#虎太郎がタカシに嫌われていた理由
虎太郎は、二人に会いたくなった。セレナとルルに。
今すぐ、あの家に帰りたかった。
でもすぐに戻れば迷惑がられるかもしれない。
この日は何をする気にもなれず、虎太郎は宿を取り、一人で夜を明かした。
次の日。
「こんにちは、おじさん」
昼頃になりようやくいつもの調子を取り戻した虎太郎が八百屋の親父に声をかけた。
「おお、小僧 大活躍だったな!!」
おやじは虎太郎を見るなり、にかっと笑った。
「おおい! みんな! オークを倒した英雄様が来たぞおお!」
「え、え、」
いきなり広場中に聞こえるような大声を張り上げられ虎太郎が困惑してしまう。
「Fランクの無能力者か!」「あの時はありがとうなあ!」
あっという間に人々に取り囲まれてしまった。
「あの……」
顔にそばかすの浮いた素朴な少女が、人をかき分けるようにして虎太郎の前に出てきた。
歳は虎太郎より少し上ぐらいだろうか。
「父の仇をとってくださって、ありがとうございました!!」
少女はガバリと頭を下げた。
昨日の光景が脳裏によみがえる。頭を潰された人の姿。虎太郎はぐ、と息を飲んだ。
「───いえ、僕は、何も」
虎太郎に残るのは、もう少し早く駆けつけられれば助けられたかもしれないという罪悪感だけだ。礼を言われるとかえって心が苦しい。
「貴方がすぐにオークを倒してくれたこと、一家で武勇伝になってるんです! スカッとしたって! だから、父を亡くしたことは悲しいけど、悲しすぎるけど、笑って送り出せました! ありがとうございます!!!」
「───少しでも心が軽くなれたのなら、良かったです」
「何だその反応は! もっと喜べよ! 偉そうにしたっていいんだぞ! 一般人がオークに勝ったってだけで表彰物なんだからよ!!」
「そうよそうよ!」
「これ、少ないですが、お礼に」
じゃらりと音のする袋を差し出されてしまう。少し開いた口からお金が見えていた。
「お金!?!? いりませんいりません絶対いりませんから!!」
虎太郎は慌てて手を振った。
「それよりそれで、お父さんの好きなものでもいっぱい買って、ご家族で一杯食べて騒いでください!!」
少女は驚いたあと、涙を流しながら笑った。
「ありがとうございます! そうします!!」
少女は深々と礼をして去っていく。肉屋に向かっていったようだ。
「はー、色男だねえ。あの子完全にお前のファンになったぞ」
「いやそれは無いと思います」
キパっと返事して、「それじゃ、僕は買い物があるんで」と礼をしてその場から離れた。
「あいつ、自分のこと分かってねえのか?」
「相当な男前だってのにねえ」
そう。虎太郎は自分のことを平々凡々だと思っていた。
性格が平々凡々だから。
だから、自分に対する美醜が全然評価できていなかった。
虎太郎がタカシに嫌われていた理由は、その並外れた容姿にあった。
大勢の人間の中にいても自然と目を引く、誰もが振り返るほど整った顔立ち。長いまつげに縁取られた黒曜石のような瞳、小さく整った顔、すらりと伸びた手足と均整の取れたスタイル。艶やかな黒髪は、無造作に切りそろえただけでも不思議なほど様になり、気取らない仕草さえ絵になってしまう。
本人にまったく自覚がないのが、なおさら厄介だった。
虎太郎に彼女がいなかったのは、モテなかったからではない。
むしろ、その逆だった。
女子生徒たちの間では虎太郎は密かに注目の的だった。しかし、誰かが彼に近づこうとすれば、別の誰かが牽制する。表向きは仲良く笑い合いながら、その裏では互いに出し抜かれまいと火花を散らしていたのだ。
結果、誰もが虎太郎を気にしているのに、誰一人として気軽に近づけないという奇妙な状況が生まれていた。
廊下ですれ違えば、女子たちが振り返る。教室で何気なく笑えば、離れた席からでも視線が集まる。本人が気づかないところで、虎太郎は常に誰かの話題に上っていた。
一軍の男子たちは虎太郎を仲間に入れたがったのだが、虎太郎自身が目立つことが嫌いなため「僕みたいなつまらない人間といても絶対楽しくないよー」と笑って逃げられていた。
それどころか虎太郎を露骨にいじめようとするタカシが混じってきて本気で鬱陶しがっていた。まだ入学して1か月だったからそこまで大きな波風になることはなかったが、3か月もあったら虎太郎とタカシのクラスの立ち位置は逆になっていただろう。
「なにあれ、キモ」っとタカシを露骨に嫌う女子は凄いスピードで増えていたが。
それでも虎太郎自身は、女子に見つめられていることにすら気づいていなかった。
そんな彼を見て、タカシはいつも自分こそが注目されるべき存在だと思っていた。
何もしていない虎太郎に視線が集まるたび、タカシの胸の奥には、苛立ちが積み重なっていった。
タカシは一軍男子に混じっているといっても、引っ掛かっている程度の立ち位置でしかなかった。
それをタカシ自身もなんとなく実感していた。
だからこそタカシは虎太郎を嫌っていたのだった。
ちなみにぷりんは虎太郎が『自分の事をこっそりと好きでいる』となぜか確信していた。
タカシの容姿は悪い。人より二倍はある肥えた体重に潰れた鼻、重たい瞼に分厚い唇にニキビ顔。だが自分は美男子でコミュ強という自分勝手な思い込みで一軍男子たちに交じっていた。煙たがられているとうすうす感じてはいたが。
だが、一応は一軍男子である。そんな男と付き合ったことで、一軍の男子の恋人である自分が女子のあこがれの的になっている虎太郎に狙われている──という脳内設定を作り出していた。
自分がタカシと恋人になれば焦って虎太郎が告白してくるとまで考えていた。だから何もアクションを起こしてこない虎太郎にいら立ち、このままじゃあ本当にタカシの女になるわよ、という意味も込めて虎太郎にちょっかいをかけていた。
ところが、待てど暮らせど、虎太郎は何もしてこない。
目が合っても、話しかけても、嫌味を言ってみても、彼は無関心で通り過ぎる。嫉妬するどころか、ぷりんがタカシと付き合っていることにすら興味を示さなかった。
それが、ぷりんには我慢ならなかった。
振り向かせるためにぷりんは虎太郎にちょっかいをかけ続けた。
わざときつい言葉をぶつけてみたり、タカシとの仲を見せつけてみたり。
そうすれば、いつか虎太郎も我慢できなくなって、自分への想いを打ち明けてくるはずだと信じていたのだ。
しかし、ぷりんは知らなかった。
虎太郎にとって「きもい」だの「怖い」だの言ってくるぷりんは「ただのクラスメイト」から「道端の石」程度の存在に落とされていたことを。
踏んでも気づかず、蹴飛ばしても記憶に残らない。視界に入ったところで、わざわざ目を向ける価値すら感じない。
ぷりんがどれだけ虎太郎の気を引こうと必死になっても、肝心の相手は、彼女の存在そのものを意識の外へ追いやっていた。
これが、虎太郎が知らなかった二人にちょっかいをかけられる謎だった。




