25.クランウルブス
赤焼けも届かない下町の深いところ。昨日の汚臭が懐かしくなってきた。
暗く狭い路に死んだようなやつらが這っていた。こいつらなんのために生きてるんだろうな。
ちょいと進んで泥のような色した川の辺りにボロ家が立ち並んでいる。
そこを通って七色の大きなボロ家についた。
「B。遊ぶなら一人で行けよ。俺はそんな気分じゃねえよ」
「ちげえよ! ここに用があんだよ。俺たちは」
Bの強面顔パス。店員の痩せた男が無言のまま案内をする。
同時に裏から覗いていた女が動き始めたみたいだ。
「でB。何の用なんだよ?」
「黙ってろ」
「ふわぁ~!」
「欠伸もするな。口閉じろ。あとBじゃなくてブルドクだ。いいかげん覚えろよな」
「おう。ブルドッグ」
まさしくブルドッグみたいに怖い顔で睨んできた。
可愛らしい? そうは思えねえけどな。ブスだろ。それが可愛い? 比喩でもか?
まだ店は準備中。
布一枚の厚化粧や髭の似合わない細身が走り回っている。
ポールの滑りが悪いと筋肉に髭が引き千切られそうだ。その筋肉がこっちを向いた。愛人に送るような視線じゃねえな。
案内のままに奥へ。
店員が外観には似合わねえ黒い扉を叩いた。
ブルドクがドーベルマンみてえに気合いの入った顔をする。自分のことを強いと思って威嚇する、ブルドッグだぜ。
中に入る。
サングラスの太ったおっさんが煙草咥えて待ち構えていた。椅子にもたれかかっている。あの体重に耐えうる椅子だ。見た目だけの安物ではないみてえだ。
おっさんは下っ端に命令していた。
「いいか。次の選挙はカーターロウグだ。間違ってもラモンテやベルフェルトに入れるなよ。呆けたジジババにちゃんとラモンテと王族はクソだって説明しとけよな」
「おい。誰がカーターなんて野郎に入れろって言ったんだ?」
ブルドグが割り込んでいく。
「ありゃ、ブルドク。何の用だ?」
「しらばっくれてんじゃねえ! デイブよぉ、この前、言ったはずだ! 今日払わなかったらどうなるか!」
「どうなるんだ? ああ? どうなるってんだ!!」
血相が変わった。おっさんが怒鳴り立つとビチビチのワイシャツがはち切れた。
こっちにボタンが飛んできたから飛ぶ虫にするように掴んだ。
「てめぇら俺の店を守るって約束だったろ! どうだ! 今月に二人だ! 二人もうちの嬢がやられた!! 一人は稼ぎ頭だったんだ! くそ! どうなるかって? このまま潰れるだけだ! 帰りがやれ!!」
机に新聞があった。大々的に『エンヴィまた現る!!』と載っている。
昨日の出来事だな。俺がやられたことは書いてないか? ふぅ~よかった。
被害者に娼婦がいたって話だったな。そうか。娼婦の働いていた店なのかここは。
ブルドグは飼い主に怒られたみたいに萎縮している。お前だろ、飼い主は。
「ぐうの音も出ないって感じだな」弄る。
「うるせえ。こっちにも面目ってのがある。引けねえんだよ。それにお前、勘違いしてんじゃねえか! 俺たちがいなかったらこの店の女全員が食われてたぜ! あれから俺たちが守っているから今も営業出来てんだ!!」
「勘違いしてんのはそっちだ! とにかくもうお前たちには頼らねえ! ちょうど優麗会もいるしな」
「なんだと? 今なんつった?」
「優麗会つったんだよ!」
「て、てめぇ! 寝返ったな!」激昂した。店が揺れたぞ。
「じゃなきゃ、魔物に寝首を掻かれるからな!!」
「くそ野郎! 覚えとけ。お前たちが裏切ったのはクランウルブズだからな。いくぞ、カルロス」
ブルドクは引き戸を蹴り開け――ようとして失敗し、足を痛めた。
俺は笑いを堪えながらここを後にする。
ところがそうもさせてくれないらしい。柄の悪い連中がぞろぞろ入ってきた。
「そうだ。確認したい。俺が裏切ったのはクランウルブズだよな? なら手加減できないよな~?」
「デイブ、てめえ!」ブルドクがデブに殴りかかる。
「やれ。優麗会の財力を見せてもらおう」それをひと際柄の悪いのっぽが受けた。
のっぽの男は不敵に笑った。
「犬の拳にしたってもうちょっと痛いね」
「この野郎!!」
あののっぽが一番強そうだな。
さてスーツが七つ。ずいぶんとここも狭くなったもんだ。
こっちは二人。ブルドクが背中を合わせようとしてきたが、気持ち悪いので避ける。
「おい、新入り。逃げんなよ」
「逃げてねえ。譲ってやる。あとの六人は任せておけよ」
「クソデブもだ」
「いいぜ」
デイブが笑い返す。煙を吐く、
――柄悪が一斉に殴りかかってきた。
俺は合気道の達人。躱して転ばせ、受け流し壁に激突させ、飛んで蹴り飛ばした。
ついでにパンチをしゃがんで躱して柄の悪いズボンを脱がした。
「いやん!」
「ネコ柄? うわぁ、嫌なやつ思い出した。あー許せねえ!」
「は? おい、俺は無関係――」
「クソ猫がああああああああああああ!!」
その股に頭を入れて持ち上げるとぐるぐる回って周りのやつらをなぎ倒した。
用済みのネコパンをデブにストライク。あ、ブルドクにぶつかっちまった。
「あぶねえだろうが!」
「それくらい避けろよ!」
「なんだと? どっちが上司かわかってんの――」
言い争っているところに殴りかかってきた二人を互いに躱し、二人は互いにぶつかった。
その二人。
「どこ見て殴ってやがる!」
「なんだと? 俺に逆らうのか!」
と言い争う柄悪をブルドクが椅子、俺はソファでぶん殴る。
「乱闘中に仲間割れできるほど暇じゃねえぜ?」ソファもう一発。
「全くだ」椅子もう一発。
残りはこっちが一人。ブルドクがノッポ。
「こっちは終わったも同然だな」
「へへ。そうかよ!」
下っ端が俺を怒らせたなら知らねえぞってオジオジと刀みてえなサーベルを抜いた。
シャシュカって感じだ。刃に反射した光が野郎の目に入ってギラついた。
「こいよ」
「死ねえぇえ!!」
「!」そんな自信満々な刃にグーパン。木端微塵。
「え?」目が点。
「せいっ!」ブチ殴る。
さて。あっちはどうなったかな。
と振り向いたところに一反木綿?が飛んできたから避けた。
違った。ノッポだ。
「おー。ブルドクやるじゃねえか」
「当たり前だろ。舐めんな。さてと、あとはこいつだけだな」
デイブは息を荒げていた。
「ったく。使い物になんねえな! いくら出したと思ってやがる!」壁に掛けられていた斧を取ったデイブ。
「見とけ。裏切者がどうなるかを」
「うおりゃー!」
デイブが力任せに大振り
――する前にブルドクの鋭い蹴りが顔面に入った。デイブは嘘みてえにぶっ倒れた。
「これで終いだな」俺は金庫を漁ろうとした。
「まだだ」
「もう敵はいねえぞ?」開かねえ。あ、ダイヤルが取れちゃった。
「いるだろ。ここに」
ブルドクは胸元から短刀を出した。
デイブの胸ぐらを掴むとそれを向けた。
「おいおい。殺すまではねえだろ」
「ある。言っただろ。面目だとな」
「豚カツにでもするってかよ?」
「それもいいな。そんでもって豚の餌にしてやる」
クランウルブスだっけ。残忍だぜ。
なるほどな。ブルドクの短刀が狼の牙に見えた。
エレノアみたいに止めないぜ。まぁ誰かも知らないデブが死んだところでどうでもいいからな。
――まぁ衛兵は止めるみたいだけど。ドタバタと廊下が騒がしくなった。
「ワレ、退かんかい! ゴラァ!」
「くそ。衛兵かよ!」
「もうそこまで来てるぜ。あ。こんにちわ」
「挨拶してる場合か! 逃げるぞ!」
ブルドクはデイブを置いて逃げ出した。俺はその後に従った。
衛兵に追われるのも慣れたもんで、ささっと撒いて下町まで戻ってきた。
ふぅ。
下町はもう夜。白亜街の神秘的な白照明とは重ならない橙の和気藹々が広がる。
昼は死んだみてえな町も夜となると活気づくものだ。寂しかった道を屋台と人混みで賑わっていた。
ブルドクお気に入りのケバブ屋台。
ジュルリ。俺は座って味を採点する。
「これは美味い! 毎日食べたいくらいだ」
「そうだろ! 流石俺の部下だ! もっと食えよ!」
「酒も飲める。たまんねえぜ!」
「食え食え!」
「うおおお! 人をぶん殴って飯が食える。こんな楽な仕事はねえ!!!」
……。
賑やかだった辺りが消え失せた。どうかしたのかとブルドクに聞くと「お前だ」と吠えられた。
そうこう飯を堪能していると、見覚えのある強面を先頭にぞろぞろと怖そうなやつらがやってきた。
で、強面が隣りに座った。まぁマーカスだけど。なんか景気悪い顔してんな。
「カルロス。初仕事はどうだったよ? 聞いたぜ。派手にやったんだとな」
「そうだ。ボコボコにしてやったぜ? どうしたんだ、そんな不機嫌で。あんたもケバブ食えよ。ブルドクの奢りだぜ」
なんだ?
バッ!と後ろでブルドクが立ち上がった。
「すいません! 仕留め損ねました! 必ず野郎の首は!! おい! お前も立てって!」
「違げえ。いいから座れ」マーカスは煙草を咥えた。
なんかキレてる?
でも怒られる筋合いなんてないから店主にケバブもう一皿頼んだ。
「頼むな頼むな! 立てって!」
「座れって言ってんだろうが!」キレた。煙草飛んできた。
「どっちだよ? 怒っても萎縮しても仕方ねえぜ。まずは飯だ。食えば落ち着くってもんだろ。ほらほら、マーカス、あーん?」頬チクチク。
「ふざけてんのか。お前?」もっと怒ったぜ☆
上司を怒らせるいくつかの方法。その一。ケバブを頬にこすりつける。
とりあえずブルドクがペコペコしまくったから落ち着いた。
「ブルドク。もういい。どうせ意味わかってねえんだろ。だからこうなってんだからな」
「すいません!(ぺこぺこ)」
「だからもういいって言ってんだろ。座りやがれ」
「で。なんで怒ってんだよ。俺たちは言われた通りあいつらを〆たぜ?」
「言われた通りだと? 俺はお前たちに金を取って来いって言ったはずだが?」
「マーカスさん! 聞いてくださいよ! それがやつら、裏切ったんですよ! 優麗会と組みやがった! だから用済みだってけしかけてきやがった!」
「ああ知っている。お前はもう黙れ」
「えっ?」
ブルドクは固まった。飼い主に見放されて固まった。なんか可哀そうだな。
マーカスはビールを飲みながら話を続けた。
「ふぅ。お前らはわかってないみたいだな。俺たちは荒くれものじゃねえ。盗賊団だ」
「荒くれものじゃねえか」
「クランウルブスは違うってんだ」
「さっきは散々俺を追い回して町を破壊してたじゃねえか。荒くれものじゃねえか」
「いいから聞け。クランウルブスの決まりに『裏切者は噛み殺せ』ってのがある。確かにデイブは裏切り者だな。でも奴がそうした理由は合理的だ。俺たちに落ち度があった」
「あのクソ猫に店の女が殺されたんだってな」
「クソ猫……エンヴィのことか。ああそうだ。しかも二人もだ。完全にこっちのミスだ。だからこの場合は決まりとは違う。言っただろ。俺たちは荒くれものじゃない。筋を通さないとならない」
「あー。具体的には何なんだよ。今の時代、長ったらしい会話は好かれないぜ。ただでさえ、現代人の読解力は落ちてんだからな」
「いいや。俺は答えない。自分でわかっているはずだ。でなければうちに属する価値などない」
「わかんねぇ!!」
堂々たる宣言。俺は盗賊団を抜け出した。
しかし抜け出せなかった。
「お前は例外だった」
「ならさっさと教えろよ」
マーカスは如何にもと威厳を見せつけてきた。
「どんな信条があろうと結局は何ができるのかだ。今この町ではクランウルブスじゃ魔物から店を守れないと広まり始めている。お前はどう思う?」
「自分でさっき言ってただろ。合理的だって。できないってことだろ」
「ああ。そうだ。だからデイブを殺しちゃならない」
「デイブが正しいからだろ?」
「違う。自分たちで認めたことになるからだ」
「あー?」酒を啜る。
「クランウルブスは魔物に負けた。だから店から金を恐喝するようになったとな。言っただろ。俺たちは荒くれものじゃねえ。約束は守る。今回は俺たちが守れなかった。奴の意見は妥当だったわけだ。だとしても優麗会に頼ろうなんざ、頭が許さねえだろうが」
マーカスって回りくどいよな。つまりはデイブを殺っちまうと約束を破る連中と広まってしまい、クランウルブスの信頼に傷付くってことだ。
盗賊団に信頼なんかあるのかって? その通りだ
……マーカスの真剣な顔つきを見ているとそうとも言えねえか。
「運が無かったってことだろ。なかなか厄介だからな、あの猫野郎……」
「そうだな。エンヴィってやつは運が無かった」
「は?」
ちょうどだった。
人溢れる路の向こうから男が慌ただしく走ってきた。
事件の産声がした。浮かべた疑問符が背を伸ばして感嘆符に変わった。
「現れた! エンヴィだ! エンヴィがまた現れたぞ!!!」
屋台の灯が影を揺らす。橙が冷えついた。
すると騒々しい人混みも凍りついているから、掻き分けるのも容易い。
俺はすぐさま声の主の前へ辿り着いた。
マーカスもだ。
「奴はどこだ?」
「あっちだよ! すぐそこだ! 行けばわかると思うぜ、派手にやりやがった!」
「そうか。急ぐぞ、てめえら!」
「おう!!!」
その他もだった。
クランウルブスは男の指差したほうへ突撃していった。
俺を置いて。
猫野郎に因縁があるのは俺だぜ。リベンジマッチだって本来なら胸が躍るところだったのに。
「おいおいおいおい! 待てって!」
でも心配が勝つぜ。
穏やかだった通りを一つ外れれば黴臭い虚ろが広がっていた。
誰だって彷徨いたくない狭い路に月光が衛兵を刺して、血溜まりを見せる。
上の階段から転がる白亜街の光りと赤いそれがこの路地の色だった。
本能を欺いてしまったんだ。
息止まり、クランウルブスの下っ端たちが青ざめていた。
ああ、もっと言えばいい。衛兵の死体は、いや、死骸だ。何かに潰されたみたいにバラバラになっていた。こんな残虐な殺しをよくもできる。
「あんたらはまともみてえだな」
「お前ら。怖気ついたなら来るな。戦えるやつだけ来い」
マーカスは未だ暗がりにある魔物の影を追っていく。他はほとんど立ち尽くしてんな。
あいつにこう言われた後に行くのも気持ち悪いが、行かなきゃ引導を渡せない。
「気合い入れるか」
俺とマーカスは死骸の迷路を駆けていく。




