羊VSエルエル
「この手綱を引けば右に、こっちを引けば左に、両方引けばジャンプする。走りたいときと止まりたいときは両方を下に引きながら両足で腹を叩く」
「どうだ、簡単だろう」
「乗ればすぐに慣れる」
昨日お世話になったゴブリンライダーたちから羊の乗り方を教わり羊に跨るマモル。羊たちの放牧場である亀裂の上部の草原はワイバーンの縄張りだったこともあり他に強敵になりえる魔物はおらず安全が確認され、オークの村やドワーフの国へ数体のゴブリンライダーが空の覇者が倒され貿易再開を望んでいる知らせを持ち向かっている。
「鞍がなくて乗りづらいかと思いましたがモコモコで気持ちがいいですね」
「そうだろう。そうだろう。貿易をしていた頃は最上級品として扱われていたウールだからな」
「トップスピードを出す際には座ることなく、こう足掛けに立った状態で前傾姿勢になりスピードを上げる」
「半日も乗り続ければ上手く操縦できるだろう」
初めて羊に乗りやや腰が引けているがモコモコとした乗り心地を楽しみ、教えたがりのゴブリンライダーたちの言葉を耳にしながらゆっくりと歩きだす羊。ちなみにこの羊は昨日杖を拾ってきた羊で、今日乗る羊を選ぶ際にずっとマモルの傍から離れずに周りの羊を威嚇していたほどである。
「ほれほれ、そろそろスピードを上げて走るのねぇ」
前を浮きながら進むエルエルの言葉にマモルはまだゆっくりと散歩程度のスピードで乗馬ならぬ乗羊のバランス感覚になれたいと思い口にしようとするが、手綱を引かずともスピードがグンと上がり疾走する羊。
「ちょ!? まだゆっくりでいいのに!!」
「やる気があるのはいいことなのねぇ。ほれほれ、追いついて見せるのねぇ」
数メートル前を手足をばたばたさせて飛び挑発するエルエル。その姿にイラっとしたのか、それとも言葉を理解しているのかはわからないがスピードをどんどん上げる羊。手綱を持ち草原を駆けるマモルはすぐ近くに渓谷があるのに飛ばし過ぎだろうと顔を青くする。
「羊さん、そんなに早く走らないでえぇぇぇぇぇぇ」
手綱に力を入れ落ちないよう必死になるが、目の前を挑発しながら飛び続けるエルエル。そのスピードは更に上がり笑って見ていたゴブリンライダーたちも次第に顔を引きつらせ、ランエボラは自身の相棒である羊に跨ると手綱を引いて腹を足で叩き一気にトップスピードで追いかける。
「英雄さまにもしものことがあっては我らの汚点! すぐに助けるぞ!」
「我らも行くぞ!」
「小さな英雄さまを助けるぞ!」
他のゴブリンライダーも羊に跨るとスピードを上げて追いかける。残った羊たちはメェーメェーと鳴き声を上げその様子を見守っている。
「マジでそろそろ止まってくれ! えっと、こうやって手綱を引いて、止まって! 止まってよ!」
「ほれほれ、熱くなるねぇ! トップスピードを超えてくるねぇ! お前ならもっとできるねぇ!」
挑発というよりも熱い応援をしながら羊を煽るエルエル。
「マジで速い! 速い……速いか?」
風を受け体感スピードに驚いていたがそれは飽くまでも羊としてのスピードであり、マモルが本気で魔力を使い走った速度に比べたら遅いことに気が付く。
「なんだろう、一気に冷めた……というか、エルエルはどうして羊に対して挑発を?」
体に感じる風と体に感じる揺れ、どこまでも続く草原に目の前で挑発を繰り返すぬいぐるみ姿のエルエル。
マモルは手綱を引き足掛けに力を入れ前傾姿勢のまま立ち上がり、それはまるで競馬の騎手がラストの直線でする姿勢になり空気抵抗が減り更に速度が上がる。
「お前はもっと早く走りたいのか?」
爆速のなかでは聞こえないかもしれないと思いながらも口にする。
メェェェェェェェェェ!!!
だが、その応えが叫びになり耳へ帰ってくるとマモルは魔力を集中させる。
「なら、エルエルを超えような! 行くぞ!」
マモルの両手から光が膨らみ羊を飲み込みほどの魔力が溢れ、羊の速度が一気に加速する。
「身体強化とか卑怯なのねぇ!」
エルエルの叫びにニヤリと口角を上げるマモル。
「それだけじゃないよ! 風よ!」
左手だけで手綱を掴むと右手に集中させていた魔力を開放する。マモルと羊の後ろから追い風が吹き、爪を立て走る羊の速度がまた一段増す。
「まるで光の矢だ……」
後方で追いかけていたゴブリンライダーのひとりがポツリと漏らした言葉は的確で、その光の矢は速度を上げ一気に天使を貫く。
「追いついた!」
後ろへ向けていた右手でエルエルの頭を掴むとそのまま天へ向け叫び、合わせてメェェェェェ!!と叫ぶ羊。
「見事な勝負だったな……」
「あれほどの速度がでるのか……」
「小さな英雄が光の矢になったぞ……」
ゆっくりと速度を落とし停止すると息を荒げガクガクと足を揺らす羊。その表情は満足気なものでマモルは優しく撫でながら回復魔法を唱える。羊の限界以上の力を強化魔法と追い風で出させたこともあり疲労と筋肉に多少の断裂が起きていたのだ。
「お前は本当に凄い羊だな」
メェェェェェェ
小さな友情が芽生えた瞬間かもしれないが、右手に持ったままのエルエルはいい加減放せとぬいぐるみの口元を持たれ叫びたくても叫べない現状に苛立ちを覚えるのであった。
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