第二話 復活、ただし雑魚
目を覚ますと、俺は洞窟の隅で骨の山になっていた。
見覚えのある岩の天井、青白い明かり。斬られて、腕が転がって、暗転した——あの洞窟だ。ただし今回は立ってすらいない。床の隅に寄せられた白い山があって、その山が、俺だった。
最初に戻ってきたのは音だ。かた、かた、と乾いた音が、山のあちこちで鳴っている。次に感覚。骨が、骨を呼んでいた。ばらばらの一本一本が互いに呼び合って、呼ばれたものから順に浮き、あるべきあたりへ繋がっていく。点呼と組み立てを一緒にやっているような、奇妙な感覚だった。
直っている。俺は今、直っている。
「なるほど、そういう仕様——」
言いかけて、右腕が来ないことに気づいた。
見回すと、隣にもう一つ骨の山があった。そちらも同じように組み上がっている最中で、その骨が、いままさに俺の右腕を自分の右肩に付けようとしていた。俺の山と隣の山は、どうやら近すぎたらしい。
「おい、待て。その腕、俺の」
相手はこちらを向いた。目の穴に光はない。ぼんやりしたまま、悪びれもせず、腕を付ける作業を続けている。長さが明らかに合っていない。付けたほうの右腕だけ、子供の腕みたいに短い。
「だから俺のだって。……おい、長さを見ろ、長さを。左右で違うだろうが」
腕の引っ張り合いになった。死んで、生き返って、最初の仕事が骨の所有権争いである。
「はいはい、けんかしない」
呆れた声と一緒に、誰かが割って入った。
女だった。生きて——いるのかどうかは分からないが、少なくとも骨ではない。血の気のない肌に、縫い痕。継ぎだらけのエプロンをかけている。彼女は慣れた手つきで俺たちの腕を見比べ、ひょいと交換した。
「あんたのはこっち。ほら、寸が違うだろ。山が近いと混ざるんだよ。——だから番号書いときなって言うんだ、まったく」
右肩に、かちり、と腕が収まった。指を握って、開く。動く。俺の腕だ。たぶん。
「番号?」
「骨にさ。うちの連中、しょっちゅう取り違えるんだ。書ける奴から書いてる」
見れば、隣の骨のももには、確かにインクで数字が書いてあった。取り違え防止の、名札がわりだ。
「その番号は、誰が振ってるんだ」
「上だよ。湧いたら台帳に載る。そこだけは律儀なのさ」
台帳。あるのか、台帳。誰が付けているのか知らないが、少なくともこの世界には帳面と、それを几帳面に付ける誰かがいるらしい。……いや、聞くことが他にあるだろう。
「あー……つかぬことを聞くが。ここは、どこだ」
女は手を止めて、俺の顔をまじまじと見た。それから何か言いかけて、やめた。
「……はっきり喋るんだね、あんた」
「珍しいのか」
「珍しいね。——今は」
今は、の意味を聞き返すより先に、思い出したことがあった。
「そういえば。俺を追ってきた連中には、声が届いてなかったように見えたが」
「届かないよ。あんたら骨の声は、人間の耳には骨の鳴りにしか聞こえないのさ。通じるのは、こっち側の者同士だけ。理屈は知らないよ、そういうものなんだ」
道理で、あれだけ呼びかけて無視されたわけだ。人間には、俺の第一声も命乞いも、骨の音にしか聞こえていなかったことになる。……それはそれで、少し寂しい話だった。
「で? ここがどこか、って話だったね」
女はざっと俺を眺めて、あわれむように言った。
「新入り、運が悪かったね。こんな底の区画に湧いちまってさ」
質問の答えとしては雑だったが、声に混じっているものは分かった。あわれみだ。それも通りすがりのものじゃなく、事情をよく知っている者の、慣れたあわれみだった。
彼女はドロテアと名乗った。そして、歩きながら教えてくれた。
ここは灰嶺大迷宮。魔王様の迷宮。
「魔王。いるのか、そういうの」
「いるよ。お目にかかることは一生ないけどね」
で、ここはその第三層の第三区画。通称、三ノ三。
「いちばん弱くて、いちばん銭のない区画さ。あんたを入れて、全部で二十一体」
「俺を入れて」
「そ。あんたはうちの骨番一一四。スケルトン。ま、平たく言えば——」
ドロテアは言葉を探すように俺を眺めて、結論だけ言った。
「雑魚だね」
否定できる材料が、何一つなかった。軽い、遅い、出力が低い。あの追いかけっこで実測済みだ。
「俺は死んだんじゃなかったのか。その、斬られて」
「死んだよ。骨が大方残ってりゃ、そのうち直る。あんたは骨があちこち転がってたから、三日もかかった」
三日。ということは、あれから三日も経って、俺はまだこの洞窟にいる。夢という仮説には、もう無理があった。三日続きの夢を見られるほど眠れた覚えが、そもそも、ここ数年ない。
つまり、これは現実で、俺は骨で、死んで、直った。
「……そうか」
驚くほど、するっと飲み込めた。飲み込めてしまう自分に少し驚いたくらいだ。たぶん頭のどこかで、倒れてからずっと、夢かどうかを確かめ続けていたんだろう。確かめる手が尽きたら、受け入れる。それだけの話だった。
額に触れると、左の眉の上——眉はもうないが——に、細い欠けが残っていた。あの少年の剣の痕らしい。直っても、なくしたかけらまでは戻らない口らしい。入って初日で早速、外装に傷である。勲章と呼ぶには、あまりに不名誉な傷だった。
ふと、洞窟の入口のほうを見た。あの連中は、また来るのだろうか。——あごの付け根が、かすかにきしんだ。なるほど。頭がどれだけ物分かりよく整理しても、体のほうは、ちゃんと覚えているらしい。
それから俺は、ドロテアの後ろについて、区画とやらを見て回った。
見て回って、すぐに分かったことがある。この職場は、おかしい。
骨たちは、いる。だが、立って動いているのは十かそこらで、誰とも目が合わない。挨拶をしても返らない。一体は延々と壁に向かって歩き続けていて、一体は座り込んだまま、ただあごだけを、かた、かた、と鳴らしている。
あの日の俺は、これを出来の悪い夢の住人だと思った。今は違うと知っている。全員、本物だ。本物が、こうなのだ。
「なあ、ドロテア。あいつら、どこか悪いのか」
ドロテアは、少しの間、黙っていた。
「……死んで、直って、を繰り返すとね。ああなるんだよ」
「直るんじゃないのか」
「直るよ。骨はね」
骨は。
「減るんだよ。ちょっとずつ。中身がさ」
「……あんたは。減ってないのか」
「あたしは骨じゃないもの」
それ以上の説明はなかった。ドロテアの口ぶりが、それ以上聞くなと言っていた。
代わりに、と言うように、彼女は洞窟の奥をあごで示した。
壁際に、窪みがある。その窪みに、一体の骸骨が立っていた。
大きい。俺より頭二つは大きい。そして、白い。周りのどの骨よりも白く、角という角が丸く風化している。左腕の継ぎ目だけが微妙に合っていなくて、それが何度も直された痕だということが、直ったばかりの俺には分かった。
「どうも。新入りの、一一四です」
挨拶してみた。反応はない。目の穴はまっすぐ前を向いたまま、微動だにしない。ただ、そこに立っている。立っている、というより——置かれている、に近かった。
「その人は?」
「さあね。あたしが来たときには、もうそこにいたよ」
それだけ言って、ドロテアは目を伏せた。それ以上は、教えてくれなかった。さっきと同じ口ぶりだった。
やがて、ドロテアが裏に引き上げる時間になった。去り際、彼女は思い出したように振り返った。
「新入り。ひとつだけ、いいかい」
「なんだ」
「あんまり死ぬんじゃないよ」
それだけ言って、彼女はちらりと、壁際の窪みを見た。
「……ああなるからね」
白い骸骨は、立っていた。今日も、たぶん昨日も、——「あたしが来たときにはもう」の、ずっと昔から。
直るのは、無料。
そう思いかけていた俺に、この職場は初日で料金表を見せてきた。無料のものには、たいてい、別の場所に値札が付いている。前の世界で、俺はそういう仕組みを作る側だった。だから、分かる。
——さて。
体は雑魚、職場は最底辺。それでも、時間だけは、たっぷりある。死ななければ、の話だが。死ぬなら死ぬで、あの値札に見合う何かと引き換えでなければ、割に合わない。
頭数なら、もう聞いた。俺が数えたいのは、そっちじゃない。誰が何を持っていて、この区画に何が残っているのか。
まずはこの区画を、数え直すところからだ。




