第二十五話 収穫祭⑤『ごめんなさい。お肉、食べちゃいました』
「何でしょうか?」
アルフリーダが腰を浮かして広場の方に目を向ける。だが、何重にも膨らんだ屈強な男たち背に阻まれ、ただの人だかりにしか見えない。
「ああ。男たちによる力比べですよ。見に行ってみますか?」
アルフリーダがコクリと頷き、エリアスは少し冷めた串焼きを持ったまま人だかりに近づいた。アルフリーダを庇うように男たちの隙間を縫い、歓声の渦の中心へと。
熱狂する男たちが囲む傾いだ机。丸太のような腕をした力自慢の男二人が、机を挟んで向かい合い、顔を真っ赤にしながら腕相撲に興じていた。勝敗が決まるたびに地鳴りのようなどよめきが上がるが、誰も奥に座った男を倒せないようだ。昨年の優勝者だろうか。何人もの男たちが順番に挑んでいくが、誰も彼には敵わず、一捻りで机に沈められている。
「今年の賞品は何でしょうね?」
「賞品?」机の上に派手に倒れ伏す男から目を離し、アルフリーダが小首を傾げる。
「ええ。毎年何かしらの賞品を巡って、勝負するんです。最後まで勝ち残った者が賞品を手に入れられると。そう言うわけです」
男たちの熱気と狂乱ぶりをひとしきり見ていたアルフリーダが、急にエリアスの手を引いた。
「エリアスも参加してみませんか?」
「え?私は——」
「見て下さい。賞品は籠いっぱいのリンゴですよ」
今や戦場になっている机の近くの台には、山と盛られたリンゴの大籠が乗っている。その背後の暗がりで、でこぼことした影ががごそりと動き、エリアスは眉を上げた。酒場の薄暗い物陰。そこに数人の小さな子供たちが身を寄せ合うようにして、大籠を見つめている。祭りの賑わいの中、木札も持てず、何も食べられない孤児たちだ。
なるほど、そういう事か。
アルフリーダはエリアスに参加させて、手に入れたリンゴを子供たちに配るつもりなのだろう。エリアスは串焼肉をアルフリーダに手渡し、袖をまくり上げた。
「それは負けられませんね」
エリアスが力比べの輪に加わると、男たちがどよめいた。見るとカミルまでいる。
「お前がこういうのに参加するとこ、初めて見たぜ」
こっちを見て、ニヤニヤと口元を緩めている。ワインを片手に、更に出来上がっているようだ。ちらりと見えた酒場の店内では、ディランと思しき男が机の上に突っ伏してピクリとも動かない。まさか、あれからずっとここで飲んでいたのか?いや、カミルならありえない話ではない。今更ながらディランに同情の念まで湧いてくる。
「エリアス、出るのか?」
「初めてだよな?」
いちいち頷いて見せると、机についた去年の優勝者が不敵な視線を向けてきた。大柄な壮年の男。確か主に家畜を飼って暮らしを立てている農夫だ。名前はブラムだったか。盛り上がる腕の筋肉は、いかにも歴戦の勇者と言った風情だ。
「へえ。騎士がお相手とは、こりゃあ楽しみだ。おいおい、お前らエリアスを先に通せ!ルールは簡単だ。俺に勝ったら、ここに座らせてやる。けど、ここに座れても他の連中に負けたらリンゴは無しだ」
「全員倒したら?」
エリアスの問いに、ブラムがにやりと口の端を持ち上げた。
「そんときゃ、全部お前のもんだ」
居並ぶ男たちから笑いが飛び出し、皆が道を開ける。チラリと振り返るとアルフリーダが少し離れたところで、不安げに見守っていた。それに静かに頷いて応えると、エリアスは肩を叩かれながら不安定な丸椅子に腰を下ろした。
肘を机につけ、挑発するように日に焼けた手を軽く握ったり開いたりしているブラムと向かい合う。エリアスは右肘をつき、ブラムの手を握った。合図の掛け声と同時に、すぐさまズシッと重い力がかかる。させまい。とエリアスはわき腹から肩に力を籠め、手首の負担を逃がす。今のところ力は互角だ。
「エリアス!本気出せよ!」カミルの声を合図に、人だかりが口々に声を上げてくる。ブラムに視線を向けると、汗が浮かんだ顔に笑みが浮かんだ。瞬間、ググッとエリアスの腕が倒れそうになり、反射的に力を籠めなおす。
本気、か。エリアスは一度息を吸い込むと、ゆっくりと吐く勢いで腕を傾けた。
「ぐっ・・・!」ブラムの顔から笑みが拭い去られる。応援の声が大きくなる。エリアスはそのままの緩やかな勢いで、ブラムの腕をねじ伏せた。
「勝者エリアス!」カミルの声が響き、歓声が沸いた。
「負けちまったか」そういうブラムはどこか楽しそうで、丸椅子から立ち上がる。「んじゃ、後は任せたぜ」痛ててて。と腕を押さえながら、ブラムが酒場の前に出ている椅子に腰を下ろした。エリアスも立ち上がり、ブラムの席に移動すると、急に列が乱れ始めた。
ざわざわ。「おい、嘘だろ。ブラムがこんな簡単に・・・!」「そう言やあいつ、ディランを片腕でねじ伏せてたよな」「手首の骨がミシミシ言う音!俺も聞いた!」
狼狽えザワつく男たちに、ブラムの真似をして、エリアスは机の上でワザと掌を握ったり開いたりして見せた。
「次は誰だ?」
一瞬で凍り付く男たち。
「あ、あー!俺、明日早いんだったわ!」「俺も!カミさんに早く帰るように言われてたんだった!」「いてて・・・。持病の腰痛が急に悪化しやがった」
口々に苦しい言い訳を並べ立てて、笑顔に冷や汗を浮かべて去って行く。あれだけいた男たちが三々五々と散って生き、残されたのはポツンと置かれたリンゴの大籠とアルフリーダ。
「さすがですね。エリアス」
出迎える彼女の手が、サッと何かを隠すように背中に回される。
何だ?
見ると、エプロンの影にチラリと串の先っぽが見えた。試合に出る前、エリアスがアルフリーダに預けた焼き肉の串だ。
「ご、ごめんなさい、エリアス。お肉、食べちゃいました」
申し訳なさそうに頭を下げ、アルフリーダが背中から串を出してエリアスに見せた。綺麗に肉だけ引き抜かれ、串は見事に空っぽだ。そのアルフリーダの足元。ごそごそと影が蠢いている。先ほどの孤児たちがいる。座り込んで頬をリスのように膨らませ、口の周りを肉汁で光らせながら幸せそうにモグモグと顎を動かして。エリアスは笑いそうになるのを必死で堪えた。




