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封印の姫と最後の騎士 【第一部完結】  作者: ラーナ


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第六十話 『狼ズシャ!の剣 ⑤』

 ——俺が嫌いなんだよ。


 俺が嫌いって何だよ?カミルは草原にひっくり返って流れていく雲を、凝視した。


 お前が嫌いなんじゃなくて、俺が。ってエリアスは言ってた。つまりエリアスが嫌いなのは俺じゃない。エリアス自身が嫌いなんだ。


「なんでだよ・・・」


 胸の奥で燻り続ける炎が、やたら煙ばかりを吐き出して、もくもくモヤモヤと考えが纏まらない。怒りとは違うし、悲しいのはもっと違う。ただ、目の前に何かが確実に存在しているのに、掴もうとすると掴めない。そんな感じだ。


 なんであいつ自身が嫌いなんだよ。しかも、俺がいると?俺がいると嫌いになんのかよ。だったらそれこそ俺なんかいない方がいいじゃんか。


 ふと森の方で数人の男たちの声が聞こえて、カミルは身を起こした。何で祭りなのに人がいるんだ?皆祭りの日は酒飲んで、仕事なんてしないのに。起き上がって見て見ると、森の入り口付近に数人の男たちが地面を見ながら、何やら話し合っている。


「お~い!おっさ~ん!」


カミルが手を振ると、一人の男がそれに応えて手を振り返してくれた。何だろう?エリアスのクソ難しい言葉の謎解きよりも、こっちの方が面白そうだ。


「お~。ヴァルドの爺さんとこの」


「何やってんの?」


 そこにいたのは、やたらガタイの良い年配のおっさん二人と、若い男の三人組だ。若い方は、しゃがみこんで何やら土を手でほじくり返し、手触りやら匂いやらを調べているようだ。


「ああ、大したことじゃねぇ」

「お前、祭りはどうしたい。早く行かねぇと菓子がなくなっちまうぞ?」


 追い払われたわけではない。が、男たちの言葉には、なんとなくだが、カミルをここから遠ざけようとする意図が感じられる。カミルは頬を膨らませた。


「なんだよ、俺だって町の男の一員だぜ!」


 しゃがみこんでいた若い男の方が、顔を上げて吹き出した。


「よお、威勢がいいな」


「あ!武器屋んとこの兄ちゃん!」


 弓術大会の看板が上がった日に、子供でも出ても良いって言ってくれたあの男だ。「誰が武器屋だよ。ウチは鍛冶屋だっての」と短く笑うと、男は立ち上がってパンパンと手のひらに付いた土を叩き落とした。


「弓術大会はどうした?出るんだって息巻いていただろう?」


 あの日の高揚感がカミルの胸を掠めた。絶対に勝ってやる!ロングソードを取ってやる!エリアスを喜ばせてやるんだ!それら全部が、カミルの胸をチクリと刺した。


「んな事よりさ、何やってたんだ?俺にも教えてくれよ」


 年配の男たちが視線を合わせてから、やれやれとため息をついた。「まあ、もしかすっとヴァルドの爺さんにも、協力してもらわにゃならんかもしれねえしな」と。


 爺さんは一応騎士だ。土地も馬もなんもねぇけど、腕っぷしと剣術の技だけはある。そんな爺さんに協力してもらわないといないこと——


「狼でも出たのかよ?」


 男の一人が乱暴な手つきで、カミルの髪の毛をわしゃわしゃをかき混ぜた。本人は撫でているつもりらしい。


「お前は聡い子だぁな」


 大きくてゴツゴツの岩みたいな手を掴んでどかせて、カミルはぼさぼさになった髪を撫でつけた。


「で?どうすんだよ?」


「どうすんも何も、祭りの最中だしな。けど、奴らはずる賢い。だから討伐を明日にしても良いものかどうか、こうやって痕跡を調べてるってわけさ」


「まあ、今夜くらいは大丈夫だろう。確かに足跡は新しいが、糞はねぇし毛も落ちてなかった。一応夜になったら、見張りを交代で置くよ」


 鍛冶屋の兄ちゃんがブーツで地面を均した。ふうん。つまんね。これから狼の討伐に繰り出すってんなら、俺もついて行きたかったのになあ。


「それより、年に一度の祭りの日に、こんなところで何やってんだ?兄貴と喧嘩でもしたのか?」


「エリアスがっ!・・・俺がいると焦るとか。自分が嫌いだとか・・・わけわかんねことばっか言いやがるから・・・」


 食って掛かったつもりが、最後は尻すぼみになる自分がカッコ悪い。


「親方たち!報告、頼むわ。俺、もう少し見てから戻るから」


 ああ、鍛冶屋とか武器屋の親方連中だったのか。どうりで腕が太いと思った。「悪いなぁ」「お前らも早く戻って来いよ」などと言いながら、おっさん二人は広場の方に戻って行く。ちぇ!気楽だよな。オトナは。酒飲んで笑ってりゃいいんだもん。あ~あ、俺、どうすっかなあ?


「クラウスだ」


 は?顔を上げると、鍛冶屋の兄ちゃんがニカッと笑いかけた。


「クラウスだって、俺の名前。で、お前はカミル。これでとりあえずは友達だな」何があったか話してみろよ?


 カミルは、つっかえながらも、とりあえず全部をクラウスに話して聞かせた。話し終わってもクラウスは何も言わない。ただ、じいっとカミルを見ているだけだ。その何となく蕪みたいなクラウスの顔かたちのせいなのか、ただ単に話してすっきりしたのか、カミルは何となく気持ちがほぐれてきた。


「で?お前はどうしたいんだ?」


「どうしたいって何だよ。俺は・・・」


 頭の中にエリアスの興奮した声が聞こえてくる。


「すっげぇどころじゃねぇよ!優勝したらロングソードがもらえるんだ!」


 次いで、静かな決意。


「・・・頑張ろう・・・俺」


 少し呆れたような、寂しそうな声。


「お前・・・二度と『俺はヴァルドじゃない』なんて言うなよ」


 そして、苦しそうな告白。


「カミルがいると・・・焦るんだ」「俺が、嫌いなんだよ。お前じゃなくて・・・俺が」


 カミルはいたたまれなくなって、クラウスから目を逸らした。どうしたいって、そりゃ、エリアスと楽しく弓術大会で盛り上がりたいよ。けど——


「——クラウスは大人なんだろ?」


「あ?まあ、お前よりはな」草の上にどっかりと腰を下ろして、クラウスは笑った。その声は軽いのに、目だけはちゃんとカミルを真正面から見つめている。


「だったら分かるよな?エリアスが言ってたこと。『俺が嫌い』ってどういう意味なんだよ」


 クラウスの茶色い瞳が少しだけ見開かれ、そしてふっと風に溶けるような笑みを浮かべた。


「ああ・・・分かるよ」


「え!?だったら——」


「お前、弓が得意だろ?で、エリアスはうまくねぇ」


「なっ、な、な・・・っ」


 カミルはギョッとした。何で知ってるんだ?まさかこいつ、俺らの鍛錬を見てたとか?


「そう驚くことか?こう見えて俺は鍛冶屋の後継ぎだ。体つきや手のひらを見りゃ大体分からぁ」そいつらの体の癖に合わせて道具を作るのが鍛冶屋の仕事だからな。


「俺は、鍛冶屋の倅だけどさ、どうも力仕事は向かねぇ。去年ウチに来た見習いの方が俺なんかよりもずっとうまい。けどさ——」


 クラウスは、草を一本抜いて、指でくるくると回した。


「兄貴ってのは、カッコつけたいのさ」


「何だよそれ?」


 カッコつけなくたって、エリアスは十分カッコいい。自分の得意に不得意に関係なく、どんな型も完璧に覚えているし使いこなす。頭だって悪くない。ただ弓が出来ない。それだけだ。


「自分よりもすげぇ奴を弟分に持つとさ、つい比べちまうんだよ。勝手にな」


 クラウスは、草をまるで小さな投げ槍のようにして、遠くへ飛ばした。けれど所詮はヘロヘロの草。すぐに失速して草むらに落っこちて見えなくなる。


「弟分の前じゃさ、強ぇ自分でいたいんだよ。弱ぇとこ、見せたくないんだよ。頼られて『兄貴!カッコいい!』って言われたいのさ」


「それ、エリアスも同じってことかよ?」


 カミルは上目使いにクラウスを見た。クラウスの茶色い目は町の方を向いている。


「多分な。俺も、親父が俺よりも弟分を褒めてると、惨めになる。焦るし、自分が嫌いになる」


 エリアスに謝れと言った爺さんの声が蘇る。お前は誇りを傷つけたのだ。あれってもしかして、そういう事かよ。「エリアスは弓とかやらなくてもいいんじゃねえか?」って。俺があいつを頼ってないって?”お前には期待してない”って、そう聞こえたってのかよ?カミルは遮二無二草を掴んで引きちぎった。


「なんでだよ!エリアスはヴァルドの次期当主で剣術の天才で、他にも——俺なんかよりも——ずっと」


「結局さ——」


 クラウスの声がカミルの手を止めさせた。


「エリアスはお前を守りたいんだよ。でないと強い自分になりてぇ、なんて思う必要がねぇからな」


 どんなに悪戯をしても、どんなにふざけても、どんなに怒らせても——


 エリアスはいつもカミルに付き合い、待っていてくれて、見ていてくれた。呆れながら、笑いながら。そして、ちょっぴり怒りながら。


 カミルは立ち上がった。


「どうしたいか、分かったか?」


「いいや、わかんね」


「おま!」


 カミルはクラウスを見下ろした。こうして上から見たら、ますます蕪そっくりだ。


「分かんねぇけど、俺、行くわ」


 クラウスは、蕪に入れた切れ込みみたいな口を持ち上げてニッと笑った。


「ま、お前らしくていいんじゃね?」


 カミルは勢いよく頷くと、草を蹴った。風が頬に激しくぶつかる。その鼻先に、祭り特有の匂いが——焼いた肉に蜜入りの菓子、焚火の匂いが——途切れ途切れに流れ込んでくる。カミルは広場が見えてくるまで走り続けた。

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