天使長とどこでも的なドア
目が覚めるといつものベッドの上でいつもの寝室なのだが酒臭さを感じ、その正体を探るべく目を擦りながら視線を動かす。
「寝ゲロとか勘弁してくれよ……」
小さく呟き身を起こすと酒臭さの発生源だろうエルエルは隣のベッドから落ちた姿で発見される。ぬいぐるみのような三等身のエルエルは粗相をした様子もなく寝息を立てているが酒臭さと若干青い顔に二日酔いだろうと推測したマモルはベッドから下りると手元に状態回復ポーションを置くとその場を後にする。
伸びをしながら歩いていると頭の上には黄金に光る環を乗せたメイド服の天使長がおり朝の挨拶を交わす。
「おはようございます」
「はい、おはようございます。あの子はまだ寝ていますか……はぁ……」
小さく漏れたため息にこれから怒られるだろうエルエルを心配しつつも足を進め洗面所へと向かう。洗面所はありふれたもので蛇口を捻れば清潔な水かお湯が選べ、それを使い顔を洗いうがいをして寝ぐせがないのを確認すると遠くから聞こえる天使長の怒声。
「はぁ……朝食は何かな……」
自分からも漏れた小さなため息をつきながらもキッチンへと向かうと懐かしい香りに心が躍る。テーブルにはご飯にお味噌汁とカブきゅうりの漬物にキンピラの小鉢、目玉焼きには焼き目のついたウインナーが添えられている。
日本でいえばありふれた朝食かもしれないが、亜人が暮らす剣と魔法の異世界においてはどれも珍しいものだろう。ましてやそれを用意したのが天使長という特殊性を考えれば異質とさえいえる。
「ジャガイモと玉ねぎのお味噌汁とか、わかってるなぁ」
席に着くと手を合わせいただきますと口にするとオークの村で分けてもらったジャガイモと玉ねぎを使った味噌汁を口にする。出汁の香りが鼻に抜けコクのある合わせ味噌と出汁の味に玉ねぎの甘みと芋の風味を感じ日本人なら誰しもホッとするだろう。
「地上へ降りて今日で三日目ですが、オークやゴブリンに触れどう思いましたか?」
「ぐぬおぉぉぉぉぉぉなのねぇ」
ぬいぐるみの頭を変形するほどの握力で力強くつかみながらも優しく声をかけてくる天使長。つかまれているエルエルからは苦悶の表情と苦痛に満ちた声が広がる。
「皆さんとても親切で助けたのもあるかもしれませんが協力的に食材の情報や提供してくれますね。ただ、ワイバーン戦はちょっとポカしてしまって……」
自身の甘さから落下中にアイテムボックスから取り出した女神が細工された杖をつかむことができず明後日の方へ吹き飛ばし、エルエルに救われたことを口にする。
「皆で見ていましたが肝を冷やしました。二日酔いで寝込んでいなければ褒めるぐらいはしたのですが……マモルさまの優しさに感謝しなさい」
二日酔いという失点を前日のワイバーン戦でマモルを助けたことで帳消しにしたのか握っていたそれを手放しながら口にする天使長。エルエルの方は床に落とされ凹んだ頭へ届かない両手を精一杯伸ばし床を転がりまわる。
「食事中にはしたないですよ。味はどうですか?」
「とても美味しいです。お味噌汁もそうですが天使長のお陰で懐かしい日本食が楽しめて嬉しいです」
その言葉に微笑みを浮かべる天使長 。
「もとはマモルから教わった料理ですが大切な人のために作るのは楽しいですね。ほら、いつまでも転がっていないでエルエルも朝食を取りなさい」
ピタリと転がるのをやめ席に着くエルエル。慣れた手つきでぬいぐるみボディーで箸を使い口に料理を運ぶ。
「この家の使い心地はどうですか?」
「亜空間に家を建て、専用のドアを使いいつでも帰ってこれるのは便利ですね。出先だとお風呂の心配や食事の用意に気を使うことがあるかと思いますし、枕が変わらなく安全に眠れるのも助かります」
二人がいうようにこの空間にある一軒家はマモルが持つチートのひとつである。どこでも的なドアの先には空から地面まで真っ白い空間がありそこに建つ一軒家。内部はマモルがこだわりを見せ、寝室やお風呂に小さな家庭菜園などがある庭も付いている。
入室にはマモルかエルエルの許可が必要で外に設置してあるドアを開けることは不可能であり、天使長が自由に入れるのは亜空間への転移が可能という限られた術者でしか許可なく入ることは不可能である。
「そうだ! 天使長も料理されるのならワイバーンのお肉や分けていただいたナマズやエビもありますが」
「それは嬉しいですね。マモルさまに料理したいのもありますが、他の天使や主様からもマモル様が食べていた料理を再現してほしいと口々に頼まれております。適当にぶん殴って断ることもできますが、天使が料理をつまみに頻繁に地上に顕現しては問題になりかねません。大切に料理させていただきますね」
マモルは思う。ぶん殴って止めるのかと……
エルエルは思う。他の天使もぶん殴られればいいと……
「しっかり食べて今日も一日頑張りなさい」
天使長の優しい声にマモルはご飯をおかわりするのであった。
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