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この気持ちに名前をつけて  作者: ぬりえ
誰もいない不安

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34/35

1.

 なぜか真言に会ってしまった。もしかしたらあのトンネル内で死んでいたかもしれないが、可能性は半分半分だ。もしかしたら、なんて考えていられるほど、詠に時間は残っていない。


 それならできる限りやってやろう、と次を探している。


 闇雲に探してもなかなか見つからないのは、ひとりになってからよくわかった。それなら、それっぽいところに当たりをつけていくしかない。

 それっぽいところ、というのは、未練が集まりやすい場所だ。ただ神社仏閣を探せばいいわけではない、とトンネルの件でわかった。

 そして未練は、故人だけが持つものではない、ということも。


 ——あ、そういえば、私もこれが未練になるって思ったこと、けっこうあるな


 未練の意味を調べてみた。未だ熟練していないこと、と最初に出てきた。つまり未熟だ。

 もうひとつは、思い切りの悪いこと。諦めきれないこと。心残りあがる、など意味として最初に浮かんだことがあった。


 てっきり後者を考えていたが、前者のこともあったのかと、詠は自分の語彙力を恨む。今、未練を断つという行為に慣れていないのだから、未熟とは自分自身だった。


 悔しくなる。自分自身が未練だと何度も思ってきたが、その意味がふたつになってしまったと知る。


 思い切りよく、さっさと諦めて、心残りのひとつもなく昇っていける人間のほうが、ずっと少ないだろう。生きているのだからいつかは死ぬが、死にたいと思って死ぬ人間はわずかだ。と、思いたい。


 トンネルの件は、生きている(ちから)の未練が、死んだはずの(りき)をとどめていた。そして(りき)も未練を残し、昇れずにいた。


 ということは、次探すべきは、事件や事故があった場所の付近にある神社仏閣はどうだろうか。それか、人が死ぬことが多い場所。そんなことは考えたくはないが、思い当たるのは病院だった。


 病院には、死を受け入れる準備ができている人と、そうでない人がいるはずだ。今の詠が余命宣告をされたとしたら、受け入れられない。まだ死ねない。任務があるから。


 ——次は病院


 詠は施設を定め、県内の場所を探し始める。病院はいくつもある。が、病床数の多い大きな病院のほうが可能性は高い。それだけ、生きた未練も残された未練も数が多いからだ。大きいところから、と場所を定め、次の休みから動き始めた。


 探してみても、なかなか見つからない。まず、敷地内にそれらしき場所がないのだ。土地神のようなお社も、トンネルのときのような、代わりになるものも。

 患者のふりをしてところどころ歩いてみても、なにも薄い影は見つからない。ここで亡くなったかたは、ここに残すものはないのだろうか。


 そこではっとする。亡くなったとしても、ここではなにもしない。葬儀は葬儀屋に任せるのが一般的だ。車のなかで調べると、霊安室に運ばれてから、病院はなにかすることはないという。


 エンゼルケアや死に水、死に化粧。

 聞いたことのある単語がざらざらと出てきた。

 未練が残るとしたら、病院ではないのかもしれない。病院は、自分のために尽くしてくれた場所だ。未練なんて……


 ——約束はどこにいったんだろう


 両親との約束に、祖母との約束に、あとは。


 また思い直す。

 詠がそこにいたら。いくら尽くしてもらっても、やはり生きていたいという気持ちは変わらない。それこそ、病院に残るのではないか。


 とりあえず、霊安室の場所を確認する。残念ながら、インターネットの案内には乗っていない。仕方なく、病室のある棟に行ってみた。もちろん部屋の場所を案内する看板がある。

 でも見当たらない、霊安室。それもそうだろう。入院している患者に不安を煽るようなことはしないはずだ。


 とすると、場所はここに乗っていない部屋。

 便利なことに、現在はインターネットにマップが載っていて、絵ではなく本物の映像がある。形からすると、どこだろうか。残念ながら、わからない。


「ご家族のお見舞いでしょうか」


 突然声がかかった。そこまで挙動不審をしていたおぼえはないが、看板を見て、インターネットを見ていればだれかの見舞いに行くものと思われるだろう。


「は、はい、えと」


 病院は好きではない。独特の匂いが、昔を思い出させる。

 両親のフルネームを伝えた。調べてくれたが、もちろんいない。場所を間違えたかと装った。ついでに訊いてみる。


「霊安室は、どちらでしょうか」


 看護師はぎょっとした。そんなことを聞かれるとは思っていないだろう。聞く人間も無に等しい。

 なにか思うところがあったのか、教えてくれた。下の階の、廊下の先だそうだ。


「ありがとうございます」


 詠はその病院をあとにした。

 そこが見える場所に車を移動させる。移動がしやすいようになっているのか、それらしき場所はよく見えた。


 よく、見えた。


 これは、当たりだ。詠は自分を褒める。霊安室と思われる場所に向かって、足跡が続いている。足跡。なかに向かった、足跡。病院のなかに戻りたいと思わせる。

 見ていたら、それはだんだんと大人数分に増えていった。

 そんなに、戻りたいのだろうか。


 詠は病院が嫌いだ。入りたくない、という気持ちが大きく、院内に向かっていく足跡に共感ができない。これは、シンクロはできないな、と思ってしまった。

 ならば、影に触れて、記憶を教えてもらうことしかない。


 うまくいくかはわからない。まず、ここは病院だ。入ったら怪しまれるだろう。そもそも病院の裏側なのだ。これは、夜に来るしかない。防犯カメラもついているだろう。もしものときの言い訳を考え、やり方を練ることにして、その日は帰った。なるべく早く、ここへ来る。


 言い訳はその日のうちに思いついた。

 看護師に尋ねた、両親の名前。あそこにはいなかったことが逆に、看護師の印象に残っているだろう。霊安室の場所を尋ねたのもそうだ。


 考えた言い訳。

 両親を探したが、いなかった。霊安室になら、と思って侵入、という単純なもの。

 なにかするといえばするのだが、病院に対して悪いことはしない。警察につれていかれたとしても、仕方ない。猶予は与えられるはずだ。仕事は失うが、未練を断つことと天秤にかければ、どちらが重いかなど考える必要はない。

 ならあの看護師が覚えている間に、と次の週に決行を決めたのだった。





 そして夜、車で病院裏へ。

 消灯時間はわからなかった。調べる時間もなかったが、二十一時から二十二時が一般的らしいことがインターネットでわかった。そこで満を持して二十二時を過ぎる時間に来てみた。カーテンをしている可能性は高いが、漏れる光は見えない。


 ちょうど裏の出入り口は空いていた。閉めないのかもしれないし、ここは緊急の場合の出入り口なのかもしれない。それとも運が良いのか、理由なんてどうでもよかった。とにかく、入ることには成功したのだ。


 心配だったのは警備だ。有名警備会社がとんでくるのが一番怖い。が、それもない。看護師がよく来る場所、とも考えられるが、考えている暇があるならさっさと動こうと、詠は足跡を探す。


 先週あった場所。

 暗いのに、夜の闇より暗い色で、浮き上がるようにたくさんの足跡が残されている。今まで見てきたのは、薄暗い黒だった。どんより曇った空の色。だが今回は、初めて見る黒。闇より濃い黒があるのだろうか。


 それだけ濃い、強い念が残っているのか。


 詠は気持ちを強く持つ。ここは病院の外。怖い場所ではない。この足跡も、未練であって、残りさえさせなければ、きちんと天へ昇れる。


 一度認識してしまった。なぜ、病院に戻りたいのかわからない、という思いを。詠は同調も共感もできない気持ちに気づいてしまった。

 ならできるのは、足跡に自分の足をそろえることだけだ。

 あとは祈る。記憶が、入ってきてくれるのを。


 足跡に向かい、歩く。先週はたくさんあったが、今見えるのは数人分。時間で違うのだろうか。

 近づいてみる。コンクリートのはずなのに、なぜこんなにも揺れがあるのだろう。


 ぶわ、


 足跡が、一気に増えた。

 詠が歩いていた夜の影それが、薄暗いあの、未練の影だった。


 ——しまった、


 あれだけたくさんあった足跡。それがないことをもっと不振に思うべきだった。焦っていた。


 思ったときにはもう遅い。足が揺れる。踏ん張れない。詠はそのまま転ぶ。

 足跡が動くように、転んだ詠の身体を病院へ連れていくように動かしていく。このままいったら、建物にぶつかるだけで済むのだろうか。それとも、なにかをすり抜けて、あの沼の底のように、どこかへ……


 ——行きたくない


 ——生きていたい


 身体が強張って、動かなくなった。

 ここは病院。嫌いな場所。



 ——行きたくない!



「詠さん!!」


 聞き慣れた声。


「足、足、足に、ついてって!」


 なぜ真言がここにいるのか。


「ついてってって、言ってる意味、わかってるの?!」

「だってほら! 見て! 足、やさしいのあるじゃん!」

「やさしい?! どういう意味?! あ」


 いくつかの足跡は、強張った詠の身体を心配するように、おろおろと空を踏んでいる。強く連れて行こうとするどれかを選んでしまえば、怖い想像が、想像でなく現実になる。


「わかった」


 正直、真言の言いなりになるのは嫌だった。だが、見えなくなっていた全体を見ることができたのは、真言のおかげである。


 たしかに、足跡は色々な種類があった。詠を慮ってくれている、と思うものを選んで、それが強い未練だかも本当に優しいのかもわからないが、その足に乗っかった。


 ふわり


 足跡は、他の真っ黒な足から離れる。足なのに、残された足は手が伸びるように、こちらに近づいてくる。

 だが地面から離れられずにいる。


 やさしい、と選んだ足が正解かはわからない。


 でも、教えてほしい。

 願う。


 ——やさしいなら、なにを思い残すことがあるのか、教えてくれるよね


 詠を気にしてくれた。きっと伝えたいことがあるからだ。


 ——教えてください、お願いします


 ——できる限りのことを、しますから


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