2.
さて、当日。
時間通りに待ち合わせ場所で会った二人。詠はいつもと同じく軽い恰好をして、真言の車に乗り込んだ。
『僕らの行くべき場所を示せ』
ミラーに下がっている羅針盤が淡く光る。この間詠の家でやったときと同じ方面を針が示す。
「じゃ、出発」
「よろしくお願いします」
朝早い。詠は自分から、寝ていていいか尋ねてきた。いつも、終わった後はとても眠いこと、疲れていることをしっかり体で味わったからだ。
真言はもちろんと返すだけで、ただ車を走らせる。
今日出会う未練は、どんなものなのか。そもそも、行くべき場所が見つかるのか。心配事はたくさんある。
もう十月になったのに、たまに気温が三十度を超える日がある。異常なことだが、いつしかそれが当たり前になっていくのだろう。今日はそこまで暑くないが、半袖のTシャツで充分なくらい。どんどん変わりゆくのは季節や気温だけではなく、今後の日本のかたちも同じだ。未練が集まった場所をなんとかしなければ、自分たちがうまくやらなければ、辛いことが起きやすくなる。
とある出口を過ぎてある程度走ってから、針が動いた。来た方面を示したのだ。それを見逃さない。次の出口で下りてから、真言は詠を起こした。
「え、もう?」
「うん、もう」
思っていたほど遠くはなかったのかもしれない。
だが問題は、そのあたりには大きな神社仏閣がないことだ。コンビニに車を止めて、二人でスマートフォンを眺める。少し離れた有名どころに行ってみても、針が示すことはなかった。
「おかしいなぁ」
「見つからないね」
気が付けば正午を過ぎていて、まったく掴めない場所。これは大変。前回同様、神社でも寺でもない場所かもしれない。地図に載っていないのかもしれない。そういった場所は見つけにくい。そこで、二人で手分けすることになった。
真言は車で動き、詠は歩いて探す。もし人がいたら、このあたりに地蔵でも道祖神でもなんでもいいからないかどうか、尋ねる。大学生の論文作成のため、とでも理由を作れる。
詠を下ろしてから、真言は焦った。自分の力が足りないために詠を巻き込み、頼りきりになっていることに。もし詠になにかあったら自分に助けられるか、責任をとれるかどうか。
今も詠は、ひとりで動いている。その間になにかあったらどうしようか。最初の場所のように、誘われて行ってしまっても、そこに自分がいなければ助けられないのだ。
一方詠は歩きながら周囲を見回していた。観光地図を持って、歩く人を見つけたら声をかけてみる。みんな、一番に行ったあの地元の神社以外は知らないらしい。もう二か所ほど、地図上では古墳になっているが神社があるところを見つけた。そこは真言に行ってもらい、詠はまだ歩く。
気温は低くなってきたとはいえ、日差しがあると暑さが辛い。何度かすれ違った子供や散歩中の犬は、もう秋といっていい季節なのに、熱中症をおこしてしまいそうだ。
このあたりは住宅が多いらしい。今はひとりで歩いている寂しさからか、すれ違う人たちの行く先にあるあたたかみが自分にはないと、思い知らされる。
教えてもらった二か所は、はずれだったと連絡あり。仕方がないから一度合流しようという話になった。詠は真言が行ったあたりへと踵を返した。
と、遠くに縄が見えた。
——縄?
なぜ見えるのだろうか、目を疑う。その縄は、浮いている。縄の先は輪になっている。
目を疑ったのはほんの一瞬だった。
「まこくん? 見つけたよ!」
電話をかけると出てくれた。時代はすごい。カーナビにスマートフォンをつなげると、出られる。
「どこ?」
「え、ここ、どこだろう」
「そう言われても。まわりになんかない?」
「家ばっかりで。ちょっと古い感じ」
「わかんないよ」
「じゃ、上、見て!」
「上?」
「縄がね、わっかのある縄なんだけど、一本下から上に伸びてる! 私、そこ向かってるから、落ち合おう!」
ぶつ、と切れた電話に真言はくそ、と歯ぎしりした。
話す前に切ってしまった詠への苛立ちと、先に自分が見つけられなかった悔しさと、いろいろと混ざっている。
それに、真言が見つけられるとも限らないのに。少なくとも車で向かっている方向には見えないのだ。
Uターンして、道の端にハザードランプをつけたまま車を停める。幸い辺りは高い建物が少なく、そこそこ見渡しもよい。
と、助手席側になにか薄黒く上るなにかを見つけた。煙と間違わないでもない。だがあれは、たしかにあれだ。
羅針盤に触れる。針は、しっかりとその細く薄黒いものを指した。
さっきまで動かなかった。
が、見つかった。
すぐに行かなければ、詠が無茶をするかもしれない。しなくても、なにか起こるかもしれない。車を飛ばす。
「いた!」
家のある場所のはずれで、数は少ない。古い民家がぽつぽつと立っている家の一軒から、それは伸びている。詠は、その前に立っていた。
「よかった」
「さすがに勝手に入れないって」
「そっちの意味じゃない」
「え?」
「どうしよっか」
悩むのは、この縄が民家の中から出ていることだった。縄はカウボーイが持っているような、先を輪にした形で、鎖が付いている部分もありそうだ。空に伸びているのは一本だが。
「なんかもっとありそう」
「そうだね」
こちらから見えているのは一本だが、入ればもっとうじゃうじゃとありそうな気配がする。きっとそれが鎖なのだろう。
入れないのは、表札のついた家で、門が閉まっているからだ。もしかしたら誰も住んでいないかもしれない。見られたら、不法侵入として捕まってしまう可能性もある。
そこへ、人がとおりかかった。
「あらぁ、もしかしてここの人のご親戚?」
八十くらいになっていそうな女性だった。
「若い子がこんなとこうろついてるなんて、珍しいわぁ。もしかして親戚の子? ええっと、ここの人、なんていったかしら」
もう物忘れが激しくなちゃって、と恥ずかしそうに笑うご老人。
「そうなんです、遠い親戚なんですが、古い民家と聞いて見てみたくて」
「そぉう、亡くなったばかりのときはけっこう親戚が来てたけど、もうからっきしよ。いいと思うわよ」
「ありがとうございます」
なめらかに嘘をついた真言を責めることはしない。こうでも言わないと、入れない。苗字は表札を見てわかっていたため、名前を忘れてしまったというご老人も疑うこともなかった。荒れ放題と思うけど、と残して去っていった。
とりあえず許可を取った。親戚でもなんでもないが、入ることはできる。怪しまれても、仕方ない。真言のことを話せば、どうにかなる気がする。いつも理由はこれ、論文のため。
「行くよ」
「うん」
門は鍵がかかっていなかった。ただ金属の引き戸を横に引っ張るだけ。錆びていて力は必要だったが、人が通れるほど開けて入る。そして閉めた。
ご老人の言ったとおり、なかは荒れ放題だ。庭は草ぼうぼうになっており、ブロック塀を超えないまでも、けっこうな高さ。秋になっても緑色。
家のなかには入らない。もともと用があるのは外だ。家そのものからあの縄は出ていないのだ。
「僕が先に行くから」
「え、でも」
草をかきわけて進んでいく。建物の敷地では、北西へ。詠はなんとなく、想像できていた。
「う、わ」
わぁ、と声とともに尻餅をついた真言。
「どうしたの?!」
「縄が」
飛んできたという。真言に向かって。
「これ、だね」
土地の守り神として、よく個人の敷地内に建てられるお社がある。庭内神しというらしい。屋敷神が一般的か。北西に位置したそれから、うじゃうじゃと縄が出ている。
先は空に伸びているそれと同じく輪になっており、もし真言が捉われていたら、と思うだけで背筋がぞっとする。
「近づいちゃだめだよ」
詠は経験で知っている。特に法子のときに岩に掴まれ、実際に怪我をしていた。この輪に掴まれて引き締まったら、苦しく痛いに決まっている。首だったら死んでしまうかもしれない。
「それは詠さんも同じでしょ」
「でも私は、触れないと記憶も流れ込まないし、共感もできない」
「危ないって」
「それを助けてくれるのが、まこくんの役目でしょ?」
「そうだけど」
——そうだけど
ひゅんひゅんと激しく飛んでくる縄。
なにかを探すようにうねるように動く縄。
土地を這いずり蛇のように近寄る縄。
これらは、なんだろう。
今までの黒い未練は、すべてその場で違ったが、未練と少しばかりは関係していたと思う。とすると、この縄は、なにかを縛り付けるためにあるのだろうか。
「行ってみるね」
「気を付けて」
縄が飛んでこられる範囲には限りがあるらしく、真言が尻餅をついた場所には届かない。詠はそこから一歩踏み出した。
「詠さん!!」
叫ぶ声が聞こえる。目の前から縄が体を捉え、足もとを固く縛る。
痛い。苦しい。どんどん締め付けられる。
もう一本、うねるようにしていた縄が目の前に寄ってくる。なにか品定めでもしているのか。先に目でもついているのか。顔のまわりも体も、ずりずりと這いずり回る。縄の感触が痛いのと、この感覚は気持ち悪い。気色悪い。
「詠さん!!」
いつのまにか、苦しい声を出していた詠。真言が助けに行こうともう一度叫んだ。
「ま、って」
「待ってって、それじゃ全身が」
痣だらけになるだろう。
「待って」
——待って、もう少し
——待って
体を這いずりまわっていた縄の先の輪が、頭にはまった。はちまきでもしているみたいに見えるだろう。首を絞めないことを祈るのみ。
だがその瞬間に、入って来た。
——あ、来た
締め付けに対抗しようと固くしていた体を、楽にする。縄はほどけず、体も浮いている状態になった。
息をついた。




