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封印の姫と最後の騎士  作者: ラーナ


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第二十四話 収穫祭④『甘い一口。甘い眼差し』

 「ふう。お腹いっぱいです」


 広場の喧騒から少し離れたベンチに座り、アルフリーダが満足そうに腹のあたりをそっと押さえた。


 カオスを極めた求婚のダンス。ディランの暴挙と、冷徹な死神の顔。震えるアルフリーダと騎士の逃亡。エリアスはワインの杯を傾けながら口元を緩めた。


「蜜は取れましたか?」


 揶揄からかうように言うと、アルフリーダがハッと両手で頬を覆い、たちまち耳まで真っ赤になっていく。


 踊りの輪から抜け出し、ただ恥ずかしさを振り払うように走っていた時、急にアルフリーダが足を止めた。驚いて振り返ると、大きな紫色の瞳がキラキラと輝かせたアルフリーダが、魅了されたように一点を見つめている。視線の先にあったもの。それは大通りへと続く道端に出された一つの屋台だった。


「エリアス、あれは?」


 おずおずとアルフリーダが指を指す。店先に出された竈と鉄なべ。油で満たされた鍋の中でぷくりと膨らんだ薄茶色の丸い塊が楽し気に踊っている。少し焦げたような匂いと、果実が甘く煮える香りが混じっている。


「果物の包み揚げですよ。この香り、中身はリンゴのようですね」


「お!兄ちゃん!いい鼻だね。当たりだよ!」


 木の杓子のような大きな匙で揚げ具合を見ていた店主が、こちらに見えるように揚げ菓子を油から引きあげてみせる。甘い香りが強くなり、アルフリーダの頬が赤みを帯びて、ぱあっと笑顔が広がって行く。


「一つ食べてみますか?」


「え?良いのですか?」


「一つ頼む」


 アルフリーダの返事を待たず、エリアスは屋台の親父に懐から取り出した小さな木札を渡した。


「おお!ありがとよ!蜜、大目にかけとくぜ!神と聖女様のご加護がありますように!」


 店主が景気良い声と共に、揚げたての菓子の上からスグリのシロップをたっぷりとかけた。じゅわりと言う音と同時にスグリの甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。女性の拳ほどの、ずしりと重い揚げ菓子に蜜が染み込み、茶色く色づいた生地に濃い紫色の縞模様を幾つも作る。


「エリアス、その木札は?」


 串に刺さった揚げ菓子を受け取りながら、アルフリーダが軽く小首を傾げる。


「知らないのかい?お嬢さん」露店の主が店先に身を乗り出して、先ほどエリアスから受け取ったばかりの木札をアルフリーダに見せた。


「こいつは、屋台の交換札だ。祭りの後、こいつを町の倉庫番の所に持って行くと、麦と交換できるって寸法さ」


 町の中央倉庫を取り仕切る差配人と、農夫、家畜持ち、職人の三つのまとめ役が祭りの前に木札を配る。木札は、その年に共同体へ貢献した者へ贈られる”感謝のしるし”であり、祭りの日には祝福を受け、食べ物などと交換できる。


「お金・・・ではないのですか?」


「カネェ?なんだそりゃ?」店主がガハハと笑い飛ばす。


 国が亡くなって百年。最初のうちはまだ機能していた貨幣経済は、今では完全に意味を失っている。胴も銀も金も、金属としてだけの値打ちしか持たない。


「座って食べましょうか」


 エリアスは道端にひっくり返っている樽を起こしてアルフリーダを座らせる。


 その後のアルフリーダの姿——。思いだすだけでも笑いが口元に登ってくる。エリアスは口の中で何度も笑いを噛み殺した。


「そ、そんなに笑わなくても良いではないですか」


 アルフリーダが頬を膨らませる。


「笑っていませんよ」


「笑ってます!」


 串に刺さった蜜たっぷりの大きな揚げ菓子。それをじっと見つめた後、意を決したアルフリーダは大きく口を開けると、思い切りよく、ムシャッ!とその丸い塊にかぶりついた。


 じゅわっと油に混じった果汁が零れ出る。「ふぁっ!はっへ!」と慌ててそれを舐めとるアルフリーダ。およそ姫らしからぬ食べっぷりに、エリアスは完全に度肝を抜かれた。


 口いっぱいに揚げ菓子を頬張りながら、子供のように目をキラキラと輝かせ、「ふぉいひーへふ!」と感嘆の声を上げている。完全に「美味しいです」とは言えていない。さっきの声は「あ!待って!」か?


 美しい顔は果物の汁と油と蜜でべたべた。口の周りはもとより、小さな鼻の先にまで、スグリの蜜の紫色が付いている。こんな彼女は初めて見た。いつもは上品で優雅で、姫然としたアルフリーダが「はぐはぐ、ふうふう」と、揚げ菓子を食べる姿にエリアスは単純に見入ってしまった。見ているこちらまで、果汁の味が広がってきそうだ。食べ終わるころには、美しい刺繍の縫い取りのエプロンにも蜜や果汁が垂れて、シミがいくつも出来ていた。どうやら我が主は、甘味に目がないらしい。


「これも食べてみますか?」


 エリアスは先ほど自分用に取ってきた串焼肉を、アルフリーダの鼻先に近づけた。カミルが仕留めてきた猪の極厚バラ肉だ。まだ微かにジュウジュウと音を立てている。滲み出る脂とハーブが混ざり合い、暴力的とも言える芳醇な香りが立ち上る。アルフリーダの白い喉がゴクリと動くのを見て、エリアスはたまらず笑い出してしまった。アルフリーダの顔が急激に赤く染まっていく。


「け、結構です!」


「どうぞ。岩塩をまぶしているので美味しいですよ」


「エリアスが食べて下さい!」


 むきになってアルフリーダが串焼肉をこちらにズイッと押しやってくる。我が主の可愛らしい強がりにエリアスの頬がまた緩みそうになる。その時。


——おおおおっ!


——やれっ!いけぇぇ!!


広場の方から地響きのような男たちの荒っぽい歓声が上がった。

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