18.真犯人
黒熊は四足のまま立ってる。
まだ敵意という敵意は感じねえが、警戒はしてる。
俺の一発が思いのほか痛かったか?
それともエレノアの光る剣にか?
残念にも後者だろうけどよ。
だったら俺ができることは決まってる。エレノアも察したみたいだ、
――俺たちは二手に分かれ、左右から黒熊へ接近する!
「さぁどう来る、熊頭?」
「何楽しんでるんですか」
黒熊は視界を広げようと一歩後ろへ飛んだ。
この一歩がとんでもなく大きい。単に距離だけじゃねえ。着地してなぎ潰された木の悲鳴だ。嫌な想像しそうだぜ。
肝心なことだ。一つ。俺とエレノアの走る速さは全く違う。俺のほうが遥かに速い。今、近づいているときも同じだ。
もう一つ。攻撃力はエレノアのほうが遥かに高い。魔物への特攻。光の力だ。
この二手。再び今、向ってくる俺とエレノア。
――黒熊、どっちを警戒する?
そんなの予想するまでもない。必ず黒熊はエレノアへ向く。その瞬間に俺が一気に距離を詰めて攻撃できる。狙うは足だ。大きな隙になる。
「ギギ……」
向いた!
――黒熊はエレノアのほうへ顔を向けた。身体も向けた。
――俺はその瞬間、足へエーテルを集中させた。が、気づいてしまった。あれは防御の姿勢ではない――黒熊は前屈み。飛び掛かる姿勢をエレノアへ見せた。
一方、エレノアは剣へ光を集中させていた。そのせいで足を止め、目を閉じ祈ってしまった。
誤算だった。エレノアはとんでもない黒熊の殺気に気づいた。
目を閉じてちょうど目を開けた――が、そのとき黒熊はすでに。牙を剥いてエレノアの前まで飛んできていた。
「グガアアアアアアアアアアアアアアアア!」威嚇。
理性から来るそれは一手遅れ焦るがゆえ、エレノアの精神にできた一つの微細な穴。
そこから理性を砕くための武器。
怖気れば最後、エレノアは食い裂かれる。
だから俺はエーテルの込められる全てを右足に込め跳んだ。
例え右足が引き裂けようと。
――豪速。俺の超飛行は黒熊のスピードを越え、エレノアの頭に牙が触れる直前、
――拳でその牙を砕いた!! この拳にエーテルは込められていない。
「グアアアアアアアアアアアアアア!!」黒熊は怯んだ。
「今度は悲鳴みてえだな!」
エレノアは一歩下がり。再び祈った。
光の術とは母なる神秘への祈り。黄金の光。
エレノアの剣に濃ゆい黄金が集結し、エーテルの比にはならない自然が木霊する。
今、エレノアの刃は川よりも長く激しく伸びる!
「呪いよ。滅せよ!」
エレノアはそのまま光の刃を黒熊へ叩きつける。
黒熊は今だ怯み、決して躱せない。
霧はただちの刃の激流に飲みこまれ……エレノアの志が微かに揺らいだ、
――なぜなら自分たちの地面を魔物の死骸が埋め尽くしていたから。
光は火の揺らめくように弱る。
こうなって黒熊はこの隙を見逃さなかった。
その右手を大きく広げた。
傷と皴と筋肉。
まさしく歴史と勝敗の結晶だった。
研ぎ澄まされた黒熊の爪の鋭利。
尖端の輝きたるはもはやエレノアの光よりも――。
「どうして?」
黒熊の手には槍が突き刺さっていた。
エレノアを庇って槍を受けたのだ。
槍を投げた主は――今、俺がちょうど殺した。
「おいおい。魔獣とか言ってる場合じゃねえぜ。ここ。魔物だらけじゃねえか」
俺が言うと「せやで」って感じでさ。霧が晴れた。
ずらっと魔物の死骸だらけの地面が露わになった。
死骸はどれも裂かれたり頭が無かったりしてる。潰されてるのもあるな。
黒熊がやったんだろう。
「まぁそれはそれこれはこれ。とは行かねえよな」
黒熊は今だ鋭い手をエレノアに向けたままだ。
庇ったにせよ、ここで俺が何かすればエレノアが死ぬ。
そこの頭がない魔物の死骸みたいに。
と警戒していたのに、黒熊は槍を口で抜くと、しんみりと俺たちにケツを向けやがった。
のろのろ去ってく。
「に、逃げましたね?」
「ああ。あの感じ、負けを認めてるぜ。もしかしてただ怖がっただけのエレノアを慈悲深いって勘違いしたのか?」
「怖がっただけって。違います! 私があれを斬れなかったのは――」エレノアは戸惑い口を塞げた。
「なんだよ。まぁいいや。とにかく黒熊はもうここには現れねえだろう。自分から逃げたんだ。縄張りを明け渡したってことだからな」
「そう……ですね」
なんか釈然としねえなエレノア。
黒熊を追い払えば村の呪いだって無くなんだろ。
トドメささなきゃピンとこないってか。まぁたしかにそうだけど。
正直、もう一度あれと戦うなんて嫌だな。次は無傷じゃ済まねえ。腕か足は持ってかれる。絶対に。
もういない黒熊の後姿をずっと見ているエレノアは置いておいて。俺は森を下りようとした。
「カルロス。もしもこれで村が救われ無かったらどうしましょう」
「知らねえよ。だって魔獣なんかどこにもいなかったから。って白を切る」
「ひっどいですね。それ」
エレノアはクスクス笑った。そんでもって俺を追い越して森を下りていった。
そんでもって枝に突っかかって転んだ。
「ぐぅう……」
髪に落ち葉が絡まっておもしれえ。口にも入ってる!
「ゲラゲラゲラ!!」
「笑うなぁ……」
森を下るともう夕になっていた。
森が夕日を隠したから村のほうはすっかり紫色。
暖かい灯が点々と目立っていた。
村へ戻ると村長が待っていた。
「その面持ち。魔獣を倒したようじゃな」
「は、はい」追い払ったのも倒したうちと誤魔化す。
「あったりめえだろぉ? 勇者様だぞ?」
「勇者様。このご恩は一生忘れません。もうじき死ぬかもしれんがの。ふはっ。礼という礼はできんがゆっくりしていってくださいな」
村長はノコノコと家へ帰っていた。
その曲った背中を見ているうちになんとなくだが、何か忘れているような感覚がした。
あ。思い出した。
「エレノア。そういえば魔王の手下を追わなくていいのか?」
「魔王の手下?……っあ。ああああ!!」髪をばさばさ頭抱えてオドオドし始めた。
「ばーか」
「うるさい! しょうがないじゃないですか。村を救わなきゃいけなかったのです!」
「そもそも自分で勇者だって村人に明かしちゃったら紛れている魔物が逃げちまうだろ。もう逃げてんだろな」
「やっちゃいましたね。まぁ過ぎたことです。気持ちを切り替えよう。うん」
テクテクと宿屋へ歩く様子からして全く切り替わっていない。
引き戸じゃなくて押戸だし。
パタッ。エレノアが開けられずにいたところを内側から誰かが開けてくれたようだ。
その身なり、やたら整っている。この村の人間じゃねえ。
眼鏡にキノコみてえな帽子被ってる少年。
キノコがそのまま道を塞いでいる。
「あ。どうも。あの、通してくれませんか」
「それはできません。なぜならまだあなたの仕事は終わっていないのですから」眼鏡クイッ。
「私は勇者ですよ」めんどくさいから称号を叩きつける。
「はい。だからです。まだ青肌病は解決していません」
キノコの面持ちに一点の曇りなし。
エレノアの手を引いて外に出てきた。エレノアはひょろひょろとめんどくさがってる。疲れてるな。まぁ俺もヘトヘトだ。
「おいキノコ待てよ」
「僕ですか? 初対面なのに随分と失礼な人ですね」
「そいつはこっちのセリフだ。自己紹介がまだだからキノコって呼んでんだぜ」
「自己紹介がまだ? あなたに用はありませんが」
「キノコの人。彼は私の仲間です。厳密には違いますが」エレノアは手を振り払った。
「この山賊みたいな人が? 本当ですか?」
「誰が山賊だ」
「わかりました。名乗りましょう」
キノコは帽子を取ると胸にあて礼儀正しくお辞儀した。
わざとらしいキザなやつ。
「僕はソナリカ学院の修士マティアスだ。この村で呪いが現れていると聞いて調べに来た」
学院? 修士? 呪い? ああ呪いは青肌か。
エレノアならここら辺知ってるか? と横向いてみればポカンとしていた。駄目だこりゃ。
「俺はカルロス――」
「君に興味はない。僕に必要なのは勇者だけだ」
「はいはいそーかい。じゃあ俺は一足先に飲みに行くかね」
「待ってくださいよ。学院とかよくわかりませんし。めんどくさそうだし」本音が出てる。
「とにかく僕について来てください」
「えぇ……」
ということで俺は酒場へレッツゴー。残業なんてクソ喰らえ主義。
えっほえっほ――と酒場へどーん。店主のばばあが「勇者一人にすんなカス」って俺をどかーん。ぶっ飛ばされ窓割って外ゴロゴロ。
「なにしてるのですか」
「呆れるな」
「そこの小屋です」キノコ。
小麦畑にぽつんと小屋がある。
近づいて入ってみれば。って施錠されていて入れない。
「え? 勇者一行なのに鍵も開けられないんですか?」ナチュラル煽り。
「なわけねえだろ」扉を蹴破った。
「器物破損……」
「勇者なんだから扉くらい壊したっていいだろ」実は暴論。
キノコがとろとろ歩いて屈んだ。これだとパンパンの紙袋を指した。
俺をじーっと見てくる。
「なんだよ」
「重いのですよ。子供だから」
「はいはい」
ズドンと結構重い。あとなんか変な臭いがする。そいつを出して破り開けた。
白い粉がゴホゴホ漂う。
「なんだこれ? エーテルか?」
「なわけないでしょう。馬鹿なのは髪型だけにしてください」
「髪型だけにしとけ。生意気なのは」
ギラッと睨みつけてきた。グイッと睨め返した。
バチバチ。
めんどくせっと、眼鏡クイッ。
逃げたな? 俺の勝ち!
「馬鹿に構うほど馬鹿じゃありません」
「キノコめ」
「早く説明してくださいキノコさん」
「む……まぁいいでしょう。これは農薬です」
「ノウヤク?」エレノア、ポカン。
「わかりませんか……。一体、どこの出ですか。ああ、勇者でしたね。ならそうでしょう」
「鼻につきますねっ!」小声。
「ほんとだぜ! 麦畑に植え付けてやりてえ!」大声。
「小麦から害虫を守るための薬ですね。で、次はそこの樽の中です」じっと見てくる。
「わかったからこっち見んな」
棚の隣の小屋に唯一ある樽を、軽いな思わず天井にぶん投げちまいそうだった。
キノコの前に出した。
クイッと顎で指図してきた。
なんかもう怒るのも怠くなってきたから蓋を開けた。
「何も入ってねえな」
「蓋がもう一つあります」キノコが底を外した。
そこには小さい紙袋がいくつか敷き詰められていた。
中身は、まぁほとんど白いけど、灰色の粉が入っていた。
「この毒薬が青肌の呪い。いえ、公害の正体です。これが人体に有害なんです」
「誰かが農薬に混ぜてバラ撒いているってことですか」
「はい。でも重要なのは犯人にとって公害が想定外だということです。村人を臥させるためではない」
「なぜわかんだよ?」
「僕の先生があの農薬を作りましたから。毒薬は恐らくうちの国のものではありませんね」ドヤァ。
「そこはいいです。毒薬を仕込んだ人の目的は何ですか」
待ってましたと言わんばかりにキノコは眼鏡を二度クイックイッとやった。
どっかの鳥の鳴き声かよぉ? なんかどっかの名探偵みたいに眼鏡が光ってるし。
「犯人の目的は――小麦の収穫量を減らすことです」




