第五十六話 センパイ
火から、骨を引いた。
窪みの前に着いたとき、白い骨は、まだ立っていた。頭の高さから横に振られた棒は、振られる途中で下がって、肩口を打っていた。頭は、打たれていない。
肩口から、立っている形がゆがんでいる。足の先に転がってきた欠片は、その一度目で肩から飛んだものだった。棒が、二度目に振り上がり、火のついた先が、頭の高さに来る。
焼けた骨は、戻らない。知っていて、右手を入れた。
頭の高さの火と、骨とのあいだに、手を上げて入れた。入れた指の先が、骨の頭に当たって、音を立てる。
小さい、乾いた音で、それが何の音かを考える間は、ない。そのまま、骨の肩をつかんで、手前へ引く。火が、右手の甲を、なめた。
◇
引いた骨が、崩れた。
一度目の棒が、もう、骨の中を割っていたのだと、手の中で分かる。つかんだ肩から、立っていた形がほどけていき、止めようが、どこにもなかった。
音が、した。細かい音の連なりである。骸骨が砕ける音を、俺は、転びの客席で聞いてきた。その連なりの中に、一つだけ、聞いたことのない音が、混じった。
肩をつかんでいた右手に、重さがなくなる。
床に、白い欠片が、散った。頭の骨は、窪みの中に残っている。窪みの奥の岩の棚に、乗っていたからである。いつもの角度のまま、下だけが、ない。
センパイ、と、声に出なかった。出る前に、目が、床の欠片を追っていた。一、二、と追って、三で追えなくなり、追えなくなった目が、頭の骨に戻る。
◇
布の者たちが、止まった。
火のついた棒を持ったまま、窪みの前で、動かない。布の向きが、俺と、床の欠片と、窪みの中の頭の骨とを、順に向いた。それから壁際の列へ行って、戻ってきて、もう一度、行く。
一拍、長かった。
布の一人が、棒を、下げた。火が、床の欠片の上に、来る。
右手を、欠片の上に、かぶせた。火と欠片のあいだに、右手がある。抜けば、火が欠片に届く。抜かない。火が、手の甲を、なめ続ける。
「待て」
俺の口が、言った。壁際へ、である。壁際の列が、動いていた。言うより先に、受けの一体が、壁の脇へ走っている。火を持った者のあいだを、うちの連中が通る。通れば、焼ける。
「待たない」
言ったのは、ドロテアだった。鍋の前から、動かずに。
「水は、鍋のぶんしかないよ。屑だ。三本目の、掘った岩の屑」
◇
三本目の穴を掘ったとき、出た岩の屑は、壁際の脇に積んである。細かくなった岩が、鍋の明かりの中では、昼に見た灰に見えた。
受けの骨が、両手で、屑をすくった。追いかけっこの骨が、続く。場づくりの七体は、岩を運ぶ手で、屑を運ぶ。芸ごとに違う手が、屑の前では、同じ手になった。
俺の手の上の火に、屑が、かかる。
一度では、消えない。布の者が棒を振り、屑が散る。振られた火は、欠片の上へ戻ってくる。戻ってくる火に、二度目の屑がかかって、三度目で、火が小さくなった。
小さくなった火に、ぱたりが、右腕で、屑を押しつける。継ぎ目のある腕で、である。継ぎ目が、火で黒くなり、継ぎ目から、白いものが、もう一つ、屑の上に落ちた。
消えた。
ほかの棒の火にも、屑がかかる。一本ずつ、消えていった。
俺の右手が、欠片の上から、離れる。離れた手を見るのは、あとにした。先に見るものが、床にある。
布の者たちは、火の消えた棒を持ち直して、二本目の通路へ、下がった。来た道である。奥の穴のほうへ。
下がりながら、布の向きが、窪みの頭の骨で、一度、止まる。止まって、二本目の通路の口へ、入っていった。奥の穴のほうである。
追わなかった。右手が、動かない。
壁際の連中が、屑を運んだ手のまま、通路の中に立っている。列に戻る者は、いなかった。
◇
鍋の火だけが、残っている。
ドロテアが、鍋の火を、強くした。通路の明かりは、その一つである。
「あんたの手」
ドロテアが、柄を握ったまま、俺の右手を見ている。
「……あとで」
「あとで、で戻るのは、焼けてない骨だけだよ」
言われて、右手を見た。指の先が、二つ、ない。骨の頭に当たって、折れて飛んだのだ。あの乾いた音である。残った指は、そのあとで火にいたぶんだけ、黒い。飛んだ先を、俺は、見ていない。
右手を、一度、握ろうとした。握れない。膝に、置いた。左手を、床へ伸ばす。
しゃがんで、拾う。左手は、拾う手ではなかった。帳面の角を揃える手で、欠片の角を揃えるように、拾った。
一つ。二つ。拾った欠片は、大きいものから、床の、窪みの前に集める。ピンが、戸口から戻ってきて、横にしゃがんだ。
「おきゃく、かえしました」
それだけ言って、数え棒を耳に挟み、両手で拾いはじめる。
「だいこう。これ、せんぱい、ですか」
「センパイだ」
「せんぱい、は、ひとり、ですか」
「一人だ。……欠片は、一つじゃない」
ピンの手が、拾う途中で、止まった。止まった手の中の欠片を、俺の左手の上に、乗せる。乗せてから、自分の手で、次を拾った。拾う速さが、俺より速い。
「ぜんぶ、ですか」
「全部だ。……拾えるぶんは」
拾えないぶんがある。砕けて砂になったところは、床の色に、沈んでいた。
ぱたりが、横に来た。しゃがまない。立ったまま、床を見ている。それから、継ぎ目のある右腕を、一度、俺の肩に置いて、離した。腕の継ぎ目に、白いものが、足りなくなっている。
もっかいが、床を、一度つついた。二度目は、ない。つつかれた床から、砂になった白いものが、少し、浮いた。浮いて、鍋の明かりの中で、見えなくなる。
◇
窪みの中の頭の骨を、見た。
下がないだけで、いつもの角度のままである。下にあった右腕は、窪みの縁の、岩の陰に落ちていた。拾い残していたところである。
拾おうとした俺の左手が、止まった。手のひらの骨が、こちらを向いている。止まれ、の形で、床にある。
拾って、山の上に、置いた。置いた手のひらの骨が、山の上で、こちらを向いたままである。
「センパイ。……連れて帰ります」
窪みの頭の骨に、言った。どこへ、は、まだない。
◇
欠片の山を、ピンと二人で、数えた。
大きいものを、数えた。小さいものは、数えられなかった。ピンが、帳面を開いて、書く。せんぱい。くだけた。おおきい、かけら、かぞえた。ちいさい、かけら、かぞえられない。
書いてから、ピンが、床の、窪みの縁のところから、小さい欠片を一つ、つまんで来た。
「だいこう。これも、せんぱい、ですか」
小さい。ほかの欠片より、新しい白である。ピンは、俺の右手を見た。それから、欠片を見た。見てから、山のいちばん上に、それを置く。
形を、見た。
「……まざった、まま、はえます」
ピンが、小さく言った。言ってから、数え棒を耳から抜いて、両手で握った。
山のいちばん上に、小さい欠片が、一つ。俺の指の先の、欠けたところと、同じ形をしている。




