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封印の姫と最後の騎士  作者: ラーナ


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第十三話

 パチン!っとひときわ大きい音を立てて、暖炉の中で薪がはぜた。視界の焦点が、広場の喧騒から煤けた絨毯へと引き戻されていく。エリアスは、パチパチと数度瞬きを繰り返した。


「そうですね。女性が少ない・・・と言うよりも、男が減らない。と言うのが正解でしょうね」


 ライナーの言葉を脇へと押しやり、エリアスはアルフリーダの問の切り口を、別角度に変えた。


 今この口で「出産」の危険を口にすれば、それは暗に自分と彼女との間にそれを想定していると告げるも同然ではないか。まだ手さえ、指先が触れるかどうかいう関係の俺たちが、だ。そんな俺が、命のやり取りに等しい出産の話題を持ち出すのは、あまりにも厚顔無恥なのではないだろうか。


「どういうことなのですか?」


 アルフリーダはエリアスの言葉を聞きながら、薪を積んである鉄製のラックからいくつか薪を引き抜いた。


「戦がないからです。戦場で命を落とす者がいない。だから男性の生存率が高く、その結果として独り身の男が増える。そういうことです」


 これは詭弁や焦点のすり替えではない。事実、祖父もこぼしていた。男が死なないことが均衡を崩すことになるとは、と。


 エリアスはアルフリーダの手から薪を受け取り、暖炉の中に放り込む。パッと細かな赤みを帯びた金の粉が舞い、静かな室内を一瞬だけ明るく照らした。 


「戦がない事が、このような問題を引き起こすとは・・・」


 オレンジ色に波打つ明暗が、照らされた彼女の俯いた顔に、深い陰影を刻み付ける。炎が爆ぜる度に、光と影が目まぐるしく入れ替わり、彼女の瞳に不安定な光沢を生み出した。


「アルフリーダ。あなたが気に病むことではありません」


 アルフリーダの瞳の奥で、今にも零れ落ちそうになるのを堪えているような、ひどく静かで重い憂いの色が光っていた。


 かつてアルフリーダは、戦争を回避するため、何度も政略結婚を申し出たと歴史書に記されていた。民の安寧こそが、彼女の願いそのものなのだろう。王がヴェル=アリムとなったことで、戦争は回避された。だがその代わりに、飢えや貧困に加え、男女比の偏りと言う新たな問題が生まれた。アルフリーダはその結果に姫として責任を感じているのかもしれない。エリアスにはそう見えた。


「こう言っていいのか分かりませんが・・・」


 アルフリーダが静かに続けた。


「この町の男性たちは、女性がいなくなることを極端に恐れているように、私には見えるのです。それが壁内の安全な外出であっても」


 エリアスは心の中でその言葉を反芻した。確かに。彼女の言は、守る側としての胸の内を、的確に言い当てている。


 若い娘が外出をすれば、男の目に留まる。それがただの交流で終わるのなら、何も問題はないかもしれない。けれど好意が独り歩きすることもある。家族が娘を囲い込むのは、そうした”もしも”を恐れてのことなのだろう。


「あまり口に出して言うことではありませんが・・・。若い女性が出かけたまま戻らない。そのようなこともある。と言うことです」


 ああ。だから、ティナや他の女たちも直接説明することを避けたのだろう。束縛され干渉されることは自体は不快だが、同時に”自由”に付き纏う危険や家族の不安も理解できる。常に選ぶ側である女性たちにも、選ぶ側なりの葛藤があるのだろう。


 アルフリーダの小さく息を飲む音が、エリアスの耳に届いた。彼女は、この町の”恐れの深さ”を知らない。女を巡る争いは、目に見えぬ形でこの町のそこかしこに身を潜めている。家族の牽制、男同士の嫉妬。出所不明な噂話。その積み重ねが、時に敗者を追い詰め、犯罪じみた行動へと向かわせる。


「私には、ディランの気持ちが分からなくもありません」


「何を言うのです?」


 アルフリーダの声がいつになく鋭くエリアスを刺し貫く。紫焔が彼女の瞳の奥でパッと火花を散らした気がした。


「それでは女性たちは一生、男性の監視がなければ息も吸えないと言うことですか?安全のためなら、心を殺して閉じ込められているのが正しいと?」


 エリアスは持ったままだった剣を脇に置くと、姿勢を正し、ささくれた床の上で跪いた。


「言葉が足りず、失礼をいたしました。彼の行動を肯定しているわけではありません。ただ、兄として妹を守りたいと言う気持ちは理解できると。そう言いたかったのです」


 視界の端で、アルフリーダの指先が僅かに震えているのが見える。ほんの短い間を置いて、アルフリーダの吐息が漏れる。


「顔を上げて下さい」


 その声は、先ほどの鋭さとは違い、どこか躊躇いを含んでいた。エリアスは、ゆっくりと顔を上げる。視線が合った瞬間、アルフリーダが小さく息を漏らした。


 彼女の表情はまだ硬い。しかしそこに怒りの色はなく、ただ強さと後悔。そして、優しさが混ざっていた。


「私も、言い過ぎました。ただ・・・ミレイユを見ていると、昔の自分が思いだされるのです」


 それは小さな呟きだったが、エリアスの心にさざ波を立てた。支配的な兄に押さえつけられているミレイユと、昔のアルフリーダ。そこに接点があるとしたら?


 ドクン。瞬間、暴力的なまでに鮮烈な拍動が、鼓膜を打ち付けた。


 エリアスの脳裏に、アルフリーダと初めて出会った時の光景が蘇る。袖口から覗いた、あの赤い痣。誰かに強く掴まれたような痛々しい痕。


 まさか、あれは・・・。


 耳の奥で、血液が逆流するようなノイズが聞こえる。アルフリーダの兄は一人しかいない。


 エルノヴァの最後の王、リアム=ヴェルセリオン=ノルヴァン。


 あの痣は・・・彼が・・・。


 エリアスは思わずアルフリーダの手首に目を落とした。そこにはもうあの痕跡はない。


 なぜ彼女が先ほど、自分の軽率な言葉に対してあんなに怒ったのか。エリアスの中で、何かが一本に繋がった気がした。


 彼女がその慈愛に満ちた微笑みで隠していた、あまりにも深く惨い”真実”に触れてしまった感覚に、目の前の全てが急激に遠のいていく。


「アルフリーダ、あなたは——」


 言いかけてエリアスは、言葉を飲み込んだ。踏み込んではいけない。彼女が語ってはいないことを、勝手な推測で暴くわけにはいかない。それが真実であろうと、なかろうと。


 アルフリーダの目線が僅かに揺れ、不思議そうに、そして探るようにエリアスを見つめている。その視線が、逆にエリアスを正気付かせた。景色に色が戻っていく。エリアスは、慌てて咳ばらいをした。


「ところで、先ほどお話の中にあった、ジュディの”お願い”と言うのは?」


 アルフリーダが目をパチクリさせる。


「え・・・?」


「何か、私と関りがあることなのでしょう?」


 アルフリーダの視線がしばし宙を舞う。一瞬後、ようやくハッと彼女の細い肩が小さく跳ねた。




「なんだぁ?お前は」


 粗末な玄関扉が開いた瞬間、ディランの冷たい視線がアルフリーダを上から下まで舐めるように走った。見下すような目。突き放すような声。そして、身長差だけでも威圧しようとする見え透いた態度。だが、アルフリーダは一歩も引かない。むしろ終始笑顔のままで、両手でスカートの裾を広げるように持ち、優雅に膝を折って会釈する。


「初めまして。エリアスの婚約者で、アルフリーダと申します。本日はお友達のミレイユをお誘いに参りました」 


 その声音は丁寧でありながら、どこか揺るがない芯を感じさせる。


 エリアスは一歩下がったところで、二人のやりとりを腕を組んで見守っていた。護衛。と言えば聞こえはいいが、発案者にとっては番犬がいいところだろう。


 アルフリーダは控えめに話していたが、ジュディの言葉は容易に想像がついた。


”ほら、エリアスって自称騎士だけあって強いじゃない?あのヒョロいディランなんか、一捻りだと思うの。だからお願い、アルフリーダ。ミレイユを外に連れ出してあげて?”


 おおよそ、このような雑な言い回しだったのだろう。


 ディランの視線がチラッとアルフリーダを越えて、こちらを牽制するように向けられる。


 さて、ここからが本番だ。


 べたつくように陰湿な視線が任務の開始を告げる。エリアスは重心をずらし、いつでも動けるように構えた。


「それで?自称騎士の婚約者が、ウチに何の用だって?」


「ですから、ミレイユを呼びに参りました。今日、一緒に作業するお約束をしておりますので」


「俺は聞いてない」


「ええ。私がお約束をしたのは、”あなた”ではなくてミレイユですから。あなたが知らなくても無理はありませんわ」


 ディランのこめかみにうっすらと青筋が立つのが見える。エリアスは手を口元に当てて笑みを隠した。アルフリーダの言葉は丁寧だが切れ味が鋭い。相手の陽動に乗らず、ただ事実を突きつけるだけ。考えてみればディランのような男が、アルフリーダに言葉で勝てるわけがない。


 その後ろから、チラッとミレイユの顔が僅かに覗いた。アルフリーダの顔に、ぱあっと花が咲くように笑顔が広がった。


「おはようございます、ミレイユ。さあ、参りましょうか」


 アルフリーダの伸ばした手に、ミレイユの手がおずおずと伸び、触れようとした瞬間だった。


「おい!勝手に何を——!」


 汚い罵声と支配の手が、アルフリーダの手首を捕らえようと伸びる。それを認めるよりも早く、エリアスの体が反応した。ほとんど音もなく、ディランとアルフリーダの間に割って入る。ディランの手がエリアスの胸元スレスレで静止した。


 ——アルフリーダに触れるな。


 声には出さない。止まった空気が放つ静寂の中で、エリアスは獲物を見定める獣のように、ただジッとディランを見下ろした。


 ディランの喉がゴクリと上下する。


「ミレイユは俺たちが責任を持って連れて行く。何か問題があるか?」


 ディランが喉の奥で罵声を詰まらせる。その言葉になり損ねた残りカスが、ただ耳障りな荒い息遣いとして響いても、エリアスはその呼気の一片さえアルフリーダに触れさせるつもりはなかった。ミレイユの怯えた視線が気遣わし気にディランの顎をなぞる。


「大丈夫ですわ。私もおりますし、エリアスもいてくれます。危険なことはありません。さあ、今日は収穫祭に出す焼き菓子の下準備だそうですわ」


 ミレイユが黙って、しかし確実にアルフリーダの手をしっかりと掴んだ。度を越した兄の息遣いは、アルフリーダにはただの実体のない雑音でしかない。ミレイユに絡みつく視線は、彼女の前では無力で脆弱なクモの糸ほどの抵抗すら持たない。その不愉快極まりないクモの巣を、アルフリーダはサッと振り払い、ミレイユの手を引いて軽やかに通りに出ていく。気品による制圧力とでも言おうか。


 エリアスが二人の背中を追おうとしたその時、ディランがエリアスの肩に近づき、低く押し殺すような声で囁いた。


「あんなのが騎士の婚約者で、恥はねえのか?あいつは毒だぜ?いつかお前の誇りも、そのご立派な騎士道精神も、あの女の我儘って毒で、いずれ腐っちまうだろうよ」


 その言葉が耳に触れた瞬間、エリアスの中で”何か”が軋んだ。先ほどまでの爽快感は跡形もなく消え去り、代わりに胸の奥で熱いものがゆっくりとせりあがっていく。思考が極端なまでに明瞭になっていく。


 今、何と言った・・・?


 あんなの、だと?毒?我儘?そして、腐る?


 腹の底で煮えたぎる怒りが、理性の堰に小さく、しかし確実に亀裂を入れた。


 ——みしり。音が聞こえた気がした。


 エリアスは足を止めて、ゆっくりとディランに顔を向けた。ほんの一瞬。目が合っただけ。それだけのことだと言うのに、にやけたような笑みが消え失せ、男にしては細い肩がビクッと震えた。


「今のは聞かなかったことにする。だが——」


 エリアスはディランの、追い詰められたネズミのような色の目を、努めて冷静に見つめた。


「次はない」


 エリアスはサッと踵を返して、女性二人の背中を追いかけた。

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