21.アスチルベ
白亜の城の可憐さたるや下町の泥と苔のゆえ。
歌なんか詠む趣味ねえけど。
上ばっかり見て夢後ことになれるほどここは安全じゃねえ。
ドタバタと有象無象が行き交って息の隙間もねえ。
かといって耳を塞ぐ隙間もねえから客引きがうるさくてたまんねえ。
ボロ新聞が舞うと人の声も忙しく臭う。
こういうときは裏道を進むに限ると見て見りゃ、歩くにはちょいと清潔感が足りねえ。
広いところまで来て気が休まった。
ぎゅうぎゅうすぎ。
もう通りたくねえな。
っていうのは俺だけの感想か?
エレノアはむしろ目を煌めかせていた。
「凄いですね! これが都市! こんな狭いところで皆さんワイワイしていていいですねっ!」
「どこがだ。俺はうんざりだぜ」
「僕も久々に来るのでわかりませんが、いつもはこうではないでしょう。恐らくあそこのせいです」キノコは指差した。
演説。
なんか髭のおっさんが声を張ってる。
ほんとうだ、人だかりはおっさんのほうに鼻を向けてやがるぜ。
今どきのアイドルは辛気臭そうなおっさんみたいだ。
「このカーターロウグがもう一度言いましょう! 私たちは日々を一生懸命に誠実に生きている! 朝から夕まで働き、国のために税金を納めている!! しかし!! かの大臣はそんなことも知らず、女遊びだ! 不倫だ! 私たちの働いた金でだ!! こんなことを許してはならない!! なぜこの国が良くならないかは明確だ! それは腐敗した政治にある! だったら是非! 是非とも私に一票を! 私たち国民が報われる、正しき政治をしましょう!!」
うざってえ。他人の不倫とかどうでもいいぜ。
新聞がどこからか蠅のごとく舞ってきた。
目障りだから取ってみれば、
『ラモンテ大臣、不倫疑惑深まる!!(大見出し。白々しい、デブ禿げのおっさんの写真がくっ付いてる)、大臣は女性官僚とそのような関係は無いと否定するが~目撃者によると~議会での追及は強まるばかり~……』
こいつは多分、やってんじゃねえかな? 不倫とかサイテーだな。
「都会でも不倫はクズですよね。良かった~」安堵ノア。
「そんなのどうでもいいからさっさと城へ行きますよ」キノコはスタスタ案内する。
「ん?」
新聞を投げ捨てようとしたら、エレノアが新聞を留めて覗き込んできた。
「なんだよ?」
「『都市で殺人事件相次ぐ。騎士団は死体状態は酷さから魔物の仕業だと断定。市民からも魔物を危険視する声は広がっており……』ですか」
「へ~」
「興味ないのですか」
「だってもうすぐ従者じゃなくなるし」
「そうでしたね」エレノアは素っ気なく新聞を投げ捨てた。
――それがちょうどボロ布の男のつま先に当たった。
男は新聞を疲労と不気味ににやにやした。
月の弧のように研がれた短刀をどこかから出し、新聞を刺し裂いた。
男はぶつぶつと人の言葉ともわからない何かを呟きながら路地裏の闇に消えていった。
――ふぅううううううう
「っくしょん!!!」
都市の階段をのぼるとちょっとばかし品性が鼻についた。
おしゃれっていうのか? そんな外観が増えた。
「あーなんかムズムズするぜ!」
出歩く人もエメラルドグリーンなドレスとか着ちゃって、態度もなんか偉そう。
自由恋愛の御用達。おっさんと娘がカフェでキスなんかしちゃってる。
ああ、寒い寒い。
「いちいちリアクションしないと死ぬ呪いでも掛かっているのですか?」
「かもしれねえな。エレノアはよく我慢できるな」
「気にしてなんかいませんけど。ちょっと派手過ぎて滅ですけど」
「滅?」
「無駄話はいい。もうそこだ」あっさりキノコ。
湿気が足りねえから育たなそう。
城門の前。
衛兵とのやり取りは省略。(エレノアが自信満々にドヤドヤ光るだけだからな)
門を潜ると庭が広い。
衛兵がこれまた沢山いる。あと犬と太っちょの子供も。
なんだかさっきからこっちを見てくる、若い衛兵と少し老けた衛兵がいる。
「あれ噂の、勇者様じゃないっすか? ダイシュさん。サイン貰ってきましょうよぉ~!」
「アレク、いつもお前は……失礼だとわからないのか」
「勇者ファンって意外と多いと思うんすよね。可愛くて強い。最高じゃないですか~女の子の憧れっすよ。きっと。だからサインを女の子にプレゼントしたら、彼女、できるかもしれないですよぉ~? 貰っときましょうよ!」
「仕事に集中しろ」
「はーい。相変わらず厳しいっすわ」
おいおい。マジか?
「エレノア、あとでサインくれ」
「意味わかんないんですけど。あげませんし」
「相変わらず厳しいっすわ?」
「なんですかそれ」
城の中は特に言うことも無い。
絨毯、赤白黄色~ご想像にお任せするぜ。
品があって高貴で、憧れるような~って感じ。
そんでもって、そこらへんに犬の糞を二三個落としておけ。
大体そんな感じだ。
メイドが掃除頑張ってる。
あるツンとした髭の女貴族。
「チェリーちゃんが催してしまったわ。ほら、お掃除しなさいな! きゃははは!」糞投げながら。
メイドが雑巾でゴシゴシと床を拭いている。
貴族文化恐ろしい。この前のクソ猿と変わんねえな。
それとなくそこに落ちてる糞をあの女に投げてみっか。
えーい!
「だ、だれ! 私のドレスを汚したのは!!」こっち向いた。やべっ。
「おい、あっちに逃げたぜ!」誤魔化す。
「なんですって! そこの衛兵、追いなさい!!」
ふぅ~ひやっとした。
ありもしない存在を追ってあの衛兵は無様だな。
なるほどこれが貴族文化か。俺向いてるかも。
「着きました。ここが玉座の間です。青髪糞野郎、失礼のない様に」このキノコ。
「ああ大丈夫だぜ。こっちだって村が懸かってるからな」豪華なカーテンで手を拭き拭き。
「カルロスは黙っていればいいですからね」微笑みノア。
「だったら自信あるぜ」
「嘘つけぇ」反感ノア。
ともあれギョロギョロっと、衛兵が扉を開けた。
スタスタカーペット歩いていく。
「あれが王様か」
――白髭と赤いマント。サンタみてえだな。帽子はないが、金ぴかの王冠を被ってる。
まぁでもサンタにしちゃ、ちょっと子供に人気が無さそうだ。
厳格な爺さんが玉座に座っていた。
いい歳だろうに背もあるし、身体つきも良い。
隣に居るこれまた強面の黒髭の禿なおっさんが、王にこそこそと耳を当てている。
宰相ってやつらしい。
「そうか。お主が勇者であるか。よくぞ来てくれた。これまでの旅はどうだったかね」
「はい。事あるごとに魔物の勢いが強まっていると実感してます。テルナでの事件はお聞きになられましたでしょうか。領主が人に化けていました」
王様はやや驚いた。
エレノアが思ったよりも勇者だったらしい。
旅の思い出を聞いたつもりが、魔物の話をされて驚いた。
俺にはよくわからねえが、エレノアの真剣さが、魔物の深刻さを見せて、王は聞き入った、顔を引き締めていった。
おいおいもっと怖い顔になれんのかよ。勘弁してくれ。
なんだか堅苦しくて居心地悪過ぎるぜ。
「ああ聞いている。まさかドボルザーグが魔物だったとは。人柄も善く、手腕も確かであったと思っていたが、信じられなかった。この前のカー村でも副村長の男が化けていたそうだな。魔物が人に化けるなど前代未聞だ。やはりこれも魔物が活発になっているからか。それはそうと、勇者。これらの件の解決、実によくやってくれた。礼をあとでしよう」
「ありがたきお言葉です」
「まぁそう固くなるでない。今日のところはゆっくり休みたまえ。また明日にでも詳しい話を聞かせてもらおう」
そこそこ地位の高そうな騎士がニッコニコでやってきた。
俺たちを案内しようと真っ白の歯をキラッと。
エレノアはにっこにっこ、満足げについていこうとする。
が、そうはいかねぇ。俺が何のためにここまで来たと思ってるんだ。
――俺は前に出た。
「王様。一つ頼みがある」
「君、話は明日にしたまえ」宰相のおっさんが俺を止める。失礼だぞと。
しかし王様は話が分かるやつみたいだ。宰相を下げた。
俺は黒禿げにニヤッと笑ってやった。
このハゲ!!
「話とは何だ」
「あーごほん。テルナ港町の東、マリア町の北に小さな村がある。ビギン村だ。マリア町でも事件があって、兵長が茶地つけて村を襲ってきた。そいつも魔物だったけどよ。村に衛兵を送ってほしい。マリア町のやつらは信用ならねえ。テルナもそうだ。まだ魔物が潜んでるかもしれねえ。アスチルベからちゃんと声を掛けてくれ。村を守ってほしい」
「そうか。ふむ。考えておこう」呆気ない。
この爺、やる気ねえな。
こっちは村のやつらの命が掛かっているっていうのに。
薄情なやつだ。それでも王様かよ。ふざけやがって。
「そうはいかねえ! 考えるじゃなくて、絶対にやってもらう! ここでちゃんと”やる”って宣言しろ!!」
「君、王の前だ。失礼だぞ!」と近づいてきた宰相を
「うるせえ!!」そのまま投げ飛ばした。
王様の目つきが変わった。衛兵がずらずらとやってきた。
さっきのキザな騎士が衛兵を掻き分けて、俺の前までやってきた。
「青髪。故郷が大事なのだろう。君の気持ちはよくわかる。しかし物事には順序がある。状況を理解したまえ」
「しゃしゃり出てくるな。お前には聞いてねえ」
「ふはは。それにしても君、本当に勇者様の従者か? いささか田舎臭が過ぎますせんかね」ニタリ。
「喧嘩売ってんのか?」
「そういうことだ。馬鹿なのは髪型だけにしておけ。わかったら下が――」
――キザ騎士は後ろへ飛んだ。
なぜかって? 俺がぶん殴ろうとしたから。
躱されたけど。
なんだかやる気が出てきた。
さっきからこのキザ騎士ムカついてたんだよな。
王様はじっと俺を観察しているだけ。
エレノアも苦汁の表情をしているものの、
「あわあわ」
止めてこない。
俺が訴える理由は正当なものだとわかっているからだ、多分な。
「だったら暴れていいよな!」
「なんだ。私と戦うつもりか。どうやら私が誰か知らぬようだな」
「知りたくもねえな」
「しかし教えるのが騎士道! 私は第四騎士フルール・レ――」
――どーんっと、顔からぶっ飛んだ。
なぜかって? 俺が顔面に一発入れてやったからだ!
フルフルだっけ?
無様に窓から落ちちまった。
「ざまあみやがれ!!」
下には木があったみたいだから無事だな。
まぁ死んでもよかったが。
「なんだ。雑魚じゃねえか!」
「貴様! 騎士道が無いのか!」衛兵たち槍を向ける。
「俺が騎士に見えるなら病気だぜ! 文句はいいからかかってこいや!」
「望むところだ!」衛兵たちが斬りかかってきた。
ところが衛兵たちは下がった。
なんだなんだ?
って視線を追えば、王様が手を挙げていた。止めていた。厳格な表情そのまま。
衛兵の次はお前かもしれねえってのに肝が据わってやがる。
「もういい。従者よ。名を名乗りたまえ」
「カルロスだ」
「カルロス。君の気持ちは十分理解した。約束しよう。ビギン村を保護すると。しかし、だからこそ正直に話さねばらない。こちらにも事情があるのだ。出来ないことを告げても意味が無かろう」
「なんだよ。事情って」
これまた王様は顔にしわを寄せ、難しい顔をした。
「魔王だ」
一点の曇りもない王様の一言が全てを説明した。
魔王と魔物にどれほどこの国が追い込まれているのかを。
やっといい顔したな。
宰相が顔を手で覆ってげんなりしてるのも良い。
勇者と俺の前で、強がってやがったか?
こんな頑固な爺さんでもビビるやつ。面白そうじゃねえか。
「あーそういうことだろ。ド田舎の村を、いや、近くの村でさえ守る力なんてこの国にはねえってことだろ。ならもうわかった。上等だ。魔王をぶっ殺せばいいんだろ?」
俺が自信満々にそう言う後ろでエレノアは青ざめていた。
「え? え?」
エレノアは俺を二度見した。
一方で宰相は顔真っ赤にして今にでも怒号を飛ばしそうだ。
けれど、王様はむしろニヤリとした。
「強気だな。若い頃を思い出すわ。もちろんだ、カルロス。魔王を討伐し、魔物の勢いが弱まったならば、ビギン村の安全は保障しよう」
「じゃあ決まりだな!」
「え? え?」
なおもエレノアはオドオドしていた。




