22.犬と猫
流石、世界一の都市だぜ。
客室を独り占め! 使用人も俺専属だ!
ふかふかのベッドと華麗な夜景。それから暖炉。
むさいおっさんたちとぎゅうぎゅうになって温まらなくても、体広げて温まれるぜ。
「ん? むさいおっさん? 誰だそれ。まぁいいか! ずっと住みて~」
「寝言は寝て言ったらどうですか」
「エレノア?」
扉の隙間から小さな顔がこんにちわ。
からの仁王立ち。
どうだと言わんばかりの豪華なドレス。
勇者の癖にお嬢様ぶってるぜ。
「似合ってますかね? こういうの初めて着るので!」
「ちっとも勇者には見えねえな」
「そうですか? えへへぇ~」なぜか照れて赤面。
「上京して来たばかりの田舎娘みたいだ」
「ぐぬっ……カルロスは着替えないのですか?」反転してまた赤面。
「そう怒んなよ。着替えるって? なんでだ?」
「知らないのですか? 私の歓迎会も兼ねたお食事会があるそうです」
「ご馳走?」
「ご馳走ですよ!」
「よし。着替える」恐ろしく早い脱衣。
「やれやれですね」裸に呆れるエレノア。
上級市民の戯れなんざ興味ねえ。
けど食ったことが無いものを食ってみたいだろ。
せっかくの人生なんだし。
タキシード?みてえな服で引き締め、廊下を歩く。
ツンツンの青髪も今日はメイドのせいでオールバック。
慣れねえ。
長いテーブルに並ぶは、
――七面鳥。ケーキ。林檎パイ。
あとはよくわからねえ。
洒落た一口のパスタとか魚のステーキとかあるけど酸っぱかったりしょっぱかったり。
「こういうのには唾つけとかなくてもいいな」
上品な食事じゃ、腹は膨れなさそうだ。
パンが一番うまい。クロワッサン。
「カルロスって、品が無いですよね」
「食欲は余り余るほどあるんだけどな」
「余計に品が無いです」
エレノアに呆れられながら飯を食っていた。
ところ、見覚えがあるような巨乳の女がこっちにやってきた。
青いドレスを着こんでキラキラしている。
「勇者様。お久しぶりです。第二騎士のローズです。ドレス、とても可愛らしいですね」
「そうですか。ありがとうございます。ローズさんも綺麗です」
「ふふっ。ありがとう」酔ってんのか、気分がいいな。
おいそこ、負け犬第二騎士長とか言うな!
品が無いからな?
「なぁローズ。もっとこうガブガブ食える料理はねえのか? こんなんじゃ食った気がしねえ」
「カルロス様は相変わらずですね」微笑み。美少年っぽい。
「様なんかつけんな。気持ち悪い」
「ではカルロス。聞きましたよ。フルールを窓から落としたと。あっちから絡んできたのでしょう。フルールは鼻につきますからね」
よくやったと言わんばかりにニッコニコ。
俺はそれとなく手を出した。
ちょっと手がタレ塗れだった。
服でふきふき。
手を出した。
ローズはそっと手を叩いてきた。
ハイタッチ!
「さっきは肝が冷えました」
「今日は冷えますからね。シチューがそちらにありますよ」
「そういうことじゃないのですけどね」お腹撫で撫で。
ん? なんかあっちで死にそうな顔しているおっさんがいる。
ふさふさの太った四十代くらいのおっさんだ。
どこかで見たことあるような……。
周りの女性にコソコソ睨まれている。
ちょっと暇だし、面白そうだし、絡みに行くか。
「おい。そこのおっさん」
「なんだね君は。私は忙しい。布巾ならそこだぞ」
「口についてた? 悪い悪い。おっさんも口に赤いのついてるぜ」
「なっ!」ふきふき。ついてない。
やっぱやってたのか。顔が真っ赤になった。頭から煙出す勢いだ。
「君。どこの人間だ! 私はラモンテ大臣だぞ!」
「不倫の」ボソッ。
「なんだとぉおおお!!」プーッと煙が出てきた。加湿器よりちょっとばかし勢いがある。
こう傷付いたおっさんで遊んでいたら、いきなり部屋が暗くなった。
と思ったらあっちのほうが明るくなった。
舞台のようだ。司会者が出てきた。
「えー今日はお食事会にお集まりいただきありがとうございます。王はただ今準備中なのでしばしお待ちを。ゲストの紹介を先にします――こちらクラリス・ブルボン様です」
「初めまして! ブルボンの……」
なんかつまらねえ挨拶が始まってどこに何があるのかよくわかんねえ。
ワインを飲みたいんだけど。
ん? これか、このすべすべしたのはグラス?
いや、この凹凸は!
――べチン! 見事なビンタ。どっかのご婦人の胸だった。
「良い胸とビンタだったぜ。グラスはどこだ?」
「どうぞ」不機嫌ながらも注いでくれた。
「グビグビ。不味い!」
飲み切れねえから不倫おっさんに渡した。
味にこだわり過ぎてどれも食べにくい。服のせいで首が苦しいし。
たまったもんじゃねえ。
ん? 舞台に見覚えしかない女が。
「こちらが勇者エレノア様です。彼女こそが魔物をうち払いし光の使者。すでにカームで凶悪な魔物を倒した、英雄です。皆さま、どうか、拍手を!」
パチパチパチパチ。ブラボー! って拍手していたら埃が舞ったようでくしゃみが出そう。
はくしゅん! 鼻水も出た。
ティッシュティッシュ。
見えねえな。あれ、このカサカサしているの多分そうだな。
貴族の癖に安いティッシュ使ってんな。
あれ、なんか明るくなった。
あれ、これティッシュじゃない。
「これが勇者の力です。具合が悪い人がいたらぜ、ぜひ」
パチパチパチ。
「カツラだ。誰の?」
「私のだ」不倫のおっさん。
「不倫だけじゃなくてズラなのかよ。救えねえな」頭にズラをバシン! メシメシ。
うん。なんかズラがズレてるな。
こうか? こうか? 足りない分はパスタで……。
「ふ、ふ、ふぅーざけよって! ぶっころしてやる!」不倫禿はフォークを俺へ突き刺そうとした。
「えーい!」ステーキの盾。
「むしゃむしゃ。まぁ不味くは無いな。違う! ぶっころす!」
「えーい!」パスタの命綱。フォークに絡まる。
「もぐっ。こいつは食える。もう一口欲しいかも。違う! 死ね!」
「えーい!」魚のフライ。
「ごくん。うん! 美味い! ええい! もういいわい!」
パチパチパチと拍手。俺のこと芸人だと勘違いしているらしい。
まぁ悪い気分じゃないな。
おっと。不倫禿は足音立てて下がっていった。
ちょいとやり過ぎたか。
「なぁおっさん」
「話しかけるな!」
「もっと楽しもうぜ」
「黙れ!」
「最後の晩餐なんだろ?」
「余計なお世話だ! ごぶっ!」ワインをボトルで口へ突っ込んでやった。
「一気! 一気!」
「死ぬわ! くそう」
ぐすんと涙を流した。
おっさんの情けねえ顔ほど始末が付かないものもねえな。
気分悪くなるぜ。
「まぁまぁ新聞じゃああは言っていたけど。あんたは頑張ったぜ。新聞には書いてなかったけど」
「うるさいわい! どうせ、私なんぞ……がぶがぶ!」ワインをボトルで。
「良い飲みっぷりだ。不味いワインだろ? ありえねえぜ」
「そうだ! ありえん! もっと美味しいコックなんざいくらでもいる! これが王のコックか! 政治だけじゃなく台所までこの体たらくか!」
「そうだな! 堅物なのは顔だけにしとけってな!」
「そうだ! 私がどれだけ融通利かせてやったと思って! なのにこんな仕打ち!」
不倫禿は空になったワインを傾けて一滴一滴を飲もうとする、
――その手を俺が止めた。
「あんたはここで終わる器じゃないぜ。そんな貧乏くさい飲み方はやめろ。ここはぱーっと! 行こうぜ!」
「そうだ。そうだ!! 私は大臣だ! 議会なんぞ、ひっくり返してやる!!」
「おう! その意気だ! まずは沢山食わねえと!」
「おうとも! こんな不味い飯、食ってられるか! ついてきたまえ! 私がもっと良い飯を食わせてやる!」
よし、計画通り。
調教師も向いてるかもな。
床地響きすおっさんの憤慨の後ろ、俺は踊るようについて行った。
そして会場を後にした。
――貴族共に睨みつけられながら。
俺は不倫禿についていって御用達の高級料理店にお邪魔した。
もちろんおっさんの奢り。
やっぱり俺は貴族に向いてるぜ。
この食事会を活かして人脈を作って、豪華な飯に在り着けた。
よし、次も食事会があれはこの手で行こう。
終わって料理店の外。
ナイフみたいに尖った月の下。
ラモンテのおっさんは腹をバタバタ叩いてご機嫌だった。
「食った食った。カルロス君。ビギン村だったかね? いいだろう。恐らく辞職することになるだろう。そのときはビギン村に行かせてもらうよ。有り余る富で漁業を盛り上げてやろう」
「そりゃあありがたいぜ。なんだ、気前良いじゃねえか! でも村の女に手を出すなよ。あっちじゃ不倫したら海に沈められるぜ」
「はっはっは――もう懲りたよ。いや、やってないがね!?」
「じゃあ俺は城に戻るぜ」
「ふん……そういえば離婚か。まぁいいか」
良い感じに話が進んだなぁ。
と満腹ボタボタタキシードで城へ帰る途中。
都市の高級街。
「ふぅ~これが都会か。確かにチャンスあるかもなぁ」
「きゃー!!」
「な、なんだ?」
悲鳴だ。物騒だぜ。
もう夜も更けていて衛兵も少ない。
「仕方ねえ。行くか」
俺は走った。
正義じゃない。
もしも叫んだのが美女で助けたらどっかのなろう小説みたいに抱けるかもしれねえ。
だなんて下心でもない。
抱けるなら抱くかもしれないけど。
「俺は勇者の従者~♪ もちろん正義の味方だからさ~♪ あれ?」
白亜街のうす暗い路地裏が真っ赤に透き通っていた。真っ赤になった月の光がそのまま落ちてきたみたいに。
すでに目も固まった。
――貪るように女を抱きかかえる男の輪郭がそこにあった。
いいや、違う。その男でさえ。もう動いてねえ。死んでやがる。
女の腹の肉を口に咥えたまま、背中を誰かから突き刺されたみたいだ。その痕があった。
「薄気味悪いぜ。なんだこれ」
カサカサ。仄かに誰かの足音がする。
逃げていくようで、違う。
止まった。止まってその場でトントンと足踏みした
――俺を誘ってやがる。
「俺もこんな風にしてやるってか? おもしれえ、上等だ!!」
こういうことを言うとクソ野郎と思われかねないけどよ、酔うとなんか殴りたくなっちゃうんだよな。暴れたくなる。
でもよ、殴る相手が悪人なら万々歳。そうだろ。
と曲り角。
狭い裏路地にその影があった。
背丈は俺と同じくらい。ガタイは悪くねえが、俺相手にしちゃ細いな。
――両手には爪。ケモ耳がある。牙もある。目がクソキモイ感じだ。グロイ方の仮面ライダーみたいな目だ。魔物だ。全体的に猫。猫野郎だ。
猫野郎はズタズタと俺に忍び寄ってくる。
「殺人鬼でも相手は選んだ方が良かったな。猫野郎!」
俺は走って一気に距離を詰める。
目の前に殴りにかかる、
――と見せかけて壁を蹴って上を飛ぶ、後ろに回って思いきり拳を叩きつける!
「うおりゃあ!!」
が、
~~ふにゃっと。
猫野郎は屈んで躱した。
「身体が柔らかい。つくづく猫みたいだぜ」
「グオン!!」
すると、回し蹴りしてきた。
腕を盾にして受ける。
少しだけ吹っ飛ばされた。威力はほとんどない。
「なんだ力はねえのか」
――と思えば追撃が早え。
両手の爪が絶え間なく振り回される。
爪は三本。ウルヴァリンより細くて長いぜ。
この閉所じゃ、なかなか避けるのも大変。
つーか、速え。目で追えない。足も身軽さも攻撃も。
「オラ!」
なんとか拳でカウンター。
~~ふにゃん。
猫野郎は吹っ飛んだ。
でも変だ。手応えが無い。縫いぐるみみたいな感触だった。
「……ギロギロ?」
猫野郎は虚ろに俺を覗き込んでいる。
無口なタイプ。やりにくいぜ。
「クーとかデレッとかしてくれると助かるんだけどな」
「ゲレッ!」
「げれ?」
来た。長期戦になりそうだ。
でもそうなるとキツイな。最悪なことに俺は今酔っ払い。眠いし、あんまり足が覚束ない。
長期戦になったら間違いなく負ける。ここは短期決戦。
拳に目一杯込めていく。
――エーテルの圧縮、拳に集中、強化。
「今日は調子悪いな」
そいつを右拳に込め、掛かってくる猫野郎の顔面に!!
「俺の必殺技、猫パンチ!!」唯名論。
しかし猫野郎は、
――上半身を捻ると捻って、絞った雑巾みたいに細くなって、俺のエーテル拳を躱した。
猫は液体だと体現した。
「雑巾だろうがよ!」
しかし違った。
――そのまま巻いたものを開放し、スクリューの如く回転しながら俺へ突っ込んできた!!
「猫は液体じゃねえ! ドリルだ!! うわああああああああ!!」
俺はズタズタに斬られながらぶっ飛ばされた。
それでも頑張って回避しようとして後ろへ飛んだ。
飛んだんだけど、
――浮いた。後ろは宙だった。
白亜街からぶっ飛ばされ、下町の上空だった。
某トムジェリみてえに足をバタバタさせてみるもやっぱし現実は、
――物理。
「オワタ!」
血の雨を降らせながら、真っ逆さまに落ちた。
この高さ、流石に主人公補正があっても死ぬぞ。
プロトタイプストーリー2――終。




