2.
「ほら、もうすぐなんだから、最後まで!」
最後までって言われても、もうくたくただよ。筋肉痛で明日動けなくなっちゃう。
「はい立って!!」
「わかってる!」
できればやってるよ!
「ツインズは二人じゃなきゃ意味ないんだからね!」
ツインズは二人でつけたグループ名。わたしの名前は燦。太陽とかけた、サン。ペアはムーン。太陽の反対は月でしょ! ってことでころりと決まった。
真逆の二人がいることで、それぞれが光って見えるってことなんだってさ。
「はい、最後にもう一回!」
ムーンのほうが体力がある。そしてかわいい。おとなしいかんじがするのは月だけど、どう考えても月を照らす太陽であるサンのわたしのほうが、負けてる。
地下ドルを始めたのはいつからだったかな。昔からアイドルが大好きだった。その手のアニメも全部見た。だから、諦めなければ必ずって思ってたけど……
始めて見たらうまくいかないんだよね。
ライブでなんとかやってるけど、お金はマイナスになっていくばかり。
「これじゃマイナス一等星じゃん」
「なにそれ、一等星にマイナスがあるの?」
見た目は真面目なかんじらしいわたし。でもほんとはアイドル大好き少女。あれ、高校生って少女って言っていいのかな。
ライブ会場で会ったムーンと気が合って、つい話し込んで現在に至る。
「マイナス一等星ってのがあるの。一等星より明るい星だよ」
「へえ~!」
ムーンに勝てるとしたら、知識のほうかもしれない。でも、わたしたちお互いにお互いの詳しいこと、知らないんだ。聞かないってことがなんかミステリアスでいいっていうから。
そういう謎なかんじも、人を惹き付けるポイントになるんだって。そういうものなのかなぁ。
「じゃあ、あたしたち、二人でマイナス一等星にならないと!」
一番を目指すって言ってるのはわかるよ。でも、見てよこの現状。たった数曲で動けなくなるわたし。
顔はそこそこ? 気力ではずっとムーンが勝ってるし、ライブではわたしたちを目当てに来てくれる人は少ない。
このライブ会場でまずは一位になって、芸能事務所の誰かに引き抜いてもらわないと。
「そうなんだよねぇ、運も、じっちょくのなか?」
「運も実力のうち、ね」
「そうそれ!」
漫才をしてるみたい。もしかして、この天然なムーンと漫才してたほうが儲かるんじゃない?
もうすぐ、地域の音楽フェスがある。そこの会場に立って、二人で歌って踊る。もう申し込みはしちゃったから、練習あるのみなんだけど……
わたしのせいで、ムーンの足引っぱってる。どうしよう。
「ごめんね」
わたしのせいで。
「もう! サンの口癖! それだめ! ぜったい!」
ネガティブになっちゃうでしょ、と膝を抱えるわたしに人差し指を向けてくる。人を指さしちゃだめよ、って答える元気もない。
「ねえ、わたしじゃなくてさ」
「その話もしないの!」
「だって」
「終わり!」
わたしじゃなくていいでしょ。
ムーンは人を惹き付ける魅力を持ってる。だから、暗いあのライブ会場で見つけられたんだ。ムーン自身が光って見えた。月じゃないよ、星だよ、自ら光ってる。
かわいくて、体力もあって、元気をくれる。
こういう子こそがアイドルになるべきだよね?
ほんとは、たまたま近くになったんじゃなくて、自分から近くにいったんだ、わたし。
「よーっし、なんとかできあがったぞ!」
「ふぅ」
「いよいよ明日だね! 必ず、見つけてくれるよ!」
「うん」
だといいな、くらいの気持ちだった。
舞台は学校の体育館にある檀上くらい。でも、リハで立つだけで緊張して。
「わたし、向いてない」
「初めてなんだから、緊張して当たり前じゃん」
「そういうムーンは、当たり前みたいにできてるじゃん!」
初めてかもしれない。言い返したのは。
は、と思ったのは一瞬。すぐにいつもの笑顔に戻った。けど。
さっき、ちょっと傷ついた顔、してなかった?
「今日はマイナス一等星までの土台だ、あたしたちは、一番のアイドルに、なる!」
どこの海賊か。つい笑ってしまって、ムーンも笑ってくれて、本番は一瞬で終わった。自分がちゃんとできていたのかわかんない。でも、地上での初めてのライブを無事に終わらせられたことは、とても嬉しかった。
覚えているのは、始まる前の控室のぐちゃぐちゃな部屋と、順番待ちのカーテン裏のときくらい。それからは、もう、覚えてない。動く映像は覚えていないけど、たくさんのお客さんの熱気と、光るライトで、まるで会場が燃えているみたい、と思ったことだけ。
イベント後、お疲れ様会をすることになってた。着替えたら、一緒にファミレスで食べるだけだけど、感想のあときっとたくさんの駄目だしがあるんだろうな、でも、それすら楽しみだった。
トイレに行ったムーンが戻らない。ファミレスがいっぱいになっちゃうと思って探しに行ったら、男の人と話してた。
もしかしたら、危ないファンかもしれない。ストーカーになる人だっているっていうし。ムーンはかわいいから。今回でその魅力に惹きつけられた人は、絶対いる。
声をかけようとしたら、
「うちの事務所にこない?」
男の人は、ムーンにそう言っていた。
「君は卵だよ! 金の卵! うちにくれば、絶対に孵化するよ! 人気者だ!」
勢いよくしゃべる男の人の言葉ははっきりと伝わってくるけど、戸惑った様子で答えるムーンの声は、まわりの騒音にかきけされて聞こえない。口の動きで、なにか言っているのだけはわかる。
「もちろん、君ひとりだ、悪いけど、もうひとりの子は、ちょっとなぁ」
まだ話している。別に、傷つくことはなかった。わかっていたことだもん。だからわたしは、この誘いを受けろと言いたかった。少し近寄る。
「いいの?!」
いいって、イエスって、答えたの?
「あ」
視線がかち合った。あ、とどんな表情なのか、わたしを見るムーン。行っておいで、って言おうと思ってたのに、わたしは駆け出していた。反対側に。逃げるように。
どうして、どうして、
やっと、ムーンを見つけてくれた人がいるのに。
なんで、わたしの胸は、こんなに、痛むんだろう。
どこに向かって走っているのか自分でもわからない。なにかにどんどんぶつかって、大人の人から大きな声を出されて、それでも走った。逃げる。これまでたくさんダンスレッスンをしてきたけど、それよりも体力がある気がする。
「見つけた! サン!!」
暗いとこにいるわたし。明るいとこに、ムーンが見える。光ってる。似合うよ、明るい場所。
「あのね、あたしね」
走って近寄って来たムーンの上にあるなにかが、揺れた。
「危ない!!」
勝手に走ってた。さっき初めての大きい体力って思ったけど、まだ先があったみたい。わたしはとにかく力任せに、ムーンをつき押した。
上から、明るい光を発するものが、落ちてくる。
がしゃん
ものすごい大きな音。生暖かいな、と思ったら、わたしのまわりは赤黒い色で、どんどんそれが広がっていく。そして気づく。全身が、痛い。
「サン!」
泣きそうなムーンが、わたしの手を握ろうとするのをほんとうは避けたかった。こんな汚い手、触ってほしくない。ムーンには、ずっときれいでいてほしいから。
「ムーン、応援してるから」
わたしは、すぐに見つけられなかった。わたしの願い。
「マイナス一等星のアイドルに、なってね」
そのままわたしの視界はふつりと消えた。声が遠くで聞こえてくるけど、理解できない。全身が痛いと思ってたのに、それも感じない。
ああ、そっか。
受け入れる準備は、整った。
あの男の人でなくても誰でもいい、ムーンを早くに見つけてほしかった。このフェス以外にも、イベントはいっぱいあったのに、太陽のはずのわたしはずっと、拒否してきた。
もっと早く出ていれば、見つけてもらえて、もっと輝く時間が長かったはずなのに。
わたしは、焦ってた。外に出れば、わたしの代わりなんて、いくらでもいるから。
ほんとうは、隣にいたかったんだ。
明るいきらきらの舞台の上で、わたしは燃えて、美しい月を照らしていたかったんだ。
そう、だからムーン、あなたは、あなただけで、マイナス一等星になって。
絶対なれる!
わたしは太陽だから、ずっとあなたを照らし続ける。
太陽だから、夜に姿は見えないけど。でも代わりに月を照らしてあなたを見せる。
一日中、月は昼間でもあるんだもんね。だからあなたは、月は、ムーンは、わたしよりも、特別な存在だよ。
伝えたかったなぁ。最後まで。
ずっと見てるよって。だってわたし、太陽だもん。
ほんとはわたしも、一緒にきらきらの舞台に、立ちたかった。
ムーンと一緒に。
それはもう、叶わない。
立ちたかったなぁ。あそこに、もっと広い舞台で。
たくさんの人に、囲まれて。
一緒に。
これは、ずいぶんとわかりやすい未練。
きっと未練のある映像と同じようなこの光景につられて下りてきたのだろうか。それともずっと、この時期にここに居続けていたのだろうか。
一番強い未練が、未練の影のなかで形となって記憶を映してくる。
一番強いはずなのに、この未練はあまり、重たさを感じない。
なにかあるのか、と疑うことはしなかった。
この美しい紅葉。照らされた紅葉が映る夜の床。花火のような強い色。たくさんの参拝客は、きっとファンになる。
このたくさんの人のなか、歌うというのは勇気がいる。どうしようか。でも、これをどうにかするには、歌うしかできないのだ。
ファンだったアイドルの子供に転生する話。オープニングの曲はとても人気だった。聞いたことのない人間のほうが少ないのではないだろうか。
歌うのは最後の章だった。というのは、長くしたくなかったのもある。だがなぜか、これがサンにちょうどいいと思った。
すべてほしかった。
ムーンの隣も、舞台も、体力のある体も、かわいい顔も。
ムーンの持つもの、すべてがほしかった。
わたしにはない、すべてのものが。
突然歌い出す詠を、同じく床を映す観客は怪しそうに、楽しそうに、不思議そうに、見ている。
——気にしてはいけない
——歌え!!
——でもなかなか、出てこない。サンの姿
——いつも最後に現れるほかの魂。影が消えることもない。どうして? これでは、もう、歌が
——終わってしまう
——どうしよう、失敗したら、どうなるか。私は、それを聞かなかった。この炎がもしかして、参拝客に集まったら。みんな、魂を奪われることだって
ずっと自分に嘘をついてきたの。
うらやましかったの。
ほんとうじゃ、ムーンにマイナス一等星になって、ほしくなかったの。
わたしが、なりたかったの。
だって、わたしの夢だもん。
——あ、聞こえた。
——やっぱり、素直で、わかりやすい女の子だ
——合わせてくれてる。わたしの歌う歌詞に。でもこれは、サンの本心
——それでもあなたは
最後まで、歌い切った。
引いてる人、小さく拍手をくれる人、写真を撮ろうと画面を明るくしたスマートフォンは、まるでライト。
——立って、歌っておいで!
——あなたは、アイドルだよ!!
——今こんなに、みんなが見てる!!
うん、
——聞こえた気がしたのは、私の妄想かもしれない。でも、炎が消えて紅葉が美しく見える
——ああ、これが床紅葉かぁ。
そそくさとその場を離れる。せっかくの美しい景色を写真に収めることもできなかった。まわりの人の目が、痛かった。
詠は気づく。眠いけれど、倒れるほどの疲労ではないことに。相手によるのだ、と気づいた。
そして願う。ムーンが今も、アイドルとして活躍していることを。
——見つかったことへの安堵と、すぐに見つけられないことへの焦りと、代わりがいくらでもいるという虚しさと、あとはこの舞台の美しさと
——私はサンに照らしてもらってる




