2.
やってきた金曜日。
早朝とは何時か。それは聞いておかなかったため、ずっと連絡はしていなかったが詠から連絡した。
三時、とだけ帰って来た。もちろん朝のこと。早い。ただ、約半日かかると言っていた。
しっかり地図の場所を確認できたわけではなかった詠。到着したら午後の三時から四時になると考えると、妥当なのだろうと思った。
あの日、両親の書いた点の場所ではないことだけを見ていたため、実はどこに行くかがさっぱりわかっていない。調べることもできなかった。
真言は羅針盤に、「僕らの」ではなく「僕の」と言っていた。もしかしたら自分はいらないかもしれない。真言の笛でどうにかできる案件だと推測している。薄暗い影に触れるかなにかで記憶を受け取れれば、あとは真言がどうにかしてくれると考えている。
もしものときは、それこそ詠が真言を助ける。助けてみせる。
立場逆転が再発してしまっている。また。どっちが主なのかわからない。そんなことは気にしなくてもいいのかもしれない。
とにかく、未練を断つことが真言の目的。詠の目的は、両親を探し出すヒントを得ること。
前回のあの人の「いるんじゃね?」で、まったく根拠もないがどこかいる気がしてしまったせいで、詠はさらに固執してしまっているのだった。
時間に外で待っていた。いつもの駐車場かと思えば、外に出た瞬間にアパートの階段を下りたところで鉢合わせた。こんな早朝に車が動いていることは少ないだろうが、急いで乗り込む。
「おはよ」
「おはよう」
それだけ。挨拶は交わすが、それだけで車は動き、詠は横になった。行きは任せる。途中で無理にでも交換させる。
朝といっても暗い時間で、詠は重たい空気の車内でもすぐに眠りについた。
目が覚めたのは、おなかがすいたからではなかった。いつもの朝ごはんの時間はとうに過ぎているのだが、きゅ、といきなり車が停まったからだ。がくんと身体が動いたことによる、衝撃。
「交代しよ、どっか停めて」
「違う」
「なにが」
「見て」
起き上がってしっかり前を向く。と、そこはランプウェイ。高速から降りる予定だったのだろうか。まだ時間には早い。
ランプウェイはずっと傾いていて、底が見えない。
「え? ずっと下に続いてんの?」
あまりにも長いように思う。
「もしかして、ここ、も」
「もしかしないよ」
ほら、と見せられた羅針盤は、カーブ道で止まっているのにきっちりと前を指している。他に車が通らないのもおかしい。少し車を動かせば、カーブに合わせて針は動く。
まるで螺旋階段。
「目的地、ここじゃなかったと思うんだけど」 半日ほどだったはずだ。
「うん、途中、引っ張られたんだと思う」
「引っ張られた」
「僕らが未練のなにかとおんなじ心を持ってるんだ」
「協調ってやつ?」
「そうかもね」
ずっと淡泊な声。なにも込めまいとしている意思を感じる真言のしゃべりかたに、詠は苛立ちをおぼえながらも冷静になれている。
目の前に立つべき未練がある。また、ヒントが増える。
「行こう。この下が、常世かもしれない」
「そういうこと言うの、やめてくれる?!」
真言が声を荒らげた。しまった、と詠は思った。常世に行きたいのは詠だけであり、真言は行くべき場所ではない。目的ではない。ここは素直に、
「ごめんなさい」
謝ったら、真言はなぜか驚いた顔をした。
「行くよ」
ここから出るには、これを断つしか方法がないからだ。
車を進めると、だんだんと道路が狭くなる。そして車が通れなくなる。仕方ないから下りて、歩いて進みだす。
と、道が階段になった。螺旋階段と思ったが、まさにそれ。
なぜか、既視感がある。
なぜだろう、なぜ、この螺旋階段に。
ただ渦巻のような階段なのに。この線を、どこかで見たことが。
肩に重みがかかり、ぐらついた。真言がつかんでいた。
「あんまり下に行くのは、危ない。なんか誘われてるかんじ、する」
「誘うって……」
誘いたいほどの場所なのだろうか。だとすれば、ここにある未練はとても強く他をひきつけているか、解放されたいか、のどちらかだろう。
詠たちを利用するために誘っているか。
それとも、救われたくて、誘っているか。
「上に戻れば、ここから抜け出せる」
「なんでそう言い切れるの」
「見ればわかる」
見上げれば、まだ車が通ってきたランプウェイはある。そして、先と思われる場所には、違う景色がぽっかり穴をあけている。
こことは違う、本来詠たちがいるべき世界がそこにはある。
「終わらせてから帰る。誘いには乗る」
最初はごねたが、結局真言の誘いに乗ったのだ。そして今がある。
「勝手につれてこられたんだ、おかしい。危ないから一度戻ろう」
「じゃ、まこくんは戻ってて」
「一人で行くっていうの」
「そうだけど」
「危ないって言ってるじゃん」
「行けばまこくんも同じことでしょ」
「どうするの、なにかあったら」
「後悔したくない! あのときあそこに行ってればって、思いたくない! もうここが常世なら、探せるはず! 私には目的があるの!」
「私には? 僕にだって目的あるけど?!」
「日本を救うでしょ?」
「違う!」
「とにかく、口挟まないで、静かにしてて」
「静かにお願い聞いてほしいのは詠さんのほ」
う、と続けようとした真言だが、途中で途切れた。
なぜか、動き出した。ランプウェイの螺旋階段。よく切れる刃物で線を引いたかのように、真と詠の間に隙間ができる。
「え」「あ」
螺旋階段は下に行くほど狭くなっていた。その先が、本当に最後の段だかはわからないが、詠に迫っている。
「まこくん?! 落ちないでね!」
「僕より詠さん!」
「しっかり見聞きしてくる!」
「違うってば!」
真言はぺらぺらの紙に包まれている気分だった。なのにとても固い。このままぎりぎりと締められれば、轢死してしまうかと思うほど。
そして詠は、迫りくる何かを、額で受け取っていた。
真言の目から見たそれは、刃物が刺さっていた。脳を貫通している。
「詠みさ——————ん!!!」
真言の叫びは、詠には届いていない。階段はくるりとまわって詠の脳を貫通し、下から来たのに上へと伸びていく。




