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この気持ちに名前をつけて  作者: ぬりえ
難しくて

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53/58

1.

 朝一番、詠の仕事は買い物だった。土地勘のない真言に、このあたりの店事情はわからない。朝ごはんを買いに、あと他にも少し。


 昨日はおにぎりと野菜ジュースしか渡さなかった。育ち盛りの学生としては足りないのでは、とコンビニ弁当と菓子パンを買い込む。目的のものも、その他、必要になりそうなものも。

 少し値段が張るのがコンビニの悪いところだが、まだ開いているスーパーがない。目が覚めたのは、夜遅くに運転していたにも関わらず、早かった。懐かしさが目を覚まさせたのだろうか。


 こっそり戻っても、真言はまださなぎ姿で眠っている。詠は音を立てないよう気を付けて、家のなかの掃除を開始した。掃除用具は持ってきてあり、昨日のうちに持ち込んであったし、もともとあるものも埃をはらえば使える。


 音を立てないよう小さい窓を開ける。学生の真言には、きっちり寝ていてほしい。だから雨戸とそこの窓は開けない。電気だけ点けて、上から埃をはらう。本来なら雨戸を開けたいところだが、あれは音がすごいからまだ。絞った雑巾で拭いていく。


 そしたら水回り。トイレは必ず使う。飲み水も。使っていない水を流すため、しばらく出しっぱなしにしておいた。


 上が終われば下。和室は雑巾がけ、板間はモップがけ。箪笥や押し入れを開けなければ、あとは空気を入れ替えて掃除機をかけて、寝られるくらいになる。


「詠さん? いる?」

「あ、おはよ~」

「おはよう」


 眠たそうな声で、玄関から声がかかった。雨戸を開けてほしい、と頼んだらやってくれた。動きにくいのにさすが男性というべきか。寺の子だから雨戸の開け方を知っていることも驚かないでいいのか。


「よし、これで換気もできるね!」

「あ、遅くなってごめん。つい寝過ごしちゃった」

「いいよいいよ、慣れないところで寝るとか、疲れるでしょ」


 それより手を洗って朝ごはんを食べろとコンビニの食糧を渡す。特になにもなく受け取ってくれた。おなかがすいていたのだろう。ただ、食べるのは古臭い台所のシンクだ。ただいま掃除中。


「足りる?」

「たりる」

「このあとさぁ、布団干したらちょっと出かけるから、適当に探し物お願いしてもいい?」

「え?! 他人に留守番任せるの? しかも物を漁れと?」

「そうだけど」

「だめでしょ! 危機感足りない!」

「まこくんにはいらない」

「あのねぇ、嬉しいけどよくない!」


 真言は弁当をかきこんでごっくんと飲みこんでから、


「もしこのまわりの人たちが来て、知らない人間が家漁ってたらそれこそ泥棒って勘違いされて僕警察行きだよ?!」

「あ」


 そこまで考えていなかった詠は反省する。がぶりと菓子パンに食いついた。


「ううん、じゃぁ、一緒に来てもらうか……」

「どこ行くん?」

「おばあちゃんのお墓」

「それこそ行かなきゃじゃん!」


 掃除の前に行こう、と朝ごはんとトイレを済ませた真言は、線香とライターを仏壇から預かってすぐに外に向かう。詠はその間、せっかく開けた窓を閉めてまわる。


「供花は?」

「コンビニで買ってきた」

「コンビニの花」


 ないよりましか? と悩みながら、門から出ようとするところを詠は止めた。墓は徒歩では辛い。車で行くほうが早い場所。


「え、そうなの?」


 朝一番にお墓参り。祖父母の名前が刻まれた墓。ある程度きれいに磨き、花を手向け、線香をあげ、二人で手を合わせた。もちろん、失踪扱いになっている両親の名はない。


「おばあちゃん、私の歌、聞いててね」


 最後に残した言葉を、真言は神妙な顔で聞いていた。そんなところ、詠が尋ねる。


「ところで、このへんはなんもない?」

「多分。僕には見えない」

「私にも」


 墓地であるこの場ならなにかあってもよさそうなのに、と二人で思っていた。そして帰ると、


「あらぁ! 久しぶりね」


 詠は散歩中のおばさんから声をかけられた。誰だったかよくわからない。が、久しぶりと言うくらいだ、知っているはずの人。


「えっと」

「向こうのおうちのおばちゃんよ。よくお菓子あげたわよ?」

「あ」


 詠はそこでやっと記憶を取り戻した。子供の頃、と言っても幼稚園か小学生低学年くらいか。両親がいないことの多い詠をかまってくれたおばさんがいた。その人だろう。自分も成長しているが、周囲の人ももちろん年齢を重ねている。


「お久しぶりです。久々に祖母のところに来ました」

「きっと喜んでるわ~」


 なんとなく会話が進み、真言はどうしていいかわからずそのまま立っていた。


「で、そちらの青年は? もしかして、」

「彼氏じゃないです」


 聞かれることは想像できたため、恥ずかしくなる前に先回りして否定する。片付けの手伝いをお願いした知り合い、と説明。あらぁ残念、とおばさんは去っていった。


「ごめんね待たせて。じゃ、探し物しますか!」

「ちょっとぉ~! 言い忘れたんだけど!」


 遠くからおばさんが手を振って、大きな声を出している。はぁはぁ、と小走りで戻って来た。あまり大きな声を出せないことなのかもしれない。


「このあたり、なんだか最近物騒なのよ。気を付けて」

「物騒?」

「ボヤがあったり、泥棒があったり、あ、お宅もあったのよね、ごめんね、あ、あとはちょっとした事故が起きたりね」


 久々に戻ってきて、顔を知らない人も多い。だから気をつけるように、とわざわざ忠告しに戻ってきてくれたのだ。二人でありがとうございますとお礼を伝えると、おばさんはまた、戻っていった。


「ねぇ、もしかする?」

「やってみたい?」

「もちろん。なんでそんなことを」

「せっかく帰省したのに、おばあさんの約束を破ってるわけだし、やりたくないかと思って、一応……」

「ううん、やるって決めたの。探し物済ませて、調べよう」

「うん」


 思ったより近くに、あるかもしれない。悪いものは悪いものを引き寄せるものだ。このあたりは家も人も少ない。なにかやるにはちょうどいい場所と言ってもいい。

 詠はそういった場所があったかなかったか、記憶を掘り出し始めた。







 真言は羅針盤を出した。カレンダーでも下げてあったらしき釘に、鎖を下げる。なにもありませんように、と祈って。

 すぐそこに詠の祖母がいるのに、歌わないで、と言った祖母の約束を違わせたくはなかった。


 二人で段ボールを順番にひっくり返す。泥棒が入ってかきまわされたあと、出されていたものはすべて段ボールに詰め込んだというのは本当で、分別すらされていなかった。詠いわく、忙しかったから、だそうだ。


 台所の用品も、家具も、小物も、本も、洋服も、なにもかもがぐちゃぐちゃ。もしかしたら本来の詠は、真言の知っているあの部屋に住んでいる詠とは違うのかもしれない、と思ってしまうほどに。

 実際、詠はそこまで整理が得意ではない。だが泥棒のときは時間がなくて、とにかく見た目だけでもきれいに、と手あたり次第に詰め込んだからこうなっている。


 せっかくだからと段ボールの中身を整理する。一度出して、どう見てもヒントにならなそうなものは、分別して空にした段ボールに詰めていく。皿やフライパン、文房具、本、装飾品。それぞれすべて確認してからの分別だ。そして、どう考えてもいらないと思われるものや、使えなくなった消耗品、ごみは持ってきたビニール袋へ入れる。


 本やアルバム、ノートなどは一度別にしておいた。なにかあるならこのへんだろうと二人で思っていたからだ。

 すべて分けたら思ったより時間がかかったがきれいになり、そして本などの目当てのものは段ボール五つ分に。全部出して、またしまう作業をしながら、


「じゃ、これからはヒントを探していこう」

「うん」


 同じものを二人で確認することに。一人で見つからない場合もあるからだ。実際、見ていたら本のカバーの裏に祖母の感想が書いてあったり、アルバムから写真が抜かれて後ほど写真たてに移動していることがわかったり、真っ黒に塗られていると思ったノートは幼い詠の落書きだと判明したりと、二人でやっていいことはたくさんあった。


 ぼーん、ぼーん、


 そんなとき、音がしたのは掛け時計。ネジ式の古い時計で、一時間ごとに音が鳴る。三十分にも教えてくれるものだ。


「あれ? これ、今まで鳴らなかったよね?」

「うん、ずっと巻いてないし、もう動かないはずなんだけど」

「じゃ、なんで鳴るの?」

「ホラーじゃん」


 いたずらとも考えられない。そもそも開けている間はずっと詠がいたから誰かが入ってくることはない。そして真言はもちろんなにもしていない。


「なにか、ある?」

「おばけとか、怖っ」

「もっと怖い思いしている人がなにを」

「いやいやおばけ怖いでしょ! おばあちゃん、お見守りください!」


 詠は仏壇の前で手を合わせた。線香の一本は途中で火が消えてしまったらしい、そのまま立っている。線香による家事は起きる。気を付けなければと詠は改めて思う。


「なんの知らせだよやめてよぉ」

「虫の知らせってやつ? 言いたい?」

「それかよぉ」

「としたらさ、さっき時計が鳴ったとき、なに持ってた?」

「え? たしか、この落書きノート」


 ゴミにしてしまおうと、ビニール袋に入れるところだった。そして真言は、別のメモ帳を持っていた。それは線と点と×印だけ書いてあり、ノートというよりルーズリーフで、穴があけられて縛ってあった。二人して、いらないと判断したもの。


「そのノート、もっかい見せて」


 はい、と渡されたそれは真っ黒に塗られている部分が多いが、よく見ると、ノートは部分的にちぎられている。そして、油性マジックペンで消されてしまっているが、文字の痕跡が見える。


「もしかして、なんか大事なもの書いてあったのを私塗ったの? なんてこと!」


 詠はメモ帳をぽーんと投げだした。そして膝をついて沈んでいる。


「あれ、これ」

「ん?」


 投げ出したメモ帳はばらばらになった。それらの二枚が、書かれた線がつながった。


「パズルにでもなるのかな」

「やってみよう」


 ぺたぺたと板の間でメモ帳をつなげていく。だんだん面積が広くなった。


「ねぇ、これって」

「日本地図?」


 線は日本の輪郭が描いてあり、そして都道府県にもわかれている。そして線だけでなくたまにあった黒い点。


「なにかの合図? 行ったところとか? 行きたいところとか?」

「黒い点は、目的地じゃないかな。で、ほら、×が書いてある場所は、もう行ったとか」

「今日、地図持ってきてないや。同じ大きさの地図、あるかな」

「そういやさっき、そういうのでお皿包んだ気がする」

「えー」


 どこかわからないが、皿を入れた段ボールを探した。地図を発見。くしゃくしゃになったそれだが、広げると、


「ぴったり一致だね」

「なんか恐ろしいほどだね」

「縮尺同じってことはあると思うよ?」

「でも見てよ、丸い印のところと合わせるとさ」


 真言が二枚を重ねる。丸い点の下に敷いたくしゃくしゃの地図を見ると、ぐりぐりと押したような跡があった。


「なんかありそう」

「おばあちゃん、この時計、持ち帰らせてもらうね」

「あとさ、さっき思ったんだけど、このノートのない部分、お皿包むのに使ったとか、ない?」


 思いたくなかったが、地図が見つかってしまった以上、調べるしかない。数はそう多くないが、壊れ物はそこそこの数があったため、時間がかかった。

 そして、ちぎれたノートの一部は一枚たりとも出てこなかった。


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