
地面も石で、ところどころ大きく削れたところが穴になって躓きそうになるわ、何が混ざってるのか、水溜まりになっている。
ちゅーちゅーとか、むしむしとか右往左往。
衛兵もこんなところまで追おうとしなかったみたいだ。死体になって引き摺られでもしないとな。
一風変わって月の銀が辺りを照らした。
何かあるわけでもない。廃屋がついに城壁じみた、そこそこの広いところだ。
「行き止まりか」マーカスが火を煙草に灯した。
「マーカス。先に聞いておくぜ」
「なんだ」
「魔物を倒したことあるか?」
「こんだけ広い都市だからな。魔物も出る。大概は雑魚だな。エンヴィレベルはまだだがな」
「いるぜ」
廃屋壁の向こうから飛び込んできた、
――牛の足と尻尾。ごつごつした、岩の鎧のような胸と腕。
だいたい二メートル半ってところか。
鬼と瓜二つな長い角と歯、谷の様に開いた目。
さぞかし固いであろう拳には血がびっしりと、骨の破片が刺さってもいる。
俺の直感。レベル3ってところだ。
脳筋角野郎。猫野郎ほど質が悪そうじゃないな。
地面を削るように後ろ足を摩っている。
「エンヴィじゃねえな。ただの牛だな?」
「デーモンだろ」
「ハナスコトナイ。オマエモツブス。ツブス!」
闇に沈んでいた目の谷が赤くなった。と、ともに勢い狭しくこっちに突撃してきた!
デーモンの巨体と鋭い角がどうしても威圧感がある。
勢いというのもスピードではない。夜を裂かんばかりの猛烈な殺意だ。
まぁ大袈裟に表現しつつも上に躱すけどな。マーカスは横に躱した。
デーモンはそのまま廃屋に激突。
角を振るうと木切れが嵐のように散らかった。その破片が飛んできてちょっと痛い。
俺は屋根に着地。
マーカスは真面目に地上戦かよ。まぁそりゃそうか。逃げ場ねえな。
「お前、エンヴィじゃねえな。まぁ俺たちの町で好き勝手やるからにはどいつも同じだ。手加減しねえからな」
「エンヴィ……ソウカ。オマエモカ。アアアアアア!! ユルサナイ!!」
ブンブンと頭を回して角を振り回して、目がもっと赤くなった。挑発するくらいに余裕があるのかよ。
マーカスがこっち見てきた。だったら加勢しなくても良いってか? それとも安全地帯にいる臆病者じゃねえってか。
「だったら下りるしかねえな」着地。
「悪いがお前の出番は無え」
「そうかよ」そのまま着席。
首の体操が終わったらしい。荒げた息、膨張した肉体、
――強く踏む牛の足。今度はとんでもない威力で来た。
マーカスは手に、セスタスか? みたいなものを装着して構えている。あんなので魔物が倒せんのかな。
マッチだ。スッと火をつけるとセスタスに――発火させた。拳が炎を纏った。
「ユルサナアアアアアアアアアァイ!!!」
地面を蹴り、削り飛ばし、デーモンが突撃。
退けた風がめまぐるしい。デーモンの姿がぼやけるほどだ。
決して速くはない。でもあれは避けにくいだろう。
威圧感もそうだけど風だ。角が風を脅して前方に渦を発生させている。半径数メートルの渦だ。やってくるというより自分が突進に引き寄せられる。
さっさと避けないと消し炭になる、
――ていうのにマーカスは待ち構えていた。
「死ぬぞ。そのままじゃ!」
「そうだ。デーモンがな」
「言ってる場合かよ!」
言っている場合だった。途端、マーカスの姿が無くなっちまった。
おいおい。こいつ、出る作品間違えてんだろ。転生者かよ?
って思ったのは俺だけじゃねえ、デーモンもそうだった。
そう思い過ぎて大袈裟に転んで家を均しちまった。
ってのは冗談で、足だ。デーモンの足首が捻じれている。そこには火傷の跡があった、
――マーカスはそこに立っていた。
「喧嘩に流派も道場もないからな。実践だけだ。岩みてえな上半身に攻撃が通らないだろうからな。まずは下半身。次は付け根ってところだ。相手が馬鹿で助かる」
「さっさと倒しちまえよ」
炎の蝶が舞う。早くも足が治りそうだったデーモンの顔面に淀みない拳が燃え盛る。
デーモンは悶え苦しむ。太い腕を乱暴に振り回す。どれも容易く避けられているが。
魔物は炎が苦手なようだ。一発一発にさほど威力がないものの、燃える魔物の皮膚が治癒を遅らせる。
さらに燃えた皮膚の先、魔物の内部に直接攻撃が入る。風介術、いらなくね?
「大したことないな。こんなに大きな魔物は初めてだったが、ちっとも怖くねえ! そのまま這いつくばってもらうぞ!」
デーモンの剥げた脳天の奥にひと際輝く闇を見つけたとき、マーカスは勝利を確信した。
右手をわしのようにしてそこへ手を突っ込む。闇の真珠を剥ぎ取ろうとした。
俺ならとても怖くて触れないな。でもマーカスは盗賊だからな。擽られちまったんだろうな。宝石のような闇に。
腕に闇の茨が絡みつき、ぶくぶくと腫れていった。
「うあああ! なんだこれは!」
腕が細く、干乾びていく。腕だけじゃねえ。マーカスの体もだんだんと。何かよくわからねえが、ヤバいのはわかる。
「手を引っこ抜けよ!」
「できたらやっている! くそ!」
今まで魔物を退治して来たけど、あんなの見たことない。
だからどうしたらいいかわからない。
マーカスはらしくなく怯えていた。
しかしだんだんと強面に戻っていった。
「こんな魔物一匹。こんな目に合うとはな。ほんとに魔物から町を守れねえじゃねえか。クソ野郎が」
「そんなこと言ってる場合かよ。よし、じっとしてろ。今からこいつをぶっ殺す。あーでもそんなことしたらマーカスごと吹っ飛んじまうな」
「何言ってる。やれ。トドメを刺せ! せめてこいつを殺してくれ!」
「お前……理解できねえな。こんなときに意地を張るか普通」
「堅気じゃねえんでな」
迷うまでもない。
俺はデーモンをそっちのけ、マーカスを、
――その腕を強く掴んだ。やるしかねえ。
俺は初めて自分の怪力を自覚した。こんな恐ろしいとは。
ちょっと引っ張っただけでマーカスの腕がもげた。
マーカスは嘘みたいに引っこ抜けた。恐ろしく白い顔で、だとしても俺を睨んだ。
「まだ意地張るかよ」
「違う……後ろだ」
振り向くまでもない。気づいていた。すでに俺の拳はエーテルでびんびんだぜ。
「ウデノツギはゼンシンダ!!」
咆哮と共にデーモンの分厚い左拳が俺目掛けて飛んできた。
デーモンの、一見金剛石よりも固いような拳でも、俺に取っちゃ豆腐だ。
「じゃあこっちは腕から頂くぜ!」
俺の右拳がデーモンの左拳を裂き砕いていく。デーモンの腕は瓦礫となって散らかっていく。
まさしく奴の崩した石垣の破片と見分けもつかない。
片手を無くしたデーモンは、バランスを失い、尻もちをついた。
「さっさと倒すぜ。こいつなんかに犠牲なんていらないってわかるようにな」
「やれ……」
エーテルを右手に凝縮する。
エレノアみたいに光るわけじゃねえけど、岩盤よりも固い一撃を込める。
特に言うことなし、
――悪魔パンチ。
デーモンの顔面が咲くように粉々に散る。
「アアアアアアアァァァ……」
バタンとしゅわしゅわ。
デーモン、死亡。
呆気ないな。
「こんなんなら俺がさっさと倒しちまえばよかった。無駄な負傷だぜ。野良デーモンってだけで、エンヴィでも無かったしな」
「無駄か。そう思うか?」
「カッコつけんなよ。俺はまだまだ堅気みてえだ」
「ふん。クソが……」
マーカスはついに気を失った。重傷だな。
エレノアがいりゃ、大したことねえんだけど。城に居るのか?
俺は白亜街の頂上に聳える白城を見上げた。
「行くか」
血塗れの強面を抱え、白亜街をダッシュ。
なんか白亜街の西側が騒がしいが、それどころじゃない。
運良くか、城門に衛兵がいなかったから、ちゃちゃっと入る。
城の中、衛兵が俺の行く手を阻んだ。
「なんだお前は!」
「なんでもいいだろ。俺は勇者の従者だ。エレノアは何処だ?」
「お前が従者? なんの冗談だ? 不審者に答えることなど何も無い。立ち去れ」
「立ち去れだって? こいつの状態がわかんねえのか?」
「わからない。そもそも誰だ、そいつは」
「じゃあしょうがねえな。だったらお前にちょっと痛い目に合って貰えばわかるかもな?」
「なんだと。やる気か?」
「やる気じゃないように見えるか?」
衛兵が槍を向けて、
来る前に蹴り飛ばした。
ぞろぞろと衛兵がやってきた。
「城で暴力とは。その意味がわかっているのか!」
「人が死にそうなときに意味も何もあるかよ。いいから、エレノアはどこだ!」
背中にはすでに血が沁みついている。それが汗と混じって溶けだした。
一方でマーカスが冷たくなってきていた。
急がねえと。
「なんだ。この騒ぎは」
上から派手な鎧を着込んだ老人が降りてきた。
身なりからして騎士だけど、小さいし、弱そうだ。
「デルタさん。不審者が暴れていて。でも大丈夫です。これくらい我々で」
「それはそうかもしれんが、その男の背に酷い怪我をしている者がいる。とにかく彼の治癒をせねばならない。彼らを治癒室に案内したまえ」
衛兵が武器をしまった。
「こっちだ」
「処刑場じゃないだろうな?」
「黙れ」
衛兵についていく。
あっちでデルタって老騎士と衛兵の話しているのが聞こえてきた。
「顔からしてヤクザかなんかでしょう。気にする必要はありません。死んで当然です。なのになぜ?」
「否定はしないが、無駄な戦闘でこちらが怪我をするのも良くない。それにあの風向き、暴れるならとっくに襲い掛かってきている。辺に刺激すればそれこそ王に危害が出る。いいかね。戦うことだけが重要じゃない。戦わないで済むのが一番なのだよ」
「治癒室は王族と騎士しか使えないのにですか」
「嫉妬かね?」
「そ、そうではありませんが」
「もしも彼が邪なる者ならそれは吾輩の責任だ。それでよい」
ちなみにだが、あんな老騎士のこと忘れていいぜ。
紳士っぽいが、結局策士って感じだ。善意じゃなかったみたいだ。
まぁどっちにせよ、マーカスが助かればいい。
――その後。
治療師がマーカスに、エレノアのに似た、白い光をあてた。
無くなった腕が生えてくるわけではなさそうだ。まぁでも助かりそうだ。
エレノア以外にも治癒ができる人っていたんだな。あれってあんまり珍しくねえのか? でも傷の治り具合からして、エレノアの方が腕が良いみたいだ。
そう眺めていると、身なりに彩りがあるおっさんがやってきた。
「ちょうどいいところにきた。エレノアはどこにいるんだ? このおばさんたちよりすぐ治せるぜ」
「ごほん。カルロスさんですね? 治療はこちらに任しておいて。少しよろしいでしょうか」
「なんだよ?」
「”少し”よろしいでしょうか」
この感じ。さっきから衛兵が俺のことを煙たがっていたのが気になっていた。別室でお話がありますって。
「行くわけないだろ。あんたら、信用できねえなぁ。ほんとにこれも治癒なんだかな?」
「そう見えますか? なら今すぐやめてもよろしいですよ」
「え、さっきの騎士爺さんより立場が上の人だったりする?」




