3.
電車が走っていく場所もある。無人駅だ。さすが田舎、と思うのは田舎に失礼だろうか。詠の住む場所も田舎といっていい場所ではあるが、無人駅は近くにはない。
「針がさす方向、ずっとなんもないね」
「うん」
「どこまで行くのかな」
「地図では、このあたりのはずだけど」
だいたいを回って来た。だが、なかなか見つからない。これでは未練を断つのは次回になるかもしれない。
「人もいないし、建物も普通の家? かあれくらいだね」
「……なんでこういうところにあるんだろ」
「そりゃ、隠したいもんなんじゃないの」
「知らない」
この話題は避けよう。それからも無言で指し示す方向へ進む。
「ねぇまこくん、なんかさ、車、ずっと線路わき通ってない?」
「あ、そういえば」
真言は安全運転に気を遣っていたため、気づかなかったのかもしれない。
「ねぇ、もしかしたらさ」
「ちょっと止める」
二人でスマートフォンをいじる。
「あった」
この路線には、踏切がない場所がある。そしてそこでは、亡くなった人がいる。
「行ってみよう」
「あのさ」
「ん?」
「……なんでもない」
なんでもない、というときは必ずなにかあるものだ。ただ、今優先すべきは別のこと。
「曲、頭に入ってる?」
「そんなこと言われても、記憶見えないと」
「見えなかったら、どうするの」
「考えたことなかった」
「お経でも唱えといて。お寺の息子でしょ?」
「それもそうだね」
行ってみた。踏切のない場所。車が通ったり人が通ったりしているからか、白いはずの雪はどことなく、あの薄暗い影と同じ色に見える。
が、問題がある。
「場所、ここじゃなかったっけ?」
「うん、マップもここさしてんだけど」
「カーナビもそう」
ではなぜ、ここに踏み切りがあるのだろうか。
「未練…… じゃなさそう、だよね」
「そうだね、色、あるし」
未練はすべて、薄暗い黒だった。今まですべて、そうだった。闇の色に溶けてしまったものもあったが、色があったものはない。
だがこれは、この踏切は、普通の踏切と同じだ。黄色と黒。そして電車の看板。見たことのある、踏切そのものだ。
「事故のあとに、作ったのかな」
「可能性は高いね」
「ちょっとさわってくる。車止めて」
「うん」
停車して、二人で下りる。踏切に手を伸ばす。きちんと触れることができた。実物だ。影ならば、詠や真言の力に反応しない限り、物体にはならない。
……はずだ。
「でもさ、詠さん。羅針盤はここ、さしてるんだよ。向き変えるとさ」
くるりと真言が回ると、針も回る。刺しているのは、やはり踏切。
「どういうこと?」
ずっと分厚い雲に覆われた、薄暗い曇り空。今にも水分をたっぷり含んだ重たい雪が降ってきそうだ。そして見渡す限りの雪景色。
「おかしくない?」
「なにが?」
「どう考えても、太陽出てない。出てるとしても、この時間、こんなに長く影ができる?」
「え」
足元を見ると、まるで夕方のような、長く細い影が足元にできている。いくら冬時で太陽が低いとはいえ、おかしい。
そしてこのあたりは、雪景色でなにもない場所だったのは確認していた。が、
「建物も、人も、いない」
なにもない。
もう、未練の世界に、引き込まれている。
「気を付けて! ここはもう、未練がはいずりまわってる!」
「まこくんもね!」
気づかなかった。それはお互いにではあるが、真言が気づかないということは、力が弱まっているのは本当なんだな、と詠は改めて感じた。自分ががんばらないといけない。まだ若い真言に、背負わせるわけにはいかない。
——ちゃんと帰れますように
「やっぱ問題はさ、」
「電車だろうね」
電車は人も物もなんでも運ぶ。人の思い出も、想いも、運ぶ。どこか、遠くへ。亡くなったから、と考えてここに来てみたが、未練はここから出発したか、ここに到着したか、色々と考えられる。
そういう場所、と探してきたが、実際にそこでなにかあった人間がそこにいたわけではないことが数回ある。彷徨って寄せられた場所がそこだった、ということがあった。
では、どうすればいいのだろう。
「もしかして、ここに長くいたらさ」
「言わないで」
真言に止められた。自分たちはもとの世界に戻れないのでは、と続ける予定だった。たしかに、言霊という言葉があるくらいだ、言うのは避けよう。
詠は雪に触れてみた。
「冷たくない」
踏切にも、触れられる。雪も。でも、あたたかさがない。
触れた雪をいじり始める。
「なにやってんの?」
真面目にやって、と真言は言っているようだ。だが、詠は真面目だった。
この世界は電車に関係するものと、雪でできている。ならば両方が未練につながるはずだ。
「できた」
簡単で、幼い子供が作ったほうがどう考えても上手だろう、というくらいの簡単な、雪で作った電車だ。長方形にした雪に、くぼませて作った窓をつける。潰した球をくっつける。あとは指で書いたレールに乗せたら完成だ。
かた、
動き始めた。詠にも真言にも細長い影があるのに、この雪電車には、影がない。実物をまとっていないからだろうか。
そして勝手に動くことから、もうここは現実ではないことを証明している。
レールは行くべき場所へと導くものだ。指で書いた短いレールが、勝手に伸び、勝手に曲がっていく。
「ついていってみよ、なにか見つかるかも」
「ちょ、待って」
音はたたない。少し早いが小走りならついていける程度の早さで、電車は走る。
「危ない!!」
「わっ」
後ろから引っ張られた。だが痛くないのは、真言がクッションになったからだ。
「なにがあぶな」
視線を戻した先には、さっきまであった踏切はない。音をたてて、進んでいく電車。その電車が通り過ぎた先には、詠が作った雪の電車が、停まっている。
「……え?」
「誘われたんだ」
「え?」
「ここはあの世とこの世の境目だ。常世って呼ばれることもある場所かもしれない。とにかくどっちも存在する。だからここでさっきのに轢かれたら」
「私…… 死んでた?」
「あれは本物だよ」
イエス、ということだ。急に寒くなる。さっきまで、車を降りても寒さなど感じなかったのに寒い。死の恐怖も相まって、身体が震える。
「未練は、ここだ」
「ここなのに、なんにも」
「ある」
「え?」
ここに着いたときにはあった踏切。さっき雪の電車を追いかけたときには、なかった踏切。そして本物の電車が通り過ぎたときには、なかった踏切。
「どっちなの? 踏切があるのが本物なの? この世? あの世?」
「憶測だけど、ここにある踏切は多分、未練にとって在ってほしいもの。現世にはあるかもしれないし、ないかもしれない。僕らはそれがわからない。今ある踏切が本物かどうかは」
そこで真言の言葉が止まる。
「私が試さないと、だめってことね」
「……うん」
「でも多分、今の踏切は、未練のほうだ」
「なんでそう言えるの?」
「寒くない。人がいない。建物もない。さっき詠さんを引っ張ったときは、建物、ほかにもあったよ」
「わかった」
ならば、やる。
「危なくなったら、逃げてよね。あくまで、まこくんはサポートだから。そこ、忘れないでよね」
「わかってる」
絶対にわかっていない言い方だった。
だが躊躇っていると、また詠が、それか真言が連れていかれるかもしれない。
詠は踏切に手を伸ばした。
触れてみる。
——あれ、触れられる
下まで、つう、と手を滑らせる。触れられる。なぜ。
この世とあの世が混ざり合っているからだろうか。
おかしい、上は限界があるため、下まで手を滑らせる。
——あれ、ここになにか
雪に埋もれて見えないそれだが、手が届いた瞬間に、いきなり踏切の遮断機が下りた。音もする。
固い雪を掘る。すると、見つけた。石で作られた、墓石と同じような石の、なにか。
これは、道祖神だろうか。この向こうに行ったらだめだ、と遮断機が下りたのはそういうことなのだろうか。
だが、あの雪電車はこっちに来い、と呼んできた。
と、いうことは、だ。
詠は固まった雪にばん、と両手をついた。
——来るなら来い! 私だけに!
神隠しとか、時間のずれとか、ファンタジックなことが現実にあったら、困る。二人で来てしまったこっちの世界から、早く出ていきたい。
——だから、出せ、
——そのためにも、終わらせる!!
雪が、襲ってきた。
「詠さん!!」
吹雪のせいか、それとも世界が戻ったのか、真言の姿が見えなくなった。とにかく真言をあっち側に行かせない。行かせてはならない。
俺はここから出たいんだよ!
聞こえた気がした。




