↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱ダンジョンの数える骨 〜転生骸骨、客商売で成り上がる〜  作者: ざわん
第二部 二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
64/66

第六十三話 抜かれた日

査定の朝だ。


鍋の火は、いつもどおりに入っている。壁際の連中は、まだ角度を正していない。正すのは、翼の音が来てからだ。


ピンが、岩机の横で、数え棒を両手で握っている。耳には、ない。帳面は、開いている。毎朝ピンが書いてきた、八日、七日、と減る数の、いちばん下。今日の行に、さてい、の字。


「きょうは、おとしません」


「落とすな」


ドロテアが、鍋の向こうから、こちらを見た。見て、おたまを、ゆっくり回した。査定の朝の、ゆっくりである。


前の査定の朝、ピンは、おとします、と言った。今朝は、おとしません、と言う。


今朝の数字は、俺の帳面に、だいたい、ある。二十灯台まで。それより先は、上が持っている数だ。待つのは、その先だけだ。


隣の写しの灯の行は、見た。上がる数だった。


戸口まで出た。坂の下の、暗かった側の明かりは、二つのまま、ついている。消えてはいない。増えても、いない。


窪みの中の一体は、いつもの角度でいる。あの朝から、何も言わない。


   ◇


昼、石の翼の音が来た。


壁際が、角度を正す。ヴォルクが岩机の前に立ち、俺とピンは、その少し後ろに並ぶ。


階層長フォスカ。査定簿を小脇に。石の指が、紙の縁を押さえている。石の目が、岩机の端の、たたんだ紙を、一度見た。見て、査定簿を開いた。


「三ノ三。挑戦者の数——減」


減、の一語が、壁際まで届いた。角度は、崩れなかった。


「撃退の率、相変わらず。客足の続き具合——減」


来なかった客が、紙の上で、減、の一語になっている。来なかった日を、俺は、一日ずつ数えた。紙は、一語で済ませる。


石の指が、紙をめくる。


「三ノ三。——二十灯と、四分。来月からだ」


二十灯と、四分。二十灯台まで、俺の帳面にある数である。四分、は、今、来た。


石の指が、次の行へ行く。


止まらなかった。天井も、見なかった。指は、進んだ。


「順位。……二番」


口だけが、遅かった。二番、までが、長い。


「第三層、総合の、二番」


ヴォルクの袖が、手首のところで、一度、鳴った。手は、出ていない。


あばらの内側が、鳴った。前の月、鳴らなかったところで。黒い右手が、岩机の縁を探した。縁に、かかった。


壁際で、音がしなかった。ピンの両手の中で、棒は、動かない。ピンの目は、俺の、黒い手の、付け根にある。鍋の前で、おたまの柄を、ドロテアが握り直した。


「三ノ二。——二十三灯と、二分。順位、一番」


隣の行だ。読まれる順は、変わらない。順位が、変わった。一位の月、下で読まれた行が、今月は、上だ。


石の指が、査定簿を閉じた。閉じたまま、小脇に戻った。


   ◇


壁際を、見た。


三十五。角度は、揃っている。ぱたりの、あごが、一度、下がりかけた。下がる前に、止まった。止めたのが、見えた。もっかいの指が、床に触れかけて、膝の上に戻った。


崩れないために、二体が、動いた。動いたのを、俺は、見た。


石の階層長に、言うか。火の月に、客が来なかった日のことを。隣が、上がったことを。言えば、読まれた数の外に、俺の話が出る。


言わなかった。右手を、岩机の縁に、置いたままにした。黒い手を。


石の顔は、何も言わない。境の通路のほうへ、翼を向けた。通路の手前まで、運んで、そこで、止まった。石の目が、窪みのほうで、止まる。


   ◇


戸口から、坂の下を見た。


暗かった側の明かりの、さらに向こう。隣の区画のほうは、ここからは、見えない。見えないほうを、一拍、見た。頭数の増えた区画が、そこにある。見て、岩机に戻った。


ヴォルクが、岩机の端の、たたんだ閉鎖の紙を、手前に寄せた。通路の手前の、石の目の、届かないほうへ。寄せてから、袖を、手首のところで、押さえた。紙は、たたんだままだ。今日も、開かない。


鍋の火が、一度、大きくなった。ドロテアが、薪を足した音だった。足してから、言った。


「あんた」


「はい」


「抜かれた日は、どうすんだい」


抜いた日は、祭りにする、と決めてある。抜かれた日の、行はない。


壁際の三十五が、こちらを見ている。窪みの中の一体は、見ていない。通路の手前の石の顔は、窪みを見たままだ。


言わなければ、今日は、給料日の鍋で終わる。グレテの大鍋が、給料のぶんで、坂をのぼってくる。それで、済む。済む、と、言おうとした。あごが、動かなかった。


右手を、縁から、離した。離した手が、帳面の、今日の行の、さてい、の字の横に来た。横は、白い。ここに、今日の数が入る。入れるのは、ピンの筆だ。その下に、うちの行を、一つ、足せる。足せ、と言うのは、俺だ。


「……祭りだ」


ドロテアのおたまが、止まった。


「負けたのにかい」


「負けた日の祭りは、まだ、やったことがありません」


おたまの先が、鍋の縁を、一度、たたいた。


「いつだい」


「今夜では、ありません。隣の紙が、来てからです」


一位の月、隣の紙は、祭りの途中で来た。今月は、来てから、やる。順を、入れ替える。


「祭りに回す灯は、ないよ。給料日のぶんで、終わりだ」


「鍋ひとつで、やります。うちの鍋で。火だけ、強く」


「……その日は、強くするよ。椀は、あんたが数えな」


「数えます」


ドロテアは、おたまを鍋に戻した。戻してから、鍋の底まで、一度、深くかき回した。音が、いつもより、低い。


ピンが、棒を帳面袋に入れて、筆を取った。書いた。じゅんい。にばん。ぬかれたひ。書いた字を、たたかなかった。筆を置いて、棒を、袋から出した。耳に、挟んだ。


「だいこう」


「なんだ」


「ぬかれたひ、の、ぎょうは、はじめて、です」


「初めてだ。……書き方は、同じでいい」


「おなじ、おおきさで、かきました。まつり、は、そのひに、かきます」


「それでいい」


「はい」


壁際で、ぱたりのあごが、上がった。下がりかけた、あごである。上がったまま、戻らない。


   ◇


境の通路の手前に、石の階層長が、立っている。


帰らない。査定簿が、小脇から、石の指の上に移っている。指が、表紙を押さえている。一位の日、この人は、今日は祭りか、と訊いた。今日は、訊かないまま、立っている。


壁際の三十五が、立っている階層長を見ている。一位の日も、こうして見た。あのときの顔と、今日の顔の、違いを、俺は、見分けられない。石の顔である。


鍋の湯気が上がったとき、石の顔が、一度だけ、鍋のほうを向いた。向いて、戻した。


ピンが、俺の横で、耳の棒に、手をやった。触って、下ろした。


石の指は、査定簿の表紙の上にある。


閉じてから、もう一度は、開かなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。