第三十九話 祭りが効かない月
月末の朝、三ノ三。査定の日である。
先月は、帳面のほうが先に祭りだった。今月は、帳面のほうが先に、黙っている。ピンの月次のまとめを、昨夜のうちに聞いた。聞いた俺も、黙った。
「こんげつ。きた、きゃく……いちばん、おおいひ……にじゅうご」
二十四が、二十五。一つ、伸びている。伸びたことは、伸びたことである。
「まちきれなかった、おきゃく……いちばん、おおいひ……じゅういち」
九が、十一。こちらは、二つ。伸びてほしくない行のほうが、伸びてほしい行より、速い。
「はなしを、きいて、きた、おきゃく……こんげつ、ろくじゅうさん」
四十一が、六十三。粗い数字だが、粗いなりに、跳ねている。外で育っている俺の数字は、今月も育っている。育った数字の分だけ、客は坂を登ってきて、入口の外で、並んで、帰った。
「まつり……こんげつ、ふたつ。にじゅうごの日と、はなしが、ろくじゅうを、こえた日」
祭りは、二つやった。祭りをすれば数字が跳ねる。三日の話が麓で倍に育つ。それを、先月、俺たちは覚えた。覚えたことを、今月もやる。やった分だけ、話は増える。
「……以上、です」
ピンは、以上、と言ってから、数え棒を膝に置く。置いた棒が転がらないように、指で押さえたままでいた。
◇
昼、石の翼の音が来た。
階層長フォスカ。片角の欠けた石の顔で、査定簿を小脇に、いつもの巡回である。ヴォルクが岩机の前に立ち、俺とピンは、その少し後ろに並ぶ。並ぶ場所は、先月と同じだ。先月と同じ場所に立つと、先月の音が、あばらの内側に残っているのが分かる。膝は、半日の階段のあとで、まだ、たまに鳴る。
読み上げが、始まった。
「三ノ三。挑戦者の数——増」
大きく、が、付かなかった。
「撃退の率、相変わらず。客足の続き具合——相変わらず」
止まらない。止まらないが、速くもない。石の指が、いつもの速さで、査定簿をめくる。
第四項は、読まれなかった。
読まない項に名が付くのは、大きく動いた月だけである。今月は、その月ではない。話は倍に育った。育った話は、名指しでは、読まれない。
「三ノ三。——十七灯と、九分。来月からだ」
十七灯一分から、八分。
あばらの内側は、静かである。
「順位、二番。変わらず」
横で、ヴォルクの袖の奥の明かりは、今月は、動かなかった。
フォスカは、査定簿を閉じた。閉じてから、いつものように、釘を刺した。
「浮かれた区画から順に、査定簿から消えていく、と前に言ったな」
「聞きました」
「浮かれてはいないようだ。……祭りを、二つやったそうだが」
「やりました」
「祭りは、査定簿には載らん。載るのは、来た数だけだ」
石の顔は、褒めない。
「申請の紙は」
「上に上げた。上げた紙は、上にある」
「下りますか」
「上にある紙のことは、上が決める」
翼が、鳴る。石の階層長は、それ以上、何も言わずに、境の通路のほうへ消えていった。
先月は、八灯二分から、十七灯一分だった。倍越えの数字を聞いた場所で、今月は、八分を聞いた。八分は、増えた数である。増えた数を聞いて、あばらの内側が鳴らなかったのは、今月が初めてだ。
◇
祭りは、席を増やさない。
読み上げのあと、俺は帳面を開いて、その一行を、自分の手で書く。ピンには、書かせなかった。書かせると、ピンの字で残る。これは、俺の字で残しておきたい種類の、間違いである。
話が育つと、客が来る。座れた客だけが、来た数になる。座れなかった客は、入口の外で、数字にならずに帰る。
書いた一行の下に、線を引く。引いた線の細さが、取り置きの線と、同じだった。
「ピン。うちの席は、いくつだ」
「いっぺんに、まわせるのは……いつつ、です」
五つ。二本の通路で、五つ。三本目の通路があれば、七つか、八つ。祭りをいくらやっても、席が、天井である。
三本目を組む紋は、十灯で、取り置いてある。取り置いた十灯は、来月には、九灯になる。上にある紙のことは、上が決める。決めるまで、待つ。
待つあいだに、数えられるものを数えることにした。二本目の通路に岩を並べ替えて席を作ったとき、何体の手で、何日かかったか。帳面のうしろに、その行は、まだ残っていた。
◇
夕方は、給料日である。
「給料日だよ! 並びな!」
ドロテアの声で、裏の広場に列ができる。頭数、三十九。二月続けての、三十九である。先月は、枠が満額で回る初めての月だった。今月は、二度目だ。二度目には、二度目の顔がある。
「三十九人前とはね」
マム・グレテが、大鍋の向こうで言った。今月から、給料日の鍋は、グレテが出張ってくる。ドロテアの鍋一つでは、三十九の椀に、火が追いつかない。
「先月も三十九でしたよ」
「先月は、数えてる顔だったよ。今月は、食ってる顔だ」
列の途中で、受けの一体が、椀を一つ受け取って、もう一つは受け取らなかった。「あとで」と、それだけ言って、木札に一杯ぶんの線を引かせずに、列を離れた。先に払う、とは、あの骨は言わない。言わないが、椀を一つ、あとに回した。
列のどこかで、指が地面を、とん、とつついた。もっかいである。隣へ移って、また隣へ移る。列の端まで行く前に、つつく音は、途中で止んだ。全員がやると決まったわけではない、という顔で、誰かが指を止めたのだ。
拍手は、先月より短い。短いのが悪いのではない。短くなったのは、先月の音を、全員が覚えているからだ。覚えている音は、二度目には、少し短く鳴る。
俺は列の後ろで、それを数えずに聞いている。数えていない自分の指も、今月は、動かない。
「……祭りは」と、ピンが横で訊いた。「きょうは、やりますか」
「やらない。抜いていない」
「……きろく、します。まつり、なし」
祭りをやらない月の行が、初めて帳面に付いた。
◇
夜、ヴォルク経由で、隣の写しが届いた。
オルバスの区画、二十二灯一分。先月から、五分の伸びである。
差し引き、四灯と二分。
先月、四灯五分あった差である。三分、縮んだ。指を折って、数え直す。折れた。何度折っても、四灯二分である。縮んではいる。縮んでいるが、これは、うちが速いのではない。向こうが、少しだけ遅いのだ。
写しの余白に、細い字が一行、書き足してあった。
——席が足りんのだろう、数える骨。祭りは、椅子を作らん。
その一行の下を、指でなぞって、消した跡を探した。今月は、なかった。
隣の一位は、うちの入口の外の列を、見てはいない。見ていないのに、知っている。上の帳面は、下の帳面をぜんぶ束ねている、とゲルズが言った。束ねた帳面を、隣も、読んでいる。
俺は写しを畳んで、ピンの帳面の、まちきれの行の隣に挟んだ。一位の行の隣ではない。今月挟むべき場所は、そこだった。
帳面を閉じる前に、まちきれの欄を、もう一度、見た。
正の字が、二つと、一画。三つ目は、まだ、途中である。




