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封印の姫と最後の騎士  作者: ラーナ


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第二十話 収穫祭① 『視線の抱擁』

 ——この私が、大事な花冠を持たせたままミレイユを帰すわけないでしょ?でも作戦を知られたからには仕方がないわね。あなた達には仕事をしてもらうわよ——


 昨夜の事。泥にまみれた花冠の残骸を持てるだけ持って、エリアス達はティナの家に駆けこんだ。怒りと焦燥に支配された自分達を、ティナは薄暗い笑みと物騒なセリフと、そして本物の花冠を見せながら出迎えた。その顔が、今では正真正銘の笑顔になっている。


 まったく。これが同一人物なのか。


 まんまとあの不敵な、そしてちょっぴり危なっかしい企みに乗せられたというわけだ。まあ、無事にミレイユを連れ出せたのだから、文句はないのだが。


 「うん!すっごく似合ってる!」


 広場の端っこ。酒場の裏手で、ミレイユが恥ずかしそうに自分の刺繍エプロンを撫でつけた。頭の上には見事な花冠が風に揺れている。


 ティナは、まるで自分で作った作品を確かめるように、しきりと頷いている。


 収穫祭の衣装——などと言う贅沢な物は、今のエルノヴァにはない。木の実や蔓草、乾燥させたフルーツや花で作る冠や腕飾り。それから華やかな刺繍を施したエプロン。それだけだ。


 首尾よくディランを足止めして、遅れてやってきたアルフリーダもそれらを身に着け、ティナと同様、満足げにミレイユを眺めている。


 アルフリーダのエプロンの刺繍は聖女アマリアの左手のモチーフだ。白や黄色、暗い緑の糸を使い、ほっそりとした女性の手首を刺している。手首に巻き付き広がる、スイカズラやクレマチスなどの蔓草や野ばらなどの花々。慈愛と豊かさの象徴。アルフリーダにこれ以上似合うものはないだろう。


 その時、広場を埋め尽くす群衆から一斉に拍手が沸き起こった。顔を上げると、エリアスがルークと組み上げた檀上から、老司祭が降りてくるところだった。古めかしい法衣が風に揺れ、その背を追うように拍手が広がって行く。司祭が退場した祭壇の上に、所狭しと捧げられた供物。麦束、果物、パン、ワイン。それらが、ここからでもよく見えた。


「さあ、ミレイユ。私たちの収穫祭の始まりですよ」


 アルフリーダの華やかな笑顔が、出番を待つ乙女達の輪へとミレイユを誘った。


 厳かなミサ曲が鳴りやみ、音楽隊たちが”場繋ぎ”の軽やかな音楽を奏で始める。音楽隊と言っても、靴屋などの職人連中だ。楽器もおそらく相当年季が入ったものだろう。いや、それについては人の事は言えないか。エリアス自身の剣や防具類だって、百年前の物を手入れしながら使っているのだから。


 アルフリーダ達が他の女達と共に整列するのを見届けてから、エリアスは出番まで少し離れた場所から見守るつもりだった。


「エリアス?」


 ふいに名前を呼ばれて振り返る。アルフリーダが駆け戻ってきたかと思うと、迷いなくエリアスの胸元に手を伸ばした。ドキン!と心臓が跳ね上がる。


「収穫祭だと言うのに、あなたは相変わらずですね」


 くすぐったいような笑みが耳を掠め、アルフリーダの手がエリアスの胸元に何かを留め着けた。小さな金属音。胸元に生まれる温かな重み。そして、視線で近くに誰もいないことを確認すると、ほんの少しだけ声を落とした。


「あなたのダンス、期待していますよ。我が騎士」


 ”我が騎士”!


 エリアスが固まっているのをよそに、するりとアルフリーダが離れ、花冠で飾られた後姿が女達の輪の中へ戻って行く。我に返って胸元を見下ろす。いつもの木綿の服。元々こういう色だったか、それとも経年劣化か。砂色になった平服の胸元に、艶々とした木の実のブローチが、秋の陽の光を跳ね返している。即座に女達の方へ目を向けるが、彼女はこちらを見ていない。ただ楽しそうにミレイユと笑い合っている。エリアスは抑えきれない鼓動を感じながら、そっと指でブローチを撫でた。


 フィドルとリュートの音にリコーダーが乗り、先ほどとは違った賑やかな演奏が始まった。並んだ女たちが広場に進み出て、互いに手を取り合ったり、輪を作ったりしながら踊り始める。花冠を揺らし、色とりどりのエプロンの刺繍を誇るように翻す若い女性たち。


 エリアスは、女たちの輪の中で一際光を放っているアルフリーダから目を逸らすことが出来ないでいた。金の髪は秋の陽光を反射して煌めき、風に揺れる度、舞い落ちる木の葉のように優雅な軌跡を描いた。しなやかな指の動きの一つ一つ。それらには息を吞むほどの気品が宿っていた。


 踊る女達を囲むようにして、求婚するつもりの男たちが、己の出番を今か今かと待っている。その妙な緊張感がエリアスを現実に引き戻していく。


 「そのブローチ。いいじゃないか」


 ふいに声をかけられて、エリアスが顔を向けるとルークが若干青ざめた表情で立っている。腕には蔓草を巻き付け、肩からはくすんだ青色の飾り布を、やはり素朴な木のブローチで留め着けている。


「ルークか。随分気合が入っているな」


揶揄うように言うと、強張った頬が一瞬だけ緩む。


「ああ。一世一代の大勝負だからな」


「大げさだな。ただの収穫祭だ」


「婚約者がいるお前とは違うんだよ。あいつらを見て見ろよ」


 ルークが顎でしゃくった先にいる男たち。確かに皆一様に表情が硬い。余裕なくソワソワと髪を撫でつける者。女達を愛おしそうに眼で追っていたかと思うと、急に俯いて拳を握り目をぎゅっと閉じる者。


 これから訪れる運命の『求婚』を前に、彼らの心臓は鳴り響く音楽よりももっと激しく脈打っているのだろう。仮に女性が手を取ってくれたとしても、実際に婚姻するかどうかは別の話なのだから、彼らの不安と期待は想像に難くない。


 しかしそんな彼らに混じり、エリアスだけはまた別の緊張感に身を浸していた。うまくディランの目を盗んだつもりでも安心は出来ない。部屋にいないと言うことが分かれば、躍起になってミレイユを連れ戻しに来るだろう。エリアスは、腰に下げた短剣の柄をそっと確かめた。ロングソードと比べると心もとないが、祭りの場で堂々と武器を携帯することは憚られる。


 ——使うようなことにならなければいいが・・・。


 ドン!急に鳴り響いた打楽器の音にエリアスはビクッと顔を上げた。


「出番だぞ」ルークの硬い声。女たちがけ、男たちと入れ替わる。今更ながら、人前で踊ることへの羞恥心が這い上がってきて、エリアスは自分に言い聞かせた。


これは、任務だ。


ステップに集中しながら、エリアスはアルフリーダの近くに移動する。他の男たちも、各々目当ての女性の前で熱狂的なステップを踏んでいる。毎年のことだが、ティナの前には”ちょっとした人だかり”と言っても過言ではないほど、男たちが集まっている。さすが美人だけのことはあるな。妙に納得しながらエリアスは、狂いのない猛烈なステップを刻み続ける。踵で、つま先で、突き立てるように容赦なく、固い地面を蹴る。


 観衆から歓声が沸き起こり、踊りは最高潮だ。ティナ目当ての男達が彼女の正面を勝ち取ろうと、足元がぶつかり合うのもお構いなしに密集していく。そんな混沌でさえ観衆達は大喜びだ。ヤジ混じりの歓声と拍手が男たちの踊りを盛り上げていく。


 クルッとターンをした時、アルフリーダと視線がぶつかった。向けられた瞳の明るい紫色。かつてディランに紫焔を燃やしていた瞳が、今は祭りの熱と高揚を滲ませて、エリアスだけを真っすぐに捉えている。


 それを目にした時、急激に世界から全ての音が消え去った錯覚を覚えた。ほんの一瞬。時間にして一秒もあったかどうか分からない。まるで目に見えない糸がもつれ合うように、二人の視線が深く濃密に絡み合った。


 それは触れ合わない触れ合い。視線だけの『抱擁』だった。

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