4.
祖母の家は、田舎にある。まだ残っているのは、名義が詠に移されているからだ。
「固定資産税とかかかるのに」
「仕事はこっちで見つかったから」
都会で暮らしてみたかった。まだそのときには、祖母はいるはずだった。
「おばあちゃんがいなくなって、家は残しておきたくて、登記して。ほら、お母さんたちいないから」
「……」
「たまぁに見に行って。一度、泥棒に入られてた」
「泥棒?!」
「あ、でも金目のものはなぁんも置いてなかったから、色々ひっかきまわされただけで済んだよ」
ひっかきまわされたせいで、出てきたものも色々ある。片付けは面倒に思ったが、きれいにしておかないと祖母に叱られる気がしたため、段ボールに詰めて揃えて置いたままだ。
「アルバムとか、本とか、家具とか、着物とか、置いたまま」
「盗まれなくてよかった」
「だから、もともと金目のものはもう私の手元にあって、あとは全部おばあちゃんとお母さんたちの私物で……」
「詠さん?」
途中で言葉を止めた詠に、真言は心配そうに眺める。
「そのなかに、ヒント、ないかな」
「ある、かも。なにか本とかさ、それこそ僕たちみたいに地図とか、日記とか」
「探しに行ってくる」
すでに確定している詠の気持ち。そこになにかがあると思うと、もう行くことしか考えられなくなる。ないならないで、それでいい。とにかく、なんでもやってみなければ。時間は、寿命は、有限なのだ。
「僕も行っていい?」
「え? でも」
その間に、真言にはアルバイトをして、講義を受け、場所探しをしてもらおうと思っていた。
「僕も、力はもうほとんどないけど、わかることはあるかもしれない。それに」
真言はしっかりと詠の目を見据えて言った。
「詠さんのおばあさんにも、ご挨拶、したい」
詠を危ない目に合わせることになってしまったことをお詫びしないと、というほうが、強かった。
祖母は歌うのを止めた。それを今、真言がやらせているのだ。やらせられている、と詠は思っていないかもしれない。
が、きっかけ真言なのだ。
真言の心は、お詫びをしたい、それだけ。
「あ、ありがとう」
真言は詠の顔を見て、すぐに目を逸らした。とてもやさしい目をしているのに、とても悲しい顔をしていたからだ。真言では慰めることもできない、と言葉を失った。いつか、元気が出るようにしたい。そのためにはひとつ、常世で詠の両親を見つけることだ。
「いつにする?」
「来週の土日で二日間かなぁ。できれば金曜、仕事終わってからすぐ」
「え、遠いの?」
「高速で三時間から四時間ってとこかな。なるべく探す時間かけたいし、まこくんは予定、どう?」
「僕はいつでもいいんだけど」
「じゃ、金曜に迎えに行くよ」
「え? 詠さんの車?」
「そ。私の目的で行くわけだし」
「え、でも」
「まこくんってさ、“でも”、多いよね」
「……」
「いいの! 帰省するのは私の車! 学生は助手席でも後部座席でも寝てなさい!」
真言はただ小さく、はい、と答えるだけだった。
金曜の夜に出発すれば、日付が変わる前には着くだろう。その日は車で寝るかどうするかは要相談だ。あちらの布団はきっと埃臭いから。
次の日は干して、それから一日探して、なにかしらのヒントを見つける。
「せっかく行くんだし、土曜日は探し物と一緒に近場をまわってみるか!」
「それって、未練のこと?」
「そう」
「どこになにがあってもおかしくないんだし、ほんとならさ、探さなくても見つかっていいと思うんだよなぁ」
なのになぜ、簡単に見つからないのだろうと詠は思っていた。未練なんてものは、誰にでも、いくらでもあるはずだ。そして、今までのような場所もたくさんある。となれば、薄暗い影は、いつでもどこでもあっていいはずなのに。
「そういえば、そうだよね」
「おかしいって思ったことなかったの?」
「羅針盤使って、行ければ行く、みたいなかんじだったから」
真言にはそれが普通になっていた。
「なんか理由でもあるんかなぁ」
「僕たちだけしか見つけられない、みたいななんかがあるんかもよ」
「「うううううん……」」
結局なにも思い浮かばなかったが、来週の予定だけは決めて、終わる。残念ながら、地図で羅針盤を使っても今回はなにも動かなかった。
「お待たせ! 乗って、後ろ詰まっちゃう」
「あ、うん!」
真言は迷いなく助手席へ座ってくる。後ろにものが置かれているのもあるだろう。ばたん、とドアが閉まりシートベルトの着用を確認した詠は、車を出した。行き先はもちろん、高速道路の入り口。
「電車じゃ行けないの?」
二人とも休める、とい理由で電車を提案した真言だが、駅からは離れているらしく、車でないと行きにくい場所に祖母の家はある。そもそも、田舎というのは車が必要な社会であり、そういう造りになっているのだ。
「じゃ、寝ていいからね。お夕飯におにぎり作っておいたんだけど、嫌じゃなかったらどうぞ」
「じゃ、もらう」
アルミホイルを剥がしてすぐに食べ始める真言を、詠は甥っ子を見つめる気分で見ていた。
「詠さんは? お夕飯」
「ここまでくる間に食べてきた」
「運転しながら?!」
できなくない。一口サイズに作って来たため、赤信号などで止まったときにぽいと口に入れただけだ。そこまで驚かれるとは思わず、心配しているのか驚かれているのか引かれているのか否定されているのか、よくわからない。
「夜はこの車で車中泊だからね」
「聞いてる。覚えてる」
「後ろ見て」
ん? と後ろを振り向いた真言は「あ!」と声をあげた。
「寝袋だ!」
「そう! フリマアプリで見つけたの! 使ってないらしくて、安く買えたよ!」
「おー」
トンネルのとき、寝袋があったら、と思った詠は考えていたが、買わなかったのは財布の事情だ。だが今回のことで、寝るには二人分のものが必要になったため、購入を決定。冬も終わりかけているが、まだあたたかくしなければ風邪をひいてしまう。
「まこくん、布団か寝袋か好きなほう選んでね」
「え? そこは普通に購入者の詠さんが寝袋じゃない?」
「車中泊用の布団セットも私が買いましたけど?」
「う」
誰かさんが一度見放したときに、とねっとり言ってやったら、真言は眉間に皺を寄せた。
「いやじゃなければ、家のなかでもいいし」
「着いたら考える」
真言は講義なのか論文のためかそれともアルバイトか、とても疲れていたらしい。会話が切れた後にすぐ寝てしまった。すぅすぅと寝息が聞こえる。安らかに眠る、というのはこういうのなのだと詠は思った。途中、トイレ休憩に立ち寄ったサービスエリアでも、詠は真言を起こさずにおいた。
「着いたよ~」
ぱんぱん、と頬を軽く叩く。
「え?!」
がばっと身体を起こした真言は、自分がずっと寝ていたことに驚いているようだ。
「疲れてるみたいだね。やっぱ車じゃなくて家で寝る?」
埃臭いかもしれないが、電気も水道も実は通したまま。照明も点くしトイレも使える。汚いかもしれないのは置いておこう。とにかく、光熱費は基本料だけとられている。ガスは危ないから止めてある。いつでも両親が帰ってこられるように、という詠の願いからのことだった。
「とりあえず中の様子見てくるから、待ってて」
「僕も行っていい?」
「? いいけど」
二階建ての古い家。売れば古民家カフェとして使われてもおかしくない風貌だ。鍵穴に鍵をさすと、鈍い音がした。久々に聞くこの音に、詠みは懐かしさと苦しさをおぼえる。
「うわ、けっこうほこりくさいし寒いね」
「人いないとそんなもんじゃない? 広いし」
泥棒に入られてはいないことは確認できた。
「ちょっと寝るには健康に悪そうだね」
「う、うん」
指で床をなでれば灰色になる。詠だけならともかく真言がいる。昼間ならさっとモップをかけて風をとおして寝てもいいが、夜に音を立てることもやりにくい。
「よし、今夜は車でね」
「うん」
寝場所は決定。
「お線香、あげさせて」
「今?」
「今」
「……ありがとうね」
二人で仏壇に手を合わせる。火事が起きるのも心配で、とりあえず一本を半分に折り、それを一本ずつだ。
詠は、「ただいま」と。
真言は伝えようと思っていたことに追加で、「お邪魔します、詠さんに手は出しません」と、伝えた。
「じゃ、車で。寒かったら言ってね」
「意外とあったかい!」
「わ、さなぎみたい!」
「反論はできないけど、言ってほしくないそれ」
「ごめんごめん」
ふたりはおやすみ、と車内で眠りについた。ひとりのときは寒かった。あのときはそういう季節だった。
今夜は二人だからか、そこまで寒いとは感じなかった。




