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最弱ダンジョンの数える骨 〜転生骸骨、客商売で成り上がる〜  作者: ざわん
第二部 一章

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第四十八話 層外の色の紙

一位の、翌朝である。


祭りの跡は、片づけると、なくなる。大鍋は、夜のうちに裏市場へ下りた。椀は、三十九、洗って重ねてある。通路の床に、つつかれた跡は残らない。残るのは、帳面の行だけだ。


「まつり。ひとつ。ぬいたひ」


ピンが、書いた。それから、その下に、もう一行。


「じゅんい。いちばん」


四文字と、四文字。祭りの行は、上の帳面には載らない。順位の行は、上の帳面が先に持っていて、うちが、あとから写す。載らない行と、写す行が、ピンの字で、同じ丈で並んだ。


「あわないは、まだです」


「まだだ」


今月の最初の行は、まだ、なにもない。査定の前の日、その行を、ピンが指でなでた。今朝も、なでている。


   ◇


昼前に、石の翼の音が来た。


査定の日ではない。巡回の日でもない。うちの連中が、壁際で、姿勢を正す。きのうの朝と、同じ角度である。ヴォルクが岩机から出て、俺とピンは、その少し後ろに立った。同じ場所に、二日続けて立つのは、初めてだ。


階層長フォスカは、査定簿を持っていなかった。


代わりに、紙を一枚、持っていた。


色が、見える。層外の色である。石臼の通告と、認可せずの紙と、同じ色。三度目の色を、この石の顔が、自分で運んできた。回状のゴブリンではなく、区画長経由でもなく、階層長の手で、うちの岩机まで。


紙が、岩机に、置かれる。


「……私は、運んだだけだからな」


読み上げただけ、ではなかった。運んだだけ、である。この人が、自分の手で運ぶ紙が、どういう紙かを、俺は、知らない。知らないまま、翼の音が、境の通路へ、下りていく。ふり返らない。きのうは、一度、ふり返った。


   ◇


紙を、開いた。


厚い。石板の棚で見た、層外の束の厚みが、一枚に、ある。手に、重さが乗る。


——第三層第三区画。

 査定六回目、総合一位に付き、帳面の照合を行う。

 今月、十一日。区画にて。

 帳面。頭数。紋の申請。通路。すべて。

 監査。

           第七席


読んだ。もう一度、読む。


監査、の二文字が、ある。


あばらの内側が、鳴った。きのうは、鳴る前に、数字が並んだ。今日は、数字より先に、鳴っている。


理由が、書いてある。総合一位に付き。認可せずの紙には、理由の欄が空いていた。書かなくていい相手だったから、空いている。今度の紙には、理由がある。書きたい相手になった、のである。そうなるのに、一月かかっている。その一月で、うちは、読む相手の側から、書かれる側へ、渡った。


すべて、の三文字も、あった。帳面。頭数。紋の申請。通路。四つ並べて、そのあとに、すべて。四つで足りないから、すべて、が付いている。四つに入らないものが、うちには、ある。名前。歌。窪みの中の一体。


   ◇


「席、って、なんだ」


声に出して、言う。


紙の、いちばん下。日付でも、区画名でもない場所に、三文字。第七席。差出人である。中央の帳場、とは書いていない。階層長の名も、ない。席、が、書いた。


ピンが、紙を、のぞいた。三文字を、数え棒の先で、なぞる。それから、首を、かしげた。


「ちょうめんに、ない、です」


ピンの帳面に、席の字は、ない。数え棒が、耳に戻らない。


ドロテアが、鍋の向こうから、こちらを見た。見て、なにも言わない。鍋の柄を、握り直す。


ヴォルクは、岩机の向こうで、動かなかった。


誰も、答えなかった。


数え棒は、耳に戻らないままである。鍋の柄を握った手も、動かない。ヴォルクの顔だけが、読めない。一位の翌日、上から紙が来て、その紙の差出人を、区画の誰も、口にできない。


「ヴォルクさん」


「……はい」


「席、というのは」


袖の奥の明かりは、きのう、袖口まで出ていた。今日は、奥に、引いている。


   ◇


今月、十一日。


数えた。今日が、一日。十日ある。そのあいだに、なにを、するか。


帳面を、直すことは、できる。二列を、一列に戻す。あわない、の四文字を、消す。穴の行を、消す。上の帳面と、同じ形にする。上の帳面と同じ形の帳面は、正しい。三百年、隣は、そうしている。


それから、いちばん後ろの行。せんぱい、います。ピンの字で、俺の行より少し小さい一行を、抜く。抜けば、上の帳面と、うちの帳面は、一行残らず、合う。


壁際を、一度、見た。


しない。


うちの帳面は、起きた順に書く。そう書いた帳面は、直さない。直すのは、帳面ではなく、出す順である。上に読ませる紙は、読ませたい順に並べる。代行になった日に、この人から教わった、かんどころである。あの日は、損耗を先に見せるか、客の伸びを先に見せるか、という話である。


今度は、違う。あわない、を最初に読ませる帳面と、最後に読ませる帳面は、同じ帳面で、別の顔になる。頭数三十九の紙を先に出すか、せんぱい、います、の行を先に出すかで、読む側の目が、一つ、変わる。


正しい帳面を、読ませたい順に。


最初に読ませる行を、決めた。その行は、今夜は、書かない。十一日に、上が、読む。


   ◇


夕方、壁際に立った。帳面を開く前に、この人に、言っておく。


「監査、です。今月、十一日」


鳴らなかった。白い骨は、いつもの角度で、いつもの窪みにいる。上の帳面に、この人の行はない。十一日、うちの帳面のいちばん後ろの行を、上が読む。読んだあとで、この人がどうなるかを、俺は、知らない。それを、知らないまま、ここに置いておく。


「順番は、決めました」


返事は、ない。左腕の継ぎ目に、通路の明かりが、細く入っている。


   ◇


夜、帳面を開いた。祭りの夜に、言わなかったことを、言う。


「ピン。書く。二列で」


「はい」


「左に、紙にあること。右に、うちの帳面の、どの行が読まれるか」


ピンは、左に書く。かんさ。じゅういちにち。ちょうめん。あたまかず。もん。つうろ。すべて。


右に、行の番号を、書いていく。帳面の行は、起きた順に番号がある。三十九の紙の行。穴の行。二列の行。名前の行。番号が、右に、並ぶ。左の、すべて、の横に来て、数え棒が、止まる。


「すべて、は、なんばん、ですか」


「ぜんぶだ」


「ぜんぶ、は、ばんごうが、ありません」


「ない。ないから、書ける」


ピンは、右の欄を、あけたままにした。あいた欄の上で、数え棒が、一度、回った。


上を数える帳面の、一行目である。上の値は、まだ、一つしかない。監査。十一日。


あわない、と書く日が来るかどうかは、十一日に、分かる。


   ◇


帳面を閉じたあと、岩机の上に、層外の色の紙が、一枚、置いてある。


ヴォルクが、その紙の前に、立った。読まない。読んだ紙を、読み直さない。袖を、手首まで下ろしたまま、紙の、いちばん下の三文字を、見ている。


「上は」


言いかけて、そこで、止まる。上は、の先が、今夜は、来ない。石臼の夜に一度切れた口癖が、今夜は、最初から、続きを持っていない。


俺は、その先を、待たなかった。訊いてもこの人は答えない色をしていた、と、前に一度、思った。今夜は、色が、ない。


袖の奥を、見た。


袖の奥に、なにも、見えない。


この区画に来た最初の月からずっと、揺れたり、強くなったり、暗くなったりしながら、そこに在った明かりである。三百年ぶんの厚みの束と、同じ色の紙の前で、それが、なくなっている。


ヴォルクは、なにも言わない。俺も、訊かない。


席、って、なんだ。


誰も、答えなかった。区画長の袖の奥で、明かりが、初めて、消えていた。


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