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最弱ダンジョンの数える骨 〜転生骸骨、客商売で成り上がる〜  作者: ざわん
第二部 一章

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第四十七話 一位

査定の日の朝が、来た。


帳面は、昨日、読み終えている。今朝は、開かない。三十四。せんぱい、います。あとの行は、ぜんぶ、頭にある。


壁際の骨たちは、いつもの角度で、朝を待っている。査定の日の朝が、ほかの日とちがうのかどうか、うちの連中には、たぶん分からない。分かるのは、岩机の前で、俺のあばらの内側が、昨日から鳴りっぱなしなことである。数えずに、聞いている。


ピンが、数え棒を、両手で握った。耳には、挟まない。


「きょうは、おとします」


「落とすな」


「おとしたことが、あります」


「知っている。今日は、落とすな」


「……はい」


数え棒が落ちた日のことを、俺は聞いて知っている。あのとき、俺は、粉になっていた。落ちる音は、ピンの棒から、一度しか出ていない。二度目を、今日、出させたくなかった。


   ◇


昼、石の翼の音が来た。


階層長フォスカ。片角の欠けた、石の顔。査定簿を小脇に、いつもの巡回である。ヴォルクが岩机の前に立ち、俺とピンは、その少し後ろに並ぶ。先月と、同じ場所だ。そこに、同じ順で立って、違う数字を待つ。


読み上げが、始まる。


「三ノ三。挑戦者の数——大きく、増」


大きく、が、付いた。


「撃退の率、相変わらず。客足の続き具合——大きく、増」


二度、付いた。石の指が、紙をめくる。速くはない。止まりもしない。


「生還譚の流通——大きく、動いた」


読まない項の名が、読まれた。三度目である。一度目は、倍の月。二度目は、読まない項で一番になった月だ。今月は、その二つと、違う。名が読まれたあとに、まだ、行が残っている。


「三ノ三。——二十四灯と、三分。来月からだ」


十七灯九分から、六灯四分、増えた。


数字を、聞いた。聞いた数字が、いつもの場所に、落ちる。落ちて、そこで、止まらない。そのまま、次の行を、待った。次の行が、今月の、本当の行である。


「順位」


石の指が、止まる。


それから、査定簿を、閉じた。


何が起きたのか、俺は、しばらく分からなかった。読み上げのとちゅうで、この石の階層長が、紙を閉じたことは、一度もない。三度見た月も、そうしなかった。小脇に抱え直すでもなく、石の顔は、天井を、見た。天井には、岩しかない。岩の上に、なにがあるかを、俺は、知らない。


ヴォルクの袖の奥で、明かりが、袖口まで、出てきた。そこで、止まっている。


査定簿が、開いた。


同じところが、開いた。石の指が、行を、なぞりなおす。


「順位、一番。第三層、総合の、一番」


ピンの数え棒が、かちり、と鳴った。


床で、跳ねた音ではない。両手の中で、棒と棒が、あたった音である。落ちていない。


一番。


あばらの内側は、鳴らなかった。鳴るより先に、二つの数字が、並んだ。二十四灯三分。隣は、まだ読まれていない。読まれていない数字を、俺は、だいたい持っている。持っている数字と、読まれた数字が、きょう、はじめて、同じ側に来た。


「三ノ二。二十二灯と、八分。順位、二番」


隣の行が、うちの行の、下で読まれた。


三百年、上で読まれてきた行である。


   ◇


閉じた査定簿をわきに、フォスカは、いつもの文句を、言わなかった。釘も、刺さなかった。浮かれた区画から順に、の文句を、今月は、口にしない。かわりに、境の通路のほうへ、翼を向けかけて、止めた。


「今日は、祭りか」


「やります。抜いた日は、祭りにする、と決めてあります」


「祭りは、査定簿には載らん」


「先月、聞きました」


石の顔は、うなずきもしない。そのまま、境の通路の手前に、立った。帰らない。帰らない階層長を、うちの連中が、壁際から、見ている。大鍋の湯気が上がったとき、石の顔が、一度だけ、そちらを向いた。向いて、戻した。


   ◇


裏市場の坂を、大鍋がのぼってきた。


「二度目の出前だね」


マム・グレテは、通路の真ん中に鍋を下ろして、腰に手をあてた。きのう、数えないと言った女将が、鍋の大きさで、数えている。三十九の椀に、大鍋一つ。足りるかどうかを、女将は、目ではかった。


「一番だってね」


「昼に、読まれました」


「あたしの店で、けさから、その話しかしてないよ。数えないって言ったのは、あたしだ。数えなくても、聞こえてくる」


火が、ふたつ、並んだ。ドロテアの鍋と、グレテの大鍋。列が、できる。まっすぐな列である。椀を受け取る順番を、誰も追いこさない。


歌は、火が強くなってから来た。


ドロテアの鼻歌の節に、教室の子たちの声が、乗った。きのう、裏市場で歌っていた、客の言葉の歌である。言葉は、誰にも分からない。分からない言葉が、三ノ三の節で、三ノ三の通路に、はじめて、ひびいた。三本目の穴の向こうで、帰る客が、足を止めた。止めて、こちらを、見ている。歌を、自分の言葉で、聞いている。


もっかいが、床を、つついた。


一つ。隣へ。また隣へ。先月は、列の途中で止んだ音が、今夜は、止まらない。壁際の端まで、渡った。端の骨が、指を止めた。止めた指を、誰も、せめない。全員が、やった。


数えていなかった。数えていないことに、あとで気づいた。


三ノ三の一座が、第三層で、一番になった。


三十九の椀が、並んだ。窪みの前には、椀は、並ばない。その一つを、今夜も、数に入れて見た。一つ。数に入れてから、俺は、列を離れる。


   ◇


通路の端で、ひとりになった。


一番、を、数える。誰が、数えた。上である。その帳面が、うちの行を、いちばん上に置いた。置いた手を、俺は、見ていない。上の帳面を、俺は、いちども見たことがない。


誰が、どこで、数えている?


前に一度、頭の帳面に作った問いの行である。祝いの夜に似合わない問いだから、あのときは、行だけ作って、とじた。今夜も、祝いの夜だ。今夜は、閉じない。


後ろで、鍋の音が、まだ鳴っている。


読まれる側になった。ならば、読む側を、数えていい。上が、うちを数えるなら、うちも、上を数える。数える道具は、ある。写し。回状。紙の色。


二列で、書く。


うちの値と、そとの値。あいだに、あわない、の四文字。上の帳面にない書き方で、上を、書く。


決めた。今夜は、誰にも言わない。祭りの夜に、言うたぐいのことではない。


   ◇


祭りの音の途中で、裏回りの道から、ゴブリンが一体、上がってきた。


回状を運ぶ子ではない。隣の区画の子である。岩机に紙を一枚置いて、なにも言わずに、下りていった。うちの写しが隣へ渡るより、先に来た。


オルバスの区画、二十二灯八分。昼に読まれた数が、紙の上で、同じ形をしている。差しひき、一灯五分。


写しの余白に、細い字が一行、書き足してあった。磨かれた骨のような、癖のない字。


——抜かれた。……読め。


読め、の先に、なにもない。なにを読めと言っているのかは、書いていない。消した跡を、指で探した。今月は、なかった。書きかけて消す代わりに、二文字で止めてある。止めてある二文字を、俺は、二度、読んだ。


写しを畳んで、ピンの帳面の、一位の行の隣に、挟んだ。今月、挟む場所は、そこである。二月前に、同じ場所に挟んだ写しは、まだ抜く前の紙である。


   ◇


フォスカが、動いた。


境の通路の手前で、日が傾くまで石のまま立っていた階層長が、祭りの音のなかで、査定簿を、開いた。昼と同じところである。石の指が、うちの行を、もう一度、なぞる。読み上げない。目で、読んでいる。


「二十四灯と、三分」


声に出したのは、その数字だけである。


閉じた。


「……上が、見に来る」


「上とは」


「私は、読み上げただけだからな」


翼が、鳴った。境の通路の暗がりへ、石の背中が、入っていく。その前に、片角の欠けた顔が、一度だけ、こちらを向いた。向いて、なにも言わなかった。


後ろで、祭りの音が続いている。鍋の音と、つつく音と、分からない言葉の歌。うちの店の、いちばんいい夜の音である。その手前に、上が見に来る、のひとことが、置いてある。


石の指が、査定簿を閉じた。閉じてから、もう一度は、開かなかった。


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