表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この気持ちに名前をつけて  作者: ぬりえ
見つかった

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/28

2.

「見つけた」


 いつもの優しい顔。ガラス玉みたいに輝く瞳で、ミキ(にい)がわたしを覗き込む。今日こそは、見つからないと思っていたのに。


「ちょっと! ここどこだと思ってるのよ!」

「知らなかったじゃだめかなぁ?」

「知らないはずないでしょ! 妹が通ってる学校なんだから!」

「じゃ、ばれる前に逃げるか!」


 差し伸べられた手は、大きい。触るとごつごつでがさがさだけど、いつも温かいのをわたしは知ってる。いたずらっぽい笑い顔なのに、どこか上品な雰囲気を含んでいて、うえからそれを向けられたら、もう逆らえない。

 だからこうされるとつい、握っちゃう。


 二人で走る。どこへって?

 もちろん、校外に。


「速い速い、ミキ兄速い!」


 追いつけない。男の人の足に、か弱い女の子がついていけるもんですか! だからこういうとき、ちょっと速さを緩めたときを見逃すことなく背中に乗っかるんだ。

 速すぎたかな? って一瞬気をこっちに向けるミキ兄が悪いんだから!


「ミキ兄号、全力全しーん!!」

「イエッサー!」

「了解、でしょ!」


 たくさん笑って疲れたミキ兄は、途中でわたしを下ろす。もっと軽かったら、家までこのまま送ってもらえたのかな。体重を減らしたほうがいいかも、なんて言っていられない。これ以上、食べ物を減らすことはできないんだ。


 配給制になってから、食べられるお米は減った。代わりにお芋を主食とすることも多くなってきた。

 毎日耳に入ってくるのは、どうやって仕入れたのかわからない、だれかの噂話。

 どこで空襲警報が鳴ったとか、誰に赤紙が来たとか、どこの地域は焼け野原だとか、誰が餓死した、とか。


「いつか、みんな幸せになれる?」


 わたしの質問に、ミキ兄ははぐらかすことなく答えてくれた。


「キヨの言う“みんな”がこの村の人のことだとしたら」


 なれないよ。それが日本国民全員だとしても。


 ミキ兄は、はっきりそう言った。

 わたしもそう思う。だけど、思いたくない。みんなで、幸せになりたい。


「キヨだけは、僕が守るから。だから、安心して。約束」


 ところどころで、赤紙の話が聞こえる。届いたおうちでは、泣いて喜んでいてびっくりした。けど、陰でその家のおばさんが泣いていたのも、わたしは知ってる。


 ミキ兄は二十歳。わたしのこと、妹って見てくるけど、わたし、もう十六歳だよ。ミキ兄にもそれがいつか、やってくるって、わかってる。


 そう、わかってる。


 でも、守ってくれるんだよね?

 なら、近くにいてくれなきゃだめだよね?





「赤紙が来た」


 帰ったら、難しい顔で、お母さんに言われた。


 うそでしょ?

 だって、ミキ兄は。


 見せられた紙は、ほんとに赤かった。血で染まってるわけじゃないのに、炎で焼け焦げたわけじゃないのに、どうしてそんな光景が浮かんでくるんだろう。


「行ってくる」


 うちでは大げさなお見送りはしなかった。

 のぼりを立てて、日の丸の国旗を掲げ、家族全員での写真撮影っていうのを見たことがあったけど、そんなことしない。だって、帰ってくるから。ただ、出かけてくるだけだから。

 ね? そうだよね?





 戦争は終わった。正座でラジオを聞いた。


 終わったなら、ミキ兄は、帰ってくる!


 わたしの心はそればかりだったけど、涙ぐんでいる人ばかりで、嬉しい顔なんてできなかった。


「お母さん、ミキ兄はいつ帰ってくるの?」


 約束してくれたもん。守ってくれるって。

 だから空襲警報が鳴って、防空壕に入って、周囲が焼け野原になっても、わたしは生きてる。ミキ兄が生きてなければ、わたしは死んでる。


 帰ってくる。


 何度もお母さんに尋ねたけど、どうだろね、と答えられるばかり。

 でもやっと、答えてくれた。


「ミキ兄は、特攻隊に行ったんだよ」


 だから、帰ってこないんだよ。


 そう言って、お母さんは泣き出した。


 え?





 ミキ兄は、わたしのほんとのお兄ちゃんじゃない。とある日に、道端で倒れていたの。捨て猫みたいって思って、ちょっとかわいそうに思って、拾ってきちゃった。

 お母さんは嫌がらなかった。だって、あまりにもぼろぼろだったから。わたしと同じ気持ちだったんじゃないかな。

 手当して、体をきれいにして、ごはんを食べさせて、なんてしてたら、いつのまにか家族になってた。

 ううん、家族ってことにしてほしいって、頼まれたの。疎開してきた遠縁の親戚ってことで。


 ミキ兄は、どっかの良いところのおぼっちゃんだった。でも、そういう人って、なんか早くに義務感みたいなかんじで戦争に行かされるんだって。

 死にたくない、怖いって、逃げてきたって言ってた。泣きながら。


 情けないですよね、日本男児として、って言うミキ兄に、わたし、言ったの。


「逃げていいと思う」


 ミキ兄はぽけっとした。あのときの顔、よく覚えてる。あまりにお顔にふさわしくない馬鹿っぽい顔だったから。


「だって、わたしも生きたいもん」


 ミキ兄と一緒に。


 一目惚れってこういうのを言うのかな。

 ごちそうさまでした、おいしかったです、って笑ったミキ兄を見たら、ずっと一緒にいたいって、思っちゃったんだ。


 生きたい。あなたと一緒に。


「ありがとう」


 そう言って笑ったお顔なんて、涙でぐしょぐしょなのに、なんだか胸がぎゅぅってなったの。


 それからミキ兄は、わたしの帰りが遅いと学校まで迎えに来てくれるようになった。どこに隠れていても、見つけ出してくれる。それが嬉しくて、何回もやらかして、お母さんに叱られるほど。


 あのとき、守るって約束してくれたのに。


 なんで、破ったの?


 ミキ兄は、志願して特攻隊に行ったんだって、お母さんが教えてくれた。なんで、わたしに言ってくれなかったの?


 会いたい。

 会いたい。

 会いたい。


 見つけたって、手を伸ばしてほしい。

 あの日の顔は、記憶のなかでしか見られないなんて。


 ねぇ、どうして?

 日々、記憶がぼやけて滲んで、薄れていく。


 それからわたしは、ずっと結婚しないで、心の病で、死んだのだ。









 ……!!


 誰かが、なんか大きな声をあげてる。

 あれ、わたし、心の病で死んだんじゃなかったかな。


 ……!!


 どうすれば、いいんだろ。そういやまた、真っ暗の世界になっちゃった。

 わたし、地獄に堕ちたんかな。






 ぱしぃん!


「いった!」


 ——あれ


「戻ったか?!」


 ——戻ったって、どこに? 現世?


 と、目の前に男の顔。


「どちらさまですか?!」

「よかった、戻った……」


 ——なんの話だろう


「つれていかれたかと思った」

「つれて? ああ、特攻隊ですか?」

「特攻隊?」

「さっき、わたし、ものすごい未練たらたらで、結婚もせずに」

「なんの話?」

「???」


 ——そういえば、さっきの、なんだろう


「君の意識がとんだのは、ほんの数秒だ」

「数秒? え? 意識とんだって?」


 ——ずっと、私は見てきたよ、あの人の顔

 ——わたし(・・・)

 ——()じゃなくて?


「君は、ここの強い未練を、受け取ったんだ」

「未練」


 ——あの人の、キヨの、未練


 “わたしの未練は、あの人と、ミキ兄と、会えなかったこと”






 ——涙が溢れる。なんで、私が泣いてるんだろう。泣きたいのは、キヨさんなのに


 ずっと、泣いていた。辛くて。悲しくて。悔しくて。

 なにも知らなかった自分が、情けなくて。


 会いたい。その気持ちがあっても、相手はもう、いない。


「会いたい……」





 バスの中で、アニメーション映画を観た。それのなかの、最後の音楽が脳内で流れてくる。

 サビの部分。会いたいと懇願する。ここにいるから、会いに来てって、会いにいくよって、気持ちが届いてって、祈って、会えないことを、受け入れられなくて。



 ……~~


 いつのまにか、私は歌ってた。


 泣きながら、しゃくりあげる喉のまま、ずれてしまう音程も気にせずに。


 ——キヨさん、ミキ兄、どうか、会えますように

 ——あっちの世界で、会えますように


 そう祈って。






 影がかかって薄暗かったのに、さあっと明るくなった。

 人の形の明るい光になって、そして、色がついた。


 ——あれ、これ、特攻隊の人の、服?


「見つけた」


 ——あ、さっき聞いた、声


「ミキ兄」


 伸びていた手がひとつにまとまって、また人の形になる。色がつく。

 詠が最後に見たときは、祖母くらいの年齢だったのに、今はあの、十六歳のときのキヨの姿になった。






「なんで、教えてくれなかったの?」

「あの人がね、行かないと、キヨたちをひどい目に合わせるって言ったんだ」

「え」

「僕はキヨを守るって約束したから」

「わたしたちを守るために、行ったの?」

「うん」

「あんなに、死ぬのが怖いって、泣いてたくせに?」

「うん」

「僕にとっての家族は、キヨとお母さんだ。笑顔を、失いたくなかった」

「かぞく」

「君との約束は、破れないから。キヨ」

「約束、守って……」


 わたしのために?

 特攻に行ったの?


 わたしのせいで、特攻に行ったの?


 わたしのせいで、死んじゃったの?



「違うよ、キヨのせいじゃないよ」

「僕が戦争に行くのは、運命だったんだ。でも、神様が、僕に、キヨと出会う時間をくださったんだ」

「戦争に行くってならなかったら、僕は逃げなかったし、キヨに会えなかった」

「幸せな時間を、死ぬ前に、神様がくださった」

「その幸せは、君との時間だ、キヨ」

「泣かないで」

「僕は幸せだった」


 ——みんな、幸せになれる?


 ——なれないよ


「もう僕は、あのとき充分に幸せだったよ」

「なれないって言っちゃったけど」

「これ以上の幸せはなくて。そう答えてしまった」



「わたし、あのとき、みんなって言ったけどね、」

「みんなじゃないの」

「ミキ兄と、わたしのこと」

「幸せに、なりたかったの」




「じゃぁ、一緒に、行こう」


 ミキ兄が手を出してくる。


「ミキ兄」


「僕、幹彦っていうんだ」

「好きだよ、キヨ」

「幸せだよ」

「また、やっと、見つけられて」

「どれだけ探したと思ってる?」



「ごめんなさいっ」

「みきひこさん! わたしっ」

「あなたのことっ」


 キヨが幹彦に抱き着いた。






 二人が、明るい光に溶けていく。

 ちらりとこっちを見た気がする。


「「ありがとう」」


 そう聞こえた気がするのは、気のせいか。





「あっちの世界で、結婚、してくださいね」


 詠の言葉は、どこかに吸い込まれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ