16.富と呪の村
草原無風。
歩む泥休み。
俺は怒っている。
「なんだっていつもこうなるんだ!」
同じく草原歩く勇者少女。
エレノアも怒っていた。
「ほんとうですよ。ありえません!」
ありえない。
「そうだ。こんなのいつも起こるけど。ありえない」
ありえない。
「私、勇者ですよ。傭兵じゃないんですよ!」
……ん? 俺は足を止めた。
なおもエレノアは文句をぶら下げて道を歩いていた。
「魔物退治したのに奥さんを助けられなかったからって報酬なしとか。なんですか、あのおじさんは! 八つ当たりですよ!」
「おい。エレノア。違う」
「違くないですよ。私が行った時にはもう亡くなってました。私の責任ですか。八つ当たりですよ! 路銀だって足りないし!」
「だから違うだろ」
「違くないですよ。さっきからなんですか。私は勇者ですよ! いつも生意気ですね!」
「だから違うって言ってんだよ! 俺が怒ってんのはあのおっさんじゃねえ! お前だ!」
ガンッと距離を詰めたものの、当の本人は真ん丸瞳パカパカさせてやがる。
それってあなたの感想ですよねってか?
「私、何かしちゃいました?」
「しただろ! 覚えてねえとは言わせねえ! 昨晩は随分と楽しかったって兵士から聞いたぜ」
「昨晩? 酒場で沢山食べたことですか。なんですか、それくらいで」
「それくらいだと! 俺の気持ちになってみろ! 石野郎と鎧野郎の二匹だぜ! 俺は二匹も倒した!! なのになんだこの扱いは! 起きたら爽やかな朝? おっさんに呼ばれれば叱られ、追い出され。なんだこれ! いつもこんなんだぜ! こっちは命張ってんのに!!」
エレノアはキョトン。まるで私の怒りに比べれば小さいことと。
この女、天然か? 天然なのか?
「寛大な心を持ちましょう。悔恨しても仕方ないのです。過ぎたことなのです。今は次の目標に集中しましょう」そっぽ向いて歩き出した。
「おい! 話はまだ終わってねえぞ!」
「私は終わりましたっ!!」
そっぽ向いたまま走り出しやがった。
全速力だ。抜かりない全速力だ!
「待ちやがれ!!」
雄大な草原に馬が走る。
追い抜くエレノア。馬を投げつける俺。
馬には悪いが鹿も投げる。牛がいたから牛にした。
避けられたぜ。
今度はなんだ、スライムか?
悪いスライムじゃねえ?
知るか! あ、逃げられた。
小さな森に入った頃。
斧を自信満々に振り回す魔物が二匹現れた。
「止まりな。ここを通りたかったら通行料を払いな――お前の命を!――うげえ!」
エレノアに斬り飛ばされた。
「待て! エレノア!」
「よくもやりやがったな! ぶっ殺してやる!」
「あ? なんだって?」
「え、ナニコノヒトコワ――うへぇーい!」
俺がもう一匹を彼方まで殴り飛ばした。
森を抜けて牧草地。
エレノアがやっと疲れを見せてきた。
「そんなに食べたかったのですか!」
「ああそうだ! 食い物の恨みは恐ろしいぜ!」
「今更怒っても仕方ないじゃないですか!」
「腹搔っ捌いて食ってやらあ!」
「正気ですか?」
「なわけねえだろうが!!」
コロッと。エレノアが転んだ。泥に足を滑らせたらしい。
しめしめ。今までの恨み、ここで晴らしてやる。
具体的に何かするわけじゃねえけど、そこに村がある。
「そうだ。身ぐるみはがして裸で村歩かせて恥かかせてやる」
「変態じゃないですか!」
「俺はマジだぜ!」
「おい。やめろ!」
「やめないぜ!」
「だからやめろって!」
俺を掴みかがって止めようとして、俺に勢いよく飛ばされて行ったのは村の若い男二人。
あとエレノアの前で泣きそうな顔して庇う男の子供が一人。
「さんぞくめ! おねえさんをおそうな!」
「なんだお前。やる気か? 俺は強いんだぜ。この前だって石野郎と鎧野郎を叩きのめしたんだぞ!」
「え? ゴーレムを倒した?……すごぉい」感嘆。
「お、おう。俺はすごぉいぜ? すごぉいんだぜ? その前だって魚野郎を倒したし、豚野郎は俺じゃねえが――」照れ。
「えーほんと! もさいのにものすごく強いんだねっ!!」満面の笑み。
「もさい?」
「古臭くて格好悪いってことですよ」ニヤニヤ、エレノア。
「誰が古臭えって! ガキ! ボコボコにしてやる!」
「わーい(^○^)」
「待ちやがれぇ!」
待つのはそっちだ!
っと殴りかかってきた村の男三人は軽く投げ飛ばし、突き飛ばし。
俺はあの生意気なガキを追いかけた。
クルクルキョロキョロ。
村中を走った。
「あれだけ走ってまだ元気ですね。カルロスって。ありえないです……」
エレノアが呆れ果てたところへ。
背がとにかく曲がった、地面に触れるか否かの白髭が振り子。
長老みたいなのがやってきて、エレノアの足を杖で突いた。
「ひゃあっ!」
「驚かせてしまったかの。おぬし、視るに勇者であろう。ようこそ私たちの村へ。儂は村長のウッドロアじゃ」
ヒトデの幼体みたいな手を差し出した。
「ごほん。どうも勇者の、、エレノアです」握手。
「つまらないところですがごゆっくりなさってください。宿はあちらにあります。宿には儂から伝えてあるからの」若い娘の手すべすべ。
「あ、ありがとうございます」嫌そう。
「勇者様。失礼ながら頼みがあるのです」
「いいえ。何も失礼なことありませんよ」
「そうかの。じゃあパンティーを見せてくだされ」
ゴツン。変態爺の禿げ頭にげんこつ。
やったのは若々しいイケメンの青髪、
――俺だ! まぁガキと間違えて叩いちまっただけなんだが。
エレノアがよくやったって頷いたからまぁいいか。
「ほらブリ顔~! こっちだよ~!」
「ガキがぁ~!!」
再び追いかけっこ。
村長はありもしない髪を気にした後、咳を整えた。
「ほ~ほ~ごほん。冗談じゃ。ついてきてくれるかの」
輝く日光が藁の屋根屋根を黄金たらしめ、十分な家がいくつも立ち並ぶから村全体が活気よく見える。
実際にそうだ。立ちゆく若い男女、だれしもが優しい肌をしている。
もしも村が良くないのならもっと硬い面持ちになるだろう。
村長へ連れられ村を歩いている間、エレノアが抱いた気持ちは憧れだった。
一方で村の様相は直ちに反転する。
村長が「ここじゃ」と立ち止り簾を手で避けて入った。
その陰の中。
痙攣する青肌の老若男女五人が雑に横になっていた。
咳と嗚咽が交うここは、外の輝きが強かった分、この病室が果てしなく恐ろしい。
エレノアは青ざめた。
「似たように肌が青くなり、吐き気が止まらなくなる。食べられなくなるから痩せこける。村の薬屋に任せておるが、治らずずっとこのままじゃ。今年は病が少ないと思って喜んだ矢先、こんな災いが……勇者様、どうか。治癒を」
「もちろんです」
とエレノアは患者の夥しい手へ触れる。
怖いものはあるようだ。手を握ることを躊躇った。
勇者は祈った。黄金の輝きが手から手へ。
患者を包んだ。優しく暖かい光だ。
患者の歪な表情がみるみるふっくらと正常へ戻っていく。
安らかに。
患者は眠った。
「死んだのか!」
「誤解です。治癒しました。眠っているだけです」
「そうか。それはよかった。いやはや、流石勇者様じゃ。いくら頼んでも来ない都市の者とは大違い」
「ええ、そうですか?」
「流石、勇者様じゃ!! 他の皆も治してくだされ!」
「もちろんですよっ!!」なんか嬉しそう。
エレノアは全員を治癒した。
治癒している間に患者が起きて元気そうだったからエレノアはホッとした。
村長の喧しい声援の向きが他の人に移り、気が休まったから。
治癒を終えると夜は暖色。
仄かに揺れる町の燭台がエレノアを宥めた。
そのすぐに村の青年がやってきて「さぁさぁこちらへ」と勇者の歓迎と災いの完治を祝福した。
つまり、
――宴・会!!――
村の広場焚火と豪勢に並ぶありとあらゆる食べ物。
カルロス
「うぇえええええええええええ!! もっと持ってきやがれ!!」
大歓喜!!!
エレノア呆れ果てる。
ああ、だがしかし村のやつらは調子が良いぜ。
俺よりちっと青い、髪でも肌でもねえぜ、ケツがだ。ホモじゃねえ! 若いってことだ! 誤解すんな! ノリが良い。
一緒に食い荒らしてるぜ。
「どこのやつかもわかんねえ野郎に負けられっかよ! 俺が大食いだ!」
「舐めんじゃねえぜ! もっと持ってこいって!! 備蓄麦も全部、俺が平らげてやるぜ!!」
「やれるもんならやってみろ! ほうれ、酒だ!!」カルロスへ酒樽をぶっ放した。
「てめえ! 何しやがる!」
「持ってこいっていったろ?」
「酒じゃなくて食いもんだって。酒にしたって限度があるぜ! なんか体中ツンツンするぅ」
「しょうがねえな。風呂がある。あっちだ」桶風呂に湯気がたっぷり。
「おうおう!」カルロス、どば~。
「ふひひ……」笑う村人の男たち。
「なんだ? これ、トロトロしてるぜ。気持ちわりぃ! あとなんか――ツンツンするぜ!」
「お兄ちゃん。なんでお酒に入ってるの?」幼女、臭いキツイと手で煽りながら。
「野郎共め!!」
「こいつやっぱ馬鹿だ! ぎゃっはっは!!」
「待ちやがれ!!」今度は青年たちと追いかけっこ。酔って足回らず。
ともかくカルロスの不満は晴れたろう。
エレノアはしっとりと一人。眺めていた、
――そこへ娘たちがやってくる。もぎゅっとエレノアの胸を揉み始めた。
「これが勇者様のおっぱいか~」
「私よりは小さいな~可愛い~」
「ええっ! ちょっと私勇者ですよ!」
「知ってるもん~」
「酔ってるぅ……」
エレノアもエレノアで楽しんだ。
といったらまるでカルロスも似たようなことしていることになるが、それは想像に任せよう。
勇者一行は村人と一緒に宴を楽しんだ。
魔王の手下を探すのをすっかり忘れていた。まぁ明日でいいや。
それから一夜。
――新たに患者が出た。




