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最弱ダンジョンの数える骨 〜転生骸骨、客商売で成り上がる〜  作者: ざわん
第一部 二章

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第十五話 客を、分ける

明くる朝の三ノ三は、静かだった。客はない。昨日の今日である。


裏では、ドロテアが転び担当の腕を、古い布で吊ってやっていた。砕けたひじは、早くも繋がりたがる気配がある——骨というのは、そういうふうにできている。転び担当が、吊られた腕を珍しそうにあごで示すのを見届けてから、俺は表に出た。


俺は観測点の岩陰に、ピンと並んで座った。帳面を、間に置いて。昨日の夜、数えかけてやめた続きを、朝の頭でやる。


「ピン。客の行を、上から見せてくれ」


来た客の段を、順にたどる。ひよこの二人。灰狼の隊——アデルたちだ。……昨日の、三人。


昨日の欄の下は、まだ白いままだった。書けとは、言わなかった。


「なあ、ピン。この客は、みんな、同じ客か」


ピンは帳面をじっと見て、それから、首を横に振った。


「ちがい、ます」


「どう違う」


「ひよこは、わらいに、きます。あでるたちは、みに、きます。きのうのは……」


数え棒が、昨日の欄の上で止まった。小さな声が続いた。


「たたかいに、きました」


そうだ。それを、俺は昨日、数え損なった。


笑いに来る客。観に来る客。強くなりに来る客。うちの帳面は昨日まで、客をぜんぶ、同じ客として数えていた。それでは、足りない。欲しい物が違うなら、出す物も、変えなければならない。


「分けよう。客を」


前の世界で、俺は客を怒らせた店の後始末を、嫌というほど見てきた。燃えている店ほど、言葉で消そうとする——言い訳の張り紙も、うまい詫びの文句も、火に紙をくべる仕事だ。生き残った店は、黙って、品を変えていた。次に来たとき、店が変わっている。客の怒りに効く薬は、昔からそれひとつしかない。


うちの声は、どのみち客に届かない。言い訳の紙一枚、張れない店だ。……ちょうどいい。品で返す以外の道が、最初からないのだから。


「ピン、行の頭に、印をつけられるか。何しに来た客か、分かるように」


ピンは少し考えて、帳面の行の頭に、小さな絵を描き足していった。ひよこの行には、笑った口。灰狼の行には、目。昨日の行には、剣。読めないやつにも読める帳面が、また一段、賢くなった。


目の行に出す品は、まだ白い。宿題も、帳面に似て、増えるものらしい。


   ◇


客の来ない昼下がりに、俺は連中を集めた。


「新しい演目をやる。名前は、『受け』だ」


隣の一位——先だってこの足でのぞきに行った、区画長オルバスの区画で見た型を、思い出せる限り、床に線を引いて描いた。正面から受け、正確に削り、客の息が上がりきる寸前に、すっと引く。深追いはしない。追いかけっこが「逃げる芸」なら、これは「立つ芸」だ。


見て、まねて、帰る。あの偵察から持ち帰ったのは、たいまつの間隔だけではなかったわけだ。


もっとも、うちの連中である。


「ちがう。受けろと言った。転ぶな」


正面から受けた一体が、受けた勢いのまま、きれいに転んだ。癖である。転ぶ稽古なら山ほどした連中に、立っていろと言うほうが、たぶん無理があるのだ。


壁際から、あごの鳴る音が、かた、とひとつ聞こえた。転び担当だ。稽古を見て、あごが動く。採点の癖だ。吊っていない左腕が、素振りにつられて小さく浮いて——止まった。いまのは、転びとしては上等だった。受けとしては、零点だが。


その日のうちに立って受けられたのは、結局、一体だけだった。癖は、一日では抜けない。


「いいか。この演目の客は、笑いに来ない。転んだら、馬鹿にされたと思う客だ。立って、受けて、浅く削って、引く。……引き際が、いちばん大事だ」


息が上がりきる前に引けば、「歯応え」が残る。上がりきってから引けば、「屈辱」が残る。その境目は、目では見えない。だが、数えられる。


「ピン。客の息は、数えられるか」


「はく、いき、なら。かたが、うごくので」


数える係は、こともなげに言った。たいまつで長さを数えた小鬼だ。息くらい、数える。観測点で数え棒が二度鳴ったら、引く。合図は、それで決まった。


   ◇


転び担当の持ち場は、壁際に決めた。


砕けた右腕は、ひじのところで繋がりはじめている。時間はかかる。かかるが、繋がる骨は繋がる。それまで、走る芸はなしだ。左手に握ったままだった欠片の包みは、俺が腰にくくりつけてやった。


新しい持ち場は、壁際。センパイの、隣だ。


白い骸骨と、腕を吊った骸骨が、壁を背に、並んで立つ。どちらの、あごも、鳴らない。夕方に見回ると、転び担当のあごが、前より静かな角度になっていた。……気のせいかもしれない。気のせいは、帳面に書かない決まりだ。書かずに、覚えておく。


   ◇


稽古の日々のあいだに、もうひとつ、勝手に育っていたものがある。


骨たちが、転び担当を「ぱたり」と呼びはじめていた。


出どころは、稽古だ。いたそう。はやい。もっとこう、ぱたり、と——言い続けているうちに、言うほうの言葉が、言われるほうの名前になった。誰も決めていない。誰も許可を取っていない。放っておくと、名前は、下から生えてくるものらしい。


試しに、骨に書いてある番号で呼んでみた。あごは、動かなかった。呼ばれた骨は、「ぱたり」のたびに、あごが上がる。番号では、上がらないあごが、だ。吊った腕は、まだ吊ったままなのに。


ピンは、もう帳面に書いていた。ぱたり。客の名前なら、あでるの行がある。うちの側の名前が、帳面に載った。


番号なら、とっくに書けたはずの行がある。あの日から白いままの、あの行だ。ピンは、書かずにいた。そして——書いたばかりの三文字の下に、数え棒がゆっくり下りた。


「なまえが、あれば……かけます」


ぱたり、みぎうで、ゆび、にほん。


書けた行を、ピンは長いこと見ていた。


   ◇


三人組が戻ってきたのは、はじめの稽古から四日目の昼だった。稽古は四日ぶん、重ねてある。立って受けられる骨は、二体に増えていた。


洞窟の奥は、今度は、揺れなかった。息を詰めたように、静かだった。


先頭は、盾の寡黙なのだった。あの日、最後に振り返った男だ。後ろの大男は、ばつの悪さを怒った顔で隠していた。双剣の細身が、あくびまじりに言った。


「こいつが、どうしてもって言うからよ」


盾の男は、何も言わなかった。それでも、来た。来た客は、客だ。


開演は、静かにやった。


「見つかる」も、慌てるふりも、なし。骨が二体、通路の真ん中に、立つ。


大男の斧は、やはり重かった。まともに止めれば、腕ごと持っていかれる。受けた骨は、教えたとおり、刃の腹を斜めに流した。流して——膝が、癖で折れかけた。


岩陰で、数え棒が、止まった。


折れかけて、止まった。立ち直った。


立って、浅く、正確に返す。双剣が回り込む。回り込んだ先に、次の骨が立っている。塔の盾が押し込んでくる。押された分だけ下がる。譲るのではない。間合いを、数えて下がる。


誰も、転ばなかった。誰も、笑わせようとしなかった。


三人の息が、荒くなっていく。肩が、大きく動く。


岩陰では、ピンが三人の肩を順に見ていた。数え棒の先が、息に合わせて、小さく上下している。大男の息、双剣の息、盾の息。三つの息が全部重くなる場所を、数える係が測っている。


かち。……かち。


二度目が鳴った。引く。


骨たちが、すっと下がった。深追いはしない。通路に、三人ぶんの荒い息だけが残った。


双剣が、悔しそうに笑った。あの日とは違う、乾いていないほうの笑いだった。


「……なんだよ。やれんじゃねえか、骨のくせに」


大男は何も言わずに、斧を担ぎ直した。出口へ向かう。その背中が、去り際に、一度だけ止まった。


「——悪くねえ」


振り返りもせず、それだけ言って、出ていった。盾の寡黙なのが、最後に一度、壁際を見た。腕を吊った骨が、立っているのを見た。何も言わず、出ていった。


   ◇


夕方、観測点に戻ると、ピンが書き終えたところだった。


また来た顔の段。四組目の行の頭に、剣の絵が、小さく描いてある。


「よんくみめ、です」


ピンは数え棒を置いて、俺を見上げた。


「おこった顔も、また来た顔に、なりました」


「ああ。……よく数えた」


その晩、壁際の窪みの前に立った。客、三名。また来た顔、四組目。足りない物——駆けつける脚が、ひとつ。……今日は、最後まで、言えた。


書ける行が、また、ひとつ増えた。


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