1.
ひとりでもなんとかなる。
わかった詠は、今後も続けると決意した。
だんだんと紅葉の季節になってきて、神社仏閣は観光客が増える。有名どころは避けて、地域の神様から少しずつ潰していこうと考えていた。
そうして少しずつは続く。
近くに小さな祠があったら車や自転車を停め、確認。家にあるお社も見る。あれからずっと、収穫なしが続いている。いいことだ。
いいことなのだ。
問題は、行動範囲がだんだんと広く遠くなること。帰ってこられない可能性を考えると、眠気と疲れで倒れることはもちろん、未練に捕まりつれていかれた、ということはあってはならない。
と考えていたら、やはり有名どころで人の多い場所に行くほうがいい、という最初の考えの逆に至る。なにかあっても、見てくれる人がいる。なにがあったかわからなくても、急に倒れたとか、体が浮いたとか、動画に撮っていたとか。
そこで、紅葉の時期に有名な神社仏閣で、まだ足を延ばしていないところに行くことにする。
紅葉がきれいなところは山にある、という認識があった。毎週土日を使って、有名どころと付近の場所をあたる。
だがなかなか見つからず、紅葉狩りとドライブを楽しんで帰ってくるだけになった。たしかに楽しんだが、残念感のほうが大きい。
ニュースでは、紅葉の話題をたくさんやっている。新聞にも記載され、地域の冊子にも。そういうニュースは必ず察知し見るように心掛けた。
行ってみないとわからない、というのが悪いところだ。あの薄暗い色の影がどこにいても見えてくれればもっと楽なのに、と詠は心から思う。
紅葉イコール山と思い込んでいたが、それは違った。平地でも、きれいに整備された河原や公園、古い民家でも、当たり前に紅葉狩りができる。そのなかで気になったのは、窓から見える庭園が美しい古い館と、ぴかぴかに磨かれた床に紅葉が映るという寺だった。
まだ古民家には行ったことがない。そういったところでも未練の影が見つかるならば、これから行くべき選択肢は一気に増える。
もう一か所の寺も、車で移動すれば一日で行けないこともない。夜はライトアップもしているそうで、午前中に古民家、夜に寺、その間で見つけた場所は全部まわってみよう、と予定をたてた。
毎日なんでもいいから聞いている曲。だんだんとレパートリーは増えてきた。やってやる、と意気込んだ。
予定が決まったのが、前回からひと月ほど経った後だった。たくさんの数をまわってきたが、見つからずに終わっている。休日の二日間すべてを献上しているのだから、神様でも仏様でも、あの羅針盤のようなものを授けてほしいと願ってしまうほどに、うまくは進まない。
だんだんと焦りが出てくる。
数回ではあるが、今までは隔週で出かけていた。それが今度はひと月に一度。隔週でも少なかったのに、これでは彼の任務を代わりに遂行することは不可能ではないか、と。
真言はどうしているだろうか。代わりは見つかったのだろうか。
「私の代わりなんていくらでもいるもんね……」
予定どおりに車を走らせる詠は、独り言をつぶやいていた。
最初の古いお屋敷は、武家屋敷だった。開け放たれた窓からは、美しい庭園がよく見える。中の彫り物も掛け軸も、お手洗いでさえなにかしらの意味があり、嬉しそうに話すガイドについ耳を傾けてしまう。
長い間、この景観が保たれている。ということは、
「守り神様もいらっしゃるのでしょうか」
思ったことを尋ねてみた。ガイドはこの屋敷の造りそのものが良いのだと、説明してくれた。風水のようなものなのだろうか。場所がいいのだろうか。
庭園には池まである。庵もある。井戸もある。古い人間ほど神仏を大切にしていたはずだ。なにかしらあるだろうと、じっくり景色を楽しみながらも全体を見て回る。
だが結局、なにも見つからなかった。
嬉しいはずなのに、残念だった。
はずれ、と。
次に行く間にも、見つけた場所はすべて立ち寄り、見て回る。なにもない。だんだんと日が陰ってきて、焦りがさらに大きくなる。
自分だけでは、と光がないことに心配が大きくなる。
最後に行こうと車を走らせると、眩しいほどに横から西日が差してくる。長い影ができているだろう。
予報ではこんなに天気がよくはなかったはずなのに、午前の屋敷も美しく輝く紅葉が観光客を驚かせていた。これから行く寺も、きっと紅葉が床を輝かせていることだろう。映えスポットとして有名だそうだから。
到着してみれば、人がたくさん。第一駐車場に停めることもできないほどの人出だった。少し遠くなるが、臨時の駐車場に車を停め、入る。
たしかに美しい。暗い夜、赤やオレンジ色に染まった葉が照らしだされ、夜なのに太陽があるみたいだ。ここにも池があるが、飛び石を渡っても前のように泥が浮いてくることもなかった。
ぐるりと一周してみる。この周辺は、特に命の危険があるような場所はなかった。崖も森も岩も。池もなにもなかったのだから、ここもはずれだとまた残念に思った。
それなら入園料の分、しっかりとこの美しい景色を楽しんでいかなければならない。
一番人気の床に映る紅葉。床がまるで鏡になったように、窓の向こうにある紅葉の傘を映し出している。
入館時間の前に、きっちりと雑巾がけをしているのだろうか。ぴかぴかな舞台には人が入れないようテープが張ってあり、ここから先は進入禁止ときっちり書いてある。ただ、写真の邪魔にならないよう工夫されていて、宣伝効果を望んでいるのが見てわかる。
詠も、写真を撮ろうとスマートフォンを掲げたときだった。
ぼ、と燃えだした。
床が。
床が、燃えだしたのだ。
驚いてスマートフォンを落とす。ごん、という音に視線を感じたが、この炎を見ている人は誰一人いない。
というのも、ここにいる観光客はみな、様々な高さの声を出して感想を言い合い、写真を撮り続けているのだから。
これは、未練だ。
燃えている。
いつもの、薄黒いものではない。
炎。
入ったらきっと、本当に、焼け死んでしまう、炎だ。
立ち入り禁止になっていることに安心する。これだけの人がいる。もし一人でもこの線を越えてしまったら、その人は未練の炎に焼かれてしまう。
どうやってこの炎に触れるかどうか。詠はそれに悩む。今まで触れることか、共感することか、自分の心とのシンクロか、それで記憶が入って来た。
まず、触れるかを考える。いや、難しいどころか、無理だと悟る。触れれば火傷では済まない。記憶が入ってくる前に、焼死体になる可能性が高い。
この炎になにを感じるか。火を見てしまった今、火そのものの怖さしかわからない。前回は恐怖であの子とつながったが、恐怖ではなにも感じることはなかった。
心とのシンクロ。祖母の姿を見たときやあの子のときは、同調していた。今、同調する心とすると、見つかったことへの安堵と、すぐに見つけられないことへの焦りと、代わりがいくらでもいるという虚しさと、あとはこの舞台の美しさと、
ぶわ
炎がぐんと大きく、明るくなる。
今回は、未練との同調が必要だ。
シンクロを考えたときの気持ちを、すべて考える。でも触れないから、どうすればいい、もっと大きく炎を映そうと、とスマートフォンの画面に触れようとした。
——炎が画面に映っている?
詠は、画面の炎に、触れた。
——この美しい舞台を、どうか、燃やさないで
炎が画面いっぱいに広がった。実際の床が、この部屋がどうなったかを確認することはできなかった。
もう、詠の頭に記憶が流れ込んでいた。
一番最近に投稿を始めた作品だからとは思いますが、読んでくださるかたが今までよりも多く感じます(もともと多くありませんが、そのなかでも、という意味です)。
よろしければ、ご感想をいただけますと大変ありがたく思います。もし星マークがついたら、どのお話の部分なのかを尋ねてみたいです。
暇つぶしとしても、お読みいただいている方々の趣味に合わせたいから、という理由ではなく、気持ちや言葉にどんな受け取りかたがあるのか、という点で気になっている次第です。
よろしくお願いいたします。




