5.
見上げていた空から、真言がいなくなっていることに気づく。
「まこくん?!」
「はい」
「ひゃぁっ」
呼んだらすぐに後ろから返事があり、逆に驚いた。そして安心する。坂田と一緒に行ってしまったのではいかと、一瞬でも思ったからだ。
「おつかれさま。ありがとう」
「あ、いや、そんな」
「よかったね、まこくん、立派にできる」
「詠さんの考えも当たっていそう。ただ癇に障ったみたい」
「なにそれ」
私なんかより、と詠は思った。真言のやさしさのほうが、ずっと未練を断つのに役立つ。今回は怒りが出てしまって、自分の考えを押し付ける形になっていた。相手を思う気持ちが欠けていた。
「できれば、今後もまこくんにお願いしたいな」
「えっ なんで」
「もともとまこくんの仕事なんでしょ? 私が補佐役に戻って。きっと私より」
思ったことがそのまま口に出そうで、詠は口を塞いで話題を変える。
「だってお話してたでしょ? 見えたんじゃない?」
「うん、見えたし、聞こえて、話もできた」
「ステップアップだね!」
で、なにを話していたかを聞いても、真言はすべてを話さなかった。さすがに、猪突猛進の意固地だなんだのは言えない。
「夜になっちゃったね。今日はまこくんが疲れたでしょ。もう一晩、泊まっていこうか」
「うん、なんかくたくた……。詠さんの気持ち、わかる」
「未練は歌詞とか関係なくて、音に反応して、込めた心に溶けていくのかもね」
「音に反応?」
「ほら、なんか音楽聞こえたら、つい耳傾けない?」
「人によるでしょ」
「否定的だな。じゃ、常世には時間も温度も音も色もないとすれば、熱い音楽に引き寄せられてくるってことも」
「なくはないかもだけど、なんかこじつけ」
「もう! がんばって考えてるのに」
心を込めたこと。考えたこと。
それは相手に伝わっていたことがわかった。それなら、未練を断つというよりも、形になってしまった未練がさっきのタイヤのように溶けるような、そんな音楽を、歌詞を、心を、奏でていきたい。
詠も疲れていた。家までは少しだけ、距離がある。運転はあの記憶を覗いたら怖くなって、代行にした。合っていたと思う。ほんの十分くらいなのに、二人で寝てしまったのだ。
だが今回ばかりは、真言のほうが疲れが大きい。
「まこくん、水分だけはとって、お布団すぐ敷くから」
「ふぁぁぁい」
まだ敷いていない布団をがんばって敷き、真言をなかば強引にひきずって布団に横にさせる。そしたらすぐに寝てしまった。
寒くないように、暖房をつけて。
「おばあちゃん、私たち、やったよ」
チーン、とおりんを鳴らすと、仏壇に何か見える。
「ん?」
引っ張った。それは、紙。黒に染まっていない、紙。
「まこく」
眠っている顔を見て、声を止める。今日は疲れたのだ。多分真言は初めて、自分で成功させたのだから。
ということは、命を削ったのは真言なのではないか。だって自分は、こうして立っていられる。なのに。
そんな考えが、詠の心に芽生え始める。
——これは、言わないでおこう
詠はそのまま眠りについた。
朝。雨戸を閉めずに寝たのを思い出した。明るくなるのが早くなっている。音を立てないのは無理で、できるだけこっそりと閉める。
真言はまだ寝ている。やはり疲れたのだろう。そして今度訊いてみなければならない。真言が詠に言ったことは、真言にも同じなのではないか、と。
またコンビニでごはんを買う。食材があったとしても、ガスを通していないため、残念ながらできない。真言は学生。健康的なごはんを、今度家でごちそうしようと考え始めている。
「あ、おはよぉ」
「おはよう。具合、どう?」
「ちょっと身体が重いくらい。それよりおなか減った」
「さすが男子学生」
買っておいた食料を渡す。好きなものを食べてもらった。カップ麺におにぎりにパンに、飲み物に。すかっとする食べっぷりだ。もしかしたら、真言の場合はおなかもすかせるのかもしれない。
「お風呂、入る?」
ちなみに詠はすでに済ませてある。古いし少し汚いが、掃除はしたから気にしなければ使って問題ない。
「あ、じゃぁお借りします」
「着るものは?」
「持ってきてあるから」
一泊という予定だったため、二人は用意してきていた。真言はおなかを満たした後、シャワーを浴びにいった。貯めてくる、と言った詠に、もったいないからシャワーでいい、と言ったのだ。掃除にも時間がかかるから、と。そんなことは五分で終わるのに。気を遣える人間ではあるが、ここは甘えてほしいところだった。
「準備オーケー?」
「うん」
鍵をかけ、荷物を入れ、車に乗り込む。自然に詠のほうが遅くなる。真言が運転席に座ろうとするのを止めた。まだ疲れがとれていないのに、高速を運転させるのは危ない。
「今回は私」
「でも」
「疲れたら途中で交換お願いするよ」
「……」
出発する前に、あのおばさんに会った。もうきっと、怖いことは減ると思う。でも犯罪も事故も減らない。
気を付けてね、という言葉だけかけて帰る。
隣からまた寝息が聞こえてきた。今回はずいぶんよいヒントを得られた。だからきっと、必ず、あの場所を見つけてみせると、心に誓った。
水分を摂ってほしいため、サービスエリアで休憩を挟む。もう一時間もしないで着いてしまう場所だ。残りも詠が運転することを伝え、ついでに昼食も食べた。
「帰ったらさ、また、相談会開こう」
「うん。あの地図、読み解かないとね」
「そうだね」
メモ帳をくっつけた地図。そこへ行かなければならないが、その場所が詳しくはどこなのかがまだわかっていない。
運転の交換の申し出があったが、詠は断った。そういうことはわかりきっていたが、無理はさせられない。事故を起こしても怖いのと、もうそこまで遠くない。待ち合わせ場所で捨てる。
「よかったらまた、水曜日の夜か土曜日に来てほしいんだけど」
予定はどうか尋ねると、長い話になりそうだから、と土曜日に決定。そして今回は明日の朝、真言から連絡をするようにお願いした。きっと詠が連絡できなかった理由が、真言にも伝わるだろう。
ついでに目覚まし時計は三重くらいにかけておけと伝え、結局待ち合わせ場所ではなく賃貸をしているというアパートまで連れて行った。
「早く寝てね。ごはんは食べてね。あとは」
「お母さんみたい」
「心配してるの!」
自分も疲れてはいる。が、その一部を真言が引き受けてくれたのか、いつもより疲労は少ない。ちょうど陽が沈んできた頃。そういえば、この時間を逢魔が時といったな、と思い出した。
なぜかいい考えが浮かばない。さっさと帰って、詠も帰った連絡だけすませると、休みにした。
明日からまた仕事。疲れてはいられない。




