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封印の姫と最後の騎士 【第一部完結】  作者: ラーナ


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第五十七話 『狼ズシャ!の剣 ②』

 暖炉の炎が楽し気に揺れ、炎の中で薪の小さな欠片が踊るように跳ね上がる。その赤い光の筋が、鼻歌交じりで書いた螺旋のようなラインをなぞった。暖炉の前に敷かれた古い絨毯の上で作業をしているカミルの心も、それに負けないくらい弾んでいる。パッチパチの、メッラメラだ。


「あらまあ。二人そろって楽しそうね」


 台所で夕食の支度をしていたばあちゃんが、笑いかけながら獣皮の戸を開け放った。入り込んできた冷たい風がうなじを撫で、カミルはきゅっと首を襟の中に引っ込める。


「ばあちゃん。寒いよ」


「あら、ごめんなさい。でもあんたたちが火にかけてる膠(にかわ)の匂いがきつくて」


 そんなに変な匂いかな?カミルは鼻をひくつかせる。なんかちょっと煮込み過ぎてドロドロになったポタージュみたいな匂いじゃん。ばあちゃんはくすっと笑い、鍋を引っかける鉄棒を占領している小さな鉄製のバケツに目をやった。中では溶かした膠がぐつぐつと煮えている。


「あなたの好きなミルクスープに、膠の匂いが移っても良いと言うなら、閉めるけどね」


 カミルは弾かれたように立ち上がると、小さなバケツを慌てて火からおろして、炉床の隅っこに移動させた。ついでに、そこら辺にあった薪でバケツに蓋をする。


「いいよ!開けといて!」


 カミルの行動の速さにエリアスが、吹き出しそうになりながら、ナイフで木の枝を削る作業を続けた。カミルは風でせっかく集めた羽根が飛んで行かないように、自ら風よけになりながら、羽根の選別作業に戻った。午後いっぱい駆けずり回って手に入れた羽根だ。無駄には出来ない。と言ってもカミル達子供が手に入れられる羽なんて、たかが知れている。


「あ~あ。鷹の羽根とかあったらいいのになぁ」


「そんなの、伝説の中の騎士しか持ってないだろう?」


 伝説の騎士に憧れまくっているエリアスが、小さくため息を吐いた。少し前から、エリアスの言葉の中にやたら「伝説」が出てくる。「伝説の騎士」「伝説の姫」「伝説の剣」あとなんだ?「伝説の王」?「伝説の菓子」とかだったら、俺も興味もてたかもしれねえけどな。


「やっぱガチョウかな」


「ガチョウだって上等じゃないか。そっちのはキジの羽根か?縞模様がきれいだけど大きすぎないか?」


 エリアスもカミルも、もっとずっと小さいころから、訓練だけではなく、簡単な武器の作り方から手入れまで、爺さんからみっちりと叩き込まれてきた。矢を作るのなんてお手の物だ。


 カミルは鼻先に雉の羽根を水平に寝かせて、じっくりと見聞した。確かにちょっぴり長い。それに芯が弱い。指で少し曲げただけでも、すぐにフニャっとなる。


「こんなんじゃ、ぜんぜん勝てる気がしねぇ」ポイっと放り出すと、エリアスが苦笑した。


「勝負は素材じゃなくて腕だろ?」


 カミルはチラッとエリアスの方を見た。その腕がない奴が何を言ってやがる。とは言えない。でも弓を構えるエリアスの立ち姿は、カミルだけでなく爺さんだって認めるほど綺麗だった。シャンと伸びた背中。ピンと引かれた弦(つる)は緩みや震えもなく、肩から腕へ、そして指先へと伸びる力の導線は完璧だった。だったのだが・・・。いかんせん、命中率がダメすぎる。


 カミルには何故エリアスがそこまで的を外せるのか、寧ろ不思議だった。


 一度、もっと小さい時に「エリアスは弓とかやらなくてもいいんじゃねえか?」と言ったことがある。だってエリアスは剣の達人だし。あんな難しい技のコンビネーションだって、ちょこっと練習するだけで普通に試合で使ってくるし。苦手な事なんてやらなくったっていいじゃん。その方があいつにとってもいいだろう?カミルは本気でそう思っていた。


けれど、爺さんの反応は違った。カミルの肩を思いっきり強く掴むと、膝をついて目線を合わせながら言ったのだ。


「エリアスに謝れ」


「お前がこやつに何を言ったのか教えてやろう。お前はエリアスの”誇り”を傷つけたのだ」


 幼いカミルには何でそれが謝るべきことなのか、さっぱり分からなかった。だって弓術に関しては、爺さんはいっつもカミルを褒めてくれた。「良く飛ぶ矢だ」「お前は弓の才がある」って。だから、剣のエリアスを俺が弓でフォローしてやりゃあいいじゃん。くらいの軽い気持ちだった。けれどカミルは謝った。


 エリアスが泣いていたから。


 黙って。関節が白くなるくらい強く弓を握りしめ、唇をかみしめて震えていたから。


 それ以来、カミルは弓の事でエリアスに一切何も言わないことに決めた。爺さんの行ったことは、今でも今でもよく分かんねぇ。でもこれだけは分かった。


 ——エリアスが泣くようなことは、二度と言わない。


 カミルはガチョウの羽根のしなり具合を見ながら、ため息をついた。


「・・・やっぱ、鷹の羽根があったらなぁ・・・」爺さんの道具箱なら、鷹の羽根の一枚や二枚こっそり隠してあんじゃね?窓際のチェスト。その足元に爺さん専用の武器の手入れ箱が置いてある。あん中ゴソゴソやったら見つかるんじゃ——


「誰が鷹の羽根を使ってもいいと言った?」


 エリアスとカミルの肩が同時に跳ね上がる。


「ひっ!」


「うわ!」


「あなた。お帰りなさい」


 ばあちゃんが笑顔で爺さんを出迎える。こんなに怖い爺さんなのに、ばあちゃんには今でもメロメロだ。古びた外套を脱ぐのを手伝ってもらった後は、必ずばあちゃんの手を取ってキスするんだ。


 厳格な祖父がいつものように妻の手の甲にキスを落としてから、こちらを振り返った。


「ほう。新しい矢を作っているのか。感心な事だな」それで鷹の羽根、か。視線がこちらの手元に動くのを見て、慌ててカミルはガチョウの羽根に集中した。なんで隠さなきゃなんねぇんだ?別に悪い事してるわけじゃねえのに。とは思う。思うが、この爺さんの視線の前ではどうにも怒られてるような気になっていけない。それは何もカミルだけに限った事ではない。エリアスも急にソワソワと、いつもの落ち着いた空気を崩し始めていた。


「今度の獲物は何だ?今の時期ならアナウサギか?それとも山鳩か?」


「え、え~っと。ウサギも、良いですね」


 エリアスが言いにくそうに言葉を濁した。カミルはだんだんイライラし始めた。なんだよ。はっきり言ったらいいじゃねえかよ。


「なるほど。雁、だな?」


 爺さんの声が低く落ちる。


「湖は危険だから近づくなと、いつも言っているだろう」口では禁止しているのに、爺さんの声はどこか楽し気で、危機感はあまり感じられない。と言うのも、この爺さん——狩りが好きなのだ。狩りの話になると、目の奥が僅かに熱を帯びる。手近な椅子を引き寄せて座り、雁のいる湖に思いを馳せるように、爺さんは暖炉の踊る炎に目を向けた。


「雁はな、見張り役がおるのだ。見張り役の裏をかいて仕留められたら一人前だ」


 渡り鳥の雁は、西のはずれの湖に毎年羽を休めに飛んで来る。もしも仕留められたら、間違いなくとんでもない大手柄だ。だけど、今の獲物は雁でもアナウサギでもない。弓術大会で優勝し、賞品のロングソードをもぎ取ることだ。


「行くのなら、誰か大人と一緒に行くんだぞ」


 エリアスはもじもじと俯いたまま、もう十分真っすぐになっているシャフトを、何度も回転させて手の中で確認をしている。ああ、もう!じれってぇなぁ!カミルはすっくと立ちあがった。そして爺さんの前に立つと真っすぐに人差し指を突き付けた。


「今年の獲物はロングソードだ!」


 どうだ!驚いたか!


 狙い通り、爺さんは目を剥いた。そして、なぜかエリアスの手からシャフトが落ちて床を転がった。

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