24.イカサマ修行
階上の演説家からすれば日下の酒場に群がる彼らは卑しい虫に見えているのだろうか。
じめじめとした屋根の暗がりにその身を隠して生を啜る貧相は彼らの恰好の的でもあるのだろう。
下町とはそういうところだ。
ボロ布に髭を蓄えた有象無象が軋む椅子を揺らして胃を安い酒で塞ぐ。
これが都心ならばなおさら話題も尽きない。
「なぁ聞いたか。昨日、また出たんだとさ。白亜街で例の魔物が」
「エンヴィウォーカーだろ。ついに白亜街まで出たのか。これで貴族様もやる気になるだろうさ」
「ああ。朝凄かったね。人がごった返してた。我先と騎士を罵倒しようとしてな」
「ざまあみやがれ。あんなやつら魔物に食われちまえばいいのさ!」
「そうだな。散々酷使しやがって! 報いを受けろ!」
「いいや受けるだろうさ。もうじき選挙だ」
こんな感じだ。あいつらには不味い酒でも飲める理由がありそうだ。
まぁこっちは不味いまま飲めたもんじゃないし、こうも辛気臭くちゃ耐えられない。
村のやつらは都会に憧れていたが、言うほどじゃねえぜ。
そうやって暇つぶしに周りを眺めて数十分、爺がやっと口を開いた。
「生きる意味とは何だと思うかね?」
「なんだそれ。朝から安酒飲んでるやつらへの皮肉か?」
「違うわい」
真面目な話らしい。急に爺が厳かになった。
「これからお主は激しい戦いに身を投じることになるじゃろう。決して避けられない。戦い生き抜く為には必要なんじゃよ。どうして生きるのかという意味がの」
ぞっとした。爺は確信めいた表情をしていた。まるで予言者だ。
それにしても酷く鋭い眼光だ。年齢の重さを叩きつけてくるような。
敵わねえな。こういうのは嫌だな。窮屈でならない。
「考えたことも無いし、考えてもわかんねえよ。記憶喪失だしな。まぁ大丈夫。俺は負けねえよ。負けそうになったら逃げるからな。それよりもさっさとヒフク?を教えてくれよ」
「そうか。それもよかろう。そうできるならのう」
「なんだよ。意味深だぜ」
「確認なんじゃが、勇者に同行するのかの?」
「なわけねえだろ――っていいたところだけどな。王様が言うにはよ、魔王をどうにかしなきゃ村に兵士を置いてくれないんだとよ。まぁでもエレノアは魔王を倒しに行くよな。だから、で、俺は帰る? だったら一緒に魔王倒した方が手っ取り早いだろ。魔物だっていなくなんだろ、そしたら」
「そうじゃな!」
なぜか爺は嬉しそうに微笑んだ。こっちは長引いてうんざりしてるのに。
20話で終わるって聞いてたぜ?
爺はそんな気持ちを逆なでするように「ほっほっほ」と笑った。
しかも床に酒を零して空にした。
コップ二つ。それにコインを一つ出した。
「なんだよ。ゲームでもするつもりかよ」
「まぁ見ておれ。おいそこの」
爺はあっちの席にいる強面二人を呼んだ。
強面二人がのそのそとこっちへ来た。
適当に強面A、Bっていうことにしとくぜ。Aは偉そうで無口だ。
だからBが話しかけてきた。
「なんだ爺さん。こっちは忙しいんだけどな」
「ちょいと賭けでもせんか?」
「ほう。そいつは面白い。でもやめといたほうがいいぜ。年金が無くなるだけだからな」
「やるのか? やらんのか?」
「ふぅ、威勢のいい爺さんだ。いくらだ?」
「10ゴールドってところでどうじゃ? 少し良い酒が飲めるぞ」
「いいだろう」強面Bが椅子に座った。
BはAの部下みたいだ。Aはまぁずっと黙って、為り行きを見てる。まずはお前がやってみろってBを座らせたんだぜ。
ああ、あと今は全然昼なんだよ。酒場だから夜だと思ったか? 違う。
つまり昼から飲んでるやつなんて碌なやつじゃねえってことだ。
Bは自信満々にヘラヘラしているけどよ、なんかだかな。嫌な予感がするぜ。
「でははじめるとしよう」
爺はコインをコップで隠すとそれぞれを机に擦って動かした。
シェルゲームってやつだ。
爺は爺さんらしく「ほいほい」言いながらチンタラ動かしている。
Bが目で追って笑ってんぜ。
「こんなの目を瞑っててもわかるぜ、爺さんよ?」
「ほぉ?」
止まった。
「ほい。どっちじゃ」
「おいおい爺さん。お年玉にしちゃまだ早いんじゃねえのか? 右だ」
「ほんとにそれで良いのか?」
「心理戦ってか? 卑しいぜ爺さん。右でいいぜ」
「そうか。参ったのぉ」
正解。こんなのサイコロ振ったって右だって出ちまうぜ。
一体なにがしたいんだ、爺。
「おい爺さん。20ゴールドだぜ」
「うむ。それもいいが、どうじゃ? もう一回やらんか?」
「おいおい。もしかして金持ってねえのか? 俺も貧乏な爺さんから金を取るクズじゃねえ。忘れてやるよ」
Bが慈悲深く席を立とうとしたそのとき、爺の眼光が鋭くなった。
「次は30ゴールド。これならどうじゃ?」
爺は本気みたいだ。
Bもそう気づいて座った。
Aはべつの何かに気付いたのか、訝しんだ。
「やめておけ」止めるA。
「なにをですか? ここまで煽られたら逃げられないっすよ。爺さんの口座を空にするまでな」
Bは聞かず、ふざけた。
Aは溜息をついて首を振った。
A、そんなに警戒しなくても、爺にはなんもなさそうだぞ。
てか爺、大丈夫なんだろうな。
「爺さん。20足す60はわかるな? 80だ。確認するぜ。いいんだな?」
「その理屈ならお主が外しても儂が80でよいのか?」
「はっはっは! こいつは傑作だ! いいぜ。なんだったら100払ってもいい!」
「ほぉ。では始めるとするかの」
テーブルにコインを置きコップで隠す。
コップは二つ。
爺はコップを動かし始めた。
「はっはっは!」
おいおい。さっきよりもゆっくり動かしてやがる。
80ゴールドはなかなかの金額だぜ爺。Bが大笑いしてるぞ。
「おい。目を離すな」Aが怖い目をする。
「なにをですか? 脅かさないでくださいよ!」
しばらくして止まった。
「ほい」
今度も右だ。
ったくなんなんだよこの茶番は。
ずっと俺は見てるだけだし、もう我慢できねえ。
「おい。爺。これは何なんだよ?」こそこそ。
「まぁ見ておれ」
もどかしいぜ。
あー酒まずっ! 泥かよ!
「どっちじゃ?」
「右だろ爺さん? 80は貰ったぜ」Bの表情には一点の曇りもない。
「いいんじゃな?」
「ああいいぜ。早く開けな」
爺はコップ二つを同時に引き上げた。
正解は、
――左だった。左にコインがあった。
Bはゴリラみてえに目と口を開けて驚いている。
「おいおい。そんなわけねえだろ。どういうことだ?」
「払ってくれるんじゃろ?」にこにこ。
「こんなの払うわけ。な、なんかのインチキだ! そうに決まってる!」
Bが大声をあげると店にいた誰もがこっちを面白がった。
なんだなんだと呟いて。
注目されるのを嫌がったのか、Aが100ゴールドを投げ渡した。
「もういいだろ。それくらいあげちまえ」
「待ってくださいよ。マーカスさん」
「好くねえ。この爺さん、まだ集る気だぜ」
「ほっほっほ。お主らが望むならな」
「こんな爺さんに舐められてたまるかよ!」
Bは強引に座った。
Aは呆れたようだ。煙草を咥えて外の風を浴びに行った。
掛け金は20ゴールドになった。
それからなんだが。
爺はまるで悪魔の形相だったぜ。
何のトリックか分かんねえが、必ずBに金を払わせた。
もっと絞れそうだって感じで「ほっほっほ」笑ってよ、挑発していったんだ。
Bもまんまと乗っかってな。がんがん金出したぜ。怖い爺だぜ。
「どうする? まだやるか?」
「やるに決まってんだろ! なんのインチキか、見抜いてやる!」
「そうか。そうか」
「おい爺。もうこの辺にしとけよ。可哀そうだぜ」
「なに。路銀稼ぎじゃ。稼げるときに稼ぐ。そういうもんじゃよ」
「でもよ。こいつらなんかヤバそうだぜ」
「ほっほっほ」
駄目だこりゃ。ヤバそうってのはな、すでに店の前にガラの悪いやつらが集まってきてるってことなんだけどな。
Aが、マーカスだっけ?が鳥巻きみたいだ。
こいつら反社じゃねえか? 多分。
「ちょいといいか爺さん」
マーカスがそいつらの数人と一緒に店に入ってきた。
机を囲んでいた観客を退けて俺たちを囲んだ。
物騒になってきたな。
「なんじゃ? ゲームの途中なんじゃがの」
「爺さん。あんたがそうだったんだな。最近の食い逃げってのは。まぁ店のやつらの落ち度だと思うがな。おかげでどこかしこも殴らなきゃならなくなっちまって面倒なんだよ」
「はて? なんのことじゃの?」
「しらばっくれてんじゃねえ!」
マーカスが怒鳴って机を蹴り飛ばした。
手加減なしみてえだ。
俺が出なくても爺ならどうとでもなる気もするが、ちょっと体操ついでにひと暴れするか。
俺は椅子から飛び上がった。
「なんだ青髪?」
「殴るのが面倒だって言ってたが、殴られるのも面倒か?」
「冗談か?」
「さぁどうだろうな!」
エーテルは使わねえ。素手で全員ぶっ飛ばしてやる!
バタン! 何かに足を掬われて転んだ。
――って何かじゃねえ!
「爺! 何すんだよ!」
「まぁ落ち着け。よいしょっと」机を起こした。
「マーカスさん。まだゲームの途中ですぜ!」B。
「黙ってろ! なんのつもりだ?」
「見てわからんのか? ゲームじゃよ。座りたまえ」
「ゲームだと? そんなのしなくても払うなら金を払いやがれ!」
「違う。命じゃよ。賭けるのは。ほっほっほ」
心臓の色をした真っ赤なコインをコップで隠した。
あくまで俺の観察なんだが、こういう奴らって覚悟とか責任とかそういうのが大好きだろうな。
爺の今の覚悟を避けちまったら何かが欠けるんだろうよ。
だからってマーカスって強面がしぶしぶと座った。馬鹿かこいつ。
「いいぜ。はじめな」
「ではゆこうぞ」
爺も本気みたいだぜ。
今度は滅法素早くコップを動かしてる。
どうせなんかのインチキなんだから意味ねえけど、演出って大事みたいだ。
観衆だけでなく、Bまで興奮してやがる。お前、あとで〆られるだろ。
「おぬしたちは盗賊団かの?」
「黙れ」
「最近は儲かってるのかの?」
「……」
「おいたわしや」
誰にだよ。自分にか?
「ならば、ほい!」
止まった。
左か。まぁその逆で右ってことか。
俺もタネわかってねえんだよな。
「よし。どっちじゃ」
「そうだな。先に言っておくぜ。こいつ(B)の目は悪くねえ。恐らくほとんど当たっていただろう」
「ふむ。で、どっちじゃ?」
「イカサマだ。コップから手を離せ。俺が思っている方を開ける」
「ふむ。よかろう」
マーカスは席を立つと爺の命の手綱を手繰るようにこっち側へ来た。
マーカスはコップを凝視する。あんな目で観られたらコップだってしょんべん漏らすぜ。
マーカスはしばらく右左のコップを眺めた。
右か?
左か?
――両方だ!
マーカスは勢いよく両方同時に開けた。
そしてどっちでもない! 机にコインが無い!
「なんだと! どっちにもねえ!」Bが立ち上がった。
Bに呼応されたのか聴衆も前屈みになった。
俺だって飛び跳ねた。アメンボみたいに。
しかしマーカスはなおも冷静だった。
「コップの中だ」
マーカスのぎらついた瞳が真相を覗き込む。ゆっくりと右のコップが傾いていく。
そしてその中に顔を向けた!
――そのとき、コインと一緒に酒が湯水のごとく噴き出した!
マーカスはアホみたいに激流の勢いで顔から大きく転んだ。
「な、なんだ!? あれは!」Bが驚く。
「よし。逃げるぞ!」こそこそ。
「爺!? でもそうしたほうがよさそうだな!」
俺と爺さんは走り出した。
一方、Bら盗賊たちはマーカスを心配した。
「大丈夫ですか!」
「ごほっごほっ! なにをやってる! 奴らを追え!!!」
そんなこんなで悪い予感が当たった。爺のせいで怖い奴らと追いかけっこだ。
下町の有象無象。屋台だとか、人混みだとか躱せば、店の中突っ切って走る走る。
なんでいつもこうなるんだろうな。
「おい爺。どうすんだこれ?!」
「慌てなさんな。仕掛けは単純じゃ。コップの底にコインがの――」
「解説している場合じゃねえ!」
「慌てなさんな。でな」
しかし盗賊たちが前に現れて壁を為した。
挟み撃ちだ。
「ちょっと痛い目見てもらうぜ。爺さん! うおっと!?」
爺さんは前からやってきた盗賊数名をぴょんっと跳び越えた。
俺はちょっと助走が足りない。
てか爺、一瞬で跳躍したぞ。
「それどうやってんだよ! くそ! 退け退け!」
殴り抜ける。
下町からこんにちわ。表まで来ちまった。
全然まだ追ってくる。
「私、カーターロウグは健全な財政! それから平和的なアスチルベを約束します! だから是非とも――」
「どけどけ!」
議員が今日も元気に演説する群衆を掻き分けて走る走る。
なんだなんだと慌てる声浴びながら。
そしたら広場についた。群衆の中にぽつんとあったらしい。
そこでBが待ち構えていた。
「でな。二つのコップの底にコインをくっつけたんじゃよ。これもエーテル。被覆の風介術じゃ」
「爺、それはわかった。で、こいつどうするんだ?」
「む? どいつじゃ?」
とこっちを振り向いたときにちょうどBが飛び掛かってきたものの、爺がぴょんと飛んで、Bは勢いそのまま人の群れに激突した。
「よいか。魔物を退治するには被覆の風介術が好い。お主はこれからこのコップの底にコインをくっつけるんじゃ」
「わかった。その前に逃げないと」
「うむ。では二手に別れるとしよう!」
「おい爺!」
「あの老人だ! うちの店で食い逃げしたの!」市民。
「〆てやる!」盗賊がぞろぞろやってきた。
「厄介事ばっかだぞ! 畜生め!」
俺は再び駆けた。
爺が下町に逃げたから俺は上に上に。
上品な町の佇まいにそぐわない。荒くれもの共の咆哮が止まないぜ。
飛び掛かってくるのを躱して、倒して、疲れたところで振り切ったか?
とりあえずそこにあった建物に逃げ込んだ。
「人間の癖に体力あるな。やつら。しかしここは静かだな」
足音がコンコンと響くだけで退屈な感じだ。。
大理石でできた如何にも偉そうな建物だ。
壁になんか文字がつらつら書いてある。額縁に文字並べちゃって、美術館のつもりか?
なんだか難しい事が書いてある。『第九条~』法律ってやつか?
ん? なんか鼻につきそうな女がやってきた。
「あなた。なにか用です? そうは見えませんが」
「用? ないぜ」
「なら帰ってください。ここは裁判所です。あなたのような人が来る場所では――」
「そうか。じゃあアイツらはいいのか?」後ろを指差した。
「アイツら?」
「見つけたぞ!」盗賊の群れ。
「ダメに決まってるでしょう!」
「ああ。だよな」
俺はとりあえず階段を駆けのぼって、大きな扉が開かない。
まずい。挟まれた。
「やっと追い詰めたぞ。ノコノコ逃げやがって」
「やっちまえ!」
左右からガタイが良い奴らが殴ってくる。
それを躱そうとして
「うおっと!」
投げ飛ばされた。
二階からの地面に激突、
――するところをくるくるまわってハイ着地。
「もうこんなのはいいぜ!」俺は裁判所を出ていった。
「待ちやがれ!」
と出てすぐ。
噴水の広場のベンチに座り込んじゃってる、見覚えのある野郎が俺を睨んでいた。
「マルデカス!!」
「マーカスだ。周りを見ろ」
俺の周りをぎょろっと盗賊が囲んでやがる。
その向こうで市民が眺めているのも、二重の壁。
逃げ切れそうにないな。
「だったらもう全員倒すしかねえな」
「気性が粗いやつだ。お前ら。行け」
盗賊が寄って集ってこんにちわ。
左右前後から掴みかかってくる。
それを躱して蹴り飛ばして殴り飛ばす。
そいつが市民にぶつかっても知ったこっちゃない。
それからまた正面、今度は上からも。
エーテルなんざ必要ねえ。倒れている反社を振り回して盗賊を弾き飛ばす。
ホームラン!
「マーカスさん。こいつ、おかしいですぜ。タフ過ぎます」
「躰の動き、拳も蹴りも速い。まるで野獣です」
「それにあっちから衛兵も!」
「時間がねえか」
たばこの箱を取り出した。
「咥えてる時間がな!」
マーカスに跳び蹴り。
――が、躱された。びしゃんと噴水に突っ込んじまった。
「野蛮人め」
「床に言ってろ」
猛攻。迅速の蹴りが炸裂。
するもこの男、簡単に躱しやがる。
こいつだけマトリックスかよ。
「足りんな」
「何がだ」
「殺意だ」
「じゃあ手加減しねえよ」
エーテル。上がるのは攻撃力だけじゃない。スピードもだ。
楽しくなってきた。盗賊なんだから死んでもしょうがねえだろ。
拳を握りしめ、エーテルを注ぎ込む。
俺の本気に気づいたらしい。マーカスは目の色を変えた。
左手を伸ばしてなんかするつもりだ。
「でももう遅いぜ! くらえ!」
伸びる拳。標的はマーカスの顔面。すでに避けられる間合いじゃねえ。
つまり何もしなきゃこいつはお陀仏だ。
そう、何もしなきゃ。
――結果から言おう。俺は拳を止めた。
なぜかって? この野郎、横にいた自分の部下を引っ張って盾にしやがった。
何の躊躇いもなく。
「お前、狂ってるぜ」
「やはり殺気が足りんな」
マーカスは部下を放るとすぐさま巻物みてえななっがい紙を広げた。
「通称クソジジイ。ただ食い9件。営業妨害5件。器物破損21件。詐欺7件。その他諸々。これがお前の爺さんがやったことだ」
「だ、だったらなんだよ。それでもぶちのめすぜ」
「聞け。こっちにはクソジジイを捕まえる理由がある。お前じゃない。クソジジイを差し出せば良い。嫌というならお前に責任を取ってもらうことになる。見たところ良い身体を持っているようだしな」
「なんだ? 脅しのつもりか?」
「俺たちは顔が広くてな。騎士はもちろん、貴族、裁判官にも友人がいる。お前が戦うことに何の意味があるのか考えた方がいい」
「おいおい。俺が爺さんを差し出すとでも思ってるのかよ。俺がそんな小心者とでも? そんなわけねえだろ!」
――道場に戻ってきた。
「爺! いねえのか?」
まるで気配がしねえな。
いつもなら虫みたいにどっか張り付いてるのに。
「ん?」
なんか地面や壁に落書きがあった。
リューがやったのか?
「なんだろこれ?」
「リュー、いたのかよ」
「あとその後ろの人はだれ? ものすごく強面だけど」
「あーこいつはだなー」
「坊主。飴、食うか?」マーカスが膝を曲げた。
「え、いいの? ありがとう」
親切に見えたか?
マーカスは優しい表情をしてやがるが、こういう奴らは最初は優しくするもんだぜ。
多分。
「なんだ。その目は俺は子供を食い物にするようなクズじゃねえ」
「ならいいけどよ」
で、これは落書きじゃなくて、足跡? 手の跡もある。
爺さんがやったのか? 俺はなんとなく自分の手足でそれをなぞった。
するとわかってきた。爺さんがどういう身のこなしをしているのか。敵と戦うときの型が。
そのまま跡をなぞって壁の上。鉢が置いてあったそこに辿り着いた。
鉢の中に紙が入っている。
『反社怖いから町を去る。じゃあの』
あの爺……。
「クソジジイがよぉおおおおおお!!」
ドン!と飛び降りた俺の肩をマーカスがぎっしりと掴んだ。
もう死ぬまで離さないって握力。
俺は恐る恐る後ろを振り向いた。
「じゃあお仕事の時間だ」強面。
あの”クソジジイ!”
そうして俺は地下強制労働施設に送り込まれることになったのだった。




