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この気持ちに名前をつけて  作者: ぬりえ
振り返っても

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22/31

1.

 無事に仕事は進んでいる。朝は大音量のモーニングコールのおかげで起きることができた。一般的な第一声は、時間を考えると「おはよう」だと思うのだが、


『体調は?』


 これだ。心配性にもほどがある。

 詠は、眠気はあるがどうにか動けることを伝え、二連続の前に比べるとずいぶん体も軽いと伝えた。だんだん慣れてきているのかもしれない。


 今日明日行けばまた休日。休日は土日だけでなく水曜も入れてくれれば、仕事もずっと楽になる気がする。前の日が休日、次の日休みが続くと思うと、そうしてほしい。


 朝の電話のあと、次、昼に詠に連絡が届いた。


『また土曜にお邪魔していい?』

「もう次が決まったの?」


 来ることに問題はない。前回と同じであれば昼ご飯を用意しておけばいい話だ。


『大切な話がある』

「わかった。時間は?」


 時間は前回とは違って、午後三時。ということはおやつでも用意しておけばいいか、とどこのお菓子を買おうか考えていた。


 土曜日、準備万端で待っていた。部屋もきれいにし、年頃の男性に見られて問題があるものはない。

 テーブルには、お茶の用意とおやつに地図。地図は箪笥の引き出しに敷こうと思ってもらっておいた、電機屋で年末に無料配布している日本地図だ。思い出してクローゼットから引っ張り出した。数年前のものだが、陽に当たっていなかったため日焼けはなく、日本地図に変わりはほぼないから使える。真言も喜ぶかもしれない。


 呼び鈴が鳴った。ちょうど午後十五時。ぴったりに来ることに律儀さと真面目さを感じる。


「どうぞ」


 こちらからドアを開けると、お邪魔しますとあがる真言。手には箱を持っている。


「おやつに」

「あれ、私も用意しちゃった」


 あはは、とここは笑うところだと思った。だが真言は笑わない。おかしいかおかしくないかは人の感性によるため、詠は特に追及しなかった。ありがとうと受け取って、冷蔵庫にしまう。


「お茶淹れるね」

「うん、ありがとう」

「疲れてる?」

「え?」

「なんかすごく思い込んだ顔してる」

「そう、かな。 ……うん、そうかも」


 聞いたほうがいいのか、聞かないほうがいいのか、よくわからない。だからこそそれを尋ねる。


「聞いたほうがいい? 聞かないほうがいい?」

「聞いてください。それが本題なんで」

「あ、そうなの?」


 どこか深刻そうで、詠はどんな反応をしていいか戸惑う。その間に、真言は前と同じ場所に座って、置いてある地図を見た。


「あ、これ」

「うん、地図。大きいけど、県名くらいはわかるし、わかったら細かいのにすればいいし」


 真言がいつも使用しているのは細かいものだ。両方あると便利だと思う。喜んでもらえるかと思ったが、真言はまた黙ってしまった。


 ——なんかおかしい


 詠は真言の様子を見て思った。とりあえず、その本題とやらを聞けばなにかわかるかもしれない。お茶だけ淹れておやつは後にしようと、用意してあった皿を下げる。マグカップがテーブルにことりと音をたてた。


「なんか、深刻そう? なかんじだから終わったらおやつにしよう」


 そのほうがおいしく食べられる、という詠の気持ちの問題だ。


「うん、じゃ」


 真言が口を開いた。


「詠さん、今後はもう、僕ひとりでやる」


 突然の宣言に、詠は「はい?」と聞き返すこともできなかった。


「ちょ、ちょっと待って、順序踏んでくれる? なんで?」

「詠さんの命にかかわるかもしれないから」

「命?」


 突然の宣言も大きかったが、次の宣言も大きかった。ついていけない。


「詠さん、いつも未練を断ったあと、眠くなるでしょ」

「うん……」

「あれはね、気力を消耗して、体が休息を求めてるんだ」

「そりゃ疲れて当然のことしてると思うよ。体力はまだしも、精神的にさ。私、そういう修行? みたいのしてないし」

「そういうことじゃなくて! 気力って言ったのが悪かった。ごめん」

「いや、謝られても困る」

「生命力」

「せいめい、りょく?」

「生きるための力だよ。寿命、みたいな」

「寿命……」

「あれをやるたびに、詠さんの魂は寿命を縮ませてるんだ」

「え?」

「だから、いつも眠くなる。少しでも休んで、生命力を保持して補いたいって、体と魂が訴えてるんだ」


 スケールが大きすぎて、話の理解はできても、受け入れることが難しい。ただ、まっすぐに詠を見据えて話してくる真言の態度からして、目からして、嘘ではないとわかってしまう。


「僕は、僕のせいで、詠さんの寿命を縮ませたりさせたくない」


 力がないと言っていた真言。そのせいで、未練を断つ手伝いができないと言っていた。そこでたまたま出会った詠を追いかけてまでして、自分の仕事をまっとうしている。

 巻き込んだのは真言なのに、それを断りに来たのだ。


「だから」

「だからもなにもないでしょう」


 なにを勝手なことを言えるのだろう。詠は怒りがわいていた。怒っていた。

 自分から“巻き込む”と言っておきながら、自分から手伝ってほしいと願ってきたくせに、今度はやっぱりやらなくていい、とは。勝手すぎるのではないか。


「なんかいきなり大きい話になってるけどさぁ」


 つい、声に怒気が含まれてしまう。


「いきなりなに? それを聞いて、なんとなく納得したよ。疲労感と眠気。とりあえずそれで少しは補えるんだったらさ、それでいいじゃん」

「よくな」

「私は!!」


「請け負ったことを途中で放り投げたりしたくない!!」


 ばん、とテーブルを叩いてもいいところだ。だがここは冷静に、真言が納得してくれるまで話そうと決める。


「まこくんの力、足りないんでしょ? それで私にお願いしてきたんだよね? 私がいるから、今までの未練は断てたんでしょ? 引き下がったとして、これからどうすんの? 自分でできるの?」


 冷静に、と心は思っていても、まくしたてる物言いになってしまう。ぐ、と真言が唇を締めた。


「どうにかできる方法を、考える」

「考えてたら遅いでしょう」

「でも、詠さんの命を削るわけには」

「でもじゃない。気持ちは嬉しいから受け取っておく。まこくんが自分でできないなら、また誰かを探すの? しないよね? 私の命を削りたくないって理由をくっつけるくらいなんだから、他の協力者、探したりしないでしょ? だとしたらもう方法なんてないじゃない」

「いるかもしれない」

「たしかにね、いるかもしれない。それを見つけるまでの時間と、その間に私が断つ未練、どっちを選ぶ? 期待を信じていても見つからなかったらどうするの? それこそまこくん死んだあとに未練になるよ」

「詠さんにお願いして、連れていかれたとしても未練になる」


「それってさ、自分が傷つきたくないだけじゃん」


 真言が固まる。自分ではそう思っていなかったかもしれない。だがこの反応は、きっと図星なのだろう。今気づいたのかもしれない。心配してくれているのは本心。だが、それ以上に、自分が傷つくのを怖がっている。


「羅針盤があるから場所を探せる。それはまこくんのおかげ。それで私がいるから、未練を断ち切れる」


 二人三脚でやっている、仕事だ。


「あんた日本を救うんでしょ? どっちが大事? 私ひとりで足りるならそれでいいんじゃないの?」

「そんなはずないでしょ!!」

「わっ」


 いきなり出された大きな声。力強く掴まれた両肩。驚いて今度は詠が固まった。


「ご、ごめん」


 すぐに姿勢を戻した真言だが、


「天秤になんか、かけられない」


 気持ちは変わらなかった。思い出す、仕事帰りに会ったあの日。ずいぶんと強情で、決めたことは頑として通す意志の強さ。


「ねぇ」


 失いつつあった冷静さが、さっきの驚きで戻ってきた。思ったより詠の声は低い。


「いつから、それ、知ってた…… わかったの?」


 知っていたなら、もっと早く切り出したはずだ。


「三回目あたりに、おかしいなって思った」


 三回目は、初めて探しながら車で出かけたときだ。


「次に、詠さん倒れるようにずっと眠ってて、あそこの日の二回目で」


 自分の考えが正しいかもしれないと、確信に近づいた。


「それでこの間」

「ってことはさ、もっと早く言い出すことができたんだよね?」


 真言は返事をしない。これは肯定と捉えられる。


「なのに言わなかった。まぁ、私が寝てたからかもしれないけど、今日みたいに来ることだって、あとは電話でもなんでもできた。それでも」


 言い出したのは、今。


「私がいないと困るからって気持ちがあったわけだよね?」


 詠個人の心配はしている。だが、真言のやるべき仕事もある。どっちが大切か、どうすべきか、わからない。

 わかっていたら、すぐに話していたはずだ。


「羅針盤が、動きにくくなった」


 いきなり話題が変わる。意味があるのか、それとも話題を変えて本題を切り替えるためか。


「でもこの間、詠さんが僕に手を触れたら、動いたんだ」

「そういえば」


 なかなか動かない羅針盤に、触れた。そして動いたのを覚えている。


「羅針盤に与えられる力も、弱まってるんだ」


 真言は膝の上で両拳を握っている。下を向いて、きっと歯を食いしばっている。


「僕にできることがなくなっている。もう、詠さんに頼ることしかできない。すべてを詠さんに背負わせることになるんだ」


 ——すべて、私にかかっている


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