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15.蜘蛛の女王

――廃砦の監視塔。最上階に女がいた。

 塔は六階。高さにしておよそ二十メートル。

 エレノアは五階に着いて、息を呑んだ。


 血のこびりついた骸骨、人の残骸。

 机に散らかる人の腕や足。

 長椅子の席にだけ兜の皿がある。その上に食いかけの脳が乗っていた。


 惨劇の一望。

 エレノアはまず憎悪ではない、そして戦慄とも言い切れない。

 たしかに恐怖を抱いた。しかし関心でもあった。

 エレノア自身、意外に思った。魔物が人を食うことはない。

 見たことも無い。聞いたこともない。

 魔物という生態に反する。生物学的な疑問による関心。


 それと塔の屋上にいた女の姿。

――人の姿をしたものが為したのならば、それは人の生態によるものではないか。

 エレノアは不意に想像してしまった。あの女がそこへ座り、人を喰う姿を。

 その瞬間、戦慄した。


 足音がした。

 階段を上から誰かが下りてくる。

 勇者の第六感はこれが例の女だと察した。

 同時にエレノアの精神は勇者を取り戻した。


 「やられたのね。私の騎士も。結局、雑魚だったわけね。あなたがやったの? だとしたら失望するわ」女は傷一つないエレノアに目を細めた。

 「私ではない。私はお前を倒すだけだ」

 「あら、強がっているのが丸見えよ。どう? お食事でも」

 「つまらない冗談ですね」

 「勇者ね。いいわ。相手してあげる。その前に聞かせなさいよ。あなたはなぜ私を殺めるの?」

 「魔物だから」

 「私が殺人鬼だったら殺さないのね。優しいわ。ああでも、私は人の姿をしているわ」

 「あなたのような手の長い人間は存在しないわ」

 「そうね」


 女は左手の長い手先、

 椅子の縁を撫でながら妖艶な唇を舐めた。

 ゆっくりと。そうゆっくりと。

 暖炉に立て掛けられていた杖を持った。


 「私があなたを殺める理由を教えてあげるわ。あなたが勇者だからよ――魔王様の命に従い、あなたを食い殺してあげる!!」


 目が針のように尖る。杖を振りかざした! 解き放たれた風刃がエレノアを襲う!

 エレノアはそれをひらりと躱し、剣を抜く。

 が、息つく暇もなく風の追撃が来る。

 エレノアは塔の壁に沿うように走り始めた。そうしながら風刃を躱していった。


 「(魔法を使うということは近接が苦手かもしれない。だったら一気に距離を詰めて叩く!)」


 エレノアは六つ目の風を誘発。避けると壁を蹴って、女へ飛び掛かった――剣はすでに光を纏っていた。

 が、女は


 「ふふっ」


 笑った。

 エレノアは気づいた。自分は誘い込まれたのだと。

――女の左、長指がそこで待ち構えている。


 「いらっしゃい!」


 広げられた女の左手はまるで淑女の抱擁。爪はこれでもかといわん限りに尖っていた。


 大きな手がエレノアを包み込もうとする!

 エレノアはとっさに


 「せいっ!」


 光の刃を女の長い手へ叩きつけた!!

 斬るつもりだった。しかし弾かれ、後退した。


 「(硬い。もっと光の力を込めないと。魔法で遠距離から。近距離はあの手が待っている。思ったより手の攻撃範囲が広い。持久戦になるか……)」

 「素早いだけね。今度はこっちから行こうかしら!!」

 「うわっ!?」


 突風と共に女が飛び掛かる。激しい爪の斬撃がエレノアを襲った。

 エレノアは剣に光を込める間もなかった。剣で爪を弾き、弾かれる。

 またやってくる爪の攻撃。

 エレノアはにたじたじになっていた。

 

 「ふふ。お転婆」

 「誰が!」


 エレノアの左手が輝く。

 いや――輝いていた。か弱き剣は囮。


 「っ! でも無駄よ!!」女は一歩引き、左手を広げて盾にした。

 「喰らえぇえ!!」


 輝くも小さな手。

 けれどたしかに光り輝く手。

 魔術によって生まれた水。

 しかしそれは光を纏っていた。


――聖水の散乱銃が女へ放たれた!!


 激しい水の弾丸、その輝きを前にして女の笑みは歪み崩れた!

 黒き盾の左手に次々と穴が開いていく!


 「ガアアアアアアアア!!!」


 杖を床へ突き刺した!

――ギョロリ。


 「(なんだろ?)」


 エレノアは光る水鉄砲をひっこめた。


 女はすでに人の目をしていない。

 魔獣の夥しい憎悪の目、それどころか三つ目の目が額に抉れていた。

 ギョロリ――そいつがエレノアを睨んだ。

 途端。女はとんでもない勢いで上へ飛んだ。

 六階の床をぶち壊した。上から降る瓦礫の雨。

 エレノアは一旦、下の階に移動しようとした。が、その入り口。白い何かが階段を塞いた。


 「なにこれ、糸?」触ってベタベタ。

 「ひひひ! こっちを見なっ!!」


 エレノアの予想は当たっていた。

 ぶち抜かれた六階は縦長く、蜘蛛の巣だらけ。

 ぶら下がるはあの女

――蜘蛛の背に人が生えた化け物だ。

 長く鋭い左の五本指、

 それに似た八本足と目は下の蜘蛛。

 伸びてすらりと際立つ臍と豊満な乳房、

 それを支える強い肩。

 爛れた長い髪に魔の権化たる二本の角。

 尖る牙にするりと伸びる細い舌。

 三つの目。

 右手にはより悍ましい渦漂う杖があった。

 全長にして二メートル近く。


 「(でも背は私と同じくらいだ!)」

 「喰らいな!!」杖から竜巻が放たれた!

 「さっきよりも質が上がってる」


 避けたつもりが袖が破かれた。


 宙にぶらりとする蜘蛛女。

 魔術を撃ってくるのならこちらも魔術で対抗するか。

 エレノアがそう左手へ魔力を集めようとしたとき気づいた。

――足がくっ付いて走れない。床がネバつくと。


 「蜘蛛の糸……」

 「そうだ。ワタシが地面に張って置いた蜘蛛の糸!! きゃっはっは!」


 女が下りてきた。


 「動きにくい」

 「その通り! ワタシは動けるけどね! このまま食ってやる!!」

 「食う?」


 エレノアは知らない。

 昆虫と関わらなくなって久しかった。

 なので蜘蛛女が説明してくれた。


 「蜘蛛の糸。ネバつくのは横糸。歩けるのは縦糸。お前がひっかかったのは横糸さ! ワタシが歩くのは縦糸!! だったらワタシの真似して縦糸を歩けばいい? 股が裂けるがな! わっはっは!」ガニ股蜘蛛女。

 「(そもそもあんまり動けない……)」

 「それからもう一つ教えてやる! 身をもって知るがいいさ! ワタシの麻痺毒をっ!!」


 女はギョッと下の口から牙を突き出し、エレノアを刺した。

 両肩から血が噴き出る。

 エレノアは立ったまま硬直した。

 たしかに注入したと女がシメシメ嗤う。


 「どうだ。動けないだろう? 人間もこのサイズとなりゃ、格好の獲物。ワタシの巣から逃れられない。糸など要らぬ! 勇者の味、トドメを刺してやろう!」


 蜘蛛女は下の口からエレノアへ食らいつく。

――そのときエレノアが顔を上げた。

 たちまちエレノアはブーツを置いて宙へ飛び、剣に光を纏わせた。

――来る。

――蜘蛛女はなんとか左手を盾にした。

――光の刃は至近距離。


 「うぐっ!」


 凝縮された光の一撃があまりに重い! 左手はいともたやすく一刀両断。

 蜘蛛の本能は糸を巻いて宙へ逃避した!


 「な、なんだ? なぜだ!」

 「知らなかったみたいですね。勇者に毒は効かないのですよ。自分で解毒できますからっ!!」

 「おのれ! おのれ!!」


 蜘蛛女は自暴自棄になって糸を乱発した。


 エレノアはひょいひょい。縦糸を走って躱していく。

 そして壁へむかって助走、蹴り跳び――蜘蛛女の頭上を取った。

 すでにエレノアの剣は――光を万遍なく纏っていた。

 空中。エレノアは斬撃を放った!


――輝く三日月――


 蜘蛛女は


 「ふふっ」


 口角をあげていた。渾身の一発をそこに見たからだ。

 ふたたびである――エレノアは誘い込まれたと気づいた。

 蜘蛛女は尾を引く糸を自ら切断する。

 よって光刃は当たらず、壁を砕いた。

 本物の月が顕れた。今宵は新月。


 「ひっひっひ!」蜘蛛女は落ちる。

 「(どういうこと?)」エレノアも同様。

 「嵌ったな」蜘蛛女は留まった。

 「これは!」エレノアは態勢を整え、着地。


 同様である。そこは五階ではない。六階の床だった。蜘蛛の巣が作った六階の床だった。エレノアはまたしても術中に嵌った!

 三日月のように女の目は吊り上がっていた。笑っていた。


 「三発だ。厳密には二発か? お前の光の斬撃。ワタシの目が正しければお前の斬弾はもうゼロだ!! 違うか?」

 「教えるわけないでしょ」

 「図星だな。ワタシの目は十一個あるからなぁ。間違いない!」

 「っ! 足がベトベトして動けないっ! ああっ!」エレノアは尻もちをついた。

 「もう完全に動けない。間抜けな娘だ! だからこそ可愛らしい。だからこそ良い味がしそうだ!」

 「まだ負けてないわ! こんな気持ち悪い魔物に負けるものですか!!」

 「威勢がいいだけ。今度はもう手加減しない! お前を丁寧に丁寧に。糸で巻いてから食ってやる!!」ぐるぐるぴよぴようねうね。

 「やめなさい! やめて!! きゃー!」

 「やめるものか! いや、このまま梱包して魔王様の前に持っていくのもいい。いやダメだ! 完全に食い殺す! 魔王様は勇者の死を望んでいる! 確実な死だ!! 食ってこそ、死が生まれる!!」


 エレノアは無残にも蜘蛛の糸に巻かれ、真っ白の塊になった。

 身動きが取れなくなれば麻痺と同様。

 蜘蛛女は無き唇を長い舌で舐め回した。


 「食ってやる!!!」


 そのときだった。髪の焦げたような臭いがした。蜘蛛女の人間ゆえの鼻と髪である。

 ギョロッと女の十一個の目は己の長い髪へ注目した――焼かれていない。

 しかし――ぶわっとそれは燃え広がった! 冷血な塔は赤く燃え盛る! 燃えていたのは女ではない。この一帯を埋め尽くしていた蜘蛛の糸だった!! 


 「なぜだ? 暖炉か? いや、消したはず。消えてる――ってことは!?」

 「私だ」エレノアの巻糸を火が解いた。

 「火、魔術、いやでもそんな魔力どこに!」

 「考えても無駄です」

 「なに? な、に?? 熱い。熱いぞ。なんだ? なんだ? 腹の辺りがっ!」


 蜘蛛の糸はよく燃える。もちろん蜘蛛の命綱、牽引糸も。

 ゆえに糸の火は辿って蜘蛛女の下腹部、内側から女は燃え盛るのだ。


 「ぎゃああああああああああああああああああああ!!」


 女の中にある炎こそ闇を滅する光であった。

 この期に及んで女は焼かれながらもエレノアを殺そうと、縦糸を辿って杖を突き刺そうとしたものの――ちょうどそこから糸の足場が裂けた。

 蜘蛛女は断末魔をあげながら地へ堕ちた。

 女は蜘蛛の死んだように丸まった。

 

 「ふ、ふぅ~なんとかなった。(古い光術、黄だっけ? 青だっけ? 覚えておいてよかった)熱い熱い!」エレノアの足元にも炎が迫っていた。


――ひるるっ!


 「あ」


 エレノアは真っ逆さま。

 すでに地上は火の海。

 エレノアにはもう魔力は残っていなかった。

 落ちる。迫る赤――さらに落ちる。火の絶命!


 ――ババン! そのとき五階の炎の海が砕けた。


 「え?」

 「おい! 空から女が降ってくるぜ!」

 「なんだと?」


 四階は涼しく冷たい塔の床。エレノアは運よくあった二段ベッドの二段目をぶっ壊し、一段目もギリギリぶっ壊し、落ちた。

 エレノアはなんとか満身創痍。見上げるとカルロスと騎士長がいた。


 「って誰かと思ったらエレノアじゃねえか」

 「勇者様! ご無事で!……ご、ごほん。それより格好が」

 「格好?」エレノアも服も燃えて色々と穴が開いていた。

 「(なにかを察したように頷くカルロス)」

 「うわぁっ!!」エレノアの渾身の一撃。

 「うがぁっ!!」カルロス。渾身の吹っ飛び。


 死闘の末、エレノアは蜘蛛女を撃破。

 塔から出てきたとき、古布で半裸を隠した赤面の少女は紛れもなく勇者、、であった。

 だからこそ兵士たちは勝利を飛び跳ね喜んだのだった。

 それからすぐ騎士団と勇者一行は馬車に乗って町へ戻ると、市民の歓声に包まれ、酒場で豪遊!! 町の夜は華やかな灯に包まれた……めでたしめでたし(なおカルロスは一晩中気絶していた)。


――あとがき――

時間とか曜日とかもうめんどうだからブックマークしてくれ。

午後9時に寝てたりするので。

リゼロの人だって時間がバラバラだったりするから、べつにいいのではということになった。

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