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この気持ちに名前をつけて  作者: ぬりえ
なにかやった

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4/11

1.

 実際に経験してもらう、という流れになってしまったが、よくよく考えればそれは危険な行為だった。行っていいものか悩む。

 もしうまくいってしまったら。男の目的にうまく利用されることになることは確実といっていいだろう。断ることができるのか。


 あのときを思い出すだけで小刻みに体が震える。自ら崖に向かっていたのだ。落ちていたら、を考えるだけで怖気が走る。

 他の誰かが未練とやらと共感してしまったとして、危ない場所に誘われた(・・・・)とき、あの男のように止めてくれる人がいなかったら。

 たらればを考え始めると、詠は自分が悪い人間になった気がしてしまう。


 経験してもらうという日時を、男は詠の仕事帰り後に指定してきた。残業がなければ、前回と同じくらいの時間に帰ることは可能。そうしたら、不本意だがあの男を車に乗せて、目的地まで行けばいいと思っていた。


 連絡先など教えたくはなかった。アプリのメッセージの交換先を知るだけでも、男と縁がつながってしまう気がした。食事をした店で、時間と場所を相談して決めておいた。


 男は自分がその場所へと連れていくと言った。免許を持っていることを不思議に思うことはなかったが、なぜ今回のように詠の車に乗らないのかが気になり、運転手として名乗りをあげたが、男は引かなかった。


 仕方なく、金曜の今日、公共交通機関を使っての出勤となった。職場の人間からは、珍しいね、くらいしか言葉がないのがありがたい。セクハラなどが問題になる昨今、デートとかそういう単語を直接は使わない。または、詠に興味がないかのどちらかだ。


 男は約束した場所に、時間通りいた。まだ若いから軽自動車かと思いきや、見た目はコンパクトな風貌の普通自動車だった。


「これから行くのは神社です」

「はいどうぞ」

 冷たいと受け取られてもいい声の調子になってしまう。

「神社は、夜に参拝するのはあまりよくないと言われますが」


 夜に参拝できない神社があるのは知っている。ただ単に開けている時間が決まっていることが観光地ではよくある。他には、ご利益が違うとも聞いたことがあった。

 なぜ夜の参拝がよくないのかは、説がいろいろある。陰の気が多いとか、神様の自分時間に踏み込むなどもってのほか、とか、それこそ悪霊が集まるから、など。

 その“あまりよくない”と言われる時間を、なぜわざわざ、選んだのだろうか。


「先に食事をしてから、ゆっくり行きます」

「なんでですか?」


 コンビニで買っておいたらしきおにぎりや菓子パンをさし出される。駐車場で食べてから行くという。

 さっさと行って、さっさと終わらせたい。信じられない、やっぱりない、という事実を作って。詠は関係者ではない、ということをきっぱり伝えるのだ。


「実は車で数十分のところにある神社で、丑の刻参りがあった」


 丑の刻。午前一時から三時の間といわれるその時間に、呪いたい相手の髪を藁人形に入れて釘を打ち付ける、という呪いの儀式。これもいくつかの方法があるらしいが、そんな恐ろしいことが、詠の行動範囲内の場所で行われていたとは思いたくはなかったし、知りたくない事実だった。この男は、いらないことを教えてくる。


「その丑の刻参りと未練になんの関係があるんですか」


 まったく関係ないと思う。儀式が成功したのなら、本人はすっきりしたのかもしれない。人を呪わば、という諺があるくらいだ、その人間になにかしらがあったかもしれないが、残るのは行ったという事実だけ。未練が残るとは思えない。失敗したとしたら、それが未練かもしれないが、また行えばいい話ではないか。

 詠としては、こんな状況にさせたこの男を呪いたい気分だ。


「そういうところには、悪いものが集まる。だから、その丑の刻参りをした輩じゃなくても、強い未練が集まってくる」


 だからそこをピックアップした、と。

 どこでそんな情報を得てくるのだろうか。

 

 ただ、丑の刻までは待っていられない。それこそ怪しい人間として補導でもされたら困る。もっと暗くなって人通りも少なくなったら、ということで、お互いに無言で待つ。

 ……というわけにはいかない。

 この男の素性が気になる。


「あの、免許証見せていただけますか」


 まずは安心できる人物かどうか、確認だ。ついでに仕事先も尋ねる。免許証は財布からするっと出てきた。写真も同じ顔。


「え、年下」

「え?!」


 最初の「え」は詠のほうだ。ずいぶんと偉そうに話をしていたし、最初から敬語なし。てっきり男は年上かと思っていた。

 裏切者! いや、裏切られたわけではないが、詠としては自分が年下かと思っていたため、そんな想いが胸を締める。


 年上だから敬語を使うというわけではない。そもそも初対面にため口ということが、詠のなかではありえない。近づきたくない人間に分類される。


 が、男が助けてくれた恩人であることはたしかで、とりあえず受け入れていた。が、事実確認したところ、年下とは。もう敬語なんて必要ないな、と思うようになった。年が下だからではない。無茶なお願いを一方的に押し付けてくる非常識な男に、敬意を払う必要などない。


「うそでしょ、ふたつも後輩とか」

「年下とわかったらいきなりタメ?」


 理由など話す必要もない。自分で自分の行いを顧みてほしい。


「大学生ってこと?!」

「そうだけど」


 浪人留年せずに、四年制の大学に通っていれば、そういうことになる。社会人二年生の詠。その二つ下となると、そういう計算。


「論文とかいいの? あ、もしかしてそれに使われてるかんじ?!」

「うちのゼミはゆるいから、とりあえず出せばいいの」

「うわぁ」


 仕事先はどこだなどの問題ではなかった。

 そういうことで、免許証だけでなく学生証も出してもらい、写真を撮る。なにかあったら訴えるつもりで。

 それぞれ名前は一致している。知りたくないから聞かなかったし、男も聞いてこなかった。が、知ってしまった。


 宗像真言(まこと)。近場の大学四回生。

 会ったのは県外なのに、住んでいる場所までそこまで遠くはないとは。


 仕方ないから、自分の名も告げる。


「もうタメのままでいい?」

「いいよ、今から変更とか気持ち悪いし」


 とりあえず身元確認ができたため、そのまま待つ。プライベートには入り込まない会話をしていた。


「まこくん」

「……」

「まこくーん」

「え、それ僕のこと?」

「うん」


 名前を呼ぶとき、苗字だと身バレしやすい。下の名前を親しそうに呼ぶのも嫌だった。たしか月に代わっておしおきしてくれるヒロインは、愛する人をちゃん付けでそう呼んでいた。名前は違うがこれでいい。


「で、まこくん、万が一に、万が一だからね? この間みたいなことがあったら、どうすればいいの」


 それが一番知りたい。逃げ方を教えてくれないと困る。


「歌って」


 ——歌え?


 もしも、これから行く例の神社で未練に遭遇、共感してしまった場合は、歌え、と。

 意味がわからない。


「一番強い未練の記憶が、あのときは頭に入って来たんでしょ。でもそれ、話に聞いたほど長くない。言ったけど、ほんの数秒だったんだよ。その記憶から未練を昇華できるような、ちょうどいい歌、気持ちを乗せて、歌って」

「ねぇ、なんかそれ、もう一回私があんな怖いめに遭う前提じゃない?」


 男は——真言は無言。

 もし連れていかれたら、どうするのだろう。それこそ自分が未練となって、真言を引きずりこんでやりたい。


「とにかく、あのときと同じようにやって」


 そのために音楽アプリでたくさんの曲を聞くよう、頼まれる。聞いたとしても、覚えなければ歌えない。知っている曲を、いくつか聞いて待つことにする。


 未練と聞くと、負の感情しか浮かばない。それがとんでいくような、前向きにさせてくれる、そういう曲を選んで。イヤホンで聞いていたため、それからはずっと、話しかけないし話しかけてこなかった。


「行くよ」


 気づけばもう真っ暗。時間を見たら十時を過ぎている。もしかして寝ていたか。身元確認はしたがお年頃の男の車で。

 よく見れば知っている道の駅に移動している。コンビニの駐車場にずっとはいられなかったのだろう。最低限のマナーは持ち合わせているのかもしれない。だがシートベルトまでされているのは気分が悪い。自分に非があるからなにも言えなかったが。


 ——早く終わらせよう


 思ったのはそれだけ。


 到着したのは、小さな丘のようなところの上にある、小さな神社だった。ありがたいことに前のような崖があるわけではない。もしものことがあったとしても、下にずり落ちるか転がっていくだけで済むと思う。ただ、またも木がたくさん並んでいるから、ぶつかったら痛そうだ。


 この木のどれかに釘が打たれた、と考えるだけで気味が悪い。時間が遅く暗くなったうえ、そんな事実を聞いてしまったから。暑いはずなのに、ふぅと肌を撫でる風がやけに冷たく感じる。


 鳥居をくぐってご挨拶。これは真言もするらしい。今ばかりは、無事に帰れますように、と神様にお願いしてしまった。


 これからどうすればいいのだろう。わからずに指示があるのを待つ。仕事では指示待ちはしないが、この件は仕事ではない。なにもしないなら帰る、とでも理由がつけられればずっといいのだが、真言はこちらに背を向けたまま、手元を見ているようだ。なにか持っているのか。


 ひとりでに動き出す。もしかしたらこれは、あのときの真言と詠が逆になったパターンだったらどうしようと焦った。そしたら止めなければならない。力ずくで、が大人の男に対しできるかどうか。


 ……という心配はいらなかった。


「あそこの木だね」


 ——なんでわかるの?


 問う前に、すぐに答えがあった。

 とある一本の木から、数えきれない細いなにかが、うねうねと飛び出している。

 ひっ、と喉が鳴った。

 あのときは、腕だった。今度は、細い蔓のようななにか。


「藁人形だから? 藁って、こと……?」


 打ち付けられた木そのものがほぼ見えないくらいの、蔓のような黒い紐。一気に襲い掛かられて飲み込まれたら、それこそ未練に体を捧げることになりそうな。


「これ、どうすれば」

「よく聞いて、よく感じて」


 聞けと言われても、なにも聞こえない。蝉の声が耳に響くだけ。遠くで車の走る音がする。

 感じるとは、どうすればいいのか。あのときは祖母のことがあったから、キヨとつながりを持てたのだと思う。でも今回は違う。なにもない。


 ただ、思うのは。


 誰かにとって、辛く苦しいことが、あったということ。丑の刻参りを実行に移すほど、心を埋められるような。


 ——ねぇ、なにがあったの?

 ——どうして、人を呪いたくなったの?

 ——なんで?


 なんで……


 その瞬間、蔓が花弁のように大きく開いた。ぶわっと、それこそ飲み込むように。

 あ、と思ったときには、もう、なにも見えなくなっていた。


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