↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この気持ちに名前をつけて  作者: ぬりえ
待つ時間はない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/62

1.

 翌朝、真言からの連絡は届いていた。だるさも眠さもそこまでではないらしい。だとすると、最初だからだろうか。とりあえず、詠は安心していた。


 土曜、予定通りに来られるという真言のために、ごはんを用意する。カツカレーと鍋やきうどんの次はなににしようと悩んだが、子供が好きなメニューを思い浮かべて用意したのは寿司だった。ちらしずし。そろそろ季節になる。


 ゆで海老と鮭と蓮根、菜の葉を入れて、卵の薄焼きを千切りにして乗せておく。あとはお好みで海苔。足りないと困るため、煮魚も作っておいた。まだいまいちつかめない、男子学生の胃袋の大きさ。


 ぴんぽん、と音がして、どうぞと上がってもらう。台所でばたばたしていたため鍵を開けっぱなしにし、声だけで確認したらまた怒られた。やはり真言こそお父さんだ。信用していて、本人だとわかったからこそどうぞと言ったのに。


「はいごはん」

「ありがと」


 ちゃんと食べてる? 詠さんこそ、 具合悪くない? そんなことより、いつもごはんもらっていいの? 学校とかバイトとか大丈夫? そっちも仕事があるでしょ、

 どこか同じような言葉が行きかう。


 詠としては、“そんなこと”ではない。具合が悪かったのだ。いつも。それを心配して悪いことはないはず。なぜか真言は今日、ご機嫌斜めらしい。

 他人に当たってくるあたり、たとえ一つ下でももっと子供だな、と思ってしまう。だがそれを笑っていられなかった。


 頼ってよ、と真言がぼそり呟いたのだ。


 詠は思い切り頼っている。すでに真言に任せていることは多いし、今後も助けてもらう気まんまんだ。だからこそ支えてほしいと思ったのに。なぜそんなことを思っているのか、理解できない。甘えているし、頼っているのに、これ以上どうしろというのか。

 逆にこれ以上、負担を増やしたくない。そういう想いのほうが大きくなっている。


「もう頼ってるよ。ごはんはそのお返しだし」


 ここまで来てもらっているのも、真言には手間になる。今は詠の目的に真言を巻き込んでいるのだから、気にするのは当然なのだ。

 自分も一度、命を削る行為をやめろ、と言われた身。


 むすっとしたままでもちらし寿司は減っていく。それには安心した。煮魚もあさりの味噌汁もきれいになくなった。ここに桜餅があれば、詠の家のひな祭りのメニューになっていた。


 食べ終えて、無言で皿洗いをする。よくわからない。相手がちくちくしていると、こちらも不快になる。悪いことをした覚えはないのに。


「じゃ、まずは地図から」


 言い争っても聞いても意味がない。詠はメモ帳の地図と日本地図のポスターを広げて重ねる。黒い丸のある場所を調べてあった。


「ここは〇市、ここは×町で、」

「先に調べちゃったの」

「そりゃ、手元にあったし先にやっておけば今日の時間も短縮でしょ」

「そうだけどさ」


 ふん、と語尾につきそうな顔と言い方。詠はむっとしそうなのを抑えて、話を続ける。


「ってかんじだけど、そのあたりに行ってみるのはどう?」


 黒い点のマークはきっと印。どんな方法を使ったかはわからないが、ここに行く、というものだと詠は考えているし、根拠はないがなかば確信に近い。


「ほんとにそこなの?」


 やはり聞かれた。理論的に考えるのが男性、感情論の女性が再発。


「理由はない。けどここに行きたい」

「僕は、行きたくない」

「なんで?!」

「僕たちが行くべき場所は、僕たちが選んで探すべきだ」


 印は詠の両親に選ばれた場所。今まで詠と真言は自分たちで探してきた。行ってきた。もしその印に行ったとしても、なにも起こらない可能性もある、というのが真言の考えだ。共感できる心は、人によって違う。


「でも、私のお母さんとお父さんが選んだんだから!」


 もしかしたら、そのなかに二人がいなくなった場所があるかもしれない。その可能性は高い。まだ×印が書かれていない場所だから。

 さらに娘である詠なのだから、選ばれたその場所の未練と合うことは容易に考えられる。


「なんでそんなに反対するの?」

「詠さんを心配してるの!」

「今度はまこくんが私を支えてくれるんじゃなかったの? 私が大丈夫って言ってるんだから、大丈夫なの! 家族でもないんだから! 心配無用です!」

「詠さんこそ、この間僕を弟みたいに扱ったくせに!」

「そりゃ一回目は私もよくわかんなくて大変だったからね! それにまこくんから命を削るって聞かされて、もしかしたらまこくんもそうかもって思ったら怖いじゃん!」

「なに? 罪悪感? 僕に支えさせてるのに僕の命を奪ってるみたいな?」

「もしそうだったどうしようって、普通思うでしょ! まこくんがそう言って一度見捨てたんじゃん!」

「見捨てた? なにその言い方!」

「それと同じ想いを私は抱いてる! そのくらいわかるでしょ? 実際まこくんだって思ったことなんだから!」


 真言はたしかに、詠のことを想って止めた。わかっている。自分だってそうする。今ならわかる。

 真言は詠とは目的が違う。


「一人でやろうとしないでよ!」

「ひとり? 一緒にやるから今日も来てもらったんじゃん」

「やってるじゃん!」


 ——地図のこと?


「時間短縮のためでしょ。効率的にやっていかないと」


 寿命やら命やら、そのあたりは詠にはまったくわからない。あれが終わった後、疲れや睡魔が襲ってくる。だがたしかに命のことがあるのなら、早くやらないといけない。

 焦らせる。焦っている。


「まこくんだって罪悪感あるんでしょ、最初に巻き込んだ張本人だしさ。前にも言ったけど、やるって決めたのは私自身なんだから、心配もいらない! よくわかんないけどなんでそんなに不機嫌なの? 私は今も普通に仕事行ってるし、健康診断に異常もないんだから!」


 真言は返答しなかった。ただ、ぎゅっと唇を締めて、詠を睨んでいる。


「まこくんには、一般の、普通の、学生の、社会人になる前の、自由な時間を、今のうちに…… 今! 満喫してほしいの!」


 もっとやさしく、頼むように言うべき言葉だった。なのに棘が出てしまう。社会人になったら縛りが多くなる。今のうちに。今のうちに。


「お母さん気取り?」


 それともお姉さんだっけ? どっちでもいいや、と真言が吐き捨てた。


「ならそっちは弟気取りってやつだね?」


 つい挑発に乗ってしまった。挑発ではないはずなのに。


「もういい、とにかく次の場所は僕が決める」

「え、なんでよ、」


『僕の行くべき場所を示せ』


 一人ではもう動かない、動きにくいという羅針盤。垂らした鎖が、地図の上で動く。詠の手は触れていないのに。なぜ。


 ——力、戻ったの?


 動いた先は、遠かった。とてもではないが、半日かけてやっと行けるかどうか、という場所。そして、見るとそこは、詠の両親が記した場所と重なっていない。

 悔しさがこみあげる。まるで、真言の言い分があっている、と証明された気分で。


「悪いけど、そこだと休日しか行けない。金曜か月曜で有給とるしかできない」

「社会人になると縛られるってのはほんとなんだね」


 意地の悪い言葉が、ぐさりと胸に刺さる。今度は詠が唇をきゅっと噛む番だった。


「私だって、できるなら好きにやりたいよ」


 だが、生きるためには金が必要で、稼ぐためには仕事をしなければならない。か細く呟いた声は、真言に届いたか届いていないか、わからない。


「じゃ、学生の予定に合わせてね、大人の詠さん。次の金曜。早朝に迎えに来るから」


 真言はそれだけ言うと、帰った。詠はただただ、胸にたまった感情を、抑えるしかできない。


 言葉にしてはならない。


 もう、考えなかった。なぜ真言があんなに嫌がるのか、反対するのか。それがどんな考えであっても、今の詠は受け入れることができない。受け入れる余裕がない。


 あの紙はまだ、解読できていない。なんなのかわからない。鉛筆でさらさらとなにか書いてあっただろうことはわかったが、祖母が仏壇に大切に保存していた理由もわからない。どう見てもただの紙なのに、ただの紙には思えなくなってしまった。


 これを見せれば、真言にはなにかわかることがあるかもしれない。だが言えない。言わない。


 きっと、もっと心配させるから。

 そう、今日のように。


 心配なんてしなくていい。そのまま言葉にしたことはなかったかもしれない。だが、現在活動を続けているのだから、そんな必要はないことを察してほしい。

 逆にこちらが心配する理由だってわかってほしい。

 なぜ、真言があんなにむきになったのか、詠にはわからなかった。


 心配して何が悪い、こっちは大人。あっちはまだ学生。扶養される身。ご家族もいる。なにかあったら困るのだ。


 詠は真言の心配を窮屈に感じた。もういいときっぱり決めているのに。生きたいと思っているが、それは目的が果たせるまでの話。矛盾の話はしたが、とにかく、どこか重たい。


 大人なのに子供と言い争ったことが恥ずかしくはなった。が、真言に悪いとは思わなかった。


 次のときは、ずいぶんと重たい空気になりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。