第四十二話 回収屋、二度目
荷車の音が、裏回りの道から来た。二度目である。
一度目は、祭りから五日の朝だった。今日は、三本目の通路が通って、六日目の朝である。同じゴブリンが、同じ帽子を取って、ドロテアに挨拶をする。挨拶のあとで、俺を見た。値札を見る目ではない。値を訊く相手を見る目、というものが、ある。今日、知った。
骨運びの水のかたまりは、今日は、来ていない。返す骨が、ないからである。それは、いいことだ。いいことを、先に数えておく。
「三ノ三の分、持ってきた。今日は、骨はない。拾い物だけだ」
籠は、五つあった。前は、三つだった。
「増えてるな」
「石臼の百二十が落とした物の、残りだ。前は、通路の分だけ拾った。今度は、通路の先まで拾った。落とし物は、落とした奴が歩いた分だけ、先まで散る」
籠の中身が、床に並ぶ。革の切れが、二十二。折れた刃が、五本。留め具が、十四。それから、名前の分からない金物が、いくつか。金物の一つを、ピンがつまんで、裏返して、戻す。裏にも、名前は書いていない。
持ち主の名も、ない。百二十のうちの誰の物かを、拾う側も、うちも、数えていない。数えていないものが、床に、五籠ぶん、並んでいる。
ゴブリンは、指を折らずに、数えた。
「五十二グリム」
前は、三十一だった。荷が増えた分だけ、値も増えていて、増え方は、荷の増え方と、だいたい合っている。
「五十二で、いい」と、俺は言いかけた。
言いかけて、止めた。前に、この男に言ったことを、思い出したからである。分かったら、次から、言い値が変わる。分かったのか、と自分に訊いた。分かっていない。何も分かっていないまま、二度目の言い値を聞いている。
「……その前に、一つ」
「なんだ」
「外では、これは、いくらになる」
◇
ゴブリンの手が、止まった。
荷を籠に戻しかけていた手である。革の切れを一枚つまんだまま、止まって、下ろさない。荷役の手は、荷のことしか考えていない手である。その手が止まるのは、荷のことでない何かを、頭が考え始めたときだ。頭が考えているあいだ、手は、荷を持ったまま、宙にある。
「……外の値を、訊くのか」
「訊く。比べる相手を、持っていなかった。持っていないなら、聞くしかない」
「言わねえほうが、商売は楽なんだがな」
ゴブリンは、革の切れを、籠に落とした。落としてから、腰の袋を叩く。金貨の音がした。
「外じゃ、この荷は、リルで四十だ」
リルで、四十。
「……グリムで言うと」
「グリムで言やあ、二百だ。うちの帳場の、換えの相場でな。三ノ三の落とし物、って名で売るからな。話が、ついてくる」
二百。
ピンの数え棒が、止まった。ドロテアが、鍋の柄から、手を離した。荷車の板が、一度、鳴る。誰も、何も言わない。
五十二と、二百。指を折る前に、腹の中で数字が並ぶ。五十二を四つ重ねると、二百八。二百は、それに、少し足りない。足りないが、近い。
話が、ついてくる。六日前の夜、掘ったばかりの通路の奥から返ってきた、知らない言葉の歌を、思い出した。あの言葉は、外で、値になっている。
「二百のうち、五十二が、うちに来る」
「そうだ」
「残りは」
「うちの帳場と、その上だ。俺は、運ぶだけだ。運ぶ分の飯は、もらってる」
ゴブリンは、それを、悪びれずに言う。この男に、悪びれる理由はない。値を決めているのは、この男ではない。
「……上、とは」
「知らん。俺は、帳場までしか知らん。帳場の上は、帳場が知ってる」
同じ答えの型だった。上が決める。上だけが知っている。牛も、階層長も、荷役も、同じ形の答えを持っている。形が同じなら、上は、一つである。
「五十二で、いい」
「……いいのか」
「今は、それしか分からない。分かったから、次は、言い値が変わる。今日は、まだ、変えない」
ゴブリンは、帽子を取って、かぶり直す。その前に、口の端が、少しだけ上がった。前に見た形である。
「代行は、面倒な骨だな」
今日は、返さなかった。
荷車が、裏回りの道へ戻っていく。宙に浮いたまま止まっていた荷役の手を、思い出す。取り置きの九灯と、同じ形だった。
◇
帳面のことは、ピンにまかせる。書くところは、見ている。ピンは、拾いものの行に、数字を書いた。
「ひろいもの、うりあげ。ごじゅうに」
書いてから、隣の欄を見た。「そとの、ね」の欄である。線だけ引いて、空けてあった欄だ。前に、埋める数字を持っていなかった欄である。
「そとの、ね……にひゃく」
ピンは、書いた。それから、二つの数字を、数え棒の先で、往復した。五十二と、二百。往復して、止まった。
「……あわない、です」
「合わない」
「うりあげと、そとのねが、あわないです。かたられたら、そのぶん、ねが、あがるって、まえに」
「ついてくる話の分は、外の値に乗っている。うちの値には、乗っていない」
「……どこに、いきましたか。のこりの」
どこに行ったか。
ピンは、答えを待っている。待たせたまま、俺は、帳面を見ていた。
間違いだ、とは言わない。この帳面に、間違いはない。五十二は五十二で、二百は二百である。二つとも、本当の数字で、二つ並べると、合わない。合わないことを、合わないまま、書く。
「ピン。書き方は、それでいい。合わない、と書け」
「あわない、と、かきます」
ピンは、二列の数字のあいだに、小さく、字を入れた。「あわない」。四文字である。四文字の分だけ、二列のあいだが、少し広がった。広がった分は、誰の字でもない。
◇
夜、帳面を閉じる前に、その欄を、もう一度見た。
うちの値と、外の値。二つの列である。列は、これからも、増える。荷が来るたびに二つ書けば、あいだの幅が、毎回、残る。残った幅は、数えられる。数えられるものは、いつか、誰かに読ませることができる。
この幅の分が、うちに来ていたら、と考えかけて、やめた。考えるための数を、まだ、持っていない。欠けた岩の席は、来月まで、欠けたままだ。それと、この幅とが、同じ帳面の中にある。同じ帳面の中にあって、俺は今日まで、二つを並べて見たことがなかった。うちにはないものを、俺は、今日、初めて数えた。
読ませたい順に並べる、と、ヴォルクは言った。読ませたい順の一番手前に、この幅を置く日が、来るかもしれない。来ないかもしれない。今日は、書いただけだ。
外の値を知っているのは、ゴブリンの帳場と、その上だ。上の帳面は、下の帳面をぜんぶ束ねている、と牛が言った。束ねて読んでいるなら、この幅も、上は、とっくに知っている。
知っていて、書いていない。
数えているのは、俺だけではなかった。数える相手が、上にもいる。
帳面の二列のあいだの、あいた幅を、指でなぞった。指一本ぶん。




