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最弱ダンジョンの数える骨 〜転生骸骨、客商売で成り上がる〜  作者: ざわん
第一部 三章

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第二十七話 負け方を、品にする

ひと晩で、勘定は終わっていた。朝いちばん、三ノ三の全員を、二本目の通路に集めた。


裏の飯場からは、ドロテアがおたまを持ったまま来た。壁際の窪みだけが、いつも通りそこにいる。


帳面を開いて、先に結論から言った。


「来月の二日、客が来る。百二十。まとめて来る。目当ては、うちを空にすることだ」


音が、消えた。三十九体ぶんの静けさは、洞窟の暗さより深い。


「先に勘定の結果も言っておく。勝てない。数えた。——だから、勝たない」


列の中ほどで、かすれ番号の骨が、ゆっくり手を挙げた。挙げてから、言葉を探して、探しきれないまま言った。


「……つぶれる、なら。……しって、ます」


手が、もうひとつ挙がった。もうひとつ。ひとつ。数えた。十八。数え違いでは、なかった。潰れる、を三月かけて知った体が、この列にちょうど十八、立っている。


「潰れない」と俺は言った。「負けるだけだ。負けた店が、次の朝も開いている。——それを見せるのが、うちの商売だ」


帳面の隅を、全員に向けた。先触れの日のメモが、一行だけある。測る目の男、勘定を止める。一拍。


「うちの品は、攻略しに来た客にも、効く。効いた実績が、一件ある」


列の後ろで、また手が挙がった。


「……わざと、まける、ん……ですか」


いちばん訊かれたくないことを、いちばん先に訊いてくれた。


「わざと負けるのは、八百長だ。八百長は、負けるほうが得をする。うちは、負けて得はしない。次の朝も同じ品を出す義務だけを背負う。——それに、うちの品を思い出せ。受けも転びも、もともと勝つための手じゃない。見せるための手だ。全部出したところで、勝ちには化けない。手を抜く必要が、そもそもない」


決めごとを、三つ並べた。


ひとつ。手は抜かない。全力で受けて、全力で転ぶ。


ふたつ。客で遊ばない。相手が百二十でも、一人ずつが客だ。客を読み違えて、うちは一度、指を二本失っている。——言い終えたとき、壁際で、あごが一度だけ下がった。ぱたりの採点である。演目でないものに点がついたのは、初めてだった。


みっつ。全部の品を出す。出し惜しみをして負けたら、それはただの負けだ。全部出して、それでも数で負ける。——負け方を、品にする。うちにできるのは、それだけだ。


列の前のほうで、もっかいが、地面を指でつついた。もう一回、の合図である。負けても、もう一回。この店の品書きに、いちばん似合う合図だった。


つつく音が、あちこちで重なった。数えなかった。数えなくても、いい音だった。


   ◇


昼は、配置に使った。あと六日。六日ぶんの客が、六日後に来る。数字というのは、こういう並び方をする。


場づくりの七体には、岩の並べ替えを任せた。百二十も、通路に入れば、幅のぶんずつになる。岩の置き方ひとつで、押し寄せる、は、並ぶ、に変わる。


「二列だ。奥で受けが待つ幅に、そろえて絞る」


場づくりの七体が、岩を抱えて動きだした。返事は要らない。指図が要るだけだ。


受けは、六体から十一体にした。増えた五体は、全部、教室から出てきた顔だ。教わったとおりの構え、教わったとおりの引き。踏ん張りすぎれば、名前のとおりに挽かれる。その境目は、こっちで数えて知らせる。


転びの四体には、生徒を二体足した。仕上げの手本は、ぱたり。壁を離れて、もう一度だけ見せてもらう。三月前、番号も名乗れなかった骨が、持ち場の名前で呼ばれて返事をしている。それだけは、勘定の外に置いておく。


もっかいの、いちばん大きいやつは——取っておく。出し惜しみと、出しどころを選ぶのは、違う。どこで出すかは決めない。決めるのは当日の呼吸で、呼吸を数えるのはピンだ。


「引き際の合図は、いつも通り。数え棒、二度」


かち、かち。稽古の場に、乾いた音がふたつ鳴った。引き際を向こうに決めさせない。負け方の芯は、そこにある。


昼のうちに、ピンの持ち場も決めた。観測点は二つ、入口を見通す岩陰である。ものさしの印の客が交ざったら、すぐ知らせること。それから、呼吸。


「ひゃくにじゅうの、こきゅうは……かぞえられません」


「全部は要らない。先頭の十だけ数えろ。列の呼吸は、先頭が決める」


数え棒が、少しだけ持ち直された。後ろで何が起きるかは、先頭からの推測でしかない——その穴は、承知で開けておく。塞ぐ手が、ないからだ。


たいまつ時計で、時間の割り付けも作った。一日の最高十九の店が、六日ぶんと六人を、一日でやる。割り付けの上で、転んだ体の戻りが追いつかない時間が、二箇所ある。二箇所とも、追いかけっこで埋める。埋まるかどうかは、当日の脚に訊くしかない。


長い興行になる。品切れの時間だけは、作らない。


それから、最後の品を決めた。見送りの礼である。


百二十が引き上げるとき、立っている全員で、いつもの礼をやる。稽古で転んだ体は入れない——それも、いつも通り。問題は、そのとき何体立っているか、こちらにも分からないことだ。だから列は、頭数でなく、幅で決めた。端から詰めれば、十体でも三十体でも、同じ長さの列になる。欠けたぶんは、間隔が吸う。


「かけた列に、みえたら……まけが、下品に、なります」


ピンが、それも帳面に書いた。時間割の、いちばん最後の行に、礼、と書いた。


   ◇


夕方、いちばん嫌な勘定をやった。


守る順番である。全部は守れない。守れないと分かっていて順番を決めるのは、店主の仕事の中で、いちばん冷たい仕事だ。


一番は、センパイだ。あの人だけは、壊れたら、戻らない。だが、窪みから剥がして裏へ運ぶのは——たぶん、守ることにならない。窪みごと守るしかない。壁際の前を見学の席にして、動けない骨と、まだ足音の戻らない新入りを、まとめてそこに置く。客は品のある場所に集まる。品のない壁際に、用はない。……はずだ。


はずだ、で守るのは、嫌いだ。


だから当日、壁際の前には、俺が立つ。


立てば、俺の挽かれる回数が増える。その勘定は、もう済ませてある。そのぶん場を見取る目がひとつ減るのも、承知だ。減ったぶんは、ピンの観測点二つで埋める。


二番は、帳面と査定簿だ。鍋の裏へ移す。骨は削れる。散って、忘れることもある。だが、俺たちが名前を忘れても、帳面が覚えている。載ったものは、消えないのだから。


三番は、鍋だ。飯は復活を早める。負けた翌日の朝飯が、この店の再開の速さを決める。——鍋、と書かせた。飯場とも、人の名前とも書かせなかった。名前で書けば、あの人は動かないと言う。言われたら、こっちに勝ち目がない。


四番を、書きかけて、やめた。書けば、その下に自分の番号を探す骨が出る。それに、当日いちばん前で採点をやる骨は、守られる側には置けない。書かないことにした、と決めておくのは、忘れないためだ。


二本目の通路は、当日、空にする。品も客も一本目に集める。増やした席を自分で閉める日が来るとは、思わなかった。


ピンが、序列を帳面に書いた。数え棒を持つ手が、一度だけ止まった。


「まもる、じゅんばん……かいて、いいん、ですか」


「書け。書いておけば、慌てた日にも、読める」


慌てた日の自分を信用しない。それが、帳面の使い道である。


ピンを飯場へ帰して、俺は壁際の窪みの前に立った。いつもの報告である。


頭数、三十九。客、百二十。役の数。時間の割り付け。数えられるものを順に読み上げて、最後に、数字でないものをひとつ足した。


「当日は、そこから見ていてください。前は、俺が塞ぎます」


返事は、なかった。いつも通りだ。返事のない報告を、俺はもう何度もしている。何度かは、数えてある。


   ◇


夜、ヴォルクが来た。当日の立ち会いと、そのあとの報告の相談である。


「負けを、どう書きますか」


「正しく書きます」と、区画長は言った。「石臼の団、第三層潜行、一番目、三ノ三。攻略、成立。損耗、実数の通り。……そのあとに、一行だけ足します。営業は、翌日より再開、と」


紙の上では団の名前で、うちの品書きの上では客だ。同じ百二十を、二通りに数えている。俺は、最後の一行を自分の帳面にも写した。


「……私が出した紙も、正しかったんですがね」


それきりだった。訊けば、この人は答えたと思う。……うちの帳面に、その欄は、まだない。袖の明かりは、揺れなかった。揺れないようにしている色とも、違った。ただ、古い色をしていた。


ヴォルクが帰ってから、帳面の今日のぶんを閉じた。品書きの頭には、けさ全員に読ませた勘定の名前。その下に、まだ誰にも読ませていない行が、一本だけある。


インクは、あと三日ぶんある。三日あれば、当日の朝まで書ける。


殺しに来る客に、殺さない店ができる最高のもてなしを。——見せてやろう、灰嶺でいちばん上等な負けを。


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