1.
連絡は思ったより遅かった。
『もしもし、』
真言はすぐに話し出す。相手の時間を無駄にしないには本題にすぐ入ることが望ましいだろうが、今お時間よろしいですか、と一言添えるほうがいいと、社会人としてこれもアドバイスしようと決める。
『次の位置わかった』
今度は電車で行くという。
「電車で行くぅ?!」
車でないと移動が難しい場所が多い。前回もそうだった。なぜ電車なのか、次の場所を教えてもらったところ観光都市で、車のほうが逆に行きにくい場所だった。
「一日で帰ってこられるの?」
『わからない。だからできれば金曜の夜に出発したい』
「ああ、そういうね」
仕方ない、やってみようと決めたのだから、行く。交通費は真言が持ってくれる。少しは補填しようと考えてはいるから許してもらおう。
『もしかしたら、一か所だけではないかも』
「そうだね」
なにせ神社仏閣が揃ってたくさんある場所だ。ひとつだけであるはずがない。
『だからよく寝て、体力蓄えておいて』
「いや無理でしょ」
何度も言おう、詠は社会人。仕事がある。金曜の夜に出発し、ビジネスホテルに泊まるらしい。疲れがとれるはずがない。
ただ、もしかしたら少しくらい観光も楽しめるのではないか、という淡い期待ががんばらせてくれる気がした。それに、心配してくれているのがわかった。いつも、終わったあとはくたくただから。三回やって、そろそろ慣れてきたのかもと思えば、少しはましかもしれない。
待ち合わせ時間を聞き、了解し、あとはその日を待つのみ。残業はないはずだ。頼まれたとしても、予定があると伝えて帰ってしまおう。今は仕事よりも、なぜか“未練”のほうが、天秤にかけるとどうしても、重くなる。
最初のキヨ。次の古谷。この間の幸多。あれらを見てしまったから。
自分のことより、あれらを、あの人たちを、あの魂を、縛りから解き放ちたい。ほかにもたくさんまとわりついている、未練を。
それをすることで、自己満足だが楽になっているのは、詠のほうだった。
——そうだ、誰かの役に立てたと、喜んでいるのは、満足しているのは、心を軽くしているのは、私だ
これが稼ぎになるのなら、きっと今の職場を辞めて、ずっとこれをしているかもしれない。命の危険を伴うなら、きっと基本給も手当も大きい。そして毎日見つかるわけではない。ぶらぶらしながら観光していれば、楽しく暮らしていける。国内のあちらこちらに行くのだから、特定の住所なんて住民票だけにして、ホテルで毎日過ごしていればいい。
そんなことも、思うようになってしまった。
これで正解なのか、正直わからない。それがどこか、胸に苦しみを与えてくる。
「お待たせ」
「はい、チケット」
あとお弁当、と渡されたのは、売り切れ御免でなかなか手に入らないという駅弁だった。電車と聞いていたが、新幹線。場所からして想像に難くないがやはり、そうだった。
はい、とほんの気持ちとして、お札を渡す。一番高いお札だが、たった一枚の、罪悪感をなくすための施しだ。
「え、いや、僕が出すっていう約束だし」
「今回は特別。今回はちょっと遠いし。いらないなら返して」
「……いただきます」
新幹線で食べる駅弁はおいしい。明日の行先でも観光スポットとして有名だから、おいしいものを食べられるはず。誰かの苦しい記憶を見ることになるのは置いておくとして、楽しいこともあると考えると少しだけ嬉しい。
「まこくん、アルバイトなんかしてんの?」
「うん。お寺とか神社で」
たしか真言は寺の息子ではなかったか。実家が遠いとしても、寺はさておき神社でのアルバイトはどうなのだろうと考える。たしか、信仰対象が異なるはずだ。
「今やってることがあるから、神社でもどこでも仕事する」
そもそも寺や神社でアルバイトがあるのは知らなかった。正月にお守りを売る巫女が準備をする映像をニュースで見たことはあるが、それ以外もあったらしい。
「清掃も参拝客の応対もある。お守りとかお札の販売もするし。僕なら法要の手伝いもできるし。普通に事務もやる。保育園もあるところもあるから、そっちまわされることもあった」
「へぇ」
意外にやることは多かった。だが聞いたころによると、そこまで時給が良いようには聞こえない。長く続けていないのもあるかもしれない。あっちにいったりこっちにいったり、呼ばれて、頼まれて、とふらふらしているそうだ。
「ほら、僕のことはいいから、さっさと寝ておいて。着いたら起こす」
「はぁい」
到着までの時間は長いが、休日の観光名所は人が多い。一般人に見えていないものに怯えたり、歌ったり、泣いたり、なんてしていたら通報されてしまう可能性がある。
早朝、まだ神社仏閣が開いていない時間から動き出して、目的地を探すという。バスも動いていないから、レンタルの自転車を使って行く。
——今度はどんな人に会うんだろう
会いたいわけではない。だが、現世に未練を残し、まだ成仏できていない魂が心苦しく彷徨っているならば、どうしても力を貸したくなってしまう。
詠は自分がそんな人間だったかと不思議に思う。
たくさん曲を聞いてきた。音楽アプリを使い、図書館でCDを借り、ドラマにアニメに映画を観て、自分の心にぴんときたものは覚えるようにした。こんな気持ちの人には、これを聞かせたい。そんなことを思いつつ、今は頭の中で曲を響かせている。
CDよりも、映像のある形式のほうが曲の内容を想像しやすく、感情が入り込みやすかった。そういうものをよく聞くようになったら、アプリの次のおすすめ欄に出てくる曲は物語のオープニングやエンディングが多くなっていった。
いつしか、曲を聞き、鼻歌を歌いながら笑ったり泣いたり怒ったりと、歌詞の解釈は詠の勝手な想像ではあるが、胸が痛んだり軽くなったり、と多くなっている。人の気持ちに流されやすい、と学校の先生から通知表にコメントを書かれたことがあったが、それは大人になったはずの今でも続いているのかもしれない。
「詠さん、着いたよ」
「はぁい」
脳内で音楽を流していたはずなのに、いつのまにか眠りの世界に沈んでいた。気が付けば新幹線の窓はカーテンを下ろされている。目の上に重みを感じたのは、真言がよく眠れるように気を遣ったのか、タオルをかけてくれていたからだ。
「ありがとう」
行こうか、と二人で軽い荷物を持つ。予定は一泊。明日には帰る。移動するには荷物が少ないほうがいい。なるべく身軽で、ということで、必要最低限のものだけ入っている。詠のカバンには音楽を聴くためにワイヤレスイヤホン、真言は羅針盤。
「夜だけど、一応、やってみる?」
やってみるとは、羅針盤の針を辿ること。
「いいの?」
「うん」
明日が待っているのにやってみていいのか、そういう質問は真言からだ。せっかく来たなら、なるべく多く、そして早く終わらせたい。
『僕らの行くべき場所を示せ』
ふわりと羅針盤が光る。スマートフォンの画面より明るさはずっと弱いが、優しく力強さを感じる、白い光。
針はずっと、このあたりを示していたらしい。とはいえ、南北に長い日本のなかでどこを決定するのには難しいと思った。あっち、と示されたここまでの間にも、たくさんの神社仏閣あるはずなのに。
「鎖を持って、こうすると」
地図に羅針盤を垂らす。ひとりでに動いたと思った。羅針盤が止まったのは、今いるここだった。
「すごい」
それでここになったのか。前はそれを見せてはくれなかった。少しはこちらの信用度が高まったのかもしれない。
力を込めた羅針盤は、しっかりと一点を向いている。動けば回る。まるでマップのアプリで経路をナビしてもらっている気分。
地図を見ると、この針が示す線にはいくつかの神社仏閣がある。行ってみよう、ということに決定。まだ開いている場所なら、人の少ない夜のうちに。
ホテルにチェックインしてすぐ、行動開始。荷物を置いたりしない。方向に向かって、自転車を走らせる。ビジネスホテルと思っていたが、民泊のようなところで、自転車も無料で貸し出していた。いいところを選んでくれた。想像だが、ビジネスホテルより安いだろう。
一か所目、二か所目は閉まっていた。羅針盤はそこを示さない。三か所目は開いていたが、またも羅針盤は違う場所を示した。
「次、だめだったら明日にしよう」
「そうだね」
本当は、今夜のうちに終わらせたかった。そううまく事は運ばない。人生は思い通りにいかないものだ。これだけ神社も寺もある場所なのだから、少しは協力してほしい、と思ってしまう。それが悪いのかもしれない。
果たして、次。
「あ」
「ここだね」
羅針盤は、自転車を走らせていた方向から、隣に場所がきてすぐ、ぐるりとそこを指した。
神社だ。子授かり、安産、子孫繁栄にご利益があるとされているらしい。幸い、閉門されておらず、今からでも入ることができた。
「「遅い時間に申し訳ありません、お邪魔します」」
「「お見守りください」」
遅い時間だからか、もう誰もいない。詠としては喜ばしい。お参りのあと、一緒にあたりをまわる。小さなお社がほかにもあったり、お地蔵様が祀られていたり、植物が群生していたり、あるものといえば、失礼ではあるがだいたい同じ。まわってみて、その“一般的”とは違う場所に、未練はある、と思った。
「やっぱり、あそこかな」
岩がいくつも並べてある場所がある。わざと並べてあるのか、自然に積みあがったのかはわからない。
日本人は石を積み上げるのが好きなのか、水辺やこういった場所で見かけると、どんどん上に乗せるらしい。よく見かける。他には、水が張ってある小さな桶や自然のくぼみにできた水たまりに硬貨を入れるなど。
風習があるのかどうかは知らないが、石を積み上げるのは聞いたことがある。親より先に死んだ子供は、親不孝として、地獄の川、いわゆる賽の河原で成仏できるまで石を積み上げ、鬼に崩され続けるという。
四か所目に辿り着いて思うのは、やはりどこも、その場とどこかが区切られているような場所だ。崖のテープ、小高い丘の端、池の歩道の途切れた場所。
とすると、ここではないか。
この岩は、こちらからもう、向こうへは通じない場所に見える。大雨や地震で崩れることもあるだろう。もしかしたら人間が転んでぶつかるだけで、崩れ落ちる可能性だってある。
この岩は、ひとつひとつが大きい。これがもし、賽の河原で積み上げてきた岩だとしたら。
と考えたとき。
「う、わ」
岩が動き出す。
——やっぱり、ここだった
岩がひとりでに動き出し、だんだんと、鬼の顔に並び替えられていく。怒り狂った、般若のような顔。
詠はゆっくりと、息を吸い、細く長く、吐く。
「準備、OK?」
「それは僕の台詞」
鬼は、体もできてきた。最後には金棒まで手にした。
ずぅん、と伸びてくる手を避けることなく、そのまま見合う。岩の手はがっしりと詠の体を握りしめた。
四回目は鬼。触感はそのままらしい、岩が肌を押して、すれて、押し付けられて、痛い。
——痛い
この三回で、痛いことがあっただろうか。
顰めていた目をしっかり開く。共感が必要だと真言は言っている。鬼は怒った顔。だが詠に伝わるのは痛み。
だんだんと、意識が霞になっていく。
——あ、違う
握った手から、靄が出ている。
——もしかして、痛いの?
——……痛い?
——それで、怒ってるの?
ぎり、と音がするほど手に力が入った。苦しい声が出る。
近いはずなのに、遠くで、「詠さん!」と叫ぶ声が聞こえる。戻ってこい、と。
——待って、わかった気がするの
——いってくる。戻るから
——ちゃんと、戻るから




