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この気持ちに名前をつけて  作者: ぬりえ
なぜ行った

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19/28

2.

 さて、当日。

 時間通りに待ち合わせ場所で会った二人。詠はいつもと同じく軽い恰好をして、真言の車に乗り込んだ。


『僕らの行くべき場所を示せ』


 ミラーに下がっている羅針盤が淡く光る。この間詠の家でやったときと同じ方面を針が示す。


「じゃ、出発」

「よろしくお願いします」


 朝早い。詠は自分から、寝ていていいか尋ねてきた。いつも、終わった後はとても眠いこと、疲れていることをしっかり体で味わったからだ。

 真言はもちろんと返すだけで、ただ車を走らせる。


 今日出会う未練は、どんなものなのか。そもそも、行くべき場所が見つかるのか。心配事はたくさんある。


 もう十月になったのに、たまに気温が三十度を超える日がある。異常なことだが、いつしかそれが当たり前になっていくのだろう。今日はそこまで暑くないが、半袖のTシャツで充分なくらい。どんどん変わりゆくのは季節や気温だけではなく、今後の日本のかたちも同じだ。未練が集まった場所をなんとかしなければ、自分たちがうまくやらなければ、辛いことが起きやすくなる。


 とある出口を過ぎてある程度走ってから、針が動いた。来た方面を示したのだ。それを見逃さない。次の出口で下りてから、真言は詠を起こした。


「え、もう?」

「うん、もう」


 思っていたほど遠くはなかったのかもしれない。

 だが問題は、そのあたりには大きな神社仏閣がないことだ。コンビニに車を止めて、二人でスマートフォンを眺める。少し離れた有名どころに行ってみても、針が示すことはなかった。


「おかしいなぁ」

「見つからないね」


 気が付けば正午を過ぎていて、まったく掴めない場所。これは大変。前回同様、神社でも寺でもない場所かもしれない。地図に載っていないのかもしれない。そういった場所は見つけにくい。そこで、二人で手分けすることになった。


 真言は車で動き、詠は歩いて探す。もし人がいたら、このあたりに地蔵でも道祖神でもなんでもいいからないかどうか、尋ねる。大学生の論文作成のため、とでも理由を作れる。


 詠を下ろしてから、真言は焦った。自分の力が足りないために詠を巻き込み、頼りきりになっていることに。もし詠になにかあったら自分に助けられるか、責任をとれるかどうか。

 今も詠は、ひとりで動いている。その間になにかあったらどうしようか。最初の場所のように、誘われて行ってしまっても、そこに自分がいなければ助けられないのだ。


 一方詠は歩きながら周囲を見回していた。観光地図を持って、歩く人を見つけたら声をかけてみる。みんな、一番に行ったあの地元の神社以外は知らないらしい。もう二か所ほど、地図上では古墳になっているが神社があるところを見つけた。そこは真言に行ってもらい、詠はまだ歩く。


 気温は低くなってきたとはいえ、日差しがあると暑さが辛い。何度かすれ違った子供や散歩中の犬は、もう秋といっていい季節なのに、熱中症をおこしてしまいそうだ。


 このあたりは住宅が多いらしい。今はひとりで歩いている寂しさからか、すれ違う人たちの行く先にあるあたたかみが自分にはないと、思い知らされる。


 教えてもらった二か所は、はずれだったと連絡あり。仕方がないから一度合流しようという話になった。詠は真言が行ったあたりへと踵を返した。


 と、遠くに縄が見えた。


 ——縄?


 なぜ見えるのだろうか、目を疑う。その縄は、浮いている。縄の先は輪になっている。

 目を疑ったのはほんの一瞬だった。


「まこくん? 見つけたよ!」


 電話をかけると出てくれた。時代はすごい。カーナビにスマートフォンをつなげると、出られる。


「どこ?」

「え、ここ、どこだろう」

「そう言われても。まわりになんかない?」

「家ばっかりで。ちょっと古い感じ」

「わかんないよ」

「じゃ、上、見て!」

「上?」

「縄がね、わっかのある縄なんだけど、一本下から上に伸びてる! 私、そこ向かってるから、落ち合おう!」


 ぶつ、と切れた電話に真言はくそ、と歯ぎしりした。

 話す前に切ってしまった詠への苛立ちと、先に自分が見つけられなかった悔しさと、いろいろと混ざっている。

 それに、真言が見つけられるとも限らないのに。少なくとも車で向かっている方向には見えないのだ。


 Uターンして、道の端にハザードランプをつけたまま車を停める。幸い辺りは高い建物が少なく、そこそこ見渡しもよい。


 と、助手席側になにか薄黒く上るなにかを見つけた。煙と間違わないでもない。だがあれは、たしかにあれだ。

 羅針盤に触れる。針は、しっかりとその細く薄黒いものを指した。

 さっきまで動かなかった。

 が、見つかった。

 すぐに行かなければ、詠が無茶をするかもしれない。しなくても、なにか起こるかもしれない。車を飛ばす。


「いた!」


 家のある場所のはずれで、数は少ない。古い民家がぽつぽつと立っている家の一軒から、それは伸びている。詠は、その前に立っていた。


「よかった」

「さすがに勝手に入れないって」

「そっちの意味じゃない」

「え?」

「どうしよっか」


 悩むのは、この縄が民家の中から出ていることだった。縄はカウボーイが持っているような、先を輪にした形で、鎖が付いている部分もありそうだ。空に伸びているのは一本だが。


「なんかもっとありそう」

「そうだね」


 こちらから見えているのは一本だが、入ればもっとうじゃうじゃとありそうな気配がする。きっとそれが鎖なのだろう。

 入れないのは、表札のついた家で、門が閉まっているからだ。もしかしたら誰も住んでいないかもしれない。見られたら、不法侵入として捕まってしまう可能性もある。

 そこへ、人がとおりかかった。


「あらぁ、もしかしてここの人のご親戚?」


 八十くらいになっていそうな女性だった。


「若い子がこんなとこうろついてるなんて、珍しいわぁ。もしかして親戚の子? ええっと、ここの人、なんていったかしら」


 もう物忘れが激しくなちゃって、と恥ずかしそうに笑うご老人。


「そうなんです、遠い親戚なんですが、古い民家と聞いて見てみたくて」

「そぉう、亡くなったばかりのときはけっこう親戚が来てたけど、もうからっきしよ。いいと思うわよ」

「ありがとうございます」


 なめらかに嘘をついた真言を責めることはしない。こうでも言わないと、入れない。苗字は表札を見てわかっていたため、名前を忘れてしまったというご老人も疑うこともなかった。荒れ放題と思うけど、と残して去っていった。


 とりあえず許可を取った。親戚でもなんでもないが、入ることはできる。怪しまれても、仕方ない。真言のことを話せば、どうにかなる気がする。いつも理由はこれ、論文のため。


「行くよ」

「うん」


 門は鍵がかかっていなかった。ただ金属の引き戸を横に引っ張るだけ。錆びていて力は必要だったが、人が通れるほど開けて入る。そして閉めた。


 ご老人の言ったとおり、なかは荒れ放題だ。庭は草ぼうぼうになっており、ブロック塀を超えないまでも、けっこうな高さ。秋になっても緑色。


 家のなかには入らない。もともと用があるのは外だ。家そのものからあの縄は出ていないのだ。


「僕が先に行くから」

「え、でも」


 草をかきわけて進んでいく。建物の敷地では、北西へ。詠はなんとなく、想像できていた。


「う、わ」


 わぁ、と声とともに尻餅をついた真言。


「どうしたの?!」

「縄が」


 飛んできたという。真言に向かって。


「これ、だね」


 土地の守り神として、よく個人の敷地内に建てられるお社がある。庭内神(てんないしん)しというらしい。屋敷神が一般的か。北西に位置したそれから、うじゃうじゃと縄が出ている。

 先は空に伸びているそれと同じく輪になっており、もし真言が捉われていたら、と思うだけで背筋がぞっとする。


「近づいちゃだめだよ」


 詠は経験で知っている。特に法子のときに岩に掴まれ、実際に怪我をしていた。この輪に掴まれて引き締まったら、苦しく痛いに決まっている。首だったら死んでしまうかもしれない。


「それは詠さんも同じでしょ」

「でも私は、触れないと記憶も流れ込まないし、共感もできない」

「危ないって」

「それを助けてくれるのが、まこくんの役目でしょ?」

「そうだけど」


 ——そうだけど


 ひゅんひゅんと激しく飛んでくる縄。

 なにかを探すようにうねるように動く縄。

 土地を這いずり蛇のように近寄る縄。


 これらは、なんだろう。


 今までの黒い未練は、すべてその場で違ったが、未練と少しばかりは関係していたと思う。とすると、この縄は、なにかを縛り付けるためにあるのだろうか。



「行ってみるね」

「気を付けて」



 縄が飛んでこられる範囲には限りがあるらしく、真言が尻餅をついた場所には届かない。詠はそこから一歩踏み出した。


「詠さん!!」


 叫ぶ声が聞こえる。目の前から縄が体を捉え、足もとを固く縛る。


 痛い。苦しい。どんどん締め付けられる。


 もう一本、うねるようにしていた縄が目の前に寄ってくる。なにか品定めでもしているのか。先に目でもついているのか。顔のまわりも体も、ずりずりと這いずり回る。縄の感触が痛いのと、この感覚は気持ち悪い。気色悪い。


「詠さん!!」


 いつのまにか、苦しい声を出していた詠。真言が助けに行こうともう一度叫んだ。


「ま、って」

「待ってって、それじゃ全身が」


 痣だらけになるだろう。


「待って」


 ——待って、もう少し

 ——待って




 体を這いずりまわっていた縄の先の輪が、頭にはまった。はちまきでもしているみたいに見えるだろう。首を絞めないことを祈るのみ。

 だがその瞬間に、入って来た。


 ——あ、来た


 締め付けに対抗しようと固くしていた体を、楽にする。縄はほどけず、体も浮いている状態になった。

 息をついた。


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