4.
更紗の心の叫び。きっとこんな言葉遣いはしないだろう歌詞が、頭に流れてきた。
ああ、これは私の心の叫びだ。思いは違えど、同じだ。
——うん、そうだと思う
詠が思ったのは、そのタイトルそのままで。きっとそれが、協調だか同調だか、したのだと思う。
女だからという話から、そして見えた記憶から、更紗さんはずっと思い続けてきた気持ち。
義母に自分の家を好きにされて、義母の希望に沿わなければ文句を言われ。
唯一味方だと思っていた夫は、実はそうでない部分があったと思いしり。
ああして、こうして、と言われ続けてたまる鬱憤。
——うまく受け流してきたと思ったけど、流せていなかったのね。流せないよね。だって、あなたの人生だもの
——息子も洗脳されていて
——家事も育児も仕事も病院の生活も、好き勝手なことを囁かれ
——きっと辛かったですね、私だったら辛いです
——幸せに、好きに生きたかったのに、いつのまにか病を患って死んでしまったんですね
——でもね、私は思う。あなたは特別な人。そんな時代でも、女性だからと諦めずに生きてきた。あの義母の人にも立ち向かってきた。お子さんを愛して、縛りがないようにしてきた
——きっと同じ考えを持っている人のほうが、少数派。絶対に
——ほら、自分の生き方をするのが当たり前、みたいなかんじで義母に押し付けられてきた生活を反面教師にして、とってもがんばったと思う
——最後にこそ病になったけど、仕事を続けていても、出産しても、あなたはずっと健康だった。色々言われて傷ついたのは、身体じゃなくて心です
——ずっと我慢したあなたは、とてもかっこいい女性です。たまったものを誰にも当たらず吐き出さず
——でも、私とすると、この歌詞みたいに、言い返してほしかったな。最後の、「おだまりになって!」って、しっかり言ってほしかった。私の価値を他人に諮られたくないもんね
「私もね、言ってやりたい人がいるんです」
「どなた?」
更紗さんが、顔を出した。まだ、歌っていないのに。
「そこの、男性」
「それなら言っておやりなさい」
「それなら、今からあれに向かって言うつもりで歌います」
「ふふ、彼は記憶が見えていないのね」
「はい」
「見せておやりなさい」
「え?」
更紗は詠に近づいた。それが真言に見えているかはわからない。見えていたとしても、顔が穏やかで、きっとうまくいっているからと安心はあるだろう。
「こうするのよ」
詠は真言を呼びつけた。来い! と。
「なに?」
ごっ
真言の額に自分の額を合わせる。子供の体温を測るときにするようなあれだ。
「うわっ」
多分だが、一気に詠が見たものが流れ込んだのだと思う。いつも、詠が記憶を見ているのは数秒だと言っていた。
「うそ、なにこれ。……それでね」
ラップをするわけではないが、詠と真言は向かい合って、曲を歌った。歌い切った。楽しそうに更紗が見ているのは気づかないほど。
「今はいい時代になったみたいね」
「まだ窮屈さは残ります。だからこそこの曲があります。勝手な妄想でなにかしら囁かれるのは変わりません」
「少しずつ、変わっていくはずです」
「ええ、楽しみ」
穏やかな笑みは、記憶でもなかった笑みで、きっとこの人の一番の顔だ。
「あなたには、未練があったのですか」
「言い返したかったのよ」
それだけ、と笑った。
「あっちに行ったら、夫と義母にはしっかり言ってやるわ。会えればね」
「あの、ここは、常世ですか」
「ほかの文字が、ここは天国でも地獄でもない、どこでもない場所って言ってたわ」
「文字?」
「私、タイピストだったのよ?」
それで、他の未練が文字に見えるのだろうか。
「多分あなたたちが私を呼んだのよ。喧嘩をするなら最後まで言ってやりなさいな。でも、言ってはいけないこともあるのだから、気をつけなさいね」
「はい」
返事をしながらも、そんなに自分たちはお互いに黙っていてほしいほどの想いを抱いていたのか。
「生きている人間は、いますか」
これを聞いたのは、真言のほうだった。え、と詠は真言を見るが、目は合わない。
「あなたたちのいう未練なら、生きているといえるわ。死んで残るほどの未練ですもの、生きていたいに決まってます」
未練は、生きてそこにある。死んだものの気持ちが、生きたまま、そこに。
「ここが常世という場所ならば、今あなたたち自身がここにいるんだもの、生きている人間がいてもおかしくないのではないかしら」
「たしかに」
でも見たことはない、という。
「変わらないんだものね。あなたには悪いけれど、もし生きている人がいたら、ここにあり続ける未練がそこにとりついていくと思うわ。変わらない生きた身体。残した未練を断つには必要なものならば。かくいう私も、そういうわけでここにいたのね」
忘れてしまったわ、と笑う更紗。これは浄化できたからだろう。
「この階段の下は、どうなっているのでしょうか」
「とても明るい世界よ」
「明るい?」
「でも、近づいてはだめ。すきまからこぼれる光に救いを求めているものが、あなたたちを襲うことになる。怖いものから逃れようとするものが、あなたたちにつかみかかることになる」
抜け出せなくなるわ。
しばらく言葉を失った。こんなに細かく教えてくれるとは思わなかった。これは覚えているのか。ただ、地獄でないとわかる。
「私も、そうしてここで、形になってしまったから。あ、呼んだのは、あなたたちのほうよ」
「では、言い残す言葉は、もうありませんか?」
「代弁してくれた人がいるからね」
「ありがとうございます」
ふふふ、と笑う更紗。もうそろそろ、と行こうとすると、下に向かっていた螺旋階段が上向きに変わった。
「あ、言い残したこと、あったわ」
「えっ」
「仲良くしなさいな」
「……はい」
「まぁ、素直じゃないことね」
さようなら、と更紗は他の未練をまとって、螺旋階段を歩いていく。彼女自身が、あの記憶で見たランプのようだ。
パ———————————ッ
いきなり響いた大きな音で気づく。ここは高速道路だった、と。見ればここは本物の、詠たちが生きる世界の高速道路で、ランプウェイでもない。路肩に停めている。少しはみ出しているから、注意を促したのか。
「迷惑になっちゃう、詠さん、乗って」
「うん」
二人で急いで車に乗り込む。そしてサービスエリアで休憩だ。相談もなく、決まったこと。
「「体調は」」
かぶった。言葉も、あ、という顔も。気にすることは同じだ。
「私は、ちょっと、疲れた」
「僕は記憶が流れ込んで酔った」
「ちょっと、休憩していこう。そしたら交代」
気が付けば朝の八時を過ぎている。予定では、この時間ならどこにいたのか、真言にしかわからないことだった。
「交代しないよ」
「なんで」
「記憶酔いと疲労じゃ次元が違うでしょ」
「記憶酔いって」
ぷ、と笑った詠を見て、どこか真言もはにかんでいる。
「なに?」
棘が出てしまう。
「うるさい、って思ってる?」
「……思ってる」
「僕も」
「あっそ」
「これからはさ、ちゃんと、本音、伝えようよ。お互いに」
「言ってはいけないこともあるって言ってたよ」
「それはそれ」
「酔いが覚めたら、じゃ、お願いね」
「素直に、とも言ってたよ」
「受け取り方が違うでしょ」
素直に。
まっすぐに話せと、そういう意味だ。ひねくれてはだめという意味ではないはずだ。
それなら、聞かなければならない。
真言がなぜ機嫌が悪かったのか。
詠がなぜ食い下がるのか。
ドライブはまだ長い。顔を合わせなくて済む運転のその間に、話しておきたい。詠は、飲み物を買いに行った。




