1.
「夢を見た。って始まりってけっこう多くない?」
「ある気がするねぇ」
「僕も夢見てたはずなんだけどさ」
「どんなの?」
「今の状況で吹っ飛んだよ!!」
真言は横向きに寝ている。瞼を開けると、壁が九十度横で目に入ってくる。背中にあたたかくも固すぎない感触。これは人の肌だと、ぼんやりしていたはずなのにすぐ理解してしまった。
「ぎゃっ」
悲鳴を上げて背中方向に視線を向けると、同じことをした詠と視線がかち合った。うるさいと言いたかった詠も、顔が近すぎて喉が鳴ったくらいだ。
すぐにもとの体勢に戻り、夢の話だ。真言の背中に当たっていたのは詠の背中。背中合わせで寝ていたのか。
「なんで、同じベッドなの」
努めて冷製な声を出してみるが、それはアウト。
「誰かさんがツインじゃなくダブルを予約したからでしょーが!」
「え? ツインとダブルって同じじゃないの?」
「違うからこうなってんの!」
教えない詠。自分で調べろと背中で伝えるが、手元にスマートフォンはない。想像で真言は答えを出した。
「すみません……」
コスパ重視でビジネスホテルを選び、安さを求めて二人同じ部屋にしたまではよかった。お互い了承済みだ。
が、問題は予約だった。真言は素直に謝る。これからは私がする、とホテルの予約の役目は詠に決定。今後もホテルに泊まるようなことがあることを想定している。
だがずいぶん近くないか、と真言はもう一度考える。同じようなことがつい最近あった。そのときは詠が手を離さなかったために近くにいたが、今回自分はなぜこうなっているのかを知らない。そもそも、途中から記憶がない。
「なんか、近くない?」
「だれかさんが背中押してくるからね」
寒かったのかなんなのか、少し真言の範囲を広めにとったはいいが、詠は端へ追いやられていったという。仕方ないから背中合わせに寝ていた、とのこと。
ダブルの広さの平均を知らない真言はなんとも言い切れないが、真言の前のシーツがそこそこ空いているということは、もしかしたら今背中にいる詠は、少し押したら落ちるのではないかと思い立つ。
そして移動。
「すみません……」
「それ、ホテルの人にも言ってよね」
タクシーで運ばれてきて、気を失っているため下りられなかった真言は、ホテル受付の男性の力により部屋まで送ってもらったのだ。さすがに詠では持ち上げることはできなかった。
「はい……」
「じゃ、もうホテルの朝食時間終わっちゃったから、コンビニでなんか買って帰ろ」
「え? コンビニ?」
「別にどっかで外食でもいいけど」
「そうじゃない!」
がばりと起き上がると、横向きでスマートフォンをいじる詠がいる。いつから起きていたのかわからないが、ベッドのデジタル時計は九時を指している。
「詠さん! 仕事は?!」
「あんたも学校でしょ」
「そうだけどそうじゃなくて!」
「落ちついて?」
「……」
今回寝てしまったのは真言だったのだ。それに気づき、さらに起こさないでくれた詠の心に、胸が痛む。
「仕事はね、午前中の半休にしてもらったから。次の電車で帰れれば問題ない、まこくんは?」
「僕も別に、講義休んでも学士号とかもう取れてるようなもんだから」
「問題ないってことね?」
「うん」
大人の詠としては、学生である真言が優先だ。有給消化は痛いが、残業してでも終わらせようと思っている。これからはリモートできないか、申請してみようと考えていたところに真言が起きたのだ。
「横っ腹大丈夫? 痣とかある?」
「え? あ…… ある」
「そこで確認やめて」
「うわごめん!」
「痛い?」
「痛いけど、医者行くほどじゃないから」
真言が痛みに気づいたのは聞かれてからだった。それよりも、なんとなく頭に霞がかっているような感覚があり、そちらのほうが大きい。詠が心配するのはわかりきったことで、口にはしなかった。おなかが減っていることもあり、身体に問題はないと自ら答えを出している。
「あったかいごはん食べたい」
「じゃ、牛丼屋の朝食メニューでも食べる?」
「いいね」
さっそくチェックアウトし、そして運んでくれた人にお礼を伝えて朝食タイム。そこで詠は真言になにがあったかを話した。真言も、詠が知らないこと、つまりわざと伝えてくれた記憶の内容を教えた。
真言が意識を失ったこと、詠の知らない記憶。もし詠に見えていても、あの状態の詠には入ってこなかっただろう。
「よし、時間もあるし」
「あのさ、」
そろそろ出発、と立ち上がる詠を真言が止める。
「雪さんの話、ほら、最初の、ほら……」
「土曜日に、話すから」
ここは目を合わせなければ、と立ち上がった詠の目をまっすぐ見上げたが、詠のほうが逸らしてしまった。
生きていない、など簡単に口にできなかったため言語化を躊躇してしまったのもあるだろうが、明らかに詠がその話題を避けている。
「ごめん、それまで」
待てない、と言いたい。言いかけたが、口が止まった。詠の表情を見て、ここで聞けることでも聞くことでもないと思ったのだ。それほどの、表せない顔。
そんな顔を、あのとき自分もしていたことを、真言は知らない。同じ顔。
新幹線で考えようと思っていた。詠は話すことを。真言は訊きたいことを。だが二人とも、椅子に座って背を倒してから、そのまま眠ってしまったのだった。
到着する前に目が覚めたのは幸いだった。
「やば、次の駅で降りるよ!」
詠は真言の肩をぶんぶんと揺らす。珍しく、詠と真言の立場が逆だ。
「えええー、もう?」
眠気がまだ抜けていなそうな真言にぴしゃりと「もう! 次!」と伝えて詠はしっかり起こさせた。
「大学は間に合う?」
「だーかーらぁ、講義は問題ないから! お母さんのつもり?」
「そこはお姉さんって言おうね?」
「変な意地」
「なんでもいいや、私がギリになるから、じゃまたね。土曜ね、じゃ!」
ごはんはなにを作ろうか、詠はそれを考えた。
「有給ありがとうございました」
上司に伝えると、ちょっと話、とまた応接室へ。これは二度目だ。いい話ではないだろうことはわかる。覚悟しろ。
「一時期なくなったけど、最近平日の有給多いよね」
「すみません」
「いや、そうじゃなくてね、辞めるつもりかなぁって」
「辞める?! そんなことはまったく!!」
辞職を考えているかと思われているとは、考えていなかった。どういった意味の心配なのかはわからない。代わりなどいくらでもいるのだ。
「そっか、ならいいや」
「はぁ」
「とすると、なんか…… これ以上は、踏み込みすぎだね」
「あ、いえ、えと、ご心配? ……ありがとうございます」
これで終わり。良くない話ではなくてよかったが、気持ちが悪い。
「これからも、ひと月に一回くらいはお休みをいただくかもしれません」
「なんかあるん?」
「はい」
「まぁ、なるべく有給で済ませられるようにね」
これで本当に終わった。
有給を消化するというのは、そういうことにもなるのか。覚えておこうと詠は思った。そして上司の心配が、それこそいい方面であることを祈った。
あと何回で終わるだろう。有給が一年で何日あり、繰越が何日まであるか、そんなことすら知らない。就業規則を見せてください、と伝えたら、それこそ挙動不審な気がして、諦める。次の給与明細を見て、有給の残りを確認しようとそれだけ思った。
月に一回は、水曜にどこかへ。そしてもしかしたら、今日のようなことがある。ひと月に1.5日消化として考えると、もし一年に四十日の有給があったとしてもギリギリだ。1.5日で済まない可能性も高い。
「もっとこつをつかまないと」
上司にはそれが聞こえていた。こつとはなにか。最近多くなっている休みをどう塞ぐかの工夫についてだと思うことにした。




