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最弱ダンジョンの数える骨 〜転生骸骨、客商売で成り上がる〜  作者: ざわん
第一部 一章

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第四話 裏市場と給料四グリム

「給料日だよ! 並びな!」


ドロテアの声が洞窟に響いた朝——朝かどうかは知らないが、そういう時間に、俺は初めて「裏」へ連れて行かれることになった。


あの追いかけっこから、しばらく経つ。あの二人組——羽の生えそろわない見た目から、勝手に「ひよこ」と呼んでいる——はあれから二度来て、二度とも笑って帰った。俺のあばらは無事だった。天井の遠くが明るくなることも、あれきりない。折った指は、一本のままだ。営業は、続いている。


「あんたも来な、新入り。初給料だろ」


給料。その概念がこの職場にあったことに、まず驚いた。


裏への入口は、洞窟の奥の岩の裂け目だった。ドロテアについて身をねじ込むと、道は下りながら広がり、やがて、音が変わった。


ざわめき。金物を打つ音。何かを煮るにおいが、した気がする。


岩壁をくり抜いた広間に、屋台と店がひしめいていた。たいまつではない、青白い明かりの下、ゾンビが鍋をかき回し、ゴブリンが雑貨を並べ、見たこともない種族が行き交っている。種族の見分けが一目でつくのは、前の仕事柄というものだ。骨も、いる。表でぼんやりしていた連中とは別の顔ぶれの骨が、籠を担いで歩いている。


「……こんな場所があったのか」


「あるさ。あたしらだって、寝起きも飯も要る。表で半日、こっちで半日。回してるんだよ、あたしらは」


交代で回してる、ってことか。あの洞窟で「立って動けるのが十かそこら」だったのは、残り半分が常にこっちで休んでいたからだ。頭数は聞いていた。裏がある、とも聞いていた。だが半分を伝聞で済ませて、現物をこの目で見ていなかった。手持ちも数えずに始める奴は失敗する——そう言った口が、これだ。


給料の列は、広間の隅にあった。帳面を抱えたゴブリンが、番号を読み上げては小さな貨幣を数えて渡していく。


「一一四」


呼ばれて、進み出る。手のひらに、黒っぽい小さな貨幣が四枚、落とされた。


「四グリム。今月ぶん」


四枚。ずいぶん軽い。湧いて半月の新入りに満額が出るあたり、働いた日数で割る、みたいな細かいことは言わないらしい。大雑把なのか、太っ腹なのか。


「ひとつ聞くが、この金は誰が払ってる」


「上だよ」


帳面のゴブリンは、それ以上は知らんという顔で、次の番号を呼んだ。また「上」か。番号といい、台帳といい、給料といい——その上とやらには、いずれ挨拶をしに行く必要がありそうだった。


「参考までに聞くが、飯は一食いくらだ」


「一グリム」


月収、四食ぶん。


飯の値段とくらべて、俺は自分の安さを正確に理解した。雑魚とは、性能の話だけではなかったのだ。


「まあ、骨は食わなくても死なないからね」とドロテアが横から言う。「食えば、直りが早くなる。それだけさ」


なるほど、食事は回復薬か。だとすると月四本の回復薬でひと月働けという話で、これは待遇の話として、なかなかに渋い。


ドロテアが向かったのは、広間のいちばん奥の店だった。


大鍋が湯気を上げていて、その向こうに、女将がいた。でかい。三ノ三の連中が二人並んで座れそうな肩幅の、オーガだ。


「マム・グレテの店。うちの連中のたまり場さ」


「おや、ドロテア。……そっちの細いのは?」


「新入り。骨番一一四」


「ドロテアから聞いてるよ。人間を笑わせた骨だろ」


女将は俺を上から下まで眺めて、にやりと笑った。牙が見えた。


「面白い時代になったもんだ。ほら、座んな。一杯一グリム」


椀に、湯気の立つ何かの汁がよそわれた。俺は貨幣を一枚差し出し、残り三枚を握りしめ、席について、それから根本的な問題に気づいた。


「……これ、どこに入るんだ」


「考えるんじゃないよ。入るもんは入るんだ」


ドロテアの言うとおりだった。飲めば、入った。どこへとは聞かないでほしい。ただ、腹の底——のあった場所——に、じんわりと火が入るような感じがして、指先の骨が少しだけ軽くなった。回復薬というのは、本当らしい。どこへ入るのかは、体が直る理屈と同じ棚に置いた。検証手段のない仮説は、ただの感想だ。


汁をすすりながら、俺はずっと聞きそびれていたことを、ようやく聞いた。


「そういえば。あんたは、その……何なんだ」


「ゾンビだよ。見りゃ分かるだろ」


見て分からなかったから聞いたのだが、言われてみれば、そうとしか見えなくなった。血の気のない肌、縫い痕。彼女は頭の布を巻き直した。豊かな癖毛が一瞬こぼれて、また布の下に収まった。


「死なないのか、ゾンビは」


「死なないね。……古くなるだけさ」


古くなる。骨は減って、ゾンビは古くなる。この職場の待遇一覧に、また一行増えた。それ以上は、聞くなという顔だったので、聞かなかった。三ノ三で暮らす作法が、少し分かってきた気がする。


ドロテアは腰の木札をグレテに見せ、女将はおたまの柄で刻み目をひとつ、削り落とした。ひと月の付けを、給料日に締める——常連の作法らしい。手慣れたものだった。


店には三ノ三の連中——動けるほうの顔ぶれが、次々に来た。給料日だからだ。骨たちが四枚の貨幣を握って並び、汁を飲み、隣の屋台で安酒を買い、また並ぶ。空の椀が積み上がっていくのを、グレテが笑って眺めている。月に一度の、いちばんいい日なのだ。ここでは。


隣の席の骨が、最後の一枚を目の高さに掲げて、少しだけ眺めた。何かを考えたのかと思ったら、そのまま酒に換えた。ためらいの間ではなかった。ただの、順番だった。


その日の終わり——ということになっている時刻には、だいたいの手が、空になっていた。


四グリムが、一日で消える。飯と、酒と、それで終わり。明日からまた無一文で、ひと月働く。誰も文句を言わない。誰も、不思議そうな顔すらしない。来月も同じ日に同じ列ができて、同じ夕方が来るのだろう。去年も、たぶん、十年前も。


それより、気になることがあった。この光景の、どこかが、ざわざわする。


帰り道、ドロテアは鍛冶場の前で足を止めた。


焦げたひげのドワーフが、火の前で金づちを振るっていた。ドロテアが黙って頭を下げると、ドワーフも手を止めず、あごだけをしゃくって返した。それだけだった。


「鍛冶屋だよ。装備の直しはここ。……ま、あんたには当分、縁がないか」


修理するものが、そもそもない。錆びた短剣一本きりの身の上が、また少し身に染みた。


オーガの女将に、ドワーフの鍛冶屋。迷宮の裏側には、思ったよりずっと色々な者が、普通に暮らしていた。表の攻略者たちは、この裂け目の向こうを知っているのだろうか。


裂け目をくぐって表の洞窟へ戻る手前、俺は歩きながら、ずっと考えていた。


四グリムは、少ない。少ないが、問題はそこじゃない気がする。


前の世界の俺は、金の使い方にうるさい男だった。手元の銭をどう割り振るかで、次の月の戦い方が変わる。それが染みついている。だがここの連中は、割り振らない。持った分を、その日のうちに、きれいに使い切る。


まるで、明日の自分を勘定に入れていないみたいに。


——ざわつきの正体を、俺はまだ、言葉にしないことにした。代わりに、隣を歩くドロテアと、後ろをついてくる顔見知りの骨に、聞くだけ聞いてみた。


「なあ。みんな、給料を何に使ってる?」


ドロテアは、きょとんとした。骨は、あごを、かた、と鳴らした。


先に答えたのは、後ろから来た籠担ぎのゾンビだった。


「何にって……飯と、酒だろ」


「それ以外は」


「それ以外?」


ゾンビは、本気で分からない顔をした。


「……考えたことも、ねえなあ」


考えたこともねえ。


その一言が、この区画のどんな帳簿よりも、雄弁だった。


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