#エルフ姉妹との再会
「う…ぐぅ…!!」
痛みで目が覚めた。
「ここは」
顔を横に向けると穏やかな色合いの枕が視界に入ってきた。
「あ、コタちゃん起きた! よかったよおおおコタちゃん死んじゃうかと思ったの、怖かったよおお!」
ぴこん、と小さな耳が動いてルルがとびかかってくる。
ああ、そうだ。
僕、助かったんだ。
ガルガンたちがこの家に運んでくれたことは簡単に想像できた。
「泣かない、で」
涙を流すルルに手を伸ばして涙をぬぐう。
「僕なら、平気だから」
「コタロウさん!?」
セレナも部屋に飛び込んできて涙を見せる。
「本当に良かった…あなた、あれから一週間も目を覚まさなかったの」
「そんなに……」
一週間。
その間、僕はずっと眠っていたのか。
行ってきます、と言ったのに。
ただいま、と言うことすらできなかった。
セレナまで泣き出してしまい、虎太郎は慌てて体を起こそうとした。
「いてててて…」
「動かないで。まだ完治してないんだから。でも目を覚まして本当によかった。ガルガンさんやフィオナさんにも知らせなくちゃ。それより食事ね。食べたいものはある?」
「………アップルパイが食べたいです」
「病み上がりなのに!?」
「怪我してるだけで、お腹はすきますから」
「ふふふ、そうなのね。でもよかった。アップルパイが食べられるならすぐに元気になれそう。ルルと一緒にリンゴを買ってくるからちょっと待っててね。今日は大きいのをつくるから。コタロウさん、一週間も寝てたんだからお腹空いてるでしょう?」
「……はい」
「じゃあ、特大サイズにしちゃおうかな」
「やった」
「ふふっ」
「コタちゃん、ルルもおねーちゃんの手伝う!」
「ルルは味見係ね」
「えー!」
「ふふふ」
「じゃあいってきまーす」
「いってらっしゃい…」
二人が居なくなってから、虎太郎ははああああと長い溜息をついた。
せっかく買った装備を奪われた。有り金全部取られた。ポーションもドロップ品も全部なくなった。
でもそれはいい。コピペできる。
「ポーションペースト」
指先に、固いガラス瓶の感触があった。
どうにか布団から這い出し、ポーションを頭からかける。全身を襲っていた痛みが嘘のように引いていった。
「……これなら、またやり直せる」
お金も装備も、どうにでもなる。
でも、あの男が次に何をするかは分からない。
僕が狙われたせいで、ルルやセレナまで傷つけられたら。
「それだけは、絶対に嫌だ」
虎太郎は天井を見つめた。
「残念だけど、拠点を移すしかないよなぁ」
姉妹に会うのも控えないといけなくなる。ひょっとしたら二度と会えなくなるかもしれない。
そう考えると胸が痛む。ここが唯一帰ってこれる場所だったのに。
「とりあえず、ポーションはコピペっとこう…。もう一本ぐらい飲みたいし」
暇に任せてマジックポーションもポーションもインベントリぎりぎり入る99本まで複製してしまう。
「二人とも遅いなあ? そろそろ帰ってきてもよさそうだけど…?」
「虎太郎君!! 皆が!!!」
フィオナが家に飛び込んできた。
虎太郎は白いパジャマを着せられていた。靴は履かなかった。
ただフィオナについて走った。
鎌が八本もある巨大なカマキリが居た。キラーマンティスだ。
石畳が血まみれだった。
ギルドで見た人たちが戦っていた。
リンゴが転がっていた。
さっき見た服が血まみれになっていた。
「う───うわああああああああ!!!!」
違う。
違う、違う、違う。
だって、さっきまで二人は笑っていた。
リンゴを買いに行くと言っていた。
帰ってきたら、特大のアップルパイを作ってくれるはずだった。
なのに。
どうして、こんなことになっているんだ。
ルルが、ルルの首が切れて、皮一枚でしか繋がっていなかった。ルルに上げたネックレスが血に染まっている。
セレナが、美しい顔が切り刻まれ面影すらなくなっていた。
「こたろう…くん」
「セレナさん喋らないで!傷を治します!」
出せるだけポーションを出してセレナにかけた。だが、傷が塞がらない。
「どうして、どうして傷が治らないんだどうして」
「あっぷるぱい…つくれなくて…ごめんね…」
それがセレナの最期の言葉だった。
「そんな、そんな、嘘だ」
ぎり、と虎太郎の歯が鳴る。絞り出すような声で、言った。
「コピー、ペースト」
騒ぎの中、誰の耳にもその言葉は届かなかった。
ただ、失われた装備が一つずつ複製されていく。
黒い戦闘服。
天護の胸当て。
そして最後に――両手に、風切剣
「……殺す」
殺す、殺す、殺す、何をしてでもこの怪物を殺す。
虎太郎は剣を振りかざした。
腕を切り落とされたら落ちた腕を拾ってポーションをかけてまた剣を振った。
足を切り刻まれたらポーションで回復させて立ち上がった。
斬られる。
回復する。
斬られる。
回復する。
「まだ……だ、まだ終わらない───お前が死ぬまで――終わらない───」
いつしか戦っているのは虎太郎だけになっていた。
そして、頭からつま先まで血まみれになって、キラーマンティスを倒した。
誰も、何も言えなかった。
虎太郎は、全てが終わると、二人の亡骸の横に膝をついた。
「……セレナさん」
返事はない。
「……ルルちゃん」
返事はない。
「……アップルパイ……」
声が震えた。
「皆で食べたかったのに……」
そこで、もう言葉にならなかった。
「うあああああああああああああああ!!」
虎太郎は、床にこぶしを打ち付けて、二人の前で子供のように泣き叫んだ。
帰る場所がなくなった。
ただいまをいう相手も、
おかえりを言ってくれる相手も。
初めてできた家族が、なくなった。
15歳の男が受け止めるには、あまりにも重すぎる現実だった。
『勇者様』
といったルルの言葉がよみがえる。
タカシは遊びまわるばかりで行動していなかった。
あいつさえ、きちんと戦っていれば。
勇者なのに。勇者として召喚されたはずなのに。
あいつのせいで、魔素が減らずに犠牲者が出た! ルルと、セレナが死んだ!!!!
ぎりぎりと地面に下ろした拳を引き寄せる。石畳の凹凸で手が擦り切れ血の跡が残るが痛みなどなかった。
「僕が…僕が勇者として召喚されていれば、……僕が、弱かったから」




