1.
次はどこになるか。
水曜の次の土曜日、詠の家に真言が来た。もちろん話の内容は決まっている。
「竜笛のほうはいいの?」
「そっちも大事だけど、でも行先決まんないとだし」
「まあ、そうだね」
誰に習っているか、それとも自分で勉強しているのかはわからない。詠は訊かない。なにかあれば、真言のほうから話してくるはずだ。
いつもどおり、机に大きな地図を乗せる。真言の手には羅針盤。ぶらりと下がったそれの先はどこへ向くか。
『僕らの行くべき場所を示せ』
揺れる。
揺れるが、それは一か所にぴんと定まらない。力が弱まっているのは本当なのか、それとも二か所以上にあるのか、理由もわからない。実際に真言の力というものが弱まっているかも、定かではない。
だが、たしかなのは、その手に詠が触れると、一か所を指すこと。
「ちょっと遠いねぇ」
「でも新幹線で行けるよ」
「なら、水曜でもがんばれるね」
「大丈夫?」
「うん。夜から行こうか」
「大丈夫?」
「そのほうがいいでしょ」
新幹線で行けるなら、前のときより近場で簡単だ。駅にも近いように思う。水曜の朝イチで行って、その日に帰ってくる。または直で職場へ。
真言はなにか言いたそうな顔をしている。無理をしていないか、ということだとわかるが、詠は見えないふりをする。また離れ離れは嫌だ。
二人で色々とそのあたりを調べる。最近わかってきた、未練のある場所。なんでもいいから、そういう場所を探すのだ。大きな地図上でもう一度羅針盤を使い、だいたいの場所を決定。さらに二人で調べて、たくさんの赤の丸ができる。
「観光地っぽいし、前のときよりは人も少ないだろうね」
「だといいけど」
一度ネットに映像が載ってしまった詠とすると、人目につくのは避けたい。またあの人、と思われるのは嫌だった。実際上司に見られて、指摘を受けている。
「じゃ、乗車券買っとくから」
「ねぇ、まこくんお金大丈夫なの?」
「まぁ、バイトもしてるし」
「私、これから自分の分、出す」
「だめだよ、付き合ってもらってるのは僕だし」
「私は社会人です」
「だからなに」
「学生にお金出させるわけにはいきません」
「最初はそれでいいって言ったのに?」
「状況が変わった。今は自分の意思でやってるんだから」
「でも」
「今は前と違って、私がまこくんにサポートを頼んでる身です」
「だけど」
真言が引かない。仕方なく、食事代だけは真言に出してもらうことになった。ガソリンもだが、高速は順番で。とにかく一人分の金額がはっきりわかるものは、詠も出す。
「ホテルはビジネスホテルが駅周辺にあるし、そのあたりでいっか」
「それで、電動キックボードで周辺から探して、だめならレンタルカーだね」
電動キックボードに乗ったことがない詠としては、少し楽しみでもある。
「ねぇ、詠さん」
「ん?」
「言いにくいんだけど」
「うん」
「ホテルの部屋、一緒じゃ、だめ?」
「いいよ、そのほうが安いし」
「即答……」
引かれてるのはよくわかる。が、お金を節約したいのは詠も同じだ。一人になったときにはあちこち行ったためにガソリン代もかかっている。神社仏閣、その他の観光地も入園料金をとるところが多くあり、思った以上の出費だ。ぎりぎり赤字にはなっていないが、なるべく節約したいのは同じ気持ちだ。
不用心とかそういった指摘をしてきた真言とすると、同じ部屋を希望するのが言いにくいという理由なのだろう。
「な、なんもしないって、約束するから」
「わかってるって」
「そうだと思うけど、一応、ね」
「ねぇ、逆もありうるってこと、忘れてない?」
「はっ」
逆もありうることを考えていなかったらしい真言。両手で顔を隠しているのを若々しく、そしてかわいく思いながら見ていた。
火曜日夜、定時であがって新幹線に乗り、予定のホテルにチェックイン、そして近場の場所までレンタサイクルで行く。さすが駅周辺だけあって、自転車まで貸してくれた。もちろん有料だが。
羅針盤がさすのは、駅周辺であり動かない。新幹線で寝ていた詠は気づかなかったが、真言は近くになってからずっと羅針盤を見ていたそうだ。そして、駅に来たら突然、針が動いたと言う。
「電車の向きからすると、西口方面なんだけど」
「とすると、」
地図で駅の西口方面を確認する。駅の近くだからこそなのか、事故も多い。神社も寺もあるにはある。
夜だし、歩いていけるところまで、ということで二人で歩く。一番近いところは、事故があった現場。ガードレールにはもう花などを手向けた跡はないが、そこでなにかあったと考えると苦しくなる。
「ひかれないようにね」
「?」
「そういう場所は、人をひきつける。場合によっては、連れていかれるよ」
「え? ……わかった、気を付ける」
そういう場所。つい見てしまうし、胸が痛む。が、故人はその気持ちを持って行くそうだ。
忘れられない人もいるし、忘れられたくない魂や想いもあるだろう。詠も、誰かに忘れられたくはないと思った。それに。
——今は、生きていたい
「とくに詠さん、ほら、同調しやすいから」
その心が、未練を断つのに役立っているわけなのだが、気をつけねばならないこともあると知る。
ここじゃない、とわかってすぐに、針の指す方向へ移動。
「あれ、ここじゃない?」
「うん、ここっぽいけど」
針はきっちりここを指していて、真言があちらこちらに移動しても、針の指す位置は変わらなかった。
「ここ、だね」
「うん。なんかさ、普通に、寺、だね」
ここ最近はそういった場所ではないことが多かったため、意表を突かれた感じが強い。だが早いうちに見つかったのは喜ばしいことだ。
だがそこで問題がひとつ。
「入れない、ね」
「思いっきり閉まってるわ」
あるあるだが、閉められている寺だった。今までは夜でも開いていて、神社でも寺でも入ることもできた。そしてこの寺は、大きくはないがこども園も隣接している。だからこそ頑丈に警備されているのだろう。
「どうしよっか、明日の朝とか?」
「こども園してるんだよ、無理でしょ」
「そうだよねぇ」
怪しい人間として、それこそ捕まってしまう。不法侵入だ。
「おふたかた」
そこで突然、声がかかった。男性の声。
「お待ちしておりました」
「え?」
「お告げがありました、ここでのことを、浄化してくれる人が来ると」
「誰から」
「仏様でしょうねぇ」
寺ですから、と男は笑うが、深刻そうな笑みだった。
「幼稚園もしておりまして、本日は泊りの子供もおります」
「そんなことが」
「たまにはあるのですよ」
男はこの寺の僧侶だった。仏様からお告げが、というのを詠も真言も信じてついていく。
「このまわりはブロック塀で囲っております」
「入れてよかったね」
「まさか協力者が他にいるなんて」
二人は驚きと安心とある。これなら、今夜のうちに終わる。
囲いのなかに一歩足を踏み入れた。そこで、開けてもらった門はがしゃんと閉まる。
「最近、こちらに残っているものたちを浄化している人間がいると聞いております」
「誰からそんなことを?」
歩きながら尋ねる真言。また同じく、仏様でしょうねぇ、と回答が届く。
「邪魔なのですよ」
僧侶の声がずっと低くなった。
詠も真言も、背筋がぞっとするほどに。
「われらはこの世になにかを残している。なのに果たせなかったものが浄化されては、困るのですよ」
にぃと人よく笑っていた僧侶の目は鋭い眼光を持つ双眸に変わり、もはや僧侶の顔ではなかった。
ものごとが都合よく進むときというのは、なにかしらあるのだ。




