第二十二話 十八体が来た
査定の朝の、三ノ三である。月末が、また来た。——そしてきょうは、十八体が来る日でもある。
三度目の査定は、あっけなかった。階層長フォスカの読み上げが止まったのは、一度きりだった。
「三ノ三。——八灯と、二分。来月からだ」
六灯八分から、また伸びた。倍、のような祭りではない。それでも、順位は二番のまま動かない。読み上げを聞く骨たちの姿勢が、最初の査定のころより少しだけ、いばって見える。びりの読み上げを黙って聞いていた連中が、いまは数字の続きを待つ姿勢で聞く。伸びた数字より、そっちのほうが、たぶん財産だ。
裏のほうから、ドロテアの「給料日だよ! 並びな!」が聞こえてくる。査定の日は、給料の日でもある。いつもの、月末の音だ。
「読み上げは、以上だ。……それと」
フォスカは、翼の下から薄い写しを一枚、岩机に置いた。
「頼まれていた写しだ。隣のぶん」
オルバスの、今月の行である。相互に写しを取り寄せる——あの約束の、最初の一枚だ。
俺は、数字を読んだ。読んで、指を折りかけて、やめた。
二十一灯。
先月まで、一位は十九灯だった。うちは、六灯八分から八灯二分。向こうは、十九から二十一。差は——十二灯と二分から、十二灯と八分へ。
開いた。
うちが倍にした月でさえ届かなかった相手が、まだ先へ動いている。私の行も止まってはいない、とあの人は言った。数字は、台詞よりも正直だった。
「……面白い顔をしているな、数える骨」
「面白い数字なので」
フォスカが翼を広げた。
「——時間だ。おまえの区画長と、来い」
◇
昼、境の通路の手前で待った。通路の向こう——三ノ四の側は、暗かった。灯りが落ちている、というのではない。区画の暗さには、営みのある暗さと、畳んだあとの暗さがある。向こうのは、もう後のほうだった。
その暗がりから、列は来た。
音が、しなかった。
列が近づいてくるのに、足音だけが、増えない。
うちの連中は、骨を鳴らして歩く。隣の一位も、音を立てずに歩く——あれは、完璧に手入れされた骨の静けさだ。この列の静けさは、違った。鳴らす気が、ないのだ。足を上げず、引きずりもせず、ただ運ばれるように歩く。十八体の骨が、二列に、きれいすぎるほどきれいに並んで、うちの区画に入ってきた。
並ぶのだけ、うまい。命令を待つ形だけ、身についている。戦力としては、未知数。ただ、並べる骨は、覚える骨だ。型は、あとから入る。……たぶん。
先頭の骨の腕に、インクの番号が見えた。かすれて、読めない。書き直した跡が、ない。うちの連中が自分の番号を骨に書き直すのは、混ざらないための自衛だ。それを、この連中は、やめている。
混ざっても、いいと思っている。
「三ノ四の十八体。確かに、渡した」
階層長フォスカはそう言って、それから、石板の束をヴォルクに押しつけた。
「三ノ四の査定簿だ。……これが、鍵だ」
区画の鍵は、帳簿だった。棚から下ろされた薄い束を、鍵は重いぞと言った人が、両腕で抱えるように受け取った。厚みなら、片手で足りる束である。
それだけで、ひとつの区画がたたまれた。
「私は、渡しただけだからな」
言い置いて、階層長は翼の音だけ残して行ってしまった。
十八体は、並んだまま、動かない。番号を名乗る骨も、いない。
ピンが、観測点から出てきて、数え棒を握り直した。
「……じゅうはち、です。かぞえるまでも、なかったです」
数えるまでもない、をわざわざ数えるのがうちの流儀である。帳面に、新しい段が生まれる音がした。
◇
昼の続きの、裏の飯場である。
「並んでないで、お座り! 飯だよ!」
ドロテアの声が、洞窟に響いた。大きくなった鍋が、湯気を立てている。付けで大きくした鍋の、初仕事である。
十八体は、並んだまま、誰も動かなかった。
やがて、先頭の一体が、ぎこちなく首を回して、言った。
「……はたらき、は」
働きは。飯より先に、割り当てを聞く。それが、向こうの順番だったのだ。
「飯が先だ」
俺は言った。
「働ける体にしてから、働かせる。順番が逆の職場なら、前の世界で何度も見た。……長くは、もたない」
十八体は、顔を見合わせもしなかった。それでも、一体、また一体と、鍋の前に座っていった。食べ方は、ゆっくりだった。飯というものを、久しぶりに思い出す速さだった。
壁際で、かすかにあごの動く音がする。ぱたりが、座り方と食べ方を、いつもの角度で採点している。採点される側は、まだ誰も気づいていない。
ドロテアが、おたまを動かしながら、いつもの台詞を言う。
「あんまり死ぬんじゃないよ」
返事は、なかった。返事の仕方も、たぶんこれからだ。
給料の列が裏にできても、十八体は、鍋の前から動かなかった。並んでいい、と言っても、動かない。手前の一体——左腕の番号が、ほかよりも深くかすれた骨が、首をかしげた。
「……きゅうりょう。……もらう、ほう、ですか」
もらうほう、と来た。
「来月から、もらうほうだ」
十八体は、まだ意味を計りかねる角度で、こちらを見ていた。ややあって、番号のかすれた骨が、ぽつり、ぽつりと言った。
「……とまって、ました。みっつき、まえ、から。めしが、へって。インクが、なくなって。……そのあとは、よく、おぼえて、ないです」
よく、おぼえていない。名前を呼ぶ声がなくなったのは、たぶん、そのあたりのことだ。
消えていくあいだ、それを数えた誰かが、いなかった。それだけの話だ。
◇
夜になっても、十八体は壁ぎわに二列で立っていた。
休んでいい、と伝えてある。伝えたが、休み方が、形にならないらしい。座る場所を決められるのを、立ったまま待っている。うちの古株が横で寝転がってみせても、二列は崩れなかった。
二列から少し離れた岩陰に、淡い明かりがひとつ、長いこと立っていた。区画長ヴォルクは、何も言わない。言わないまま、二列のそっくり見えるところから、動かなかった。
岩机で、帳尻を数えた。指を、一本折る。
頭数、三十九。給料の枠は、まだ二十一体ぶん。査定は伸びたが、伸びた分は、鍋と付けに消えていく。ドロテアの木札の刻みが、見たことのない密度になっている。飯の勘定は、もう白くはない。木札の刻みという、はっきり数えられる形で、足りていない。外れれば、次に減るのは、鍋の中身だ。
通路の向こうは、まだ暗いままだった。あの暗さの中に、席がいくつ置けるのか、俺はもう数え始めている。ピンの図の、足りない十七。来た頭数、十八。
ピンを呼んで、ふたつ頼んだ。ひとつ、帳面に十八の空の行を立てること。ふたつ、あしたの朝いちばんに、インクを出すこと。番号は、書き直させる。名前は——まだいい。名前は、下から生えるのを待つ。
来月から、と言った。言ったからには、来月の査定に、十八体ぶんの働きを乗せる。
それから、壁ぎわの二列を、端から一体ずつ見ていった。目の穴の奥に、何もない。番号はかすれ、名前はなく、誰も何も数えていない。
見覚えのある顔だった。
骨に顔はない。ないが、あれは——俺が湧いた日に見た、うちの連中の顔だ。
数える行が、十八、増えた。




