3.
「いつまで待たせるのかしら」
義母とわざと横目でこっちを見て、わざと大きな声で言ってきた。まったく、この人がいなければもっと平和に幸せに暮らしていられるのに。何度思ったかしら。
「おかえり、もうすぐごはんできるからね」
「ただいま、ありがとな」
私の夫はとてもやさしい人。
この時代、まだ珍しい女性の勤務。特に寿退社なんて当たり前だけど、私は仕事が好きで、まだ続けたいと夫に伝えたら二つ返事だった。そんなところを好きになった、って。
そのとき、そんなところ、というのをどんなところか詳しく聞いておけばよかった。
「まったく、もっと規則正しい生活を送りたいものだわ」
食事は義母と一緒。結婚してから義父が亡くなった。きっと大切な長男の結婚を見て安心したんだと、弔問に来た人から何度も聞いた。
夫は齊森家の長男。どこがどう由緒正しいのかわからないけれど、義母いわく、良家だそう。
にしては頭が固くなくて、話を聞いてくれる人。これからは女性が活躍する時代だから、と頭の固い姑を、いつも諫めてくれる頼もしい存在。息子大好きな義母は、そう言われると口を閉じる。
夫はとてもやさしい人。でも悪い部分もあるの。それは、母親が大好きなところ。
当然のことだと思う。家族なんだから。
でも、一緒に住むことにしなくたって、いいじゃない。
義父が亡くなって、一人になってしまう義母をすごく心配した夫。義母と一緒に住みたいと相談してきた。相談してくれただけましかもしれない。
断るに断れなかったのは、断れば夫の大好きな母親を嫌いと言うようなものだから、と思ったから。夫が傷つくと思ったから。
やっぱり断ればよかった。今更遅いけどね。
家族が増えることを前提に考えていた、新居の間取り。けどそこに義母が入ってきて、意見はだいたい夫が了承してしまって。そしていつしか、私はなんでもいいや、とすべてイエスと答えるようになった。
建物は素敵だけど、まるで義母が自分の家のように扱うのが気に食わない。義母は一銭も出していない。この家は、私と夫と、未来の子供たちが住むための家。あなたは居候に等しい。私のなかで。
「ちょっと更紗さん、あそこにほこりがたまっていますよ」
「更紗さん、買い物は済んだのかしら」
「息子に不便はかけていないわね?」
この人はいつも自分が一番。息子が二番。私はそれ以下。というか召使い。
これぞ姑、のような台詞を何度も聞いて、流すのも得意になってしまった。義母のほうが暇のはずなんだから、自分ですればいいのに。はぁ、と溜息をつくのは一人のときだけ。
結婚して数年後。
残念ながら私たちは子を授かっていない。ごめんね、と謝るのは私。更紗のせいじゃない、と夫は言ってくれる。
そもそも、子を授からないことに対してなぜ女性が謝らねばならないのだろう。その点だけは、夫も不思議と思っていない。庇ってくれるよりも、謝らないで、と言ってほしい。
仕事はとんとん拍子に進んでいる。私の仕事はタイピスト。けっこううまくいっている。カタカナの嫌いな義母は説明したときに眉をひそめたのが分かった。
「あんまり働くと身体を壊しますよ」
「どうやって家庭のことをするのですか」
「私がいますからいいですがね、本当は家にいてくれないと困るのですよ」
職業とかそんなことよりも、仕事をしていることが嫌だったと、一緒に住み始めてすぐにわかった。最初は、身体を壊すのを心配してくれていると思ったけど、違う。家のことを私にすべて任せているから、やってもらえなくなると楽ができない義母は、そういう意味で困るのよ。
そして、私がいるからいいけど、と言うけれど、実際はただ居るだけでおこぼれをあずかりなにもしていないあなたはいないほうがいい、と私は思ってる。
さらに数年、未だ私たちに子はいない。残念がっているのは夫。私もそう。実際違ってしまったけど、二人で家族が増えることを前提に家を建てたのだから。
「ちょっと話があるんだが」
「なぁに、改まって」
宗助さんが座ってと促すから、私もお茶を淹れる前に座った。なにか大切な話なのだろうけれど、なんだかは想像がついてしまった。
「母が、君の体調を心配しているんだ」
「体調は問題ないですよ」
「一度、病院に行ってみないか」
ほら、まだ子もいないし。
宗助さんは義母の言葉をそのまままっすぐに受け取る。体調を心配している、という言い方をしたのだろうが、きっとそれは、子を授かれないことは私に問題がある、という意味ね。そこまで考えてくれない宗助さん。そういう人だと家を建てるときにわかったから、もうなにも言っていないけれど。
最後の言葉のほうがよっぽど辛くなった。君のせいじゃないと言っておきながら、本当は。
ちょっとだけ、もしかしたらを考えて訊いてみた。
「お義母さんが心配してるのは私の健康? 健康診断なら受けてますよ」
「う、うん。そうだけど、そうじゃなくて」
しどろもどろになる。わかりやすいわ。こういう素直なところも好きになった理由のひとつだけれど、今は嬉しくなかった。
「ほら、その、こども、が、いちおう、ぼくも、きみを、しんぱい、して」
「産婦人科に行け、ということですね」
そういうことよね。
今回ばかりは義母の含めた意味を考えたのか、それとも実際に話をされたのか。そして、君のせいじゃないと言いながらも私のせいだと考えている一部がある。心配を装って、私のせいにしている。
「わかりました。ところで宗助さん、子供がほしいというのは、あなたの希望ですか」
突然の質問に、宗助さんは目を瞬いた。
「それとも、齊森家またはお義母さまのご希望ですか」
「それは」
黙ってしまった。
宗助さん自身の希望だが、それはきっと、義母から刷り込まれた呪いだ。長男の宗助さんに、この家を、齊森家を受け継がせるための。
医者にかかった、という事実を作るため、私は産婦人科にかかった。問題はありません、と結果が出た。安心する一方、逆にならなぜ、とねちねち言う義母の姿が思い浮かんでしまう。
子を授かったのは、結婚してからずいぶん経ってからだった。男の子で、義母はたいそう喜んだ。
あの結果を報告したら、では息子に問題があるというの?! と癇癪を起した義母をとめてくれた宗助さんには感謝している。
実際、生まれてから義母は頼りになった。たくさん皮肉を浴びせられたけれど、経験者の知恵とは素晴らしい。このときばかりは、義母に感謝した。
仕事に復帰できることになった。前から復帰したいことは伝えてあった。いいよ、と言われていたのに、実際息子が生まれたらやっぱりと難色を示した宗助さん。
とてもかわいがっているし、私に家にいて、息子の世話を見てほしいのはわかる。やっぱり、と意見を翻したのはこのときが初めてだった。親ばかってやつね。
ただ、私は意見を変えるつもりはない。仕事を続けたいの。
言い続けて、根負けした宗助さんから許可を得る。なんで私がいつも二人に許可を得なければならないの。
「もういいわ、私が面倒をみます」
「いいわねぇ、齊森さんのお宅、子供の面倒おかあさんが見てくれて」
「お子さんのこと、姑さんにまかせきりらしいわよ」
「旦那さんがかわいそうね」
「お子さんもよ」
「女が子育てしなくて誰がやる」
「旦那さん、尻に敷かれてるんだな」
復帰したらだんだん聞こえてきた言葉。勝手に幸不幸を決めないでほしい。
事情も知らずに好き勝手に言って。面白おかしく吹聴して。
好きに生きてはいけないの?
子供を守る責務はある。けれど、それと私の幸せは別にある。この子には、齊森家に縛られないよう、生きてほしい。私はそれを強く願った。
が、私のいない、任せている時間で、すでに脳内へ刷り込まれていた。
「おかあさん、ぼくはこのいえをまもるためにいるんだって」
がんばる、と無邪気に言ってきた息子に、私はぞっとした。違う、そうじゃない。
あまり一緒に出掛けたことがなかった。だから、話ができるよう、まだ幼いけれど、私の考えを伝えておこうと散歩に行くことにした。二人で。
とはいえ、あまり遠くには行けない。車が好きな息子に、車がたくさん通るところを見せたいと思って、自動車がよく通る道の近くでただお弁当を食べただけ。
話したら、息子は泣いた。
「ぼく、バスの運転手さんになりたかったから」
安心した。まだ、取り戻せる。
息子が生まれ、面倒を見て、元気が戻ったと思っていたが、義母は急に衰えた。そろそろ年齢も年齢だ。これで三人であの家に過ごせる、と思ってしまった。
義母は亡くなった。たしかに、三人の家になった。
が、そう長く三人ではいられなかった。
私は病を患い、病院でお世話になることになった。すすめられた病院は、おしゃれだった。ここが病院でいいのだろうかと思うほど。
ここが家だったらいいのに、とも思ってしまった。
少々値が張るが、私は入院するならここがいい、とねだった。ねだったのは何年ぶりかしら。天井からつるされているランプがひとめで気に入った。ベルのような形のランプがいくつもぶら下がり、朱色の光を放つ。まるでサラサドウダンだと思った。
私の名前は、それからきた。生まれたときに、庭の植木で満開だったそう。調べたら花言葉は「明るい未来」。
でも私には、もう明るい未来はない。
だんだんとどこにあるかわからないが長くない寿命に、あの病棟の階段のように、下りていくだけ。
「息子さんもかわいそうに」
「旦那さんがすべて請け負ってるそうよ」
「あんなに痩けちゃって、昔から身体が弱かったのかしら」
「仕事第一だったそうよ」
「ええ、女なのに?」
「家庭を支えていなかった罰かしら」
なにも知らない人が、どの口で。
いい加減にして!
みなさん!
彼女の声がこだました。




